第5話:双子→ホットサンド

「じゃあ、カケルのお友達はみーんな、あのお船で連れて行かれたの?」

「この世界に召喚された連中はね」


 エルフの里まで丸一日の距離だと言うことで、再び巨木の上での野宿になる。

 といっても、今夜はルナとネフィティアの二人も一緒だ。


 一緒……い、いや、女の子二人と一緒だからって、何もない。何もないんだ。


「カケルはさっきから何をしているの?」

「あ、エアマットを膨らませているんだ」

「エアマット?」


 エアマットは三つ。二人の分も用意した。


「これを使えば、直接寝るより体が痛くないからさ」

「そうなの? 座ってもいい?」

「どうぞ」


 ルナがエアマットの上に腰を下ろす。するとみるみる表情がパァっと明るくなった。


「うわぁ、凄いのネフィちゃんっ。とってもふかふかだよぉ」

「……そう」

「うふふぅ。今夜はこの上で寝ていいのね? ね?」

「あ、ああ。気に入ってくれてよかったよ。そうだ。喉乾かないか? ジュースもあるんだ」


 ちょっと温くなっているだろうけど──そう思ってクーラーボックスをリュックから出したが、蓋を開けると氷がまだ残っていた。

 いや、寧ろまったく溶けてない。


 リュックの中の四次元が寒いとか?

 いや、なら取り出した時に冷たいはずだし。


 なら、四次元の中では時間の経過がない……とか?


「わっ、わっ。箱の中に氷が入ってるよネフィちゃん」

「……な、ぜ……」

「何故って。あぁ、こっちの世界ではクーラーボックスとかないよね。これは中の温度を一定に保てる容器なんだ。だから氷を入れておけば、中に入れている食料とかを、冷たく保存できるんだよ」


 もちろん、保存できる時間には限界があるけれども。

 その限界が、リュックの中に入れることで発生していない可能性もある。

 それはまた落ち着いてから確かめよう。


「パンがあるんだ。ウィンナーもね。こっちの世界に来てからこのメニューばっかりだけど……二人の夕食は?」

「大丈夫。たっくさんあるからぁ」


 そう言ってルナが小さな巾着を取り出す。その中身はヒマワリのような種だった。


「それが……夕食?」

「ううん。食事は全部これだよ。いつもはこれに果物を用意しているんだけど、今は里の外だから」

「持ち運ぶのが面倒でしょ」


 た、種が食料!?

 そんなので腹持ちするのかな。


「よ、よかったら俺が作るホットサンド、食べないか? 食パンもいっぱいあるんだよ。もともと、クラスメイト分の量があるからさ」


 まだ食パン一本も食べてない。いつ町に到着できるか分からなかったし、食料は大事に取っておかないとと思って薄く切っていたから。

 パン切包丁で一枚切って、マヨネーズ、ウィンナーと乗せ、上から塩コショウを少々っと。

 蓋をしてコンロに火を付け焼く。


「ひ、火が点いた!?」

「なっ。カケルは火の魔法の使い手だったの!?」

「え……いや、あの……これは道具で、料理をするための物だ。コンロ──いや竈? そういうのはない?」

「竈は知ってるけど……」

「エルフの里にはない。必要ないものだから」


 竈がない生活……あぁそうか。種と果物だけなら、火なんていらないね。

 は、はは。

 ちょっとエルフの里って所が不安になってきた。


「と、とにかくホットサンド作るよ。よかったら食べてみて」


 偉そうなこと言ったけど、キャンプ飯歴三日だからなぁ。

 俺は美味しいと思ったけど、彼女たちがどう思うか……今さら不安になって来た。

 けどもう焼き上がった訳で。


 フックを外してホットサンドメーカーを開く。

 うぅん、香ばしい匂いだ。


 お、二人も鼻をひくひくさせて、匂いに釣られているぞ。

 好感触だ。


「熱いし、食べやすいように半分に切っておくよ。この紙皿の上に乗せて食べて。あとジュース。たぶん……二人がこれまで口にしたことのない飲み物だと思う」


 ペットボトルの蓋を開け、まずは好奇心の強そうなルナへと渡した。

 それから「こうやって飲むんだ」と、実際に俺が呑んせ見せた。


「ふわぁ~。なにこれ、なにこれぇー。シュワシュワ鳴ってるぅ」

「ル、ルナッ。そんな得体のしれない物を──」


 ネフィティアが手を伸ばして、ルナからジュースを奪おうとする。

 けどその前にルナはペットボトルに口を付けた。


「んっく、んっく。んん、んんーっ!」

「な、なに言ってるのか分からないわよルナッ」


 ペットボトルに口を付けたまま、ルナは大興奮だ。

 

「ホットサンド食べて、それからジュース飲むともっと美味いよ」

「本当!? やってみるっ。これを食べればいいのね?」

「そ、こうやってね」


 俺の分も焼き上がったので、それをパクりと口に含んで見せる。

 ルナは真剣な目で俺を見つめ、それから手に持った三角形のホットサンドを見た。

 

 ごくりと唾を飲む音が聞こえそうなシチュエーションに、つい笑いが込み上げる。


「あー……んっ」


 気合の入れた一口に対して、実際にかぶりついているのはほんの先っちょだけ。

 ルナはぎゅっと目を閉じ、口をもごもごさせる。その隣でネフィティアが心配そうに彼女を見ていた。

 閉じられていたルナの目がカッと開く。

 そして──


「美味しいぃ。サクっとしてて、温かぁーい」

「今の一口だとパンしか食べてないだろう。もっと具のある所までガブっといこう、ガブっとさ」

「行く! あぁー……んっ!」

「ちょ、ちょっとルナ!?」


 お、今のは大きな口だ。ウィンナーまで達しただろう。

 するとルナの目がランランと輝き、俺を見てうんうん頷いている。


「美味しい?」

「んっ、んっ」

「よかった。じゃあ次はジュースだ。呑み込んでから、そっちを飲んでみて」

「ん、ん。んっく。はぁ、なにこれなにこれ。すっごい美味しいよネフィちゃん。ね、飲んでみて?」


 そう言ってルナはペットボトルに口を付ける。


「んーっ!」


 ルナはまた俺を見て頷いた。

 美味いってことだろう。


「お……美味しい……毒、じゃないのよね」

「いや、俺も飲んでるし。だいたい毒なんて持ってないよ」


 ネフィティアはよっぽど俺が信用できないのか、ホットサンドを持ったまま固まっている。

 突然やって来た異世界人を、初対面で信用しろってのが難しいのは分かるけど。

 でも蜥蜴から助けたんだし、もう少し信用してくれてもいいのになぁ。


「ネフィちゃん食べて。すっっっっっごく美味しいのっ」

「ず、ずいぶん溜めたわね」

「うんっ。その位美味しいんだよ」


 元気に笑みを浮かべるルナとは対照的に、ネフィティアは真剣な眼差しでホットサンドを見つめた。

 いや、そんな超真剣な顔しなくても……ただのパンだからさ。


「くっ……こうなったら。あむっ」


 お、食べた。どうだろう?

 反応を待ってみるが、なかなか動かない。


「ネフィちゃん、噛んで、噛んで」

「ん……く、んく……ん!?」


 エメラルド色の瞳をカッと見開いたかと思うと、彼女の眼はとろけるように細められた。

 左手で左頬を抑え「おいひぃ」と呟く。


「ねっ、ねっ。これも飲んで」

「ん」

「あぁ、だったら新しいのを開けるからっ」


 ルナの飲みかけを渡そうとするので、慌てて新しいジュースを開けてやる。

 ネフィティアはそれを素直に受け取り、そして飲んだ。


「んくっ!? ぷは、な、なんなのよこれ!? く、口の中で何かがはじけてるわっ」

「でしょでしょー? 凄いの、美味しいの!」

「ん、ん、ん、んーっ。あぁ、すっっごい。こんなの、初めてぇ」


 うっとりするような目で、ネフィティアはホットサンドとジュースを見つめた。


「ホットサンドはおかわりあるけど、どうする?」

「「欲しい!」」


 二人の声がハモる。

 エメラルドとサファイアの、宝石のような二人の瞳は、キラキラと輝いて見えた。

 その輝きに応え、今度はキャベツの千切りに挑戦して、ちょっと太くなったそれも一緒に挟んで焼いた。


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