第124話「それぞれの思惑」-Side狭霧&七海-

――――Side狭霧


 あれから四日、私と信矢は気信覇仁館きしんはじんかんにほぼ毎日通っていた。師匠である源一郎さんにも店が暇な時には愛莉さんや店長の勇輝さんも来てくれて私達を鍛えてくれた。


「ここでシンは頑張ってたんだ……」


「ま、ここでも頑張ってたが正解かな」


 今は私の技を受けてくれているのは愛莉さんだ。シンは休憩しながら師範の話を聞いている。道義姿で額から汗の流れる様子はいつもの三割増しでカッコいい。


「あの、シンに聞いたんですけど、そこの林の奥の廃屋の地下室が有るって……私が場所を教えちゃったようなものなので、すいませんでした」


「いいのよ、アタシらにとって地下室は居心地は良かったけど、いつかは出なきゃいけない場所だった、地下から出てアタシとユーキは店を、レオや竜は本来の居場所にサブは自分探しの旅に、そして末っ子のシン坊は狭霧、あんたを取り戻した」


 最近はラブラブですっかり忘れてたけど中学から去年までの数年間、私達は絶縁状態だった。辛くて苦しかったけどシンも必死に戦ってたんだと実感する。


「そうよ、何か有るといつも『狭霧は~』とか『狭霧が~』とか、アタシら五人に相談してたんだから」


「そ、そうなんですか……嬉しいシン……」


「それと中学の時にも言ったけど重過ぎるのは程々にね? 二人してパンクするから、今は分かる?」


 それを言われてハッとした。私は最近までシンに言われて努力はしていたけど自分の過去の過ちを認められなかった。愛莉さんや店長達を勝手に恨んでシンを奪ったと思い込んでいた。


「はいっ!! あと、中学の時と去年は本当にごめんなさいでした愛莉さん!!」


 でも実際は私がシンを求めすぎて、だからシンが私のために頑張り過ぎて私達の関係はおかしくなったと一学期のゴールデンウィークの病室で初めて気付いた。私はシンから聞いた過去の話でやっと理解出来た大バカ者だった。


「よろしい、じゃあ師範代として稽古を付けてあげますか」


「お願いします!!」


 だから私も変わらなきゃいけない。いつも助けてもらってばかりの情けない女じゃシンに愛想を尽かされちゃうし私自身が自分を許せない。だから今度こそシンのパートナーに相応しい女になるんだ。




「やっぱり筋は悪くないね狭霧、運動神経も良いし、足は大丈夫?」


「はい、リハビリで無理しない範囲内にしてます」


「うん、じゃあ柔軟は念入りに、アタシは店に戻るからシフトは明日だっけ?」


 もう午後七時を過ぎていて家に帰らないと心配される時間だ。一応は両親や妹には言ってるけど暗くなる時は必ずシンと二人で帰るように言われている。


「シンがまだ修行頑張ってるから、もう少し……」


「いや、もう大丈夫だよ狭霧、帰ろう」


 今のシンは不思議な恰好で道着にヘッドフォンを付けていて一昨日までは目隠しをしながら座禅を組んでいただけだったのに昨日から今の状態で師範に演武を見てもらっていた。


「シン坊!! あんた、もう第二段階を?」


「うむ、ほとんど第二段階は習得している……だが、それだけでは実戦では使えんから次からは勇輝などに相手をしてもらうといい」


 師範の言葉で信矢はもうだいぶ昔の状態に近付いてるみたいだけど本人はまだまだ甘いと言って自分の成果を認めていなかった。実は私は幼馴染なのに最近になってシンのある特徴に気付いた。それは異様に自己評価が低い所だ。


「はい、より完璧に近付くためにもアニキにもお願いしてみます!!」


 やっぱりシンはあれだけ凄い事をしているのに満足していない。今でも凄いのに何でだろう。


「じゃあ爺ちゃん私も途中まで一緒に帰るから」


「ああ、では明日は普通の門下生が来るから、なら明後日、待っているぞ」


 師範に挨拶をすると三人で帰ると途中で勇将軒で愛莉さんがお店の餃子を持たせてくれた。その夜は餃子を多めにもらったから両家で一緒の夕食になって帰り際にキスしたらお互いニンニク臭くて明日は気を付けようと言って別れた。家に戻って私は歯を磨いて部屋に戻ると霧華が待っていた。


「どうしたの霧華? 何か用?」


「うん、シン兄もだけど姉さんも修行するなんて思わなくてさ」


「そう? 前から愛莉さんに勧められてたんだ」


 それにしても私の部屋で待ってるなんて何か有るのか。最近は私とシンが一緒にいるタイミングで部屋に突撃してくるから私一人の時に部屋に来るのは珍しい。


「へ~、そうなんだ……それで姉さん実際、あいつの事どこまで覚えてる?」


「あいつって、留学生?」


 それに頷く霧華を見て私はトラウマを思い出していた。霧華も酷い目には遭ったけど小さ過ぎて嫌だった事しか覚えてないから具体的な話を聞きたいらしい。


「酷かったよ、一緒に遊んでた女の子もあいつにイジメられたくないから離れて、私が逃げても転んだ霧華を攻撃したり……怖かった」


 まず泥団子をぶつけられたのは覚えている。目に土が入って泣きながら何度も家に逃げ帰った。でも私はお姉ちゃんだから霧華を庇いながら帰るのに必死だった。


「お母さんに言って三回目くらいでやっと公園に見に来てくれて団地内でしかも家から見える場所だからって油断したって、私のイジメを見てすぐに止めようとしたけど子供のケンカだって近所の人に言われたらしいの」


「まあ母さんも若かったから周りに合わせて当然か……」


 それで気を良くしたユンゲは私の顔を水たまりに付けて髪の毛を黒くしてやると言ったりクレヨンを投げてつけたり私を泣かす度に大笑いをして取り巻き達と私をイジメていた。


「でも母さんがパパを説得するために一回だけイジメを撮影して見せたの、そしたらすぐに動いてくれた……その時の映像では霧華だって泣いてたよ」


「ねえ、その時の映像って残ってるの?」


 少し考え込んで頷きながら霧華は当時の映像を見たいようで私を見た。あんなの見たいんだろうか私も最後に見たのは引っ越す前だから朧気だ。


「分かんない……でもパパなら知ってると思う、向こうの親と話を付けるためにって持って行ったはずだから」


「そっか、ごめん姉さんトラウマを掘り返して」


 それだけ話し終わると少しやる事が出来たと霧華は部屋を出て行った。何か動く気だろうけど分からない。でも私と違って霧華は頭の回転が速くて機転が利くから大丈夫だろう。


「私とシンなら大丈夫だよね……」




 翌日からはバイトもだけど試験対策の勉強も大事で涼学統一へ向けて本格的に高校が動き始めた。ちょうど十日前の今日から動き出して生徒会活動も休止する。受験の終わってない三年生以外は強制参加になる涼学の一大イベントだ。


「シン、どうかな?」


「良い感じだよ数学は問題無い、でも狭霧はもう成績は気にしなくても大丈夫だし今のままなら普通の成績は取れるよ」


「それじゃ嫌……だって私はシンの彼女だから恥ずかしくない成績でいたいし、それにもう来年は受験だし」


 私が言うと信矢は少し驚いた顔をした後に口を開いた。


「じゃあバスケは諦めるの?」


「ううん、でも怪我はすぐに治るものじゃないし……だから今は出来る事をしたい、そのために護身術で鍛えるし勉強も頑張る!!」


「分かった、それに僕も狭霧と一緒なら勉強も鍛錬も頑張れると思う!!」


 その顔を見て心の底からホッとして家に帰ろうと校門まで来た時にアイツが私のトラウマのソン・ユンゲが居た。本当にしつこくて怖い私の過去の亡霊は、いやらしい笑みを浮かべ後ろに何十人もの人間を従え私達を待ち構えていた。


「やあ待っていたよサギー、そして卑怯者の春日井!!」


 奴は私と信矢を睨むと私の最愛の人を卑怯者とののしった。卑怯者は目の前のイジメをして喜んでいたこの男なのに、でも言い返そうとしたけど怖くてシンの腕に縋りつくことしか出来ない。


「大丈夫だよ、さぁ~ちゃん」


「うん、シン……」


 我ながら情けないけどシンの側が一番安全だ。そう思って顔を上げた時にタイミング良くユンゲが手を上げた。すると後ろに控えていた中等部や高等部の女子生徒が一斉に口を開いた。


「卑怯者だ!! 卑怯者だ!! 卑怯者だ!!」

「春日井信也は卑怯者だ!! 卑怯者だ!!」

「取り戻せ!! 取り戻せ!! 卑怯者から取り返せ!!」


 それはまるで呪詛の様に響き渡る。当然のように関係の無い一般生徒は逃げ出した。彼女らレギオン達の目は異様で、その叫ぶ声は怒りに溢れていながらも一糸乱れず軍隊のようだった。


「怖いよ……シン」


「大丈夫、それにしても洗脳ですか……恐ろしい」


「違うさ卑怯者、彼女たちは目覚めたんだ素晴らしい崇高な役目にね!!」


 彼女達の一部は焦点が定まっていないようでブツブツ同じ事を呟いていた。怖過ぎる光景だ。私も簡単にアイドルの真似事はしていたけど、こんなのファンじゃない。むしろビルで捕まって薬物中毒にされていた女の子たちの方に似ている。


「素晴らしくても何でも結構ですが先を急ぐので、そこをどいて頂けますか?」


「い・や・だ!! 僕のサギーを渡せ卑怯者の日本人!!」


 どこまでも独善的で我儘で最低な人間だ。本当にサンジュンさんの弟なんだろうか、少し頼りなかったけど失礼な対応の私にも真摯に対応してくれて一緒に朝ごはんを食べた優しい人と目の前の男は全然違う。


「だから何度も言わせるな狭霧は物じゃない!!」


「いいや僕のだ、可愛い僕だけの物だ!! 十三年前はそうだった!!」


 それが嫌で誰も助けてくれないから私たち家族は引っ越したんだ。恐怖も有るけど私の心はそれ以上の怒りも湧いて来た。そして私が怒りの声を上げようとした時、全く別な女性の声が割って入った。


「両者そこまで!!」


「七海先輩?仁人先輩も……」


 そこに居たのは七海先輩と仁人先輩のペアだった。最近は学院内では見かけないで外で会う事が多かったからここで会うのは少し意外で二人は黒服を伴い私達とユンゲ達のレギオンの間に割って入った。


「邪魔するな!! 僕の後ろには政府が居るんだぞ!! 学院理事如きが!!」


「ふぅ、皆さんに良いお話が有ります!!」




――――Side七海


 明らかに危険な集団と我が校の生徒会の役員二人が対峙している中で私はパートナーの仁人様と事態の介入を開始する。思った以上に状況が拗れているが私も例の千堂に楯突く議員やマスコミを潰す仕事や他の些事、何より目の前の韓国人と後輩たちの関係を調査するのに忙しかった。


「ふざっけるな!! お前らは俺を歓待するのが仕事だろ!! 日本は客は神様で何やってもいいんだろ俺に従えよ!!」


「とにかくソン・ユンゲ落ち着きなさい、あなたの行動を日韓両政府は見逃すとは言ってません多少の我儘を許されている程度と理解なさい!!」


「だから俺たちの王の意向に――――「はぁ……犯罪行為は学内では揉み消せても学外では消せないんですよソン・ユンゲ?」


 私はここ数日の間に上がって来た調査報告書を叩きつけた。それは春日井・竹之内の両名に襲い掛かる写真付きの報告書そして愛莉さんによる被害届などが添えられた書類を韓国語に翻訳したものだ。


「こ、こんなのデタラメだ!! 第一、俺のやってることは正義なんだ!! それを口封じするのがお前らの仕事だろ!!」


「学内ではと言われました、しかし学外は別です、ましてや一般人を巻き込んだ時点で私たちはノータッチです」


 本当は秋津さんや愛莉さんは民間人では無いのですがねと心で付け加えておくけど目の前の愚か者は気付かないだろう。


「なら金を出す!! 日本人は好きだろう!! だから!!」


「それには及ばないよユンゲ、それら全ては揉み消したから感謝して欲しい」


 私と交代して喋り出したのはパートナーの仁人様だ。今回も全てこの方の指示で動くのが私のやり方で、この方の手足となって働くのが私の役目だ。それに世界的な天才として裏で知られている仁人様にはソン・ユンゲも引いているように見える。


「ふっ、まあ良いだろう、それより良い話とは何なんだ?」


「ああ、実は我々も面倒に感じていてね、だから一気に決着をつけるのはどうだ? 信矢と竹之内も俺の提案を聞いてみないか?」


 二人はアッサリ頷いた。今回は問題無いが私としては少し不満だ。二人には将来さらに私の役に立ってもらう予定なのだから少しは疑ってもらわないと困る。だから仁人様も今回はこのような計画を立案し私に実行を求めたのだろう。


「日本人同士で組んでいるんじゃないのか!?」


「違うさ、分かりやすい提案だ、この涼月総合学院には二月の最終週に年度末の涼学統一という勉学とスポーツを競う試験大会が有る、そこで白黒を付ければいい、優秀かどうか、これほど分かりやすいものは無い」


 その計画とは普段の仁人様の計画に比べたら明らかに杜撰なものだ。この計画の八割は春日井くんと竹之内さん次第だからだ。私たちはあくまでサポート、そのために色々と動いていたし、これから更に動く事になる。


「その試験も不正に――――「なら今のような無益な行為を続けるのか? 言っておくが二人は頑なだ、だが俺の指示に従えば竹之内はお前の物なる、どうだ?」


「なっ!? 仁人先輩何を言ってるんですか!!」


 これには春日井君が真っ先に反応した。さすがは竹之内さんのナイト、しかも過去を洗ったら目の前の留学生こそが諸悪の根源だというから笑い話にもならない。


「これは君らにも悪い話ではない、涼学統一でキッチリ勝負をつければ諦めろと言う事が出来るんだ、違うか?」


「それは不可能では? 彼は俺の注意や狭霧の拒絶を何度も無視しています、彼の立場が無ければ今頃は付き纏いでストーカー規制法を適用が可能なレベルです」


 しかし無駄に聡明な春日井君は即座に返す刀で仁人様に正論を叩きつけた。さすが竹之内さんが関わると言う事を全然聞かなくなる。全てにおいて彼女ファーストなのは分かりやすく少し羨ましい気もする。


「ふざけるなケセキが!! 俺はアイドルだ国を代表するアイドルが捕まるわけないんだよっ!!」


「ご覧の通りです、このような人間は必ず約束を反故にする」


 そして愚かな留学生は自分の立場が絶対的だと信じて疑わない。実に愚かだ春日井君の言う事は至極当然で、だから自分こそが傲慢であるとソン・ユンゲには思い知ってもらおう。


「そこで良い話なんですソン・ユンゲ、もし春日井くんが負けた場合、竹之内さんには韓国への交換留学生として現在あなたの所属するソウルの高校へ転校してもらいます、これは理事長の権限において確約します」


「「なっ!?」」


 二人が同時に私を見るが春日井君は睨んで竹之内さんは驚いたように私を見ている。しかしすぐに気付いたようで春日井君は表情を切り替えた。あなたはそれでいい私達を常に疑いながら協力してくれれば良い。だって私はそういう人材が欲しいのだから。


「素晴らしい!! さすがだ、それで――――」


「ただ、あなたも条件を飲んで下さいソン・ユンゲ、涼学統一であなたが春日井君に全ての科目で敗北した場合、竹之内さんと金輪際関わり合いにならないことを!!」


 そして私の本当の狙いは条件のために引き受けたこの韓国産の産業廃棄物の処理方法だ。面倒というレベルを越えている。


「なっ!! それはっ――――「まさか日本人の、それも散々バカにして来た男、あなた風に言えば卑怯者に負けるのを恐れているのですか?」


「違う!! 卑怯な罠を心配しただけでっ――――」


「私の権限において卑怯な真似はさせません、そしてあなたがこの条件を飲まないなら私の持てる全ての権限であなたを韓国へ強制送還させます、今すぐに!!」


 昨日までは未成年の内に世界の政府を相手にするとは思わなかった。でも私もそろそろお爺様から残りの権限を貰いたいとも思っていた。手土産として日韓両政府のアキレス腱はじゅうぶんだろう。


「ほ、本気か!! その言葉!! 今までの会話は全て録音したからな!! バカな寿司女め!! 後で取り消しと言っても効かないぞ!! アハハハハ!!」


「ええ、こちらも同様の物を保存しました、佐伯録った?」


「はい、お嬢様、確かに……」


 私の言葉は一切聞かずソン・ユンゲはレギオンに号令をかけて帰って行く。その動きは整然としていて軍隊のようだった。そして彼らが去った後には私たち四人だけになっていた。




「さて、話してもらえるんですよね七海先輩?」


「もちろんです今回はギャンブルで春日井君に全部ベットしました」


 私達は予定を変更して食堂「しゃいにんぐ」に来た。今は夜の営業の準備中で秋津勇輝、各務原愛莉さらに最近、部下になった佐藤三郎とフィアンセのカリン・オッペンハイマーも居て役者は全員揃った。


「おお、やはりその手で行くのであるか所長」


「ああ三郎さん、君の提案通り対決形式にしたよ」


 裏側から処理するのではなく直接当事者同士を戦わせるなんて以前の仁人様なら選択しなかった。にも関わらず今回は新しく部下になった佐藤さんの意見を採用しリスキーな手を打っている。これも春日井君からの影響なのだろう。


「サブさんのアイディアなんですか? 何か作戦は有るんでしょうけど狭霧をすぐに質草に入れるのは止めて下さい」


「済まなかった信矢、だが俺達としても奴には早々にお帰り頂きたいんだ」


「これでも裏で根回しやら色々と大変でした」


 そもそも今回の発端は我が千堂グループを邪魔に思う勢力と利用し取り込みたい勢力の争いが表面化したものだった。

 前者は例の政治家と事件記者さらには諸外国の政府だと睨んでいる。後者は今の所は日韓両政府だ。その両方を相手に調整が大変だったのだ。


「そんな事になっていたんですか、しかし日本はまだしも韓国政府は何で?」


「私もそこが分かりません七海先輩」


 春日井くんとカリンの疑問も当然で説明が必要になるだろう。幸い佐藤さんは仁人様から聞いているから私達の補足に入ってくれるようだ。


「かの国は前々から日本の中枢との関係回復を狙ってましたが国民感情が許さず難しいのが現状です、そこで最近は国策でアイドル外交というものを始めたそうで」


「アイドル外交と言うが要は大使に近い存在をアイドルとして送り込み両国の懸け橋にしようとする国策である信矢氏」


 しかし今の韓国でそんな役をやりたがる者などおらず暗礁に乗り上げそうになっていた中に一人の男が名乗りを上げた。


「それがソン・ユンゲだと?」


「ええ、彼がなぜ立候補したのか謎でしたが……まさか竹之内さんが狙いとは」


「偶然……なんですか?」


 春日井君が探るように私達を見るが当然ながら不可抗力だ。


「当然です、いくら私達でも幼少期の竹之内さんと彼、ソン・ユンゲと関わりが有ると知りませんでした、調べてから判明しました」


「これでも七海は急いで調べたんだぞ? しかも君らに配慮してリアム氏にも接触しないよう部下に厳命したんだ」


「仁人様!! そ、それは言わない頂けると……その」


 あくまで円滑に物事を進めるための考えであって遠慮した訳では無い。でも少しだけ気恥ずかしかった。


「そうだったんですか七海先輩ありがとうございます!!」


「そうでしたか……すいません疑ってました」


「お嬢も少しは成長したみたいだねえ?」


 問題のカップルは素直に頭を下げて来るし中学の頃からの盟友の愛莉さんからはニヤニヤされる始末で私のペースはすっかり乱れていた。


「ゴホン、と、とにかく!! 状況の整理と対策の話し合いをすべきなのです、いいですね!!」


「七海が珍しく照れている場面も興味深いが作戦会議は大事だ、済まないがもう少し付き合ってもらうぞ信矢、竹之内それにカリン嬢も」


「仁人様!!」


 かつて仁人様に負けた時並みに羞恥心が湧き上がって来る。このカップルに関わってから私も調子が狂いっぱなしだ。だけど不思議と嫌じゃない自分もいて、この居場所が悪くないと思ってしまった。

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