7ベルガモットのお茶
「皆にめでたい知らせがある!
この偉大なプリンセスかぐやを、アルベルト皇太子の婚約者として、皆さんに披露するものとする」
一瞬、水を打ったような沈黙が訪れた後、堰を切ったような歓声が起こった。
ワァー!ワァー!ワァー!
広場は大騒ぎとなった。
呆然と突っ立っている私の横に、いつの間にか、今までと寸分変わらない優しいアルベルト皇太子殿下の横顔があった。私にだけ向けて微笑むそのイケメンに見とれていると、温かいイケメンボイスが私の耳元で囁いた。
「助けにきてくれてありがとう。僕の大切な、僕の最愛のリサ・・いや、プリンセスかぐや様・・・
改めて、僕と結婚してくれますか?」
「け、けっこん、結婚!!」
そのフレーズが頭の芯をズッキ~ンと貫き、一瞬身体が硬直したようになった。そのまま私の心は宇宙まで飛上ってしまうほど浮足立ち、心臓が早鐘のようにドキドキし始めた。それでも、私は今度こそ殿下から目をそらさないと決めていた。
殿下の少しカールしたツヤツヤの柔らかい金髪が風に揺れ、コバルトブルーの瞳がまっすぐに私を見ていた。殿下の瞳にはびっくりしたように見開いた目で殿下を見つめる私が映っていた。
「リサ、早く返事を・・」
シャノンが急かす声が聞こえた。
「も、もちろんです・・喜んでお受けします」
「ありがとう!!リサ・・いや、プリンセスかぐや」
アルベルト皇太子殿下は、顔だけは民衆に向けながら、私の手をギュッと握った。そして、私達は手をつないだままの手をそのまま民衆に向けて高く掲げた。
二人を祝福する歓喜のざわめきは止むことなくいつまでも続いていた。
シャノンと私はアルベルト皇太子殿下とともに、元私の部屋だった部屋の前まで来た。ここに私が住んでいたのが随分遠い昔のような気がした。私はドアノブに手をかけ、ゆっくりと慎重に回した。思ったよりも軽い調子で開いたドアから見えたのは、おそらく、私達のティータイムの準備をしてくれていたふわふわ赤毛のレイラの姿だった。
「レイラ!!」
「リサ様~!!」
私の顔を見るなり、感極まったように涙を浮かべ、レイラは私に抱きついてきた。
「きっと、お城にお戻りになると、私はずっとずっと信じておりましたぁ~」
こんな取り乱したレイラを見たのは、後にも先にもこの時が最初で最後となった。私も温かいレイラの胸で泣いていた。
「会いたかったよお~!!レイラ~ァ~!」
何だろう・・緊張の糸がぷっつりと切れていた。まるでお母さんの胸でぎゅっとされて、何もかもが真っ白になって溶けていってしまうようなそんな懐かしい感じがした。
「アルベルト皇太子殿下、リサ様、お茶をお召し上がりになりますか?」
レイラは、手で髪を整え、涙や鼻水でぐしゃぐしゃになった顔をスッキリとハンカチで拭いてから言った。私も、レイラから手渡された大きなタオルで、顔をきれいにした。殿下はそんな私の頭を軽くポンポンして、思いきりさわやかな笑顔を私に向けながら言った。
「もちろん!ティータイムするよね?」
「はい!もちろんです!!」
「かしこまりました。では、少々お時間を頂きます」
そう言うと、レイラは足早に部屋を出たかと思うと、料理長のフランク、給仕のサントとともに、戻ってきた。
婚約破棄をされ、お城から追い出されてしまったあの時は、もう2度とアルベルト皇太子殿下とこの丸いテーブルに座ってお茶をすることはないだろうと諦めていた。私が再び殿下の婚約者としてここに戻り、最高のティータイムを殿下と過ごせることがいまだに夢ではないかと思えてしまうくらいだった。
サントが丸いお腹の上あたりで、芸術的に注いでくれているのは、ベルガモットで香りづけされたお茶、つまりはアールグレーの紅茶だった。サントが持っているティーポットから出るお茶はまるで魔法がかかっているんじゃないかと思うくらい、自由でエレガントな動きでティーカップに吸い込まれていった。
「どうぞ、ベルガモットのお茶を」
サントがティーカップを私の前に置いた。
私は、ティーカップを手にして、鼻孔をくすぐるベルガモットの香りを楽しんだ後、口に含んだ。
「美味しい!サントは、天才だね」
サントは得意そうな顔で私に笑顔を向け、軽く会釈した。
そして、お待ちかねのお菓子が配られるのを待った。
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