第12話 早朝の教室で二人きり。
翌朝。
今日は俺が日直の日だ。
日直の仕事は朝登校したら職員室に日誌取りに行き、教室の電気をつけ、換気のために窓を開ける、というもの。あと、帰りは戸締りと日誌の提出。
だから、朝はいつもより早く出ないといけない。
そんなわけで、8時前には学校に着き、諸々の仕事を手短かに済ませた。教室にはまだ俺一人だけ。
清々しい朝、この静寂な教室の中に一人で過ごすのもなかなかに気分がいい。
今度から登校時間を早めてみるのもいいかもしれないと思えてくる。まあ、しないけど。朝はできるだけ寝てたい。
そうやって一人で早朝の教室に趣きを感じていると、女子生徒が一人登校してきた。
ふと視線を向けると、水無月だった。
彼女は教室の中で一人ぽつんと座っている俺を見つけると、片手を小さく挙げる。
「紫吹くん、おはよう」
「おう、おはよう」
「今日、紫吹くんが日直なんだ?」
「そうだよ」
「「……」」
会話終了。
まあ、普段ほとんど会話をしない人同士のコミュニケーションなんてこんなものだろう。
しかし、水無月は自分の席にカバンだけ置くと、俺のもとまでスタスタとやってくる。
そして、俺の一つ前の席の椅子に座った。
なぜだ……?もしかして、一人でしんみりとしている俺が寂しがってると勘違いして、慈悲をかけようとしているのか?
水無月は少しおどおどした後、窓の外の空を見上げて。
「あの、今日はいい天気、だね……?」
そんな日常会話のテンプレみたいなことを。
「そうだな。でも、午後から降水確率50パーだったから、もしかしたら降るかもな」
「そうなんだ……。」
「おう」
「「……」」
秒で二度目の沈黙が訪れる。
しかし、俺たちは未だ向かい合ったまま座っている。実に、きまずい。
水無月は俺と目を合わせることなく少し俯いており、気のせいか頬がほんのり赤い気がする。
さすがにこの空気に耐えるのは辛いので、俺からも話題をふってみることに。
「……水無月は、いつもこんな早くに登校してるのか?」
「う、うん。でも今日は少し早めかな」
「何か早く来る理由でもあるのか?」
「特にはないんだけど、癖みたいなものかな」
「そうか」
「うん……。」
「「……」」
何度目の沈黙か。
まるで、しーん、という効果音が聞こえてくるかのようだ。
俺たち、コミュニケーションが下手すぎないか?まあ、俺はともかく、水無月はコミュ力抜群のリア充だと思ってたから少し意外である。
いや、相手が俺だから普段の力を発揮できていないだけなのか?水無月の陽のオーラより俺の陰のオーラが勝ってしまっているのか……?
うん、なんかそんな気がしてきた。べ、別に悲しくなってなんかない。断じて。
それから水無月はというと、下を向いて俯いたり俺をチラチラと見てきたり。そして、俺と目が合うとまた俯いたり。
普段は、柔和な性格ながらもしっかりしているというイメージがあったため、ここまで挙動不審な彼女はかなり珍しい。
もしかして、何か俺に伝えたいことでもあるのだろうか。それも、言いにくいような。
もし、「鼻毛でてるよ」なんて言われた日には、その精神的ダメージは計り知れないだろう。軽く三日は引きこもる自信がある。
「あ、あの!」
「っ!?」
いきなり大きな声を上げられ、思わず肩をびくりと震わせてしまう。
「ど、どうした……?」
「嫌じゃなければ、紫吹くんのこと、れ、れれ冷くんって、呼んでもいい……?」
上目遣いで俺を見つめながら、そう言う水無月の顔は、耳まで真っ赤。その緊張が伝染したのか、俺の心拍数まで上がってしまう。
あと、俺の名前はそんなララランドみたいな名前じゃない、ってことだけ言っとく。
「まあ、いいけど……」
「あ、ありがとう……。冷くん」
「おう」
女子に下の名前で呼ばれることなんてほとんどなかった。小学生の時以来だろうか。そのため、気恥ずかしいというか、なんだかむず痒くなってしまうというか。
「冷くん」
「なんだよ?」
「呼んでみただけ。えへへ……」
「そ、そうか」
付き合いたてほやほやのカップルかよ。
水無月の彼氏役とか、そんな大そうな役は俺では務まりません。
ただ、俺の名前を呼び、照れながら微笑む水無月はめっちゃ可愛かった。守りたい、この笑顔。
ふと、水無月と初めて会話をした出来事のことを思い出し。
「前もこんなことあったよな」
俺がそう言うと、水無月もその時のことを思い出したのか、目を細め、穏やかな笑みを浮かべる。
「そうだね。あの時は放課後で時間も遅かったし、教室に一人でいたのも私の方だったけどね」
「そうだったな。今はあんな無理はしてないか?」
「おかげさまで……。あれからはちゃんと断れるようにもなったし、誰かに頼れるようにもなった。冷くんのおかげだよ」
「それはよかった」
それほど前の出来事ではないが、妙に懐かしい気がするから、不思議なものだ。
それから間もなく、他の生徒がぽつぽつと教室に入ってくると、俺に気を利かせてくれたのか、水無月は「またね」と、自分の席へ歩いて行った。
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