第15話 熊さんパンツと新しい友達
あまりの恥ずかしさに女子トイレに駆け込んだ弥生は、便座に座って頭を抱えた。
熊さんパンツ……見られた(泣)
若葉や楓はともかく、賢人や見知らぬ男子生徒(誰に見られたかはわからないが、一年の下駄箱は一番奥だから、一年生以外はこない筈)にお気に入りの熊さんパンツを見られたのは、もう……消えてしまいたいくらい恥ずかしかった。
……いや、賢人には熊さんパンツどころか、あの恥ずかしい下着姿(水着着用ではあるが)も見られているし、記憶にない遥か昔には裸でビニールプール(写真の記憶)に一緒につかったこともある。今さら熊さんパンツぐらいで!
弥生は拳をグッと握りしめる。
そうよ、それに「熊さんパンツ」とつぶやいた彼だって、私は顔を見ていないから誰だかわからない。ということは、彼にだって顔は見られていない筈だ!
ギリギリセーフ!!!
握りしめた拳でガッツポーズをとる。
弥生はすっかり下駄箱の中の手紙の存在を忘れていた。今までの経験上、ラブレターである確率は100%なく、良くて暴言(あんたみたいな地味で不細工な女が賢人の近くにいるなんて生意気だとか、賢人に話しかけるなとか、勘違いも大概にしろ……etc)、悪くて呼び出しだ。
そんな心情に悪影響のあるだろう代物など、あえて思い出すこともなく、気分を浮上させた弥生は、やっとトイレの個室の鍵を開けた。もうすぐ予鈴が鳴る時間だ。急げば本鈴が鳴る前に一年の教室につけるだろう。
何もいたしていないが、きっちり手を洗って真っ白なハンカチで手を拭く。鏡を見ながら、きっちり二つ結びに結ばれた髪の毛を整えた。よし! とうなずき、女子トイレから出て教室に向かう。
階段を上り、角を曲がれば一年の教室というところまできて、肩をポンと叩かれて名前を呼ばれた。振り返ると、隣のクラスの
「おはよう、渡辺さん」
「おはようございます」
「アハハ、なんで敬語? 」
誰にでもフレンドリーで、男女問わず友達の多い尊は、線も細くどちらかというと可愛らしい女の子のような見た目をしているが、性別はしっかり男性である。
賢人と共に、女子生徒の人気を二分しているけれど、性的な物を感じさせないのはその見た目のせいかもしれない。肉食系ばかりが群がってくる賢人に比べると、尊の取り巻きはさっぱりした友達推しの娘が多い。実際は、「みんな友達」として、抜け駆け禁止で牽制しあっているだけなのだが。
そんな尊が弥生の名前を知っていることに驚いてしまう。
「ねぇねぇ、ちょっと聞きたいんだけどいい? 」
「……はぁ、何でしょう? 」
制服さえ着てなかったら、少し背が高くてボーイッシュな可愛い女の子にしか見えない尊は、弥生の下半身を指差した。
「それって、どこで買ったの? 」
「……それって? 」
スカートはもちろん制服だ。学校指定の店に決まっている。
身長の低い弥生にとって、男子にしては小柄な尊であっても、見上げなければならない。上目遣いで恐る恐る聞くと、尊は爽やかな笑顔を浮かべた。
「熊さんパンツだよ」
やっぱりそれか?!
あのつぶやきは尊のものだったらしいというのは理解した。
理解はしたが、なぜ購買場所を聞かれなければならないのかは不明だ。できればスルーして欲しかった。
弥生は赤くなる頬を隠すように両手で押さえ、恥ずかしさで潤む瞳をせいいっぱい見開いて尊を見た。
「アハハ、渡辺さんって可愛いかったんだね。うちの
「麗……さん? 」
可愛かったんだね……という言葉をまるっと聞かなかったことにした(ただのお世辞としか受け取っていない)。
「見る見る? 僕の麗。可愛いんだよ」
尊はスマホを取り出して弥生に見せた。スマホの待ち受けは幼稚園くらいの幼女が、満面の笑みでピースしていた。
ロリコン?!
「これはね、五才の時のね。今は……これだ」
スマホのアルバムを開いて出てきたのは、待ち受けの写真よりは大きくなっていたが、明らかに小学生……高学年だろうか?……の少女だった。
見て見てと、尊のスマホを渡されてしまい、弥生はその少女の写真をじっくりと見る。
確かに可愛い。とんでもない美少女だ。
ランドセル背負っていなければ、尊と並んでだらお似合いのカップルに見えるだろう。
「……可愛い……ね」
「でしょ?! 最近色気づいちゃって、お兄ちゃんは心配で心配で……」
「妹……さん? 」
「あぁ、うん! 似てるでしょ?麗がね、熊さんが大好きで、渡辺さんのパンツあげたら喜ぶと思ってさ」
似てる……といえば似てるかも。大きくてパッチリした目とか、細くて鼻筋の通った鼻とか。
「小学……」
「五年生」
五年生の女子に、しかもこんな美少女に熊さんパンツ……。自分がお気に入りで履いていながら、尊のセンスに若干ひき気味の弥生は、スマホを尊に返した。
「五年生に熊さんパンツはどうかな……」
「絶対麗のツボに入る! 少ししか見えなかったけど、麗のお気に入りの熊さんの人形に似てたと思うし」
ガッツリ見てみたいみたいな視線を感じて、弥生は半歩後退った。
そこで予鈴が鳴り、弥生は尊の腕を引いて走り出した。
「ほら、朝礼が始まっちゃう! 教室行かないと」
「ああ、そうだよね。ね、渡辺さん。お昼休みご飯一緒しようよ。その時にパンツ売ってる場所教えて欲しいな。そのパンツ、麗にあげたいからさ」
「あんま、パンツパンツ連呼しないでね」
「できれば、もうちょいパンツの柄とか確認したいんだけど」
「無理! 」
「履いてない状態で構わないからさ」
まさか、脱いで見せろとでも言うんだろうか?!
「絶対嫌! 」
「写メでも? 」
「ダメ! 」
「エーッ、ケチ」
何が悲しくて、自前のパンツをほぼ見ず知らずの男子にさらさないといけないんだ。見ず知ってても嫌だ!
「見るのはまぁおいおい。お昼は一緒しようね」
「昼は若葉と楓と食べてますから」
「ならまぜてよ、そこに」
「彼女らがいいって言ったら」
「うん! 」
一年の教室につき、本鈴が鳴る一分前に教室に飛び込んだ。
勢いが良かったからか、教室にいる同級生の視線が弥生と尊に注がれる。
あれ?
何でみんな見ているの?
人様の注目など注がれ慣れていない弥生は、オドオドと辺りを見回す。
「遅かったな。……で、何でお手手繋いで登校な訳? しかも、鍵谷は隣の教室だよな」
扉の斜め後ろに座っていた賢人が、不機嫌全開のしかめっ面で冷気漂う低い声を響かせた。
瞬時に賢人の言葉を理解し、自分の右手に目を向ける。
に……握ってる!
不可抗力以外の何物でもないのだが、弥生の右手は尊の左手首をつかんだままだった。尊はわざわざ弥生の手首をつかみなおし、みんなに見えるように上に上げる。
「仲良しになったんだよ」
ニコニコ笑ってわざわざ見せつけるとか、何考えてくれちゃってるんですか?!
女子の視線が痛いです!
賢人の幼馴染みってだけでも大概なのに、これ以上頭が痛くなる案件を増やさないで欲しい!
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