第128話「最終日、それぞれの舞台裏」-Side信矢&狭霧-その3


 翌朝は晴天だけど気分は清々しいとは言い辛い。やはり起きると左肩がじんわりと痛くて着替えるのも一苦労だ。下に降りると狭霧が既に待っていてコッソリ声をかけて来た。


「シン、大丈夫そう?」


「ああ、狭霧のおかげでね」


 昨晩、僕は狭霧と二人でバレないように怪我の治療をした。親達と霧ちゃんにバレたら止められるからと二人きりで治療し見逃してくれたのだ。


「無茶をしていいのは今日だけだから、ね?」


「もちろん終わったら病院に行くよ、約束したからね」


 僕を止めるのが無理だと悟った狭霧は条件を出した。条件は今日の試合が終わったらすぐに治療を受けて欲しいというもので当たり前だろう。


「やっぱり止めても戦うんでしょ?」


「ああ、今回だけは僕のわがまま聞いて」


「分かってる、その代わり終わったら二人で怒られようねシン……」


 それに頷くと狭霧特製の弁当を渡される。昨日言っていたカツサンドだ。ソースの匂いとほのかに温かい包みを受け取ると僕らは二人で家を出て決戦の場へ向かった。


「じゃあ応援席に行ってるね、霧華が母さん達を連れて来てると思うから」


「狭霧も気を付けて、昨日と同様にユンゲは何をしてくるか分からないから」


「うん、じゃあ勝利のおまじないするから目をつぶってシン」


 そう言われて苦笑して目をつぶると唇に触れる感覚が広がる。狭霧にキスされたと感じ目を開けるけど唇は離れていた。


「続きは帰って来てからだね狭霧」


「そうだよ、だからシン……勝ってね」


「もちろん!!」


 その言葉を最後に僕は選手控室に狭霧は生徒や父兄用の応援席へと向かった。




「そこまで!!」


 審判を務める山田先生の声が響くと目の前の柔道部部長は倒れた。昨年度は同じ一年同士で戦った相手だ。


「別に公式の試合じゃないんだからギブアップしなくても……」


「俺の気分の問題だ、俺は柔道部として勝ちたかった、だが、ここまで見事に大外刈りを決められたら柔道家としても負けを認めるさ」


 俺が手を差し出すと向こうも手を取った。今はBブロック三回戦で次はAブロックの勝者と準決勝だ。その試合前に昼休憩に入るために選手控室へ戻ると狭霧と予想外の人達がいた。


「アニキ!! それに愛莉姉さん」


「今日はアタシらが護衛さ」


「そういうこった、今日は店も閉めて来た、舎弟の晴れ舞台だしな」


 二人が護衛に付いてくれるなら百人力だ。狭霧の安全は誰よりも保障された。これなら安心して戦いに臨む事が出来る。


「本当に助かります!!」


「気にすんな、これも兄貴分の務めだ……それよりサブからコレを預かった」


 渡されたのはUSBメモリで控室のPCで中身を確認する。中身は昨日のトラブルをまとめた報告書形式のファイルが入っていた。


「昨日のモニターの停止はネットワークエラーではなく物理的に破壊されたのか」


「昨日、シンが戦ってる時に急に消えた時のだよね?」


 昨日、動揺した僕は金属バットで殴られ左肩を負傷した。武器を持ち込んだ生徒やユンゲの手下から七海先輩が話を聞き出したが意味は無かったそうだ。


「千堂のお嬢が吐かせなかったのか?」


 アニキの言い分はもっともだ。実際は七海先輩は軍団レギオンから話を聞き出したらしいが証拠としては弱く無駄だったらしい。


「報告書によるとユンゲは一切関係無いと言って軍団の人間を切り捨てたみたいで勝手にやった、知らないと言ったそうです」


 ユンゲが関係無いと言えば意見が通るのが奴の権力と背後関係だ。一介の学生と国からの支援を受けた有名人のどちらの発言権が高いかは火を見るよりも明らかだ。


「卑怯な奴だ、根っこから腐ってやがる……まあ、今日は直接お前が殴るんだ全力であいつの根性叩き直してやれ!!」


「はい!! 狭霧や霧ちゃんの分も、俺の過去も全部乗せて叩き潰してきます」


「よく言った、それでこそ俺の舎弟だ!!」


 この後は校庭か解放された学食で弁当でも食べようかと話していた時だった。控室のドアが乱暴に開けられ入って来たのはクラスメイトの澤倉だ。


「春日井!! 大変だ、河井が……」


「河井がどうした?」


「あのクソ韓国人にやられたんだ!! 負けちまった」


 吐き捨てるように言う澤倉が怒りを隠さず大声をあげる。普段は飄々としているムードメーカーにしては珍しく興奮して様子が変だ。


「そ、そうか、だがユンゲも決して弱くは無いからな……」


「ちっげえんだよ春日井!! あの韓国人っ!! 目潰しで河井の目をっ!?」


「なっ!? 河井は無事か!?」


 大会の規定で当然ながら怪我を招くような危険行為は禁止だ。目潰しの他にも金的など禁止行為は多い。学校行事なのだから当然だ。


「分かんねえ、目から血を出して運ばれた……今、椎野とバスケ部の井上さんが付き添ってる!!」


「え? なんで凛が一緒に?」


「席が近くて試合を一緒に見てたんだ!! 俺はお前に知らせようと思って」


 僕と狭霧はアニキに母さん達への伝言を頼むと医務室へ急いだ。



――――Side狭霧


「河井!! 連れて来たぜ!!」


「澤倉、静かにしな!!」


 医務室に入るとツッチーの罵声が飛ぶ。私と信矢も保健室に入って状況を確認すると保健の先生と井上凛、私と同じバスケ部の親友がベッドの側で椅子に座り付き添っていた。


「ほんとに凛がいる……」


「あっ、タケぇ~!!」


「ちょっ、凛、どしたの? そりゃ目の前でこんなの見たら分かるけど」


 私が事故に遭った時も責任を感じて泣いていたのを思い出す。普段はサバサバ系でボーイッシュなのに意外と泣き虫なのを知った。最近は私は生徒会や勉強で凛は部活で忙しくスマホで話すが会うのは久しぶりだ。


「だって、その……あきらが……」


「あきらって誰?」


「狭霧、河井啓だよ彼の名は……井上さん、まさか」


 河井くんて下の名前そうだったんだと思っていると信矢が凛を見て呟いた。すると目を真っ赤にした凛が頷いた。え? どういう意味? と思わず信矢を二度見する。


「狭霧、河井と井上さんは交際してるみたいだ」


「こーさい? えっ!? つ、付き合ってるのっ!?」


「タケ、声大きい……そりゃ黙ってた私も悪いけどさ」


 凛によると私が信矢と二人でいることが増え、しかも生徒会に入りバスケ部に顔も出さなくなった事に責任を感じた凛は河井くんと連絡を取り合い相談してたらしい。


「つ、つまり私をダシにカレシをゲットしたの!?」


「うっ……じ、実はカラオケの時に二人が先に帰ったでしょ、あの後から連絡だけは取り合ってて狭霧の事故の時にも相談乗ってもらってさ、それから……」


 つまり一学期のカラオケに行った時に知り合って私の事故や『S市動乱』の時には付き合っていた? そのまま話を聞くと私を利用して付き合い始めたことに負い目を感じて秘密にしていたらしい。


「え~っと、こんな時に言っていいか分からないけどオメデト?」


「あ、ありがと……で、でも」


 私だって分かってる。顔が包帯でグルグル巻きだし包帯は血で滲んでる。やったのはソン・ユンゲ……あの男らしい。しかも澤倉くんの話では反則行為をしてるんだから最低だ。


「椎野、医者は何と?」


「医者に診せて応急処置は終わって今は搬送の準備中」


 信矢がツッチーに聞くと千堂グループのお医者さんが治療してくれたらしくて今は救急車を待っているそうだ。


「目は検査しないと心配だって、お医者さんが言ってて……そうだ!! 狭霧、啓が気を失う前に自分の試合のVTRを会長に見せろって言ってた!!」


「だって、シン?」


 横のシンを見ると必ず確認すると頷いた。そのタイミングで七海先輩と救命救急士が入って来る。そして入れ違う形で付き添いに凛が出て行くのを見送った。


「春日井くん、状況は聞きましたか?」


「はい、七海先輩……試合中の事故なんですか?」


「相手はそうだと言い張ってます、河井くんの方は聞ける状況では……」


 その話を聞いて信矢はなるほどと呟いた後に目付きが険しくなった。今の流れは私でも分かった。おそらくユンゲはわざと……。


「おやおや、負け犬の様子を見に来たのだが、逃げ出したか?」


 そこに空気を読まずに現れたのはソン・ユンゲだった。



――――Side信矢


「狭霧、僕の後ろに」


「うん」


 僕の指示に狭霧はすぐに僕の背中に隠れるように言うとユンゲを睨みつける。まだVTRは見てないが予想はついていた。


「おおっ!! まさかサギーがここに居るなんて、やはり惹かれ合う運命だね」


「ちっ、近寄らないでよ!!」


 狭霧が僕の背中から顔を出して全力で拒絶する。前は見るのすら拒絶していたのに、この二週間の特訓で強くなった‥‥‥主に心が。しかし狭霧の言葉を無視してユンゲは喋り続ける。


「反抗的だ、だがそれを躾けるのもいい、汚れた日本に染まった女を浄化する聖なる王、素晴らしくないか!?」


「そこまで、約束は違えないように……ソン・ユンゲ」


「その通り、お前は決勝で倒す、それまで待て」


 そこに割って入るのは七海先輩と僕だ。他の室内の人間では目の前の男のアイドルのオーラというか気迫に気後れして言葉も発せないようだ。


「分かっているさセンドーの女、それと忌々しい卑怯者!! 知っているぞお前のような卑劣で薄汚い日本人の男をNTR男と言うんだろ、この国では!!」


「NTRとは何ですか? 聞いたこと無いですね」


「春日井、それは一部界隈で寝取られってのをNTRって略して呼ぶネットスラングだ、まあ普通の人間は知らねえよ」


 澤倉、じゃあ何でお前は知ってるんだ? という疑問を抑えて僕は思わず呆れ、ため息が出た。しかし目の前の男の受け取り方は違ったようで興奮した様子で俺を嘲笑し始める。


「ははっ!! 恐怖のあまり深呼吸するなんて、ご覧よサギー、君が頼りにしている男の不様さを!!」


「えっ? このシンの表情は『バッカじゃねえのお前』って呆れてるんだけど……」


「狭霧、彼の頭がアレでも堂々と指摘するのは失礼だ、日本には本音と建前という考え方が有る。本当のことは遠まわしに言おう残念な彼が傷つかないようにね?」


 僕が狭霧の表情一つで気持ちが分かるように狭霧も僕の大体の考え方を読める。互いの考えもバレバレで隠し事も出来ない。幼馴染の関係に戻ってから常に僕らは互いに正直だ。


「は~い分かったよ、シンは優しいね、こんなの相手でも」


「最低限の礼儀と礼節は持つさ、どんなクズ相手にもね?」


「さっすがシン!!」


 ポンと頭を撫でると狭霧はいつも以上に僕に密着して笑みを浮かべる。本当に可愛過ぎて困る幼馴染で最愛の恋人だ。


「うrdssykhhg!! ケセキッ!! ケセキがああああ!!」


「っ!? 戦うのは、今じゃない……違うか?」


 奴の蹴りを左腕でガードする。微かに肩に響くが問題無いダメージだ。俺が言うと奴は肩で息をしながら俺を睨みつけて騒ぎ出す。


「お前も、あの日本人みたいにしてやる!! ボロボロにしてグチャグチャにして、サギーを奪い取ってやる!!」


「ユンゲ様、これ以上は……戻りますよ、お前らユンゲ様をお連れしろ!!」


 後ろから関係者らしき男と数名の黒服の男がユンゲを羽交い締めにし連れて行く。最後まで韓国語で何か罵詈雑言を吐いていたが汚い言葉を言っていたのだろう。


「本当に厄介ですね」


「ええ、だから全て終わったらキッチリ始末は付けます春日井くん、竹之内さん」


 そう言って七海先輩は僕と狭霧の二人だけに話が有ると言って廊下に連れ出した。


「シンはともかく私まで?」


「竹之内さん、春日井君の怪我はご存知で?」


 案外と隠せてなくてバレバレだった。しかし次の一言で僕の考えはすぐに杞憂だと否定される。


「当然です……と、言いたい所ですが佐藤さんが映像データをサルベージしてくれまして、あなたが肩を殴られている所を見つけたのです」


「サブさんが? でも狭霧には話してますよ」


「はい、今日だけって期限付きでね?」


 狭霧が少しムッと睨んで来るけど可愛い。それに納得すると七海先輩は次の話だと俺にスマホを差し出した。


「これは?」


「先ほどの試合の映像です、河井くんが見せて欲しいと叫んでいましたので」


 それに頷くと試合の動画を確認した。何か互いに叫んでいるが音割れも激しく聞き取れない。だけど分かるのは河井は一歩も引かずに戦っていた。


『死ね!! し――――キ!! ケッセキィィィ!!』


『ぐぅ、甘い、って!? うがっ!?』


 そこで目から流血する河井に蹴りを入れトドメを刺そうとするユンゲを止めたのは工藤先生だった。Dブロックの審判は先生だ。先生は反則負けだと宣言したが七海先輩がそれを否と言った所で動画は止まった。


「どうして、ですか?」


 どうしてユンゲを反則負けにしなかったのかと僕は答えの分かっている問を先輩に投げかけた。


「理由はいくつか有りますが奴を合法的に日本から追い出すためです」


「分かりますよ……分かるけど、河井は生贄ですか!?」


 これは間違いなく僕達のためだ。ユンゲを韓国に送り返すためには決勝戦で倒さなくてはいけない。ここで下手に反則負けとした場合ユンゲがどんな暴挙に出るか分からないからだ。そのために大会を止めることは出来ない。


「今回の件は私に責任が有ります、そして利用しようと考えたのも私です、どう受け止めてもらっても結構です」


「……河井には、河井には最高の医療を……お願いします!!」


「私の名に誓って、私の専属チームを治療に当たらせています、それに緊急時のためにオペのチームも待機させています」


 それに頷くと僕は動画をもう一度チェックしたいと申し出るが七海先輩はその前に一つ話があると言った。


「ユンゲは現在、河井くん以外とは試合をしないで準決勝まで上がって来ています」


「は? それは一体どういう意味ですか?」


 この最終日はトーナメント形式で予選三試合に準決勝、決勝の五試合の予定でシード枠でも四試合はするはずだ。僕は午前中で既に三試合を終えているから残りは準決勝と決勝の二試合だ。ユンゲが仮にシード枠でも二試合はしていなくては変だ。


「ズルしたってことですか七海先輩?」


「狭霧? いや、そうか……」


 狭霧の声がゾっとするほど冷たくて驚いた。だから思わず肩を抱きしめると泣きそうな顔をしている。そして狭霧の予想は正しかった。


「竹之内さんの言う通り、三試合目の河井くん以外は棄権が一名と欠席が一名で、欠席者は先ほど保護されました」


「保護って、まさか誘拐まで!?」


「ええ、しかも実行犯は例の蛇塚組の元組員でした」


 あのS市動乱の中心だったヤクザ組織『蛇塚組』その組長はゲンさんと相打ちになって逮捕され、他の主だった幹部も軒並み逮捕され組は空中分解した。まさか元組員がユンゲに協力してるとは思わなかった。


「そんな……だって壊滅したって、そうだよねシン?」


「組織は消えましたが残党が未だにいます、目を潰されても蛇は動くと奴らは言ったそうです、先ほど優人さん、工藤先生の弟さんが逮捕し報告をくれました」


 工藤優人さんは今は空見澤署に勤める刑事さんで工藤先生の弟さんだ。あの人が今は窓口となって警察関係の人間を抑えたりしているらしい。


「先ほどの黒服も随分とガラが悪そうでした、もしかしたら」


「ええ、警戒しておきます、竹之内さんの護衛は?」


「アニキと愛莉姉さんが付いてくれてます」


「それは重畳、では私は戻ります……春日井くん、最後はあなたに任せます」


 それだけ言うと七海先輩は黒服数名を引き連れて出て行ってしまった。まだ何か用意するようだ。そして僕らも狭霧たちを応援席に送るために保健室を出た。



――――Side狭霧



「さて、じゃあ気合入れて応援しよう!!」


 私が声をかけると皆が頷いた。少し離れた席で店長と愛莉さんとツッチー達も見ている。そして準決勝が始まった。相手はカポエラ同好会の会長で去年新設らしくデータが無いと信矢が言っていた相手だ。


「勝負あり!! そこまで!!」


 少し手こずったけど、数分で工藤先生の声が響き信矢があっさり勝利した。シンママや母さんが歓声を上げていて私も嬉しくなる。


「あの子、あんなに強く……」


「やっぱりシン君って凄いですよ、せんぱ~い」


 私もニコニコと頷いているけどシンパパこと優一さんは厳しい表情をしていて私のパパも渋い顔をしていた。


「あいつ……まさか」


「どうしたユーイチ? 我らが息子の晴れ舞台にその顔は良くないゾ?」


 パパが言うとまた静かになってしまった。シンパパこと優一さんは物静かな人で最近まで知らなかったけど職業はボディガードで勘が鋭い人だ。それから数分後シンパパはトイレに行くと席を立ってしまった。


『準決勝第二試合ですが……出場予定の生徒が遅れているので少々休憩になります』


 そんなアナウンスが流れて会場はザワザワしている。その中で選手が一人出て来た。それはあの男ユンゲだった。そして三十分後ユンゲの相手は発見されず不戦勝になってしまった。


「同じだ、他の試合と……」


「さすがにクズ過ぎんでしょ、これは!!」


 澤倉くんとツッチーの言葉で向こうのブロックの予選がどうだったのか理解した。たぶん河井くん以外の相手はこうやってズルしてたんだ。それから数十分後ついに決勝が始まる。




「あれ? シン……何か変?」


 試合の始まりから叫び声を上げながら襲いかかるユンゲに対して信矢には余裕が全く無かった。それに奴は執拗に信矢の負傷してる肩を狙っていた。


「あっ、いたいた狭霧~!!」


 そんな不安な中で私に後ろから声をかけて来たのは佐野優菜、バスケ部のもう一人の親友だ。そういえば優菜は保健室に居なかった。


「あ、優菜どしたの?」


「探してたのよ狭霧!! これ凛から電話!!」


 どうやら優菜は今までバスケ部の顧問の赤音ちゃんと一緒に七海先輩を手伝っていて先ほどまで大忙しだったそうだ。そして優菜の手からスマホが渡された。


「凛から?」


 信矢も気になるけど病院に行った凛も気になるからスマホを受け取った私は電話に出ることにした。


「もしもし? 凛?」


『タケ!! いま啓の治療が終わって意識が戻ったの!!』


「そう、良かった……じゃあ後でね、今シンの試合中だし」


 そう言って電話を切ろうとした私に凛は通話を切らないでと必死な声で言う。そのまま凛は恐ろしいことを言った。


『啓の怪我!! 眼球は無事だったんだけど目の下のとこに刺さってて、少しズレてたら失明してたって言われたの!!』


「そっかぁ……よかったね」


『違うのタケ、啓の顔に切り傷が有ったの!! あのクズ男どっかに刃物みたいな凶器を隠してるの!! 急いで、会長が危ないっ!!』


 それを聞いて私はすぐに会場の最前列まで走り出す。最前列の席はユンゲのレギオンが朝から占領していて近付けないが構わない。後ろから優菜や愛莉さんの声が聞こえたが私は声の限り叫んだ。


『勝負あり……この試合、なっ!?』


「信矢ああああああ!! そいつ刃物隠してるから気を付けてえええええ!!」


 私が叫んだ次の瞬間、信矢の白い道着が真紅に染まっていた。

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