第30話 待ち伏せ……賢人サイド

 大学の授業が終わり、賢人は取り巻きの女子に誘われるままにラブホに行った。

 断る理由もないし、それなりに発散できるから誘われれば身体を繋げるが、勘違いされるのも面倒だから、同じ子と連チャンはしないようにはしていた。相手も、数人の中の一人だと理解している筈だ。


 半乾きの髪をかきあげ、ゆっくりとアパートまでの道を歩く。アパートに着き、鍵を開けようとポケットから鍵をだそうとしていると、いきなり後ろから腕に抱きつかれた。


「遅かったね。……ジムでも行ってた? 」

「いや。……何でここにいんの?」


 振り返ると、三咲がニコニコして賢人を見上げていた。


「ウフフ、サプライズだよ。ね、待ってたらトイレ行きたくなっちゃった。中に入れて」


 賢人はため息をついて鍵を開けた。できれば女子は家に入れたくなかったけれど、生理現象ならば断るのも可哀想だろう。


「お邪魔しまーす」


 三咲は手早くトイレをすませると、帰る感じもなくワンルームの部屋にあがりこみベッドに座っていた賢人の隣に腰を下ろした。他に座る場所がないのだからしょうがないのだが、あまり良い気分じゃない。


 三咲を見ていると、どうしても弥生とかぶってしまう。顔や声は全然違うが、サイズ感がドンピシャで、つい後ろ姿とか抱きしめたくなる。

 最初は男に慣れてないオドオドした態度とか、手を繋いだ時の緊張した態度とか、弥生と三咲が重なって見えて、無性に愛しかった。

 この部屋に連れてこようとまでは思わなかったけれど、三咲の部屋で三咲の作った食事を食べたり、片付けをしている後ろ姿などに欲情して抱きしめたり、まぁ色々……。

 でも、賢人の取り巻きとは明らかにタイプの違う三咲とは、一線は越えていなかった。


 いくら感情が誤作動を起こしても、やはり三咲は弥生ではなかったし、最近は明らかに好意を向けられて、弥生との違いをあからさまに感じてしまう。

 賢人にとって、三咲は弥生の代理品でしかなかったのだ。


「賢人君……」

「何? 」


 賢人の肩に頭をのせるように寄りかかってきた三咲は、何かを期待しているように見えた。


「私……大丈夫だよ? 」

「何が? 」

「だから……、その……、私がアレだから……だよね? 」


 アレって何だ?

 というか、早く帰ってくれないかな?

 女が家に来てるとか、うっかり声とか……ここで何かするつもりはないけど……あっちの部屋に聞こえたら、弥生に変な勘違いされかねない。


 通常運転で最低なことを考えつつ、賢人は涼やかな視線を三咲に向けた。

 三咲はそんか賢人の視線を受けて真っ赤になりながらも、最近ちょいちょい見せるようになった女の顔を覗かせる。


「私が! ……男の子に慣れてないから、賢人君は他で発散させてるってわかってる! でも、やっぱりそんなの嫌なの。これからは私だけで! 」


 いきなり抱きついてきた三咲の身体の柔らかさに、思わず抱きしめてしまいそうになり、賢人は壁を凝視する。


 あの向こうに弥生がいる。


「……別に、そういうんじゃないから」


 賢人は三咲の肩をつかんで引き離した。


「……本当に大丈夫なのに」

「とりあえず、帰れよ。駅まで送るから」

「帰ったほうがいい? 」

「ああ」


 賢人が立ち上がると、三咲はスカートをギュッと握ったが、諦めたようにノロノロと立ち上がった。


「わかった。帰るね。……そうだ、賢人君。もしかしてストーキングとかされてない? 」

「さあ? たまにそういうのあるけど、あんま最近は付きまとわれたりはないな。何で? 」

「ほら、アパートの前に公園あるじゃない? あそこにうちの大学の女の子がいたから。うちが近いって言ってたけど、もしかして賢人君のストーカーかもって思って」

「どんな子? 」

「黒縁眼鏡で……地味な感じの。多分学部は違うけど同じ授業とかもとってるから一年だと思う。ほら、賢人君によく話しかけてくる子の友達だよ。山下……さん? 」


 賢人の胸がドキリと鳴った。

 黒縁眼鏡で地味な見た目の花梨の友達といえば、賢人は弥生しか知らない。


「公園……にいたのか? 」

「うん。ずっとベンチに座ってた。見たことあった子だったし、もしかして具合が悪いのかなって思って声かけたんだけど、そういうんじゃなかったみたい。あのベンチからここのドア見えたから、もしかして彼女賢人君のこと待ち伏せしてたのかな? 」


 弥生が何で家に入らずに公園になんかいたのかはわからないが、三咲が自分の部屋に入ったのを見られたということは理解した。

 賢人はスマホを取り出して弥生の番号をタップする。

 弥生のスマホは着信音最大に設定されている筈が、壁の向こうからは何も音がしなかった。時計を見るとすでに9時を過ぎている。


 賢人はそのまま部屋を出て玄関から公園を見た。

 小さな公園だ。不審者対策か、通りからも公園の様子がわかるようになっており、人目を遮るような木々はなく見晴らしは良い。

 弥生らしく姿は見えなかった。


「賢人君? 」

「とにかく帰れ。送る」


 賢人は三咲を押しやって部屋から出すと、腕を引っ張って足早に駅を目指した。


「け……賢人君、ちょっと速い」

「こっから商店街だし明るいから大丈夫だな。駅は真っ直ぐだからわかるな? 」

「そりゃ来たんだからわかるけど、賢人君どうしちゃったの?私、何か怒らせることしちゃった?急に来たのが駄目だった? 」


 早く弥生を探したいのに、三咲が賢人の腕をつかんで離さない。


「うざい! 離せよ。」

「賢人君……」


 三咲は目を大きく見開き、信じられないというように賢人を見上げた。


「……悪い。とにかく帰れ」


 三咲の瞳にブワッと涙が浮かび、溢れる前に三咲は向きをかえた。


「か……帰る」


 声が震え、三咲は肩を震わせながら駅の方向へ歩きだす。

 賢人はその後ろ姿をジッと見ていたが、追いかけることなくスマホをタップして耳にあてた。


 プルプルプルプル……。


『はーい』


 気の抜けた男にしたら高めの声が弥生のスマホにでた。


「おまえ誰だよ」


 かけたのは弥生のスマホだ。弥生ではない男の声が響き、賢人はイラつきMAXな声をだす。


『えー? 僕だよ』

「だから誰だよ」

『やだなぁ、有栖川君怖いじゃん』

「鍵谷か」

『ピンポーン、当たり』


 賢人以外で、唯一弥生が話をする男だ。男女で友情が成立するとは思っていない賢人であったが、弥生と尊の関係は友情一択だと思い込もうとしていた。

 賢人にしたら、あまり弥生の側にいてほしくはない相手だ。


「弥生は? 」

『弥生ちゃん? 買い物行ったよ。お泊まりグッズ買うんだって、目の前のコンビニに』

「ハアッ?! 」


 泊まりって、こいつの家にか?!


 賢人の頭は一瞬にして沸騰し、すでに三咲のことなど頭になかった。


『なんかよくわかんないけど、家に帰りたくないんだって』

「だからって……。今すぐ行くから」

『有栖川君?! 』


 問答無用で通話を切ると、賢人は走り出した。

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