第109話「ドイツ騎士と始まる新学期」


「失礼、俺の名は春日井信矢、君は?」


「ほう、礼儀を弁えている様子……ならば名乗らせてもらう私はカリン・オッペンハイマー、ドイツから兄弟子でフィアンセでもあるサブローに打ち直した剣を持って来た者だ」


 なんか情報量が多過ぎる。サブさんが騎士とかっていうのはネタだと思ってたら割とガチだったのは知ってたけど弟子とフィアンセとか凄い単語がドンドン出て来た。


「サブ……さん?」


「話の前提としてカリンの話は、ほぼ事実だ……その上で信矢氏が主人公ムーブ全開で狭霧姫を助けに突撃した例の事件まで話は遡るのだが、よろしいか?」


 例の事件とは空見タワーの狭霧誘拐事件、七海先輩や工藤先生それに秋山さんの協力が有って解決した別名『空見澤動乱』事件のことだろう。


「ええ問題有りません……ところで狭霧は聞いたのか彼女の話を」


「ううん、でもカリンちゃん見た目が大人だけど私達と同い年なんだって」


 確かに狭霧が言う通り俺達と同い年なら大人びている。ドイツ人と言っていたがやはり外国の人間は日本人と違って大人びて見えるから不思議だ。


「ああ、そういえば七海のお嬢から今後は千堂グループや綾華とか関係者を少しでも隠すために『S市動乱』って略すようにって決まったらしいよ」


 愛莉姉さんの話に頷いたらサブさんの話が始まった。それは最上階で狭霧を探し社長室に乗り込む少し前で場所は竜さんやレオさんが戦っていた階での話だと前置きをされた。





――――空見タワー中層エレベーター前


「くっ、竜人くん……まだ行けるかい?」


「余裕……って言えたら良いんだけどな、てか俺らって……こんな役割ばっか、だな……レオ」


 既に十人近くのヤクザを倒してエレベーター前を死守していた二人は満身創痍で次々と来る増援による人数差で完全に追い詰められていた。そして二人にヤクザが殺到しそうになったその時、背後のエレベーターが開くと二人の男女が現れた。


「させるかっ!!」


「続きますぞ愛莉殿!!」


 援軍で現れたのは愛莉姉さんとサブさんで二人は群がるヤクザと一部の傭兵たちを奇襲で襲撃し竜さん達を助けていた。


「愛莉……さん、サブ……」


「竜人氏、そんな有様では愛しのしおりん殿を泣かせてしまいますぞ?」


「そうね、汐里も最近は男の世界が少しは分かって来たみたいだしね」


 救援に来た二人は竜さん達をからかいながら迫るヤクザを次々と倒して牽制するとボロボロになった二人を助け起こした。


「うっせ……まだ、やれるぜ」


「負けて帰ったら真莉愛に叱られるからね……」


 そして四人になったSHININGの面々の逆襲が始まった。人数差は有ったが剣の有るサブさんは特に別格の強さで愛莉姉さんにも匹敵するくらいだったそうだ。しかしアクシデントが起きてしまった。


「くっ、やはり専用のでないと限界であるか……」


「おいおい確かドイツの名工が打ったとか言ってなかったか!?」


「うむ、師の知り合いなのだが、いかんせん間に合わせの量産型であるから我の腕に付いてこれないのだ」


 そう言って折れた剣をプラプラさせる。こうなると戦えるのは愛莉姉さんだけで男三人が戦えないという情けない事態になってしまった。


「あ~、もう仕方ない!! 三人ともアタシの後ろに隠れてな!!」


 こんな感じで愛莉姉さんの後ろに三人が隠れるという情けない光景だったそうだ。しかし意外なことは続いて状況はすぐに好転する。エレベーターが再度開くとそこにはアニキと下に降りた際に偶然出会ったドイツ人騎士カリン・オッペンハイマーと七海先輩がいた。


「おいサブ、自称お前の嫁を連れて来たぞ!!」


「よもや、こんな大事件に巻き込まれているとは……サブローの写真を持って人混みを探していたらユーキ殿がいたから案内してもらった!!」


 彼女は空港から空見澤駅前まで親切な旅行者に連れて来てもらったらしいが駅前で別れるとサブさんを探して聞き込みをしていたらしい。


「カリン!? 何で日本に来たのであるか!?」


「サブローの本当の剣が出来たから持って来た、空港のチェックを抜けるのは苦労したんだからな」


 その後は二人揃って大立ち回りを演じヤクザを圧倒していたのでアニキと愛莉姉さんは二人に、その場を任せるとドクター救援のために上に行く七海先輩の護衛と俺の援護として上の階まで来たそうだ。



――――現在(神社境内)


「それでアニキが間に合ったんすねぇ……でも、あの戦いの時に竜さん達とエレベーター前で合流した時も下に降りた時にも居ませんでしたよね彼女?」


「あっ、そういえば……カリン居なかったね」


 狭霧も気付いたようだ。そう、俺たちは一度も彼女を見ていないし、あの事件に関わっていたとは思えなかった。


「あの時は警察が来た場合には銃刀法違反で捕まるから隠れろとサブローに言われ持って来た剣ごと車に隠れたのだ」


 確かに銃刀法違反にはなるはずだ。刃が入ってなかったけど鉄の棒として普通に凶器になるから凶器準備集合罪になる可能性も有ったらしい。


「で? 賭けって何をしてたんだい狭霧?」


「シンが私とカリンを後ろ姿だけで当てられるかって賭けだよ? だから汐里さんに同じ髪型に結ってもらったの」


 なぜか髪型がツインテールになっていたのはそれが原因か、横で相良さんも力作ですと胸を張っていた。


「信矢、君と狭霧の絆というのを試させてもらった、あのタワーでの戦いの顛末は私も聞いていたからな」


「何で試したの? ま、どっちみち僕がさぁーちゃんを見間違えることは絶対にあり得ないからね」


「私と真莉愛も分かるとは思ったんだけど賭けにならないからね~」


 愛莉姉さんや真莉愛さんはゴメンゴメンと謝って俺と狭霧に缶ジュースと焼きそばを奢ってくれた。


「お金ほとんど使わないで屋台で食べ放題だよシン~」


「良かったね……たこ焼きもまだ残ってるからどうぞ」


 すっかり巫女服も板に付いた狭霧が口を開けて待っているので雛鳥のように食べさせる。この光景に何故かカリンも開いた口が塞がらない様子だった。僕らの間では普通だけど他人は不思議だと微笑み合った。


「ふむ、それでなのだがな信矢氏……いいか?」


「サブさんどうしたんすか改まって」


「実は武者修行も兼ねてカリンが留学すると師匠たちから手紙を持って来たのだが、問題が有ってな……吾輩、現在は宿無しであろう?」


 サブさんは車上生活から今はSHININGの地下で半引きこもり生活をしている。空見澤にいるとだけドイツの関係者には伝えていたらしい。


「サブローの実家は昔は良い人間だったが今は見る影も無いからな、当家はサブロー個人とだけ懇意にしているのだ」


 そういえばサブさんは実家を追放されてたんだ。理由がイジメをしてきた相手の個人情報をバラ撒いて町中の人間を不幸にしたからなのだが、イジメを黙認していた学校や地元の名士を敵に回したらしい。さらに両親がそれに従う形でサブさんを追い出し追放先がここ空見澤だった。


「追放先というが吾輩、自分で選んだぞ都会と田舎の間で人付き合いの無いドライな町を探したのであるが……ユーキ殿に見つかってしまってな」


「なにが見つかっただ、道端で無抵抗なヒョロガリ見て見捨てる奴はいねえよ」


 しかし転校先でもまたイジメ被害に遭いそうになっていた所をアニキに助けられ、日本の教育機関に嫌気が差し通信制で高校卒業資格を取って今はフリーターだ。


「だから今回は仕方なしに宿を定める事になって、幸いにもユーキ殿や商店街の皆の力で吾輩も明日からはアパート暮らしなのだが……」


「私は同棲する気だったのだがサブローが嫌がって隣の部屋に住む事になった」


 一瞬ポカンとした後に昔、中学の頃にサブさんに教えてもらった事を今さら思い出して来た。これは俗に言うアレだ。


「サブさんの言うラブコメ展開じゃないっすか!!」


「信矢氏、吾輩、他人のラブコメやエロゲ展開を眺めるのが好きなのであって自ら主人公になる気は無いのである」


 謎のこだわり有ったんだなサブさん。そんな事を考えていると袖をクイクイ引っ張る狭霧が見ていた。どうやら放っておかれて拗ねたみたいだ。


「ごめんごめん、さぁーちゃん、サブさんの話さっさと切り上げるからね」


「うんっ!! 挨拶回りが終わったら巫女デートだよ!!」


 巫女デートってなんだろ、でも狭霧が可愛いから問題無い。そのまま腕に抱き着いて離れない狭霧の口元のソースを拭いながら納得した。


「ふっ、男の友情というのは女人一人に崩壊されるのだな……悲しいぞ信矢氏……」


「それでサブさん、結局は彼女を紹介したかったんですか?」


「ああ、それも有るが実は留学先の学校が涼学なのである、それでもし校内で見かけたら仲良くしてやってもらえると助かると一言な」


 なるほど、フィアンセとか色々聞きたい事が有るけど要はドイツから知人が来て高校で見かけたら助けて欲しいって話か。サブさんには俺と狭霧も中学の頃から凄いお世話になってるから問題無い。


「大丈夫ですよサブローさん!! カリン凄い良い子だし友達になれました!!」


「さすがは狭霧姫、なにぶん昔からお転婆で女友達も少なく……」


「サブローそれ以上は止めてもらおうか?」


 いつの間にか銀の剣がサブさんの首元に突き立てられていた。早くて見えなかったし殺気が欠片も感じられなかった。


「シン坊、動きが鈍ってるね~、気配探知が出来なくなったのは本当みたいね」


「あはは、しょせん俺のは愛莉姉さんや師匠のと違って器用貧乏の副産物なので……あれも偶然できたものですから」


「でも本物以上にあんたの能力は便利だったけどね」


 そんな話をしながら昼過ぎまで神社で話していると人が次々やって来る。父さんやリアムさんとは入れ違いだったのだろうか、秋山さんも居るなら挨拶をと思ったが三人とは終ぞ会えなかった。





 そして三が日と日曜を挟んで五日からいよいよ新学期が始まった。僕と狭霧、そして霧ちゃんの三人での初登校だ。これだけで既に感慨深いし、それは俺たちの母親も同じだったようだ。


「本当に、三人で学校に行くのを見れるなんて……」


「先輩泣かないで……私も、もらい泣きしそうで……」


 そして既に目に涙を浮かべる母さん達は、ご近所様からも見られていた。父さんは仕事で居ないけど家の中からこっちに手を振るリアムさんは苦笑していた。


「はぁ、じゃあ……母さん行って来ます」


「シンママ、それに母さんも!!」


「いってきま~す」


 狭霧の足に合わせて少し早めに出た俺たち三人はゆっくりと時間をかけて校門に到着した。するとそこには意外なメンツが揃っていた。


「夢意途先輩と七海先輩……それにカリンとサブさん!?」


「おお、信矢氏……ちょうどスポンサー様に挨拶をしていたのだ」


 サブさんが背広着てて驚いた。しかも普段はボサボサの頭をキチンと七三分けにして恐ろしいほど似合ってない。


「スポンサーなのは秋津さんのお店なのですが……佐藤さん個人には我々は何もしてませんよ」


 何でサブさん達が二人と一緒に居るのだろうか……SHINING繋がりにしてもサブさんと二人は接点はほぼ無いはずだ。僕達の新学期は始まる前から予想外な展開で何となく嫌な予感した。

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