第7話:食パン→決意
なんでこんなことになったんだ。
「はっふ、はっふ。こ、これはなんとも」
「外はパリっと、中ふっくら!」
「三百年前にヒューマンの町に出かけた時に食べたパンより、かなり上質なものだ」
「おいひぃ、おいひぃわ」
ここに来てからもう一時間は経つけど、ずっとホットサンドを作らされている。
おかげで……
「もうこれで食パンがなくなるからな!」
「「なんだってっ!?」」
「う、嘘だと言ってくれたまえ」
嘘も何も、里中のエルフを呼んでホットサンドパーティーしたら、すぐに無くなるに決まってるだろ。
ヒューマンの町にパンがあるなら、そこで分けて貰って……けど森を抜けるのに二十日か。
せめて小麦でもあれば。あと酵母とか塩もいるんだっけ?
どっかにレシピ本でもあればなぁ。さすがに俺のスマホにはそんな本、ダウンロードしてないし。
いや、それよりもっと切迫した問題がある。
「明日から俺……あの苦い種を食べて暮らさなきゃならないのか……」
いきなり人生詰みそうだ。
「それで、君は友人と共にこの世界に?」
「友人と言うか、クラスメイト──あぁ、いや友人でいいです。俺を含めて十五人ぐらいがこっちの世界に召喚されてきました」
ホットサンドが無くなると、最初の五人を残してエルフたちは帰って行った。
そこでようやく本題だ。
「どこかの国の王女だと名乗る女が、魔王を倒すためとかなんとかで俺たちを召喚したみたいで」
「女。どんな女だった? 容姿は」
容姿……と言われたら、そりゃー。
「金髪縦ロールヘアー」
「ヴェレッタ・ブレアゾン王女だな」
「本当に王女だったんだ……」
俺の言葉に五人は頷く。
ちなみにこの五人が里の長老だっていうのはさっき聞いた。
「じゃあ勇者召喚ってのは?」
「異世界から若者を召喚すると、不思議と特別な力を持つ者が現れやすいのだ」
「もちろん、そうでない子もいるわ。でもまぁ大なり小なり、召喚された子はスキルを授かるものなのよ」
「君もそうだっただろう?」
俺の場合は、スキルが無いからって捨てられたんだけどな。
「勇者が必要とされているってことは……この世界に危機が訪れたとか、そんな感じですか?」
「危機?」
俺の問いに長老たちが首を傾げる。
「いや、特にそんなことはないが」
「え?」
「まぁ確かに一番最初の勇者召喚は、この世界を支配しようとした魔王を討伐するために行われたようだがね」
「それからというもの、数百年に一度勇者召喚が可能になる年が訪れるようになったのだ」
……え。
「それでだね、ヒューマンの国ではこぞって勇者を召喚するようになったのだよ」
「な、何のために?」
「勇者を多く保有する国が、他国に対して大きな顔が出来るからだよ」
「数だけじゃなく、質も必要みたいよ」
つまりお飾りとして俺たちは召喚されたのか。
クラスの連中……今頃どうしてるかなぁ。元気にしてるといいんだけど。
「君の話を聞く限り、今期の勇者は多いようだな」
「そうですわね。前回はこの大陸で、合計十三人だったかしら?」
「召喚魔法の使い手が少なかったというのもあるのだろう」
「いや、人数が多いということは、質が悪いという可能性もあるぞ」
まるでご近所の井戸端会議のような会話だ。
エルフ的にはあまり関係ないらしい。
「それでカケル君。君のスキルなんだけど、一度見せて貰ってもいいだろうか?」
「分かりました。"無"」
ブォンっと音が鳴ってピンポン玉サイズの黒い球体が浮かぶ。
「あ、触らないでくださいね。よく分かりませんが、触れたものが消えてなくなる効果っぽいので」
「触れたもの……ではこれを」
長老のひとりがそう言って木の枝を差し出す。
まぁこれなら危なくないか。
指の動きに合わせて球体も動く。すすすーっと移動させて、枝に触れさせた。
触れた部分だけが綺麗に消滅する。
「なるほど。確かに消滅するな」
「音もなく、特に爆ぜるわけでもなく消えてしまうのね」
「どれ、詳細鑑定をしてみよう」
そんなことできるなら、最初からそうしろよ!
かと思っていたら球体がすぅっと消えてしまった。
「スキルは実際に目で見らねば鑑定できん。悪いがもう一度出してくれるか?」
「あ、はい。"無"」
ブォンっと音がして再び球体が出現。
すぐにさっきの長老が「詳細鑑定」と言って球体を見つめた。
「ふむ。ふむ。ユニークスキルだな。おめでとう、ユニークスキルは世界でただひとりだけが持つことの出来るスキルだ」
「俺だけ、ですか?」
「そう。スキル名は『
無に帰す。つまり消滅させる効果か。
詳細鑑定で他に分かったことは、俺自身が触れても、俺は消滅しないということ。俺の意思で自由に動かせること。効果時間は十秒、もしくは目的のモノの消滅──か。
「効果は凄いみたいだけど、このサイズじゃなぁ」
既に消えてしまった球体のサイズを手で表現する。
小さなモンスターならいいが、昨日の蜥蜴みたいなのが相手だとせめてサッカーボールぐらいは欲しい。
「なに、スキルレベルが上がれば大きくなるかもしれん。気絶しない程度に使っていくことだ」
「だといいですね。効果が効果なだけに、取り扱いも気を付けなきゃならないしな。練習して、自在に操れるようにならないと」
「そうだね。君さえよければ、この里で暮らすといい」
ニコニコと笑みを浮かべる長老たちの視線は、置きっぱなしのホットサンドメーカーに注がれていた。
「パンがありませんから、ホットサンドはもう作れませんよ」
「「え」」
五人が一斉に声をハモらせ、固まった。
硬直が溶けたかと思うと、ひとり、またひとりと肩を落として項垂れる。
「そんな……」
「もう……もう二度と口には出来ないのか」
「あぁ、もっと味わって食べればよかったわぁ」
「いっそドワーフと交渉するか?」
「そんなことをすれば、酒造量を増やさねばならなくなるぞ」
なんだ。他の種族と交流あるんじゃないか。
まぁ日帰りできるような距離じゃなさそうだけど。
ならその他種族はどうやってパンを手に入れているんだ?
ヒューマンの町か、それとも──
「ドワーフは小麦を栽培している、とか?」
「いや。彼らはヒューマンと交易をしているのだよ。ドワーフの住む山は良質な鉱石が取れる。その鉱石で様々な物を作って、ヒューマンに売っているのだ」
「私たちエルフも、彼らから武器や生活に必要な物を物々交換でね」
「それでエルフは酒造を?」
「スピリットの精霊に頼み、森の果物で酒を作っているのです。私たちエルフは酒を必要としていませんから」
そして酒と言えばドワーフ。彼らとの交易で酒が必要だが、果物自体がそれほど取れない。酒を作る量を増やすこともできないのだ。
「だったら小麦を栽培すればいいじゃないですか」
「だがそれは自然に反しよう」
え。なんで?
「植物は自然に芽吹き、自然に育つ。それが自然の流れというものだ」
「はぁ……」
「我々は森のエルフ。自然と共に暮らすものだ」
「でもホットサンド食べたいんでしょう?」
「「ぐっ」」」
ほらみろ。食べたいんじゃないか。
「そのためにはパンが必要です」
「しゅ、酒造を少し増やすか?」
「実りの秋ぐらいなら──」
「いや、そこは小麦の栽培しましょうよ。ついでに他の野菜とかも」
「し、しかしそれでは自然に──」
作物の栽培が自然に反するって考えが、そもそもおかしいんだよ。
自然って何?
「美味しい物を食べたい。そう思う気持ちは自然ですよね?」
「そう。自然だ」
「なら、その為に作物を育てることだって自然じゃないですか! あなた方は獣とは違う。頭で考え、手で道具を使って何かを成すことが出来るんだ。それを使わないのは、自然ではないと俺は思いますよ」
エルフが頑固として小麦栽培をしないっていうなら、俺がやってやる!
俺は……俺は……
「あの苦い種を主食なんて、俺は嫌だ! 俺ひとりでも小麦を育ててみせる!!」
あ……本音をポロってしまった。
どうしよう。彼らエルフにとっては、ずっと食べ続けてきた食料なのに。
ほ、ほら。みんな肩を震わせてるじゃん。
マズい。怒らせた?
「あ、あの、すみません。俺──」
長老のひとりがガバっと立ち上がり、そして俺の肩をガシっと掴んだ。
そして──
「よく言ってくれた! わしも苦いしマズいとずっと思っていたのだ。だがみなの手前言い出せず……。だがわしは言うぞ! チッタの実は苦い! 物凄くにがーっい!」
「おぉ。オレアシスもそう思っていたのか。かくいう私もだ。硬いし苦いし、正直他種族が羨ましい!!」
「そうよっ。食べたいものを食べるために作物を育てることだって、自然な流れですわっ。はぁん、ホットサンド食べたぁいっ」
「小麦の栽培か。どうすればいいのだ?」
「ひとまず栽培方法を知るヒューマンに聞くしかないだろうな」
……おい。
「いやぁ、異世界人のカケル君に言われて、目が覚めたよ」
「そうだな。誰かに言われなければ、わしらエルフはこの先もずっと今の暮らしだっただろう」
「誰かに言って欲しかったのかもしれませんねぇ」
なんなんだ、この世界のエルフって……。
高貴なイメージのあるエルフ像が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちて行く。
そんな気がしてならないんだけど。
「「ありがとうカケル君!」」
「……どういたしまして……」
この世界での生活に、ちょっとだけ不安を感じずにはいられなかった。
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