モラトリアム家族

回鍋肉

娘①

 「今日の運勢占い、一位になるのはみずがめ座、てんびん座どちらでしょうか?」テレビ画面に映る女性リポーターが快活な声を出した。

 一位がどっちかわかっているくせにと私は悪態をつきたくなる。

 「頼むぞー、今日の仕事のやる気はお前にかかってる」と、テーブルの前で両手を交差させ真剣に祈っているのは私の父だ。見ているだけで嫌気が差す。

 「仕事のモチベーションを朝の占い頼みにするのはよしなさいって」お母さんがたしなめるが聞いていない。

 毎朝の恒例となっている星座占い。もともと結婚する以前に同棲中の父がお母さんと始めたものが発端らしい。いつも私はそれを見させられるため、おかげで毎日遅刻ギリギリだ。ほんとイヤになる。

 「一位は」そう言ってからキャスターはわざとらしいタメを作り、ドラムロールが聞こえてくる。

 「何座だ? 何座だ?」父が寝間着のままソワソワしだした。いい加減着替えればいいのに。吐き気がする。

 「みずがめ座です。おめでとうございます!」

 「よっしゃ!」父がガッツポーズをする。その拍子に唾液が机の上にベトッと飛び散るも、気づいていないようだ。

 「学校遅刻するから行ってくるよ」お母さんに向かって言う。

 「千尋、お前最下位だったな。ラッキーアイテム見なくていいのか?」ニヤニヤとしながら言ってくる父を視界に入れない。

 「千尋、いってらっしゃい」「うん。いってきます」

 履いたローファーの爪先部分を地面にトントンと軽く叩く。物心ついた時からのルーティンだ。これをやると、よし頑張るか! って気分になる。これまた星座占い同様毎朝やっているためローファーの先端は少し剥げている。

 後方から「いってらっしゃあい」と、朝の忙しさに逆行したような、間延びした声が聞こえたが無視して強めに玄関の扉を閉めた。

 バタンと響く音を背に受けながら、庭に置いてある自転車にまたがった。高校に進学するタイミングでお母さんから買ってもらった代物だ。まだ本格的なメンテナンスはしていないが買って間もないため車体全体が、透明度の高い湖のように、太陽光をキラキラと反射させている。やはりいつ見ても『キャノンデール』はカッコいい。

 ペダルを漕ぐと同時に、真正面から風が私の体を押してくる。思わずつんのめるがハンドルを握って必死にこらえ、更に漕ぐ。学校に遅刻しそうだから、という理由もあるけど、それ以上に家から早く離れたかった。

 スピードがどんどん上がりヘルメットを通して風が頭の中へ入ってくる。洗濯しているみたいに真っ白になり、とても心地よい。このまま父との出来事も真っ白に、なかったことになってほしい。

 「あんな出来事」と独り言ち、途端に不快感が襲ってくる。

 あの出来事の記憶だけピンポイントに忘れられたらどんなに幸せなことか。無理だとわかっていても思わずにはいられない。

 風が弱まってきた。学校の輪郭が段々と見えてきて少しホッとする。前まであれほど大嫌いだった学校が、今では安住の地になっていることに苦笑せずにはいられない。

 思わず吐いた、ふぅ、という白い息が私の気持ちを代弁してくれた気がした。

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