第108話「ドタバタの新年と巫女騒動」
「私、初日の出って初めて見たかも」
「僕もだよ大体は寝ちゃってたからね」
生まれたままの姿でまた抱き合ってキスを交わすと微笑み合う。でも狭霧はすぐに視線を反らしてしまった。
「恥ずかしい?」
「うん……凄い声出しちゃったし……他にも凄いこと言っちゃったし」
「そっか……体は大丈夫か?」
その僕の言葉に頷くと毛布を被って中に隠れてしまった。少ししたら顔だけ出して目が合うと照れるを繰り返す。
「う~ん……なるほど」
「ど、どうしたの? 私なにか変なのことしちゃったの!?」
「いや、これが噂に聞く事後感なのかと思って……」
何というか思った以上に幸福感と満足感が凄く同時に凄まじい喪失感と倦怠感とか急に冷静になるな。
「え、まさか……もう飽きちゃったの!?」
「それだけは無いから、永遠に飽きないから大丈夫……ただ幸せだなって、ここまで長かったなって」
「そうだね……でも、これから先はもっと長いと思うよ?」
「ああ、狭霧……じゃあ、そのもう一回……」
「エッチ……でも、いいよ頑張る」
そして再び二人でと思った瞬間だった。下の玄関でガチャっと鍵を開けたよう大きな音が響いた。
「「えっ?」」
見事に声がハモった僕と狭霧は顔を見合わせる嫌な予感がして慌ててベッドから出ようとした時には既に僕の部屋のドアが開けられていた。
「……信矢、あんた遂にやったのね……年の暮れの最後の最後に油断したわ」
「母さん」「シンママ」
声は鬼気迫る感じだが顔は鬼の形相ではなく頭を抱えているような不思議な感じの母を僕と狭霧は布団にくるまって見ていた。
「姉さん、ごめ~ん頑張って時間は稼いだんだよ……これでも」
「霧華の様子がおかしいから問い詰めたら……よくやったわ狭霧!! 今日は先輩にお赤飯を作ってもらうわ」
「あんたは自分で作りなさい、前にも教えたでしょ!!」
その後、僕たち二人は母さんの説教と奈央さんと霧ちゃんにからかわれ気付けば完全に夜が明けていた。
「とにかく避妊はしなさい、せめて二人とも大学は出てからじゃないと……元旦にやってるとこなんて有るかしら……それから、えっと」
「母さん? 元旦にどこに?」
「病院に決まってるでしょ!! 避妊薬よ、あんた狭霧ちゃんと景気良く姫初めしちゃったんでしょうが!! はぁ、ほんと心配ばかりかけてバカ息子が……」
「あ、ああ……そっか……」
そうだった。僕達はそういうことをしたんだ。昨日、いや今日? とにかく先ほどまでの情事はその意味合いも有ったのを失念していた。
「シン、凄かったもんね……」
「姉さん、そこら辺詳しく詳しく!!」
「お母さんにも詳しく!!」
「あんたは母親としての自覚を……あぁ、もう……狭霧ちゃん、とにかく私と病院に行くわよ、信矢それと奈央と霧ちゃんも後学のために付き添いなさい」
◇
「それで親同伴で産婦人科行って来たの二人とも?」
「はい……」
狭霧は愛莉姉さんにヨシヨシと慰められていた。ここは師匠の道場の稽古場で数軒隣の神社は珍しく盛況で僕達も新年の挨拶をして来たばかりだ。
「それでシン君はお母さんたちと一緒に病院に行ったと……中々出来ない体験だね」
「レオさん、そりゃ無いっすよ」
一方で俺はアニキやレオさん、竜さん達に囲まれて散々イジられていた。サブさんはドイツから来ている知人を連れて日本の縁日の屋台を案内しているそうだ。
「いや~、でもシンの母親ってあのクソ真面目でおっかない人だろ? 大変だったんじゃねえのか?」
「はい、俺だけ裸のまま説教されてその後に病院で……あ、お餅ありがとうございます……って相良さん!? その格好は」
そんな感じで俺がお餅の皿を貰ったのは相良汐里さんつまり竜さんの恋人が居たのだが恰好が問題だった。巫女さんの恰好をしていた。
「ふふっ、驚いた? 隣の神社で巫女のアルバイトのヘルプに入ったんだよ、真莉愛ちゃんに誘われて、それで今は休憩中なの」
「お? なんだ信矢、汐里に見惚れてのか?」
竜さんが立ち上がって相良さんを抱き寄せている。相変わらず独占欲の塊だ俺はこうはならないようにしたいと鼻で笑うと同時に別な事を考えていた。
「いえ、狭霧が着たら可愛いだろうなぁ……と、いてっ!?」
「そこはお世辞でも、この世で一番お似合いですだろうが!! 俺の女だぞ!!」
いきなり横から竜さんにゲンコツを食らってイラっとしたから思わず言い返していた。今の色々と大人になった俺なら何でも出来る……気がする。
「へっ、どうせ言ったら言ったで『俺の女に色目使うな』とか言うじゃないっすか竜さん、あと一番似合うのは俺の狭霧なんで勘違いしないで下さい!!」
「ああん、最近チョーシこいてるようだから締めてやろうか信矢よ~」
「いいですね狭霧への思いに溢れ過ぎて色々と卒業しちゃった今の俺なら竜さんも一捻りでしょうねっ!!」
竜さんが餅の皿を置いて立ち上がると立てよと言って挑発して来た。ここで引き下がるのは男じゃない。だから俺も立ち上がってガン付けた。
「シン!! 喧嘩はダメだよ~」
「竜くんも乱暴なことは止めて……今日は新年の初めなんだよ」
「「うっ……」」
お互いに最愛の人に言われてしまえば黙ってしまう俺達だった。情けない話この時点で既に尻に敷かれているのは確定していた。俺たち二人が渋々座るとタイミングよくレオさんが話しに入って来た。
「それはそれとしてシン君、僕も狭霧ちゃんの巫女服姿は見たいから、真莉愛に頼んでみようか? 今回の仕切りはVermillonのマスターだから借りれると思うよ」
Vermillon Ailesのマスターはレオさんの恋人の真莉愛さんの叔父さんで実は空見澤の自治会の役員もやっている。今年の祭はマスターが責任者の番らしく真莉愛さんも手伝っているとのことだ。
「そうなんですか……狭霧は着てみたい?」
「興味有るけど……良いの?」
狭霧なら開口一番に着たいと言うと思ったのに違った。予想外の返答に俺は少なからず驚いていた。
「狭霧ちゃんせっかくだから着てみたら~?」
「そうだよ~狭霧ちゃん可愛いから似合うと思うよ」
愛莉姉さんや相良さんも言ってくれているし問題は無いと思ったが、ここで狭霧は、この場の全員の予想していた答えとは全く違うこと言い出した。
「だ、だって……巫女さんて処女じゃなきゃダメだって聞いたから……私、シンと姫始めしちゃったから、もう資格無いよ~」
「えっ……」
場が固まって同時にある者は思った。じゃあ私も着ているのはマズイんじゃないだろうかと、またある者はこう思った。そんな奴は今はもう居ないだろうと、そして俺は困惑しながら言った。
「それって迷信てか都市伝説みたいな感じらしいよ、さぁーちゃん……」
「ふぇ? そう……なの?」
割と切実な顔をしていた狭霧を見て話し出す。実はこれ都市伝説に近いもので巫女の処女性が重要視されていたのは昔で現代の巫女にはそこまで求められていない。
「さぁーちゃんに昔、神社の作法とか話したこと有ったよね、それ思い出して最近また調べたら巫女にも色々種類が有るのを知ったんだ」
狭霧が言っているのは太古の儀式やらで神降ろしや口寄せといった神と交わる昔の人に必要な巫女で現在の神社にいる巫女とは違うらしい。
「そうなのか信矢」
「らしいですよ少なくとも近現代より前には……明治くらいには確立していたとか」
俺と竜さんが話していると安心した顔の相良さんと横で餅を食べてた愛莉姉さんも口を開いていた。
「へ~、じゃあアタシも着ていいのかいシン坊?」
「ええ、専門家の動画とその人の本を立ち読みしたんですけどネットを少し調べれば載ってると思います、大事なのは処女性よりも未婚かどうかだそうで」
婚前交渉はご法度と言われていた時代で未婚ならば処女だという概念が有ったから昔は謎の処女信仰が有ったのだろうと、そこでは結論付けられていた。
「じゃ、じゃあ私セーフなのシン?」
「多分ね……それに巫女服を着るだけならコスプレしてる人は皆、気にする必要が出て来ちゃうから難しく考えずに狭霧も着ていいはずさ」
じゃあ皆で着るかと言ってなぜか愛莉姉さんまで着ると言い出して相良さんと三人で道場を出て行ってしまった。それから暫くして神社まで来るように通知が来た。
◇
「そこそこ盛り上がってんな、てっきり駅の反対のデカイ神社の方に行くのが多いと思ったんだけどよ」
「そうですね新市街や南口の方には大きい水天宮が有るから、こういう小さい神社には僕らみたいな地元の人間しかいないと思ったんですが」
僕とアニキが出会った神社は年に数度だけ盛り上がる。それが夏と年越しだ。つまり年二回のお祭りだけは人が来て色々と賑やかになる。
「お前と知り合った時は忙しくて夏は来れなかったし、今年は俺は店、お前は狭霧のの怪我で来れなかったって感じか?」
それに頷いていると屋台のタコ焼きをレオさんが買って来てくれて四人でパクつく。途中で神社の人に甘酒も貰って祭りを見ると凄く盛況だった。
「そう言えば信矢、竹之内の足って大丈夫なのかよ」
「日常生活に問題は無いんですけど激しいスポーツは無理です、リハビリの期間も週に一回くらいに減って、これからの経過次第ですね」
それは心配だと皆で話していると境内の中央の社務所が見えて来た。寂れた神社の境内には人だかりが出来ていた。それを見てレオさんが何かに気付いたようで俺の肩を引っ張って言った。
「シン君……あの後ろ姿、あれ、どっちが狭霧ちゃん……なのかな?」
「え? あっ……なんかブロンド頭が二人いるじゃねえか!?」
レオさんに言われて見ると確かにブロンドの人間が二人……アニキも驚いているが何でだろうと不思議に思って俺は後ろ姿の狭霧に声をかけた。
「さぁーちゃん」
「あっ、シン、待ってたよ……ってタコ焼き良いな」
ポンと肩を叩いて狭霧に声をかけると巫女服姿の狭霧が振り向いた。ちなみにタコ焼きはちゃんと狭霧の分も買って用意しておいた。
「そう言うと思って狭霧の分もあるよ、はい口開けて、あ~ん」
「うん、あ~ん……熱いけど、おいひぃ~」
そして、この場所に来る途中までの間にジュースのペットボトルも用意して有るから渡すとゴクゴク飲んでいた。
「いやいや、お前サラッと何で分かったんだよ、そこの隣の……ってあんたは」
隣で竜さんとレオさんが驚いていた。もう一人のブロンドの女性がこちらに振り返って目が合ったが初対面だ。どうやら他のメンバーは顔見知りなようだ。
「ああ、貴君らか……あの戦以来だな、サギリ、それで君の夫はそいつか?」
「ま、まだ早いよ~、時間の問題だけど……あ、シン、たこ焼きおかわり」
「はいはい、熱いから気を付けて……それで、こちらのハニーブロンドの女性は?」
俺が一瞬で見抜けたのは当たり前で狭霧はアッシュブロンドで若干暗い部分が有るが狭霧の隣に並んでいたのはハニーブロンドという皆が知っている方の明るい金髪だったからだ。
「どうやら賭けは私とサギリの勝ちだなマリア、アイリ?」
「話に付いて行けないけど、君は?」
「あ~、それは吾輩が説明するのである信矢氏……我が妹弟子が面倒をかけた」
「サブさん?」
そこにいたのは佐藤三郎さん通称サブさんだった。そしてサブさんの妹弟子で実はニアミスしていたカリン・オッペンハイマーとのファーストコンタクトだった。
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