ラヂコン

蛙鳴未明

ラヂコン

 昼下がりの街中で、二人の男が口論中


「そっちがぶつかってきたんだろ!?」


「そっちがよそ見してたからぶつかったんだろ!」


「スッと避ければいいじゃんよ!」


「人ごみの中でできるかよ!」


 すでに人ごみは消え去って、残っているのは二人だけ。ことの虚しさに気づかずに、さらに燃え上がる男たち。


「とにかく謝れよてめえ!」


「てめえとはなんだそっちが先に謝れよ!」


「は!?おめえいくつだよ!」


「二十だよ文句あんのかよ!」


「俺は今年二十三!」


「年齢関係ねえだろが!」


 おっと手が出た鈍い音。鼻血が飛んでふらふらり。


「やりやがったなクソガキ!」


 鋭い拳が顎に飛ぶ。目を回してくらくらり。持ち直してぎろぎろり。


「クソガキは……お前だあっ!」


 そこから先に言葉はない。殴り殴られ男の喧嘩。漢らしいとは思えない。歯を折り鼻を折り指を折り、ちょっと離れてほっと一息。歪んだ目でにらみ合い、赤い拳を握り直して再び始まる不毛な喧嘩。今度は手を変えてきた。みぞおちに一発脇腹に二発。互いにくずおれ胃の中身を吐き出し目に涙を浮かべて互いを見つめる。闘争心なんて欠片も残っていないのだけれど、それでも二人は腹を押さえて立ち上がる。


「う”、う”う”うー!」


「あああああああー!」


 おっと禁じ手に出た。目に勢いよく親指を突っ込む。負けじと金的を勢いよく。苦悶に満ちた表情で、それでも両者倒れない。片目を抉り出されても、死ぬほどの痛みを感じても、それでもそれでも倒れない。


 戦わなければならない。戦わなければならない。


 脳内の声に忠実に


 戦わなければならない。戦わなければならない。


 何故かなど分からぬまま


 戦わなければならない。戦わなければならない。


 顎を割り頬を裂き眼を転がしながら


 戦え、戦え、戦え


 相手の傷に拳をねじ込みあるいは爪を、あるいは歯を突き立てて


 戦え、戦え、戦え


 耳を喰い肩を喰い首を喰い


 戦え、戦え、戦え


 骨が見え臓物がはみ出ようとも――


 戦い抜いた、戦い抜いた


 喉笛を食い千切られて、男が地に倒れ伏す。喉笛をくわえ踊りながら男が空を舞う。もう動かない男の体を踏みつけて、その男は咆哮した。けれど空気を逃したカレの喉からは、笛の音しか聞こえてこなかった。カレは自分の血肉の山に倒れこむ。戦いは、終わった。


「ゲームセット!勝者、螻ア荳狗エ倅ク!」


 何かが叩きつけられる音が響いた。

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