第123話「勝利への布石、修行開始の二人」
「それは……まあ昔と違って今は店が有るし定休日とかなら良いけどよ」
「でもユーキ、今のアタシら定休日は勇将軒でバイトなんだけど」
今さらながら二人の今の住居はアニキの実家のラーメン屋さんの勇将軒、その店舗の裏のアニキの家だ。愛莉姉さんも道場から移動して今は同居しているのだ。
「そうだった……二人は実質年中無休だったんだ」
「シン……今でもじゅうぶん強いんだし、今さら修行は……」
「さぁーちゃん……でも、僕は不安なんだ」
例のソン・ユンゲと戦った時に一瞬とはいえ不覚を取った。まだまだ未熟で僕は弱い。少し油断したら格下にすら負ける可能性が有る。だから、せめて前のレベルまでは強くなりたい。
「あのさ、それなら一度基本に戻るのはどうよシン坊」
「どういう事ですか愛莉姉さん?」
「そもそもアタシやユーキじゃ気配探知や遮断は教えられないでしょ? 爺ちゃんに教えてもらうのが早いって意味」
そうだった。そもそも僕が気配探知を勝手に模倣して覚えたのは道場でだ。そこで中途半端に覚えるのも悪いと愛莉姉さんの祖父の各務原源一郎氏、俺の直接の師匠に教えてもらって後は勝手に強くなったんだ。
「そうか師匠にもう一度教えてもらえば……」
「だけどシン、オメーは例の多重人格のフリ? をしていたから探知使えたんだろ? そうなると今のお前はせいぜい俺レベルでしか使えねえはずだ」
「分かってます、非才の身なれど少しでも昔のように戦えれば……」
そう、あの時と同じように戦えれば僕にだって……今以上に強くなれる可能性は有るはずだ。
「シン……そんなに昔に戻るのが大事なの?」
「さぁーちゃんを守れるように戻りたいんだ……ダメ、かな?」
「もう昔みたいに暴走しない?」
やっぱり中学時代を思い出していたようだ。だけど、もうあの時とは違う。家族や仲間に、なにより狭霧に心配は二度とかけるわけにはいかない。
「誓って、狭霧に絶対に心配をかけないし毎回アプリで連絡する」
「うん……じゃあ分かった、それと明日から私、シンのお弁当作り再開する!!」
それは素直に嬉しいと言うと狭霧は更に続けて畳みかけるように言った。
「うん、シンのために栄養満点なの作るし道場にも差し入れに行くから、だめ?」
「それは是非とも!!」
こうして僕の修行の件は決まった。その後、七海先輩と工藤先生はそれぞれ戻ると言うので店先まで送ると僕らも少し後にバイトの上がりの時間になった。そして買い出しに行くという愛莉姉さんと三人で店を出ると店前に奴は居た。
◇
「やあ僕のサギーまた会ったね」
「ひっ、出たよカ~イ~!?」
即座に僕を盾に隠れるのは昔を思い出す。そして目の前には狭霧の幼少期のトラウマで全ての元凶のソン・ユンゲがいた。
「今日は取り巻きはいないようだな、ソン」
「サギー、こんな寂れた食堂よりも僕と今からディナーに行こう!! 都内のホテルのレストランを抑えているんだ!!」
僕の事をガン無視したが勝てないと見て作戦を変えたのか、それとも狭霧しか見えてないのかイマイチ分からないが成り行きを見よう。
「い、嫌です、他を当たって!!」
「照れないで良いんだよサギー、君のために何でも用意してあげられるよ僕は偉大な韓国を代表するアイドルだからね!!」
「そ、そんなの、い、いらない!!」
よほど怖いのか僕の腕を掴みながら震える声で精一杯拒絶する狭霧だったがユンゲは聞く耳を持たずに不敵な笑みを浮かべる。
「サギー、震えるくらい俺を待っていたのに焦らすなんて、いけない子だ」
「ううっ、シン……もう嫌だよぉ……」
何を言っても効果が無くて震えながら僕を見る目は初めて出会った日の怯えた目で、僕はこの顔を笑顔にしたくて守ってあげたくて、あの日に恋に落ちたのを思い出していた。
「はい、狭霧よ~く頑張りましたね……いい加減にしろユンゲ」
「サギー、僕の話を――――「嫌だって日本語が分からないのか?」
だから全力で、そう全力で狭霧を守る事それだけを考えて目の前の障害と対峙すると改めて自らの心に誓う。
「ケセキがぁ!! うるさいっ!!」
「ワンパターンだな、それにユンゲ、お前は何で狭霧がここまでお前を拒絶しているのか分からないのか?」
「お前に無理やり従わされているんだろ!! 俺は世界の差別や傲慢と戦うアイドルだ!! お前のような傲慢な奴には負けないんだあああ!!」
殴り掛かって来るユンゲに俺が構えるが俺達の前に立ち塞がりユンゲの拳を片手で止めた人がいた。もちろん愛莉姉さんだ。
「アタシが介入するまでも無かったか……雑魚じゃん」
「なっ!? なあっ!! 寿司女ぁ!! お、お前みたいな奴が僕の拳を!?」
今まで静かにしていた愛莉姉さんが我慢の限界だったらしくユンゲの前に音も無く立ち簡単に拳を止めていた。今の何もしていないような動作だけでも奴の拳の威力を減衰させ受け流している。
「寿司? そういえば最近食べて無いわね、シン坊それに狭霧も今度みんなで食べに行こっか? お嬢の奢りで高い所にさ」
「いいですね、狭霧はサーモンが好きなので高い所は難しいかも知れませんが?」
「有るもん!! 回らない所でもサーモンは有るもん!!」
愛莉姉さんの提案に俺が乗っかり狭霧の笑顔が戻った。ちなみに回らない寿司屋にはサーモンはまだ少ない。
「じゃあ、そういうお店を探す?」
「うん、じゃ二人で先にデートしよシン?」
「ああ、もちろ――――「ふっ、ふざっ、ふざげるなばあああああああ!!!」
いくら商店街の外れとはいえ人通りが有るのに大声を出すユンゲは実に子供っぽく顔を真っ赤にしてキレ散らかしていた。
「うるさいですね……今のを見ても分かりませんか? 僕達は相思相愛、お前の入る場所なんて、どこにも無いんだよ」
「シバルゥゥウウウウ!! チョッパリいいいいいいい!!」
完全に頭に血が上って殴り掛かる姿を見て僕は狭霧を庇うために前に出る。間に合わないから一発はもらおうとグッと構えた瞬間またしても拳は止められた。
「人の店の前でうるせえんだよ……ガキぃ……」
「なっ、い、痛い!? 痛いぃいぃいぃぃい!!」
アニキが俺達の間に割り込んで胸でユンゲの貫手を防いでいた。俺の顔面、おそらくは目潰しを狙ったから逆に突き指してダメージを受け叫んでいる。そらアニキに攻撃したらこうなるな。
「アニキ……」
「シン、狭霧と行け」
「ですが……」
これは俺のケンカでアニキを巻き込むのは違う。そう言うがアニキは退かずに俺を見て再度ドスを効かせて声を発した。
「お前らの事は二人の母ちゃんから頼まれてるからな後で連絡するから今は行け」
「うっす!! ありがとうございますアニキ!!」
「ありがとうございます店長!! 今度のシフトも頑張りま~す!!」
そして俺が狭霧をお姫様抱っこして逃げる態勢に入るとユンゲが後ろで何かを叫んでいるがアニキと愛莉姉さんが通せんぼしてビビッて動けずにいるのを見て安心して家に帰宅できた。後で聞いた話だと二人と睨み合いになった後に捨て台詞を吐いて猛ダッシュで逃げ出したらしい。
◇
翌日も少しづつ増えているレギオンの妨害やユンゲからの執拗な接触を撃退したり時には避けながら生徒会室も安全とは言えない状況は続いていた。
「あまり酷いなら工藤先生には言うけど万が一はカリン、頼むよ」
「任された、霧華と吉川の二人は私が護衛しよう、サブローにも信矢に協力してくれと昨日頼まれたしな!!」
どうやら昨日はサブさんの就職祝いだったらしく七海先輩から話を聞いたサブさんが頼んだみたいだ。それに今の生徒会業務は実は涼学統一も含めて外部で事務作業が進行している。
「でも良いんですか先輩、予算表から他の関係の書類まで外部の……その、カリンさんの彼氏さんに頼んじゃって……」
前々から言われていたが正式に千堂グループに所属する事になったサブさんの初仕事は遠隔での俺たち涼月総合学院生徒会のバックアップだった。つまり千堂グループがリモートで俺達のサポートをしてくれて窓口がサブさんという訳だ。
「良いのだ吉川、これはサブローの初仕事だ将来の妻としても鼻が高い!! お父様もお母様も人格は問題無いが住所不定無職だったのを気にしていたからな!!」
どうやら僕が思っていた以上に三郎さんはステータスを欲していたようだ。孤高の騎士を語っていた時代も有ったのに丸くなったなサブさん。七海先輩の脅しというよりも提案は普通にいいコネだったのかも。
「じゃあ三人とも、僕と狭霧は道場に行くね、戸締りとユンゲやレギオンに気を付けて何か有ったらすぐに連絡して」
三人が頷くのを見ると僕は狭霧と二人で道場を訪れる事になる。僕も行くのは正月以来で直接道場に入るのは秋山さんとの立ち合い以来だから約三ヶ月振りだ。
「お久しぶりです師匠……」
「ああ、久しぶりだな信矢……それと竹之内さんも孫や勇輝が世話になっていると聞いている、それで早速修行の件だが……」
そして俺の修行は始まった。そして以前話していた狭霧への簡単な護身術も足に負担をかけない程度で教えてもらえる事になった。これは愛莉姉さんが昨日のユンゲを見て危険だと感じたらしく師匠に直接頼んでくれたそうだ。
「途中で勝手に辞めたような身でありながら再び教えて頂き感謝します師匠……」
「気にするな、ただ他の門下生の来ない時間帯で二人には教えようと考えている、あと竹之内さんの鍛錬は信矢にも協力してもらうが構わないな?」
「「はいっ!!」」
そして僕らは二人揃っての修行となった。もっとも狭霧は足に負担をかけないように愛莉姉さんから教えてもらった基礎の基礎の復習から始まり、一方の僕は師匠との組手そして何より大事な精神統一の修行をする事が決まった。
「本当に座禅とか効果って有るんですか?」
「座禅が必要かというよりも大事なのは神経を研ぎ澄ますコツを掴む事、つまり静寂の中で何かに鋭敏になる感覚を思い出す事が肝要なのだ」
師匠と狭霧が話しているが難しい修行だ。今僕がしているのはただの座禅では無い実際はその真逆だ。座禅は自身と向き合い自らの内面、すなわち心と向き合うのだが今やっているのは外部の音を聞き分ける修行だ。
「そうなんですか……あ、じゃあ私はまた組手お願いします」
「うむ、では私を投げてみなさい……信矢もそのまま感覚を研ぎ澄ますのだ」
「はいっ!!」
あくまで静寂な状態で音を気配としてとらえ複数のものを感知するという感覚を鍛える訓練で、内ではなく外に気を配る鍛錬になる。しかも視覚を封じ他の五感を鋭敏にさせて第六感と呼べるものを感覚として理解する事も課題に含まれていた。まだまだ修行は始まったばかりだ。
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