第26話 セクシーな女性が真っ昼間から蒸留酒と戯れてる便利屋さん

「さあ着いたぞ、降りてくれ」


 エーレ中央のお城から移動すること一時間。先日の幽霊屋敷の近くのオンボロの建物。古びた看板には「ベクヴェーム」と書かれてある。ぱっと見の外観だけではどの様なお店かは判断がつかず、普段なら気にも止めないで素通りするだろう。


「……ここですか?」


「ああそうさ。私も久しぶりに来たよ。大丈夫だ、アポイントは取ってある」


 ドアの前の虫の死骸、蝶番に自分の居城を構えている大蜘蛛、今にも外れそうなドアノブ。営業しているのか疑わしい外観だ。

 だがコリーが、商会のトップが来るほどの店、きっと中は桁違いなのだろう。カモフラージュというやつだ。そうに違いない。


 ゴクリと喉を鳴らし、恐る恐るドアを開ける。

 開けてすぐ階段があり、どうやら二階が事務所となっているみたいだ。ポストは一つだけ、201号室の表記だけだ。

 すぐ横の電灯のスイッチを押すも、全く反応しない事から、普段から掃除はしないのだと推察出来る。


「ぬ、暗いが見えないことはないだろう。さ、上がっておくれ」


 少し登った先に、自分の背丈より大きいドアがあるのを見つける。階段はそれ以降続いてなく、ここで行き止まりの様だ。


 再びドアを開ける。


「ごめんくださーい!」


 すぐ目の前のソファーに背を向けている人物を見つけた。

 薄いブロンド、金と白が合わさった様な光を反射する髪。その周りをもくもくと白い煙が漂っている。仄かな甘い香りと、煙臭さが一気に鼻腔を通過し、こちらの気分を下げるのであった。


 なんか煙たいなと思ったら、葉巻を吸ってるのか。


「ん? あんた誰だい? コリーが来る予定だったと思うけど」


 こちらを振り向き、濃いルビー色の瞳と視線が合う。

 ワイルドに大きな胸をはだけさせ、シャツは着崩し、短めのホットパンツからスラッと伸びたタイツは大人の色気を醸し出している。右手には二本の指で固定する葉巻に、テーブルの上には蒸留酒と、ロックグラスに丸氷。明らかに一杯やっている風貌である。


「ふぅぅ、ここは相変わらずだなシャーリー。元気そうで何よりだ」


「お、コリーじゃないか。この可愛らしいお嬢ちゃんは誰だい? あんたの彼女かい? 悪い事は言わないから逮捕される前に考え直した方がいいぞ。通報は私がしとくからさ」


 そこは待って欲しい。通報する前にせめて弁明の機会を与えるべきである。コリーさんはいいだろうが、自分の立場が無くなってしまうではないか。


「相変わらず減らず口が経たないな君は。今日はお願いに来たんだ。向かいのソファー、座っても?」


 シャーリーと呼ばれた女性は葉巻を受け皿に置き、両手を叩いて笑っている。自分の冗談に自分で反応したみたいだ。自給自足タイプである。


「うそうそじょーだん、じょーだんよ。そんなマジな顔しなくていいじゃない、緊張してるのかな?」


 背中をポンポン叩かれ、向かいのソファーまで誘導された。そのまま彼女はキッチンに向かい、お茶の用意をしているのか、グラスの音が聞こえてくる。


「あのー……コリーさん? 先程の方がここの店主なのですか?」


「うむ、彼女の名前はシャーリー・エルマー。以前は凄腕の冒険者だったのだが、落ち着きたいということでここで便利屋を営んでいる。7年ほどの付き合いでね、かなり信頼出来る人物さ。きっと君の力になってくれる筈だよ」


 そう話していると、奥の方からシャーリーが姿を現した。両手に飲み物を持ち、慣れた手つきでテーブルに並べる。すぐさま元のソファーに戻り、隣にある蒸留酒をグラスに注ぎ一気に喉に流し込んでいた。


「真っ昼間からよく飲む奴だな。普段からこんなだらしない生活をしているのか?」


「なんだよコリー、お説教の為にここに来たのか? いいじゃないか私の勝手だ。それともあんたも飲んでくかい?」


「何を言っている。仕事もしないでサボってばかりいるからお金も稼げないんだ。今月も家賃滞納だそうじゃないか! 言っとくが、私はきっちり返して貰わないと気が済まないタイプでな。ってそのお酒先々月家から無くなったお酒じゃないか!! 挙げた覚えはないぞ!」


 なるほど、手癖が悪いタイプと見た。


「えー! そりゃないだろコリー! あんたが弾みで私の胸を揉んだ代償として貰った物じゃないか! 不可抗力とは言え乙女に失礼な事をしたって言ってたのはあんたじゃないか! さては酔っ払って覚えてないんだな! 奥さんと子供もいる癖に!」


 それは初耳である、いいネタを仕入れたぞ。ここぞとばかり女の武器を使いこなす、一流の流儀である。って奥さんと子供いたんかーい。


「覚えてるさ、こう、下から持ち上げられ––––」


「ま、待てシャーリー。そう言えばそうだったな、ついつい軽はずみな発言をしてしまったよ。そんな出来事もあったと言えばあった。お酒の力で記憶は彼方へと消えてしまっていたみたいだ。おいエーフィー、何故そこまで離れる。というか場所変わってないか?」


「いえいえお構いなく、私はこの位置でいいですので、ご自由に談笑ください」


 すると、横にいたシャーリーに肩を組まれ、グイッと顔を近づけさせられた。お酒臭い。


「っっっへええーーー……こりゃたまげた。なんて見目麗しい少女なんだい。もしかして献上してくれるのか? 貢物かい?」


 確かに何となく生贄に捧げられた感覚がする。

 子供におもちゃを与える様な、おもちゃになった気分。きっとボロボロになれば捨てられてしまうのだろう。


「彼女の名前はエーフィー・マグ、知っているだろう?」


 マグという名前にピンと来たのだろう。一瞬だけ表情は変わったが、また直ぐに戻る。


「ああ、なるほどね。あの偉大な……ね。まさかこんなに可愛いなんて思わなくてさ、びっくりした。魔法はどの程度使えるのかい?」


 うぐぐ、何とも答え辛い質問を投げかけてくる。でもそれが自分の実力。見栄を張った所ですぐにバレてしまうだろう。


「マギシューレンでのランクはFです。ファイの魔法しか習得してません」


 シャーリーはそれが可笑しかったのか、また両手を叩き笑い始めた。途中むせたので背中を刺すってあげる。


「くくく……! へえ気に入った。高名な血を受け継いでるからどんな高飛車な奴だと思ったが、可愛がり甲斐のありそうな子じゃないか。コリー、あんたが連れてくるってことはよっぽどの事をしたんだね?」


「ああ、彼女には返しきれない恩がある。その為だよ。君に任せたい」


「りょーかい、大方金が必要なんだろ? 稼がせてやるよ、採用だ」

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