第43話 賢人と花梨 ……花梨サイド
山下花梨、彼女には一つ諦められないことがあった。
それは小学生の時から引きずっている初恋である。
親戚の経営する喫茶店で、就職することなくフリーターとして働く矢島という男。小学生の時に初めて会った時に、頭の中に鐘が鳴った。気のせいでなく、マジで鳴り響いてしまったのだ。
それから、花梨は矢島がおとなしい娘が好きと言えば控え目に、笑顔の可愛い娘が好きと言えば笑顔を絶やさないように心がけた。
それなのにだ、中学生になったばかりのある日見てしまったのだ。
矢島が派手目の美女と腕を組んで歩いているのを。しかも、日にちを変えて別の美女とも。二人はいわゆるラブホテルに消えていった。
言ってたタイプと真逆じゃん!
派手な洋服にバッチリ化粧をして、明らかに性に奔放(いわゆるヤリマン)に見える女……それが共通する矢島が相手にしている女だった。
格好はいくらだってかえられる。ただ、背が低くて年齢よりも幼く見える自分にはまだあの装いは似合わない。だから、せめて口紅が似合うようになったらがっつり変身してやる。そう思って、少しずつ化粧の勉強をし、色っぽい洋服なども研究した。
いくら見た目をかえても、キスもまだなお子ちゃまなんかじゃ相手にはされない。
それなら! と、いかにも女の子に囲まれて経験豊富そうな男に目をつけた。
自分のスキルアップの為の経験要員だ。
有栖川賢人。
彼ならば女の子に本気にならなそうだし、練習台にはもってこいだ。
その為に賢人の幼馴染みだとかいう女の子と仲良くなった。
最初は中継ぎの為だったけれど、話してみると普通の女子みたいにベタベタつるんだりしないし、人の悪口を言ったりしない。良い意味で女の子らしくない弥生のことを、花梨はかなり気に入った。
彼女が賢人に片想いとかしてたら、花梨も違う相手を探したかもしれない。でも弥生は賢人と距離を取りたがっていたし、それならと花梨は弥生経由で賢人と知り合いになり、いわゆる初めてを全て賢人ですませた。
全ては矢島を崩落する為。
それは賢人にも言ってあったし、裸で抱き合っても甘い雰囲気になどなったことは一度もなく、研究対象プラスちょっとした欲求不満解消でもあった。
「俺、弥生と付き合うことになったから」
「は? 」
大学のカフェテリアでたまたま会った賢人に言われ、花梨は胡散臭そうに賢人を見上げた。
「また、弥生ちゃんのこと脅したんじゃないでしょうね」
「またって何だよ」
「高校の時、変な二択で彼女にしたでしょ」
「気のせいだろ」
「……まぁいいわ。弥生ちゃんからは何も聞いてないけどね。親友の私が」
賢人の眉がピクリと上がり、そんな賢人の表情を見て花梨の口角がニマリと上がる。
「で、弥生ちゃんとお付き合いしてるって妄想に囚われちゃった賢人君は、それを私に言って何がしたい訳? 」
「弥生以外の女はいらないって言いにきた」
「やだ、私も別に賢人君はいらないんだけど。でも了解。ある程度練習できたし、あとは本番あるのみ! 」
「まぁ頑張れよ」
「言われるまでもないわ。で、お付き合い宣言をわざわざしにきたって訳? 」
「いや、まぁ、それと……」
いつも自信満々、人を顎でこきつかうこの男が、珍しく言いよどんでいる。
「何よ、気持ち悪いな」
「ちょっとリサーチっつうか、あれだよ」
「だから何?! 」
賢人と身体を重ねたことのある女子で、これだけ賢人に強くでれるのは花梨くらいだろう。
「……おまえならさ、初めてのデートってどこ行きたい? 何したら嬉しい? っつか、おまえとどっか行きたい訳じゃねぇからな」
「ハア? そんなんお互い様だよね。私だって、デートするなら矢島さん一択でしょ。恋愛マスターな賢人君がデートのリサーチって、何言っちゃってるの? 」
「デートなんかしたことねぇし」
花梨は意味がわからず賢人をマジマジと見る。賢人は居心地悪そうに貧乏揺すりをしているが、そんな姿さえイケメンは絵になっている。普通なら行儀が悪いと眉をひそめる筈なのに。
「ハアッ??! あなた、毎日セフレと会ってたじゃない? デートなんかしまくりでしょ? 」
「何で好きでもねぇ奴と面白くもねぇことしなきゃなんねぇの? 時間の無駄だろ」
「サイテー」
つまりはいきなり会って一秒でラブホ、ヤルこと以外の接触は受け付けておりません的な?
そういう相手だからこそ花梨も素を出せたのだが、実際にその整った顔からゲスい発言を聞くと、ヤり捨ててきた人数を知っているだけにひいてしまう。
「おまえだって、俺で性技のランクアップしようとは思っても、デートしようなんて欠片も思わないだろが」
「……なるほど、そうね。そう言われるとそうだわ」
「だから教えろ。女子が喜びそうな場所」
女子というか、弥生限定で考えると……。
「昆虫館かしら」
「は? 」
賢人の脳裏に、「ダンゴムシ! 」と罵られていた小学生の弥生が思い浮かんだ。
「あの子、昆虫とか好きよね。アリとかダンゴムシとか、いまだに眺めてたりするもの。あと、カブトムシとか」
「ダンゴムシはトラウマじゃねぇのか? 」
「なんで? あの子、私と初めて会った時、愛称はダンゴムシとか意味不明なこと言ってたわよ。しかも嬉しそうに」
嬉しかったのか……と、賢人は遠い目付きになる。
悪気は微塵もなかったが、保育園時代にダンゴムシを眺める弥生の丸まった背中を見て、「ダンゴムシみたい」と賢人が言ってしまったことによりついた弥生のあだ名だ。同級生達が弥生のことをそう呼ぶ度にイライラしていたのだが、本人は嫌がっていなかったらしい。
「ほら、来週から昆虫博やるよね。あれなら喜んで行くと思うわよ」
「わかった……昆虫博な。調べとく」
弥生とのデートプランを考える為にスマホをいじりだした賢人は、花梨にはもう用はないとばかりに無視をかます。
「あ、弥生ちゃん」
次の講義は花梨と弥生は同じものをとっていた為、ここで落ち合う約束をしていた。
ちなみに、賢人と尊、そして三咲も同じだ。学部関係なく一・二年の進学課程での必修講義の為、示し合わせた訳ではないが同じ講義を履修していた。
「ごめんね、ちょっとわからないとこ教授に質問してたから」
「相変わらず真面目だね。大丈夫、まだ時間あるし。ちょっと待って、お茶飲んじゃうから。ほら、座りなよ」
走ってきたのか、息のあがっている弥生は、花梨と賢人の座っているテーブルを見て目を泳がした。
四人掛けのテーブルに、花梨と賢人は向かい合って座っている。花梨の隣の席には花梨のバッグが置いてあり、賢人の隣は何も置いていない。
どちらに座るかな……と、花梨はわざと荷物を退けずに弥生を見上げる。前なら、何があっても弥生は賢人の隣には座らなかった。それどころか、同じ席にもつかなかったかもしれない。
賢人が隣の椅子を引き、顎でしゃくるようにすると、一瞬戸惑いながらも弥生は賢人の隣の席に座った。しかも、賢人が椅子を引くとき、わざと自分に近づけるように引いた為、寄り添うようにその距離は近い。
「なるほど、なるほど」
賢人が弥生と付き合いだしたと言うのは真実らしいと、その距離感からも花梨は納得した。
「どうしたの? 花梨ちゃん」
「いや別に……ね、賢人君。今日うちらと座らない? ほら、グループミーティングするって言ってたじゃん。一緒やろうよ。六人だっけ? 」
「別にいいけど……あと三人か」
結局、残りの三人は賢人の友達の
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