第17話:岩堀り→水やり

 ルナが腰に下げたポーチには、毒消し草が入っていた。

 それを口に含ませ、ペットボトルのお茶を飲ませる。


「これでいいのか?」


 こくりと頷くルナとネフィティア。

 スーモも心配そうに二人を見つめる。


「解毒できるのにどのくらいかかる?」

「分からない、けど……数時間は掛かるかも」

「ここにいたらマズいな。他のモンスターも来るだろうし……」


 後ろには大きな岩がある。それこそ持って来たテントぐらいの大きさだ。


「テント……そうだ。この岩をくり抜ければ!」


 入口は這って入るぐらいの大きさにして、中も横に慣れるスペースがあればそれでいい。

 陽が暮れる前にくり抜くぞ!


「"無"」


 スキルの形が変えられるようになった。だがサイズアップしたわけじゃない。

 野球ボールより少し小さいサイズを、そのまま薄く延ばしたりできる感じだ。

 薄くても、触れさえすれば無に帰すことが出来る。


 まずは直径50センチちょいぐらいの円形にして、大岩に押し当てそのまま奥へ。

 岩の奥行きはざっと3メートル半ってところか。寝そべってバンザイして届くところまでくり抜いたら、スキルが消えた。


「カ、カケル……なにやってんのよ」

「岩テントを作ってんだよ」

「き、危険ですぅ。カケル、スキル使い過ぎぃ」

「すぐ済む! "無"」


 少し眩暈がした。けど、気合で堪える!


 今度はさっきより薄く、そして縦に長い長方形の『無』に。

 手早く岩をくり抜き、寝るスペースを作った。

 さすがに十数秒じゃあ終わらないか。もう一回──


「"無"──」


 もう少し──もう少しくり抜くんだっ。


「カケルゥ」

「スーモ、二人を見ててくれっ。こっちはもうすぐ終わるから……もうすぐ」


 意識が飛びそうになるのを、顔を振って堪える。

 な、なんとか2×2メートルの空間は作れた。高さは座っても頭が天井に着かない程度しかないけど、あともう一回の『無』はたぶん無理。


「スーモ、手伝ってくれ」

「分かったのっ」


 スーモには先に中に入って貰い、俺がルナに肩を貸してなんとか立ち上がらせる。


「ルナ、頑張れ。あの中に入るんだ」

「わ、分かったです。ん、んん」

「スーモ、引っ張ってやってくれ」

「はいなの」


 ルナの次はネフィティアだ。同じように立たせて、岩に空けた穴の前へ。


「まさか岩を……テント代わりにするなんてね」

「なかなかいいアイデアだろ? ただ狭いから、窮屈かもだけど」

「あんたも休みなさいよ」


 言われなくても……もう、限界だから、ね。


 ネフィティアが入ったと俺も続く。

 匍匐前進するように穴に入って────






「んあ……あっ!?」 


 がばっと起き上がって、それからスーモと目が合った。


「気絶……してた?」


 涙を浮かべてスーモが頷く。そして俺の胸に飛び込んで来た。


「気が付いたです?」

「ルナ……ごめん」

「謝らないでよ。あ、あんたはボクたちのために……頑張ったんだから」


 横では二人は岩を背もたれにして座っていた。


「ネフィ……二人はどうなんだ?」

「ネフィテイ……い、いいわよ、もう。ボクたちは大丈夫なんだから」


 お、ネフィティアが、「ネフィ」と呼ぶことを許してくれた?


「ふふ。毒でぇ、すこーし頭がぐるぐるしてるです」

「横になるより、こうして座ってる方がいいのよ」

「そうなのか」

「そうよっ」


 意外と元気そうで良かった。

 だけど岩テントを作って正解かもしれない。

 二人は眩暈がするようだし、外で野宿していてモンスターに襲われれば危険だ。

 たぶんそこでも俺が気絶して、四人全員でモンスターの胃袋行きになっただろう。


 そこでグゥーっと音が鳴った。


「カケル、お腹空いたの?」

「……空いた」

「カケル、お腹空くのは元気な証拠なの。よかったのぉ」

「ごめんなスーモ。心配させて」


 スーモは俺から離れると、隅に置いてあったリュックを持って来てくれた。

 スーモは小さいから、この穴の高さでも十分立って歩けるようだ。


「二人は?」

「いただくわ」

「食べるですぅ」

「スーモは?」


 尋ねても首を傾げるだけ。そういやスーモが何か食べている姿って、見てないな。


「スーモも食べてみるか?」

「精霊は食事を必要としないわよ」

「お花さんとかと同じですよぉ」


 じゃあ日光とか水なのか?

 お茶を渡すと、おそるおそる口を付けた。


「んぐんぐ」

「飲めるんだな」

「美味しいの」


 味覚はあるようだ。じゃあ弁当のキャベツ炒めを食べさせてみると、渋い顔をした。


「食べ物はダメか」

「でも食べれてはいるようね」

「スーモちゃん、美味しくなかったですかぁ?」


 スーモはキャベツをじっと見つめた。

 それから申し訳なさそうな顔で「焼いてない方がいいの」と呟いた。


「そっか。次は生サラダにしような」

「はいなのっ」


 嬉しそうな笑みを浮かべ、スーモはお茶を口にした。






「一晩で毒が抜けてよかったわ」

「けど毒消し草はあと一枚しかないな」


 翌朝、すっかり毒が抜けて元気になったルナとネフィ。

 気絶の後、スキルを二回使って中の空間を広げた。今後はここを狩りの拠点として使えるだろう。


 朝飯を食べながら、今日のことで話し合う。

 まだバジリスクエリアの中だ。また毒攻撃を食らう心配だってある。

 毒消し草が一枚だと、一度誰かが毒状態になればそれで使い切ってしまう。


「引き返すか?」

「砂のある場所はあともう少しなのよ。あと三十分も歩かないわ」


 本当に直ぐそこだな。


「じゃあ慎重に行くしかないか。……ん?」


 スーモが服の袖を引っ張る。

 目を輝かせ、頬を染めたスーモが俺をじっと見つめていた。


「どうした、スーモ」

「ん、ん。あのね、あのね、ツリーハウスの苗木にね、お水少しだけ欲しいの」

「あ、そうか。ツリーハウスにもご飯・・をやらなきゃな」


 ツリーハウス用の水は、中身を飲み干したペットボトルに入れて持って来ている。

 岩テントを濡らさないよう、外に出て水をやった。

 その様子を嬉しそうにスーモは見つめ、水やりを終えた苗木を優しく撫でていた。

 それからスーモは、期待するような目を俺に向ける。


 これは、なにを期待されているんだろう?


「ス、スーモ……偉い?」

「ん? あぁ、教えてくれてありがとうな。偉い偉い」


 従姉の子にしてやるように、なんとなくスーモの頭を撫でた。


「えへ、えへへ」


 どうやら正解だったようだ。

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