落ちこぼれ魔術師エーフィーと心召すお星様
まるだし
第1話 プロローグ 煌く流れ星は願い事を叶えられるでしょうか
悪はどのように生まれるのでしょう。
環境? 気質? それとも……神様が決めた運命?
表面に湧き出た膿の様に、下から下からひょっこり出てくるのかもしれません。
悪性とは、人の視点です。
人から生み出されたのなら、責任を持って受け入れてあげるべきなのです。
ですが、人というのはそれを拒みます。
勇者という存在生み出して。
正義と悪の戦いは、こうして何百年と繰り返される。
“これは、一人の少女が魔王を倒す物語である“
––––マーフィー! 援護魔法を頼む! 一発重いのをぶち込んでやれ!
魔王城、玉座。
そこは、伝統とも言える人類の決戦の場として長く受け継がれてきた場所。幾たびの血が流れ、屍の山を築き上げてきた戦士の墓場。
最強の称号を持ってしてでも、一刻も過ぎないうちに立つ事さえ叶わず土に還るのが普通だ。
だが、今回は特別であった。
誰一人欠ける事なく、誰一人傷を追う事もなく、城の主の元まで辿りついてしまったのだ。それは何故か。
「マーフィー!! 回復魔法を!」
攻撃から回復まで、何でもこなしてしまう魔法使いが居たからである。
魔法使いの治癒術で、全身に火傷を負った勇者の体がみるみる癒えていく。彼だけではない、武闘家も、弓使いも全員に治癒を掛けていた。
如何なる傷でも全快になるまで回復させる魔法。そもそも魔力量もとんでもなく、習得すら困難なこの魔法を幾度となく使い、尚且つ一斉に放つ事の出来る者など、彼女しかいない。
「さっすがマーフィー! 偉大なる魔法使い!」
「無駄口叩かない! 次が来るぞ!」
武闘家と弓使いが危機迫った表情で体勢を整えた。魔王の掌から、獄炎が濃縮された魔法が宿っている。圧倒的な火力でこちらを溶かす作戦らしい。
単純だ、対策なら考えてある。
「行きます! 皆さん、今がチャンスです! 絶大なる氷魔法を喰らうがいい!」
魔王が炎を放とうとした瞬間、玉座一体に氷の世界が開かれる。
そのあまりの冷気に、掌の炎はチリとかし、気が付けば腹部に大きな剣が刺さっていた。勇者の剣だ。
「ふぐぅぅぅぅ……な、な、我が……まさか」
新しい魔王として迎えられ約100年、今までどんな強者とも刃を交えてきた。
少し力を見せれば消し炭になり、剣を振るえば真っ二つ。誰も、自分に敵う者などいない。
今回も所詮はその程度、そうタカを括っていたのがツケになってしまった。予想を裏切る奴がいたのだ。魔法使いの、女。
「これで終わりですね、魔王」
まただ、また憎しみを向けられている。魔王というだけで。
“我が、まだ人間だった頃と同じだ“ こいつらは身勝手で、用が済んだら捨てるんだ。
許せない、許せない、許せない。
「誰にだって幸せになる権利はある。話し合いをする機会だってあるのだ。それなのに何故拒む!」
いきなり突拍子もない言葉を投げかけられ、戸惑いを見せる勇者達。
「我は、死ぬわけにはいかぬ。負ける訳にはいかぬのだ。今は退いてやろう、だが覚えているがいい。必ず復活し、其方らの首を飛ばす事を」
––––最後の手を使う羽目になるとは。
魔王の体が眩い光に包まれる。
勇者がもう一振り、剣でトドメを刺そうとしたが間に合わず、魔王は光の粒子となってその場から飛び去ろうとしていた。
「な!! 上空に逃げる気だ!! マーフィー! 追いかけてくれ!!」
「分かったわ!! 貴方たちも早く箒を取りに行って付いてきて!!」
飛翔魔法のおかげで自由自在に空が飛べるのだ。魔法の箒など使わなくても。
爆発魔法で、天井に穴の空いた魔王城から勢いよく飛び出す。まだ遠くまで行っていないからか、すぐに追いついた。
「逃しません! 包囲の魔法でじっとしていなさい!」
目に見えない壁を四方八方に作り出し、光の粒子を閉じ込めた。
魔王のトドメは勇者の剣でないと刺すことは出来ない。その間に逃げられない様、全魔力を用いて必死に封じ込める。
「くうううううぅぅぅ!! 流石の抵抗力ね! でも魔力を吸い出されたらいくら貴方でもどうかしら? 覚悟しなさい!」
光の粒子は魔力の集合体。この壁の中ならいくらでも魔力抽出を発動出来るのだ。
「抽出魔法発動! 魔王の魔力なんて体に悪そうだけど、背に腹は変えられないのよ!」
闇の権化とも言える薄黒い魔力の波動が体の中に入り込む。
常人なら到底耐えるまでもいかずに絶命してしまう様な、絶望的な感情が体の中で暴れ回った。
瞬間、脳裏に映像が浮かんできた。
––––とても、いい気分になるものとは思えない。
見たくもない光景だ。
「……ああ、そういう事、そういう事なのね。……なんだ、結局一緒じゃないか」
魔王の討伐から月日は流れ、当時の戦士たちは英雄となった。
特に功績が大きい魔法使いは、街中に銅像が建てられ、人々から羨望の眼差しを向けられ、
––––偉大なる魔法使いとして、奉られる事となる。
さらに月日は流れ、魔王の存在が風化してきた頃、一人の少女がある出会いを果たす。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「ひぇえええええええ!? 星が喋ってる!?」
「なんだい? 驚き過ぎじゃないかな? 星だって喋る事ぐらいあるでしょ?」
古臭い書庫の奥の整理をしていたら、とても珍しい装飾が施された宝箱を見つけた。大叔母様の遺産の一部である。
膨れ上がった借金を何とか抑えるため、こうして埃まみれになりながら懸命に作業をしている最中だったのだが、少しの好奇心を働かせてしまったのがきっかけだ。
「ふふふ普通じゃないよ!? そんな金属の塊が喋ったりするもんか!」
床に尻餅を着きながら指を刺し、空中に浮かんでる星に向かって声を上げた。
大叔母様は収集家としてもずば抜けた審美眼を持っているため、普段ならお目にかかれないような希少なアイテムを蓄えていたのだが、流石にこれは予想外過ぎたのだ。
「うーん、といっても喋れるから仕方がないじゃないか。っていうかここはどこなの? あれ? そういえば私は誰? なんだかおぼろげで何も思い出せないなぁ」
何だそれ、スーパー胡散臭いにも程がある。
「ええい! さては悪魔のアイテムだな! ここで成敗してくれる!」
近くにある魔法の杖を手に取り、全力で星に向かって振りかぶった。
ペコチーン!☆
見事にクリーンヒット、ホームラン級の当たりである。
「痛ったーーい! なんて事するんだ君は!? 普通常識的に考えていきなり殴りかかってくる奴がいるもんか! もっと冷静に立ち回りたまえよ、まずは話し合いと相場が決まってるんじゃないのかい? さあ杖を置いて、真正面の椅子に座って、目を見るんだ。いいかい? それなら私が悪魔じゃないことくらい分かるって物さ」
謎の星型金属に常識や理性を問われるとは、世も末である。
「うるさい! 大体あんた目どこにあんのよ!? 私の事が見えてるのがおかしいのよ! ていうか口は? 耳は? 人間に必要な器官が全然ないじゃないのよ! これのどこが悪魔じゃ無いっていうの? 何か弁明はある?」
うっわー、確かにそう言われると言い返せない。記憶が無いってのは本当なんだけどなぁ。信じてくれそうにないな、はてさてどうしたことやら。
「叩いても壊れないのなら、ここは魔法で……!!」
少女の手に炎の球が精製され始めていた。魔法である。
「うわちょ待って待って! ここで魔法はやばいって! 本に燃え移るじゃないか!」
「は! 記憶喪失とか言っちゃってさ、きっちりこれが魔法だって分かるんじゃないの。この悪魔め〜! 騙そうとしたな!?」
くそ! だめだこいつただのバーサーカーじゃないか! ええと何か止める手段止める手段止める手段……。 ああ! これは!
「おい待て! 私が入ってた宝箱に手紙が置いてあるぞ! エーフィーへって書いてある、これ貴方の事じゃないの!?」
星の鋭角の先っちょで紙を摘み、目の前の少女に投げた。
「なにを……ああ! これって大叔母様の字じゃない! 私宛てって……」
良かった、何とか思い留まってくれたみたいだ。こんな所で黒焦げになるなんてまっぴらごめんなのだ。
「ちょっと、動くんじゃないわよ」
「はいはーい、どこにも行きませんよーだ」
憎まれ口を叩く星にもう一発打ち込みたいのを我慢し、丁寧に、ゆっくりと封を開封する。どうやら紙が劣化しないように防腐の魔法をかけてあるみたいだ。つまり、よっぽど大事な事が書いてあるらしい。
親愛なる、愛しのエーフィーへ。
お元気ですか? この手紙を開いてるという事は、恐らく私はこの世にいないでしょう。もっと貴方の成長した姿が見たかったのだけれど、それはもう叶わない。でもきっと、将来は素敵な女性になっているに違いないわ。
ここで本題、いつも貴方に宿題を出していたのを覚えてるかしら? 魔術学院に行き始めてからめっきりその機会は無くなりましたよね。少し寂しかったですが、貴方の成長の為、仕方のない事です。
でも、これは私からの最後の願い、宿題よ。
そのお星様を、解放してあげて。
マーフィーより
涙がポロポロとこぼれ落ちる。
大好きだった大叔母様、いつも綺麗で、どんな時も私の味方をしてくれた大叔母様。
最後に託された願い。私は流れ星になれるのかな?
「ほら、近くにタオルがあったから、これでも使いな」
星形の金属が先っちょの鋭角でタオルを引きずりながら持ってきていた。これが、大叔母様の宿題。
「ぐす、ぐすん、貴方、案外いいやつね」
「案外って何だい案外って! 失礼だなんもう」
鋭角が手となっているのだろう、人みたいに腰に手を当てているポーズを決め、ふんすと鼻を鳴らしている様に見える。
「金属の癖に柔らかいんだね!」
「あ! また余計なことを言ったなぁ〜 ふんす! まあいいや。所でエーフィー? だよね。君はここで何をしているんだい?」
「ああ、あのね、借金返済の為、大叔母様の遺産をお金に変えなきゃいけないんだ。本当は嫌なんだけど、仕方ないよ。お金が無いんだもん」
お金、お金は知っている。無いと生きられない必需品だ。
「えーっと、それって結構やばい?」
「うん、やばい」
「どのくらい?」
「えっと、それは換金してみないと分からないんだけど、多分圧倒的に足りない」
基準は分からないが、ここにある金銀財宝を売り払っても足りないとなると、相当な額なのだろう。
「うーん、どうしてそうなったの?」
「それはねーーーーーー」
一人の少女と、一個のお星様が出会いを果たす。
それは、夜空に煌く流れ星の様に、人々の願いを叶えていく旅の始まりであった––––––––。
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