第5話 アルバイト
高校に入学してから初めての夏休み。弥生は人生初の短期アルバイトを花梨と喫茶店ですることになった。
喫茶店と言っても、元はケーキ屋で喫茶店もついていて、雑誌とかでも有名なパティスリー・ミカド。ケーキだけでも有名だけれど、従業員が 美男・美女過ぎるということでも有名だった。
そんな店で短期とはいえアルバイトができたのは、花梨の紹介のおかげだ。パティスリー・ミカドのオーナーと花梨が親戚だったこともあり、夏休みの短期限定でアルバイトが決まった。
花梨は高校へ行ってから、大イメチェンを果たした。可愛らしくフワフワしたお嬢様っぽい雰囲気が一転、きっちり化粧して可愛いよりもクールな美人系に変貌していた。
「花梨ちゃん、スカート短い」
「そう? 弥生ちゃんが長過ぎなんじゃない? 」
バイトの制服に着替えて、前屈みになって真っ赤な口紅を塗っている花梨の後ろ姿を見ながら、パンツが見えちゃうんじゃないかとドキドキしながら、弥生は花梨のスカートの裾を引っ張った。同じ物を支給されている筈だから、花梨が自分で裾上げしたのだろう。
弥生の履いているスカートだって、弥生からしたら短過ぎなのに、花梨のはさらに短くスラリと長い足がこれでもかと強調されている。
「着替えたかぁ? 」
更衣室のドアがノックされ、返事も待たずにバイトの先輩である
「矢島さん、まだ返事してないでしょ。着替えてたらどうすんのよ」
「なんだぁ、着替え終わっちゃったのか、残念。今日君ら初日だろ。
「矢島さん、亮子さんにチクるよ」
「止めて~。ウソウソ、優しいお姉さんだからね。弥生ちゃん?だっけ? 花梨ちゃんのお友達なんだよね。イヤー、純情そうで可愛いね」
矢島は軽いノリで弥生の頭をグリグリ撫でる。可愛いなんて言われ慣れていない弥生は、真っ赤になってしまう。
「ウッ……ヤバい、無茶苦茶可愛い。お持ち帰りしたい」
「矢島さんセクハラオヤジ全開!私の許可なく弥生ちゃんに触らないの」
「え? 花梨ちゃんの許可がいるの? 保護者? 」
「うっさい、オヤジ」
「酷いなぁ、まだ二十五なのに」
「十分オヤジだよ。ほら、バイト時間。フロアーに出ないとじゃないの」
花梨はかなり矢島に気安いようだ。
「矢島さんって、ここのアルバイト歴凄く長いの。だから私が小学生の時から知っててさ。昔から女癖が悪くて、超手が早いから気をつけてね」
花梨がボソボソと耳打ちしてきて、弥生はしっかりと頷いた。
★★★
夏休みも半ば、いわゆる大人達の言うお盆休み。アルバイト先の喫茶店は休みではなく、社員さんが休みになる分、弥生達アルバイトは連日シフトに入っており、いつもは祖母の家に家族で行く弥生も、一人自宅に残りアルバイトに勤しんだ。
その日は遅番で、昼過ぎからラストまで入った弥生は、着替えを終えて更衣室で少しまったりしていた。
立ちっぱなしの仕事はなかなかしんどいもので、若くても身体がバキバキになる。しかも、接客業の為常に笑顔を心掛けねばならず、そんなに笑顔を作ることになれていない弥生は、顔面の筋肉まで筋肉痛になる勢いだった。
それでも、お客さんから美味しかったと笑顔で言われると嬉しいし、自然な笑顔がでるようにもなってきていた。
「弥生ちゃん、着替え終わったぁ?」
「はい。大丈夫です」
矢島が煙草をくわえて更衣室に入ってきた。
「矢島さん、禁煙ですよ」
「仕事の後の一服は格別なんよ。駅まで送るから、ちょい待ってて」
矢島は携帯灰皿に煙草を押し付けると、バサバサと着替え出してしまう。
「矢島さん! 出ますから、着替えストップ! 」
「気にしない、気にしない」
「気にしますから! 」
弥生が荷物をまとめて立ち上がった時には、すでに矢島は着替え終わっていた。
「お待っとさん」
「待ってません。別に送ってもらわなくても大丈夫ですよ」
「いいから、いいから。弥生ちゃん可愛いから、変な奴とか寄ってきたら大変じゃん」
「別に誰も寄ってきませんよ」
矢島はいつもの軽薄な口調で、ガハガハ笑いながら、弥生の肩をトンと押した。それに促されるように店を出て、並んで駅までの道を歩きだす。
可愛いなんて、矢島くらいにしか言われたことないし、矢島はどんな女の子にも可愛いと言っている。最初は矢島のノリに戸惑った弥生だったが、最近では受け流すことを覚えた。
下ネタ好きで、セクハラ親父全開な矢島だが、見た目だけはいいので、店の客にもコアな矢島ファンはそれなりにいたりする。弥生にとっては楽しい兄ちゃんって感じだった。
矢島の下ネタに笑いながら歩いていると、何やら視線を感じた気がして道路の逆側に視線を向けた。
「ゲッ! 」
女の子らしからぬ声を思わず発してしまい、そんな弥生の声に矢島も足を止めた。弥生の視線の先には、店から駅までの道のりに唯一あるラブホテルがあり、その入り口から出てきた男女が……いや男の方が剣呑な目付きで弥生と矢島を睨み付けていた。
「知り合い? 」
見つめ合う形になってしまった弥生とその男を交互に見て、矢島が興味深そうに言う。
「……同級生」
「同級生? って、高一? マジで? ウワッ、やるねぇ。弥生ちゃんも俺とあそこ入っちゃう? 」
「入りませんよ」
弥生は固まった視線をなんとか外し、矢島の腕を引いて歩きだした。
ラブホテルから出てきた男女、男は賢人だった。賢人にベッタリくっつくように腕をからめていた女は明らかに年上で、大学生くらいに見える。派手な化粧に露出過多な服装で、豊満なバストをわざと賢人の腕に押し付けるようにし、媚びた笑みで賢人を見上げていた。
彼女……いたんだ。
見たらいけないものを見てしまった気がして、弥生はドキドキする胸を押さえつつこの場から離れようと足早に歩く。
「弥生ちゃんったら積極的。女子高生に腕なんかくまれたら、おじさん元気になっちゃう。主に下半身が」
「くだらないこと言ってないで歩いて」
「なんか、同級生君ついてきてるけど」
「はい? 」
後ろを振り返りつつ、矢島が面白げに言う。
そりゃ、駅までの帰り道だし、同じ方面に向かうのかもしれないけれど、小走りといってもよいスピードの弥生達についてきてるって何で?
スピードを落とさずに弥生も振り返ると、確かに猛烈な早足で賢人も歩いてきている。しかも、彼女とおぼしき女を引きずるようにしとだ。
「アハハ、なんか彼必死だね。弥生ちゃんに口止めでもしたいのかな? 」
口止めか……確かにそうかもしれないと、弥生は少し歩調をゆるめた。
高校生で、ハーレムができるほどモテモテの賢人が、年上の彼女とラブホテルから出てきたなんて、回りにバレたら発狂する女子が多発することだろう。
賢人とは関わりたくない!
だから誰にも何も言いません!
そう伝えようと、弥生は足を止めた。
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