ロボケンダッシュ!!

かぎろ

第1話 ロボケン・エクスプロージョン!!

 夕方。

 県立色鳥高校の放課後。

 野球部やソフトボール部のかけ声が遠くから聞こえてくる中で、僕は、日直の仕事をちょうど終えるところだった。


「よし……と」


 職員室にプリントを届けて、自由になったのが十六時のこと。そのままの足で部室棟へ向かった。角を曲がるところで、見知った女子に遭遇する。


「あら。あなたは……ロボット研究部の」

「そういうあなたは、生徒会の」


 お互いに自己紹介をする。ロボ研の一年生の志摩しまです。あらこれはご丁寧に、わたしは生徒会長の五十嵐いがらしです、よろしくね。


「生徒会長も部活ですか」

「いいえ。今日はロボット研究部に用があって来ました。……そうね……何の罪もないあなたにはとても伝えづらいことなのだけれど……」


 五十嵐会長はためらうように瞳を揺らすが、しかしすぐに迷いを断ち切ったのか、小さくうなずく。


「用件については、ロボット研究部の部室に行ってから話すわね。ええと、このへんよね」

「ああ、こっちです。でも気をつけてくださいね」

「気をつける?」

「先輩が〝作品〟の製作中だったら、扉を開けた瞬間、なにかが暴発してネジとか飛んでくるかもしれません」

「そ、そうなの?」

「冗談です」

「真顔で言われると本気にしちゃうからやめてよ……」


 はは、と声を出して僕はロボ研の部室のドアノブを掴んだ。

 開きかけた扉の向こうから、まばゆい光が射し込む。







 轟音とともに部室が大爆発した。扉が吹き飛び、窓ガラスが割れる。白煙がもうもうと立ち上り、視界を完全に覆った。目を回す僕。呆然とする会長。そんな僕らに、煙を感知したスプリンクラーの雨が降り注ぐ。床を踏む足音。部室の中から現れたのは、制服も、顔も、小柄な体の大部分を煤だらけにした女子だった。

 二つ結びの黒髪。

 ぐるぐるの瓶底眼鏡。

 明らかにサイズの合っていない、薄汚れた白衣。

 いかにも学者然とした女子、というかロボ研の先輩は、いつもの甲高い声で言った。


「よっ、志摩。ごめんごめん、また爆発させちった。でもちょっと見てよ志摩、もうちょっとで完成だったんだぜ。いや~惜しいとこまでいったわ今日も。ま、爆発は成功のもと、って言うしな! ほら見て見て! あれだよあれ! あれこそが学会を震撼させる、わがはいの最高傑作(仮)――――」


 手に持ったスパナで指した方向を見れば、そこには、倒れてプスプス煙を上げる人型ロボットがあった。

 大昔のSF映画に出てきそうな、チープなデザインだった。


「――――次々々世代アンドロイド、イヴ! だっ!」


 満面の笑みで宣う、瓶底眼鏡の先輩。

 おおーと歓声を上げて軽く拍手をする、僕。

 微笑みながら額にビキビキと青筋を浮かべる、五十嵐生徒会長。


 彼女は告げた。


「ロボット研究部への廃部通告に来ました」




     ◇◇◇




 神宮寺じんぐうじ芽露めろ先輩は、ちょっと変わった人だ。


 なにかと爆発させるのもそうだけれど、まずロボ研を立ち上げた人という時点で変わり者扱いされている。また、伝説にもなっている。新入生の時のクラス内自己紹介では、自己紹介を一切せずにロボットへの愛を語ったらしい。そして二年生の時の新入生向け部活紹介では、たったひとりでロボットダンスしながらロボ研への客寄せを試みていた。とにかくエネルギッシュな人で、身長一四七センチの小柄な体で校舎をぎゅんぎゅん駆け回っては日々なんらかの問題を起こしている。


 ただ、意外と誠実な人でもある。

 それはロボットへの愛、もっと広くいえば創作活動への愛情として表れていた。


〝ロボット製作は、人を感動させることができる、すごいものづくりなんだ〟


 僕はその先輩の言葉に惹かれてロボ研に入ることに決めた。本当はもっと長々とした口説き文句があって、これはその一部に過ぎないのだけど。とにかく、先輩はこの言葉を確固たる信念から紡ぎ出していて、説得力があった。


 ロボットを、ものづくりを愛し、だからこそ誰よりもロボ研を大切に思っている。


 それが神宮寺芽露先輩なのだ。




     ◇◇◇




 爆発後で散らかったロボット研究部の部室では、ろくな話し合いができない。生徒会長の案内で、僕と先輩は生徒会室に来ていた。

 僕はなぜか、先輩の〝作品〟のひとつ、次々々世代型アンドロイドのイヴとかいうロボットを背負わされている。イヴは、高さが一メートルくらいあった。重い。


「なんでこのロボット持ってくる必要があったんですか先輩」

「え? いつも一緒にいたいくらいかわいいからだが……」

「なるほど」

「どこがかわいくて何がなるほどなのか、あなたたちの会話からは全く読み取れないのだけれど……。まあいいわ」


 椅子に座った生徒会長が、僕らにも座るよう促す。安っぽいパイプ椅子に腰を下ろすと、生徒会長は、机の上に肘をついて手指を絡ませた。


「さっきも言った通り、ロボット研究部は廃部とします」

「やだが?」

「神宮寺芽露さん、でしたね。人の話の途中に割り込むのはどうかと思いますよ」

「あ?」


 先輩と生徒会長が睨み合う。先輩は負けず嫌いなのだ。そして生徒会長の方も、プライドが高いと聞いている。僕は内心おろおろした。

 ふぅ、と吐息の音。

 生徒会長が溜息をつき、穏やかな笑みを取り戻していた。


「喧嘩をしたいわけではないのです。受け入れがたいことだとも承知しています。ですが廃部は揺るぎない決定事項。覆すことはできません」

「なんでだよー! 理由を言えよ。全部に反論してやるぜ」

「部の存続に必要な部員数を満たしていないからです」


 生徒会長は落ち着いて即答する。確かにロボ研は現在、部員はふたりしかいない。部として認められるには、最低三人は必要なのだ。

 いきなり反論できない理由がきた。どうする、先輩。


「はあ!? 部員なら三人いるが!?」

「……そうなのですか?」

「おまえの目の前にいるじゃん! 次々々世代型アンドロイド・イヴちゃんがさあ!」


 生徒会長は半目になった。

 僕はそれとは逆に、目を見開いた。


「なるほど!」

「いや何がなるほどなのかわからないわよ!?」

「イヴちゃんはかけがえのない家族であると同時に、わがロボ研の名誉部員でもある。いま決めた」

「苦し紛れの付け焼き刃じゃない! そんなのは認められません!」

「うっさいなー! とにかく廃部はヤなの!」

「何が次々々世代型アンドロイドですか! どうせ二足歩行すらできないおもちゃなんでしょう! ふざけるのも大概にして!」


 あ、と僕は口に出しそうになり、隣を見る。

 先輩の中のスイッチが「がしゃこん!」と切り替わる音を聞いた気がした。

 怒り心頭に発し、先輩が大声で反駁する。


「できるが!? 二足歩行くらいできるが!?」

「見栄を張らなくたっていいわよ! そんな技術あるわけない!」

「あるが!? 天才たるわがはいにかかれば歩かせまくれるが!? なんなら走れるが!?」

「ふ、ふーん! そう! だったらいまこの場で走らせてみなさいよ!」

「あーあーはいはいわかったわかった!! 見とけ!! イヴちゃんが走る歴史的瞬間をよお!!」


 先輩が叫びながら勢いよく立ち上がった。


 しばらく沈黙が下りた。


 先輩は座った。


「次々々世代型であるイヴちゃんが二足歩行できるなんてのは自明のことだからわざわざ見せる必要もないんだが?」

「やっぱりできないんじゃない!」

「うるっせぇぇーよ!! できるし!! 将来的には!!」

「話にならないわよ!? どうせ何年経っても走らせられないに決まっているわ!」

「はあ!? 超すぐに走るが!? 来週の体育祭に間に合うくらい超すぐ走らせられるが!?」

「へえー! やってみたら? 部活対抗リレーにでも出て、その醜態を晒すといいわ!」

「醜態!? わがはいとイヴちゃんと志摩は華麗に一位をとるんだが!?」

「と、とれるわけないでしょそんな歩けもしないロボット引き連れて!」

「とれるんだなああこれがああ!! 生徒会長見る目なさすぎだなーおいおいおい!!」

「なっ! こ、この……! ああそう! だったらやってみればいいじゃない! もしもロボ研がそれを走らせて部活対抗リレーで一位になったら、そのロボットを部員と認めてあげるわよ、絶対無理でしょうけ・ど!」


 生徒会長がお淑やかな声を台無しにしてがなり立てた。

 先輩の反論が止まった。

 代わりに先輩は僕の方に顔を向けた。


「志摩!」

「はい。バッチリです」

「よくやった。じゃ、放送室へ行こう」

「まじですか。怒られますよ」

「いいから行くぞ!」

「何の話をしているの? 放送室?」


 戸惑う生徒会長を無視して、先輩はずんずんと部屋を出ていく。僕もそれを追いかけた。そしてそのまま放送室へと直行。鍵が開いているか心配だったが普通に入ることができた。


 音響設備のスイッチを入れる。

 先輩による放送室ジャックが始まった。

 全校生徒に向けて、先輩の声がスピーカーを通して響いていく。


「あーあーテステス。えー、色鳥高校の諸君。わがはいはロボット研究部の部長、神宮寺芽露である。突然だが一分ほど、諸君の耳を貸してほしい。今、ロボ研は廃部になりかけている。それは部員の人数が三人に満たないからとされているが……これについて今回、五十嵐生徒会長からコメントをいただいた。今から録音したものを流そう」


 先輩がマイクの前からどいたので、僕は、これで教師たちからの大目玉確定だな、と思いながらスマートフォンのアプリの再生ボタンを押した。


『――――ああそう! だったらやってみればいいじゃない! もしもロボ研がそれを走らせて部活対抗リレーで一位になったら、そのロボットを部員と認めてあげるわよ!』


 放送室の扉がバンと開け放たれた。

 生徒会長が目を血走らせて立っていた。

 先輩はスルーした。


「このように……」

「ちょっと! 待ちなさいよ! 放送室は放送委員以外立ち入り禁止!」

「このように、慈悲深い生徒会長はわがはいのつくったロボットを条件付きで部員と認めてくれるというのだ!」

「黙れ!」

「言質はとった! わがはいたちは来週、体育祭の部活対抗リレーで優勝し! ロボットを部員と認めさせ! ロボ研を存続させることをここに誓わせてもらうっ! さらばだ諸君! 体育祭で会おう!」


 言いたいだけ言って、先輩は生徒会長の脇をすり抜けて猛ダッシュで逃げる。僕も逃げる。ふたりで廊下を走り、階段を二段飛ばしで駆け下り、走り終えて下駄箱のところまで来ると、ようやく息をついた。

 ふたりして息を荒げ、互いの顔を見る。

 僕はどうかはわからないけれど、先輩の表情は、充実感に満ち溢れていた。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」先輩が膝に手を置く。

「はぁ、はぁ……」僕は襟元を整える。

「はぁっ……ふぅ……。……くくっ」

「……ふっ」

「くくく。くくふふ。ふへへっ」

「ふふふ……」

「ふへはははっ! あっははは! うひひひひっ!」

「それで先輩」

「うふへへへ……何だ、志摩」


 愉快そうに笑い声を立てる先輩には申し訳ないのだが、さっきから疑問に思っていたことを僕は言わなければならない。


「僕らのロボット製作技術で、リレーに勝てるロボットなんてつくれます?」


 先輩は静かに息をつく。

 僕に背を向けて、差し込む放課後の夕日を眺めた。

 小柄な先輩の長い影が物悲しげに伸びる。


「志摩」

「はい」

「そこは考えてなかったわ」


 考えてませんでしたか。

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