第36話 襲来、お金持ちお嬢様!

「皆様、春休みは如何お過ごしでしたか? 魔術の練習に明け暮れる者、ご友人と心行きし者、意中の方と共に過ごす者、様々な時が流れた事でしょう」


 壇上でありがたーいお話をしているのはエーデル院長だ。彼女のお話は相変わらずお堅いのである。拡声の魔法でこの大きな会場の隅から隅まで声を届けているので嫌でも耳に入ってくるのだ。


「ですが、学生の本文は勉強。そこを決して忘れない様にしないといけません。今日は始業式だけですが、明日から本格的な授業が始まります。この「マギシューレン」は普通の学校と違い、生徒の自主性が重んじられます。良い意味で自由、悪い意味で放任です。気をつける様に、以上です!」


 格式的なお辞儀をした後、エーデル院長は壇上から降りて行った。

 やった、今日はこれで自由だ!


「ふわぁぁぁ……終わった終わったっと。さあこれからどうしようかな。便利屋の仕事は今日もないぞっと」


 シャーリーさんから、連絡様にと指輪を貰っている。用があれば光る構造だ。便利な世の中である。


「うーん、久しぶりの学校だなぁ。ホッシーの為にちょこっとだけ見て回ってあげようかな」


 ホッシーはと言うと、首から下げている鞄の中に潜り込ませている。ちょこんと顔を半分出しながら、たまに辺りの様子を伺ってるみたいだ。決して見つからない様にね!


「魔法の練習でもしてこうかな……」


 そういえば、長期休み明けは試験がある。いつもの魔法試験だ。どうせFランクなんだろうけど、練習はしっかりしておかなければいけない。


 すると、後ろからいきなり馬鹿みたいな声で笑いながら近づいてくる人物が現れた。まさかこんな初日に絡んでくるなんて思いもしない。どれだけ自分に会いたかったのだろうか。


「おーーーーーっほっほっほっほ!!!! エーフィーさん! ご機嫌麗しゅう。お久しぶりですね」


 この如何にもお嬢様みたいな笑い方をする人物。実はこれでも本物のお嬢様なのだ。名前はエラッソ・モイツ。モイツ家の次期女当主として将来を約束されており、このエーレでも有名である。みんなからは親しみ? を込めてエラと呼ばれているのだ。


「あらエラさん、ちょっと髪の毛が伸びたかな?」


「あらエーフィーさん、時が経てば髪が伸びるのは当然のことよ。そんな陳腐な意見しか出てこないなんて、もっと本を読まれた方が良いんじゃないかしら?」


 相変わらず煽ってくる野郎だぜ。周りの人間が言うには、どうも彼女は自分の事が嫌いという事になってるみたいだ。まぁこんだけ見下してくるから、他の人にはそう見えるかもしれない。


「ふーんだ、余計なお世話だもん」


 こちとら忙しすぎて勉強する時間すら殆ど無かったんだぞ! 君にその気持ちが……分かる訳ないか。


「あらあら強がっちゃってまぁ。どちらにしろ春休みの成果は試験でわかりますわ! その時が楽しみで堪りませんわね。おほほ、うほほほほほほほ!」


 ち、ゴリラみてーな声で笑いやがって。今に見てろってんだ! この私の春休みの成果を! ホッシーとの特訓(一時間)の成果をね!


「ふん! 今に見てなさい! それはそーと……エラ、香水変えた? とても良い香りがするわ!」


「え……?」


 ふ、この女、もう既に顔が真っ赤になってやがる。ちょろいもんだぜ。この調子でまた芋のお裾分けでも期待してようかな。今は食費も削らないといけないんだ。


「う、うふふふふふ……き、気づいちゃったかしら? そうなのよ、これはかの有名な調香師、ライ・バトン氏に直接見繕って貰ったのよ!」


「へー! その人知ってる! へぇ、この国に来てたんだねー!」


 良いなぁ、実際本当に良い香りがする。欲しいなぁこれ。寝る前とかつけると熟睡出来そうな感じよ。


「良いなぁ、私、そう言うの高くて買えないから羨ましいなぁ」


「え、あ、そ、そうなのかしら!? 貴方がどーーーーーーしてもって言うなら……もう一個注文してもよろしくってよ!」


 クックック、語尾がしゃくり上げてきたな。これはこれはなんてちょろい女だぜ。下から上目遣いでお願いすればまぁイチコロよ。


「あ! 後ね、以前頂いたお芋ってまだ余ってたりしてるかしら? あれも良い感じに美味しかったのよねー。ねぇねぇ、良いでしょう?」


 今日は特別に腕に絡みついてやろう。出血大サービスだ。


「あわ、あわわわわわわわ!! い、良いですわよ!? それくらい、モイツ家にとっては芋の百個や千個、用意するなんて朝飯前ですわ!!」


「うふふ、さっすがエラね。やっぱりAランクの魔術師は違うなぁ」


 耳元で小さく囁く。エラッソの肩が震え、目がグルグルしてきだした。今日はこれくらいにしておいてやろう。


「はいこれ住所! ちょっとお引っ越ししてたから、前の場所とは違うから気をつけてね!」


 顔が真っ赤っかである。トマトである。


「セバスチャン!!! セバスチャン出てきなさい!!!」


 お、あのお爺さんに会うのは久しぶりだ。きちんと挨拶をしておこう。


「お嬢様、シカト聞き入れましたぞ」


「は?」


 上を見上げると、そこには天井の壁に四つん這いで張り付いている執事の姿があった。

 あまりの恐怖体験に腰を抜かす所である。


 カサカサ、カサカサと壁づたいでこちらに近づき、渡した紙を胸ポケットに入れ、またどこかに移動して行った。ちょっと待て、何だその登場の仕方は、いくら何でも怖すぎだろ。


「はぁ、最近破天荒が過ぎたかしら。ちょっとお父様に反抗したからと言って、ここまで監視しなくても良いでしょうに」


 全く持ってその通りである。いくら何でも異常である!! 


「あらエーフィー、どうしたの尻餅付いて。まぁ良いわ、私は用事があるからこれで失礼するわね! お芋に関してはモイツ家の威信を掛けた最高級品を送らせてもらうわ! 貴方の驚く顔が見ものね。それじゃ」


 私がおかしいのか彼女がおかしいのか判別が付かないが、この場において異端なのは自分なのだろう。彼女らの中では今の光景は日常茶飯事なのである。


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