第14話:無→指
「やるぞ!」
「オッケーッ。ルナッ」
「はーいですっ。"土の精霊さん、おねがーいっ"」
ルナの精霊魔法で土が盛り上がる。それが檻になってトロルを閉じ込めた。
俺はその盛り上がった土の上に立っている。そこだけ足場はしっかり作られていた。
「よし。"無"! おいっ、こっち向け!!」
『オォッ』
「よし、ご苦労」
俺の声に反応して、トロルがゆっくりと振り向く。
トロルは3メートルを超える巨体の持ち主で、その怪力は凄まじいらしい。
だから決して奴の手が届く距離には近づくなと、ネフィティアに教えられた。
奴の額がキラリと光る。
「んじゃあまずはフォークっと」
緩やかに弧を描くようにして『無』が落ちる。
パンッと乾いた音を立ててトロルの巨体が靄になって消えた。
「近づかなきゃどうってことない奴だな」
「普通は脅威なんだけどね。あんたのそのスキルが異常なのよ」
「そ、そっか。ルナ、下ろしてくれ」
「オッケーでーすっ」
ずももっと盛り上がった土が戻ると、トロルを閉じ込めていた場所にゴルフボール大のクリスタルが落ちていた。
「これってこのまま精霊を宿すのか?」
「大きな物は砕く場合もあるわ」
「これぐらいだとー……どうするのかなぁ?」
「その辺は長老様が考えてくださるわ。あ、次が来るわよっ」
二匹目のトロルがのっしのっしとやってくる。
巨体だけど動きは鈍い。
このままやるか。
「"無"。次は──あんな高い位置、普通は投げないんだよなぁ。よし、暴投!!」
『無』がぎゅんっと真っ直ぐトロル目掛けて飛んでいく。
奴がそれを見て手で払いのけようとするが、その手の動きより先に『無』が額に着弾。
断末魔の叫びもなく、トロルはさぁーっと砂が崩れ落ちるようにして消えた。
残ったのはさっきとまったく同じサイズのクリスタルだ。
「フォレスト・リザードより小さいよなぁ」
リザードのはこれの1.5倍ぐらいの大きさだった。
「クリスタルのサイズは、モンスターの強さに比例しているのよ」
「じゃあフォレスト・リザードの巣とかは?」
「な、ないわよそんなの!」
「うぅん。俺の『無』は連続使用できないし、出来れば大物狙いがいいんだけどなぁ」
「これだって十分大物よ……」
だけど物々交換に必要な量になるのに、何日掛かるのか。
休憩を挟みつつ、トロルを五体仕留めて移動することになった。
トロルは小さな群れ、つまり家族単位で行動するモンスターだという。
俺が倒した五体は、家族だったのだろうか。
雄と雌がいたようには見えないし、子供も大人もないように見えた。
……深く考えるの止めよう。
「お、森が開けた」
「開けても、ここは大森林の中よ」
「この辺はですねぇ、地面の下がぽっかぽか過ぎて木が育たないのですぅ」
地面がぽかぽか?
触れてみると確かに暖かい。
え……
まさか地下にマグマが溜まってるとか、そんなオチがあるんじゃ!?
「炎の精霊の力場なのよ」
「り、力場……あの、火山とか、マグマとか、そういうのが?」
「は? そんなもの無いわよ。あ、でも大昔はあの山が噴火していたそうよ」
ネフィティアが指さすのは、かなり遠くに見える山だ。
「い、今は休火山?」
「いいえ。出し尽くして、もう二度と噴火しないわ」
「ルナたちが生まれるずっと前からですぅー」
そ、そうか。
炎の精霊とか溶岩に関係性はないのか。
まぁ昔そうだったから、その名残はあるんだろうけど。
「この一帯は地熱のせいで水がすぐ蒸発して、それが原因で植物が育たないのよ」
「だけどモンスターはいまーす」
辺りには木が一本も生えていない。だけど視界はめちゃくちゃ悪い。
壁のようにそびえ立つ岩が多くて、死角だらけになっている。
「ここに生息しているモンスターは?」
「いろいろいるわよ。ゴブリンやコボルトもいるけど、この辺りは雑魚中の雑魚」
「この世界でもゴブリンは雑魚扱いか」
「あんたの世界でも?」
地球にはゴブリンなんていないけど、ここは適当に頷いておく。
存在はしてなくても、雑魚だという認識はされているし。
「大きいのだとねー、蜥蜴蛇と黒いのがいるですぅ」
「蜥蜴蛇と黒いの?」
「バジリスクとガイアン・ロックよ」
なんだか一気に難易度が上がった気がする。
「バジリスクは毒を吐くから気を付けて」
「黒いのは?」
「とにかく硬いの。でもあんたには関係ないわよね」
「すっごく、すっごっっっーっく硬いです。力もトロルの倍以上って言われてるですよ」
そんなに硬くても、俺のスキルは本当に関係なく無に帰せるのだろうか。
「あー、うん。『無』スキルの前だと、硬いとか柔らかいとか関係ないみたいだな」
ガイアン・ロックってのは、黒光りするゴーレムだった。
体高はトロルと変わらないガイアン・ロックも、『無』が触れた瞬間に核が消滅した。
靄になって四散すると、そこには掌サイズのクリスタルが転がっていた。
このぐらいのサイズだと、結構いいんじゃないか?
「よし、次行こうっ、次」
「あまり奥へは行かないわよ。引き返す時間だっているんだし」
「あ、そうか」
「カケルゥ、あそこあそこぉ」
ガイアン・ロック発見!
ん?
なんかあのガイアン・ロック……胸部に膨らみが……。
い、いや、考えるな。
ゴーレムに雌雄があるなんて、そんなはず……。
「あれは雌ね」
「女の子のガイアン・ロックですぅ」
「うわあぁぁぁーっ! "無"っ」
そんな現実は知りたくなかったぁーっ!
コントロールを定めることなく投げた『無』は、核とはまったく別の場所に当たった。
よりにもよって胸だ。
ただその前に奴の手があって、それもろとも穴が空いた。
「心臓っぽい位置だけど、死なないか?」
「少しずれたのね。もう一発撃てる?」
「大丈夫だ。今度こそ──"無"!」
二度目は核にジャストミート!
ふぁさぁっと崩れ落ちた後には、やはり掌サイズのクリスタルが落ちていた。
いや、もう一つ別の物がある!
「ネフィティア、ルナ。この黒いのって……」
「ロックの指、かしら?」
「最初に投げた『無』が、指に当たったですねぇ。それですっぽーんって抜けたんじゃないかなぁ」
いや、抜けないだろう。
けど指の太さより『無』の直径のほうが大きかったんだろう。
根本が消滅して、先のほうだけ落ちたのか。
「核の消滅前に体から離れた部分は、靄にならないのか」
「知らなかったわ、そんなこと。いつもクリスタル集めのときは、ゴブリンやコボルトみたいに素材も取れない雑魚モンスターから集めていたから」
「ゴブリンとかコボルトなら、ルナも魔法一回で倒せるですぅ」
「仕留め損なった場合でも、頭を狙っているから即死だし」
ほぉほぉ。じゃあ生きたまま素材を剥ぎ取れば──
うっ。物凄くグロいものを想像してしまった。
生きたまま毛皮を剥ぐとか、恐ろしい。
それに、途中で死なれたらその瞬間に核が腐ってしまう。あんまり効率的じゃあないな。
「ガイアン・ロックの指って、価値ある?」
そう尋ねると、二人は首を傾げた。
よく分からないのか。まぁせっかくだし持って帰ろう。
「じゃあそろそろ帰るか?」
「そうね。遅くはなるけど、急いで帰れば今日中には里に戻れるでしょうね」
「ねっ、ねっ。カケルのスキル、大きくなってると思わないですか?」
え、大きくなってる?
「スキルのレベルが上がったのかしら。見てみたら?」
「あ、見てみるって、どうやって?」
「知らなかったですか? ルナも知ってるのにぃ」
いや、俺の世界にスキルとかステータスなんてなかったから!
「スキルを見るだけなら、頭の中でそれを見たいと念じるの。ステータスもそうよ。今までそうしたことがなかったのなら、最初は上手くいかないかもしれないけど」
「練習、練習ですぅ」
練習かぁ。
スキルの詳細ををををーっ、──見せろ!
ユニークスキル:無
レベル:2
詳細:触れたモノを無に帰す黒い物体。
効果時間は十三秒。ただし術者が望むモノが無に帰せば効果が切れる。
あっさり出た。
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