第32話 権力には勝てなかったよ……。

「おお勇者よ、淫欲に負けてしまうとは情けない」


 目の前の裁判長にとんでもない汚名を浴びせられてしまう。確かに逃げたことで罪はより深くなっただろう。だがこちらにも言い分があるのだ、それさえ証明すればきっと……。


「違うんです!! 彼女の中に悪魔がいたんです!! 本当です!!」


 周りが騒つき始める。

 一応勇者という側面も持っているからか、それっぽい事を言えばある程度のことは信じてくれるのだ。全く情けない話しだが。


「ほう、被告人、勇者ジャスティー・マンスよ。原告、エーフィー・マグの中に悪魔が居たという言い分だね?」


 そうだ、いたんだよ星形の金属が。


「はい! 彼女の中に––––」

「異議あり!!!!」


 シーナと呼ばれる女性が間髪入れずに割り込んできた。強引な女性だ。せめて最後まで喋らせて欲しい。


「そんなのデタラメです!! 悪魔がいるからと、無防備で可憐な女性の服を脱がすなんて非常識にも程があります!! それがまかり通るならやりたい放題じゃないですか!? きっと沢山の前科があるに決まってますよ!!」


 うわヤッベェ、めちゃくちゃ正論を言われてしまった。


「勇者だからって……弱い女性を襲うなんて……許されません!」


 勇者として最悪の出来事かもしれない。弱気を救い、強気を崩す正義の英雄である勇者が、まさかの淫欲に負けたと噂が広がれば、我がマンス家も没落の一途を辿るであろう。


 ……あれ? そういえばマグって。


「静粛に、ではジャスティーよ。まずは事実確認をします」


 書記官らしき人が厚い紙を束ね、カチカチとライターで打ち込みをし始めた。


「主観的証言は置いといてだね。彼女、エーフィーの服を脱がそうとしたのは本当かい?」


「……はい、本当です」


 後ろの傍聴席から汚らわしいとのお声が聞こえてきた。勇者生活おしまいかもしれない。


「被害者のシャツの上に血痕が見つかったのだが、これは君の鼻血出そうだが、間違いないね?」


「……はい、間違いありません」


 周囲が一層ざわつき始めた。そりゃあ女の子の服を脱がそうとして鼻血を出すなんて、明らかに変態だもんな。


「君の言い分では、中に悪魔がいるから、ということになっているが、呪術師に調べてもらったのだが、エーフィーにはその様な術は掛かっていなかったそうだが、これについてどう思うかね?」


「え……? 何も取り憑いてなかったんですか?」


「左様だ。何も取り憑いてなかったぞ」


 後ろからしらばっくれるなー! と野次が飛んできた。


「そ、そんな……でも」


 じゃああの星形金属は何者なのだ!


「裁判長!!」


 向かいの席でシーナという女性が声を上げる。

 相変わらず汚らわしい目でこちらを見てくる。


「判決を!! 判決をお願いします!!」


「静粛に、静粛に」


 場内が静まり返る。


「被告人、ジャスティー・マンス。貴殿は不当にも夜間に女性を暴行し、目撃者の証言により、卑猥な行いを決行しようとしていたのは明らかである」


 ああ、終わった俺の人生––––。


「しかし、それはあくまでも証言のみ。女性の体からは暴行の痕が見られず、実際は服を脱がせようとしていただけで、実行とまでは判断が難しいのである!」


「––––な!? 裁判長!」


 狼狽るシーナ。

 

「よって! 証拠不十分にとり、勇者ジャスティー・マンスを不起訴とする! これにて閉廷である!」


 場内が騒めき始める。

 こんなの横暴だ! と傍聴席から野次の嵐が起こったが、警備員がその動きを封じ込めた。


「尚、この情報を口外したものには罰則を与える。一生牢屋から出られない可能性があるので、自らの身の振り方に気を付けることだな」


 裁判長の最後の一言は、まさに悪魔の一言であった。


––––

––––––––

––––––––––––


「全くジャスティーよ、困らせないでおくれよ、君は勇者なんだぞ?」


 休憩室にて裁判長にお説教を喰らった。

 彼は俺の爺様と旧知の仲。


「はぁい、気を付けます」


「にしても、君が欲情するほどの女性なんて見てみたいものだな。今日の出頭には応じて貰えなかったのが悔やまれるな……」


 いや、流石に勘違いだとしても俺には会いたくはないだろう。昔から倫理観がぶっ飛んでるのは知っていたが、かなり私欲的な人物である。


「程々にしといておくれよ? 昨今、犯罪を隠すのも大変なんだからな。その点をよーく理解するように!」


 すると、急にドアが大きな音を立てて開いた。

 そこには、先ほど原告の弁護側にいたシーナという女性だ。


「聞いたわよ!! 今の話し! 信じられない!!」


 うわヤッベー、流石にこれはまずいでしょ。どうするんだ裁判長。


「こんにちは、シーナさん。信じられないかな? でもこれが上流社会というものだよ。君のブルグ家だって昔守ったことがあるんだ。お父様から聞いてないかな?」


 魔王より極悪人かもしれんなこの裁判長。


「そ……それは!!」


 何も言い返せないのだろう。拳を握りしめている。


「ほら? 早く友達の所に行った方がいいんじゃないか? 勇者は諦めてないそうだぞ?」


 えええええええ何言ってんだこのクソ裁判長おおおおお!?!?!?!?!?!?

 やめろおおおおおおお!!!!


「な……な……! ぐす……こ、これ以上エーフィーに近づいたらただじゃおかないからね!!!! 刺し違えても貴方だけは許さないんだから!!!!」


 そう言って走ってその場をさるシーナ。

 ああ……誤解を解きに行こうと思ってたのに……。


「ふぅ、これにて一件落着だね。良かったなジャスティー」


 ちっともよくないやい!

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