第106話「二人きりになれない年末」


「どうしようシン……」


「まさか今年も気付けば残り二日とは……迂闊だったね」


 狭霧のリハビリ帰りに二人で歩きながら僕らは今日までの冬休みの日々を思い出していた。まず最初に思い出すのはイブの夜で寝過ごした僕らは途方に暮れていた。





「まさか起きたらイブが終わりかかっているとは……」


「イブはシンと過ごそうと思ってたから明日の昼は女バスの皆とカラオケなんだ」


 最近は様々な理由で疎遠になっていたバスケ部のクリスマス会に呼ばれているらしく一方の僕は暇なので近くまで送り迎えする予定だ。


「イブがダメだったしクリスマスだけでも……」


「でも今回はバスケ部の人たちと久しぶりに会うんでしょ、行って来なよ」


 少し迷いながらクリスマスケーキのイチゴをどのタイミングで食べるか悩んでいるのは可愛らしくて見惚れていると目が合った。


「うん……でもシンはどうするの?」


「僕はバイト先で時間でも潰してるよ。それに色々と挨拶したい人もいるから、駅前で別れる感じかな」


 そして翌日、僕は狭霧を駅前まで送り届けると女バス一同からクリスマス会にと誘われたが丁寧に断ってバイト先に向かった。店に入ると意外な人物が待っていた。


「よお坊主、久しぶりだな病院以来か」


「ゲンさん……ギプスはもう取れたんですか?」


 席に着くとアニキが水を持って来てくれた。今日は客扱いのようで、どうやら僕を待っていたらしく来なかったら呼び出す予定だったらしい。


「おうおう、アキに聞いたぜ、お前らの学校に赴任して教師に戻るんだってな」


 真昼間から瓶ビールを既に二本目を開けているのは不良警官の名に恥じない酷い有様で思わず苦笑した。


「ええ、工藤先生は来学期から僕らの担任です」


「そうかそうか、良かった丸く収まったじゃねえか、実は今日お前と竹之内の嬢ちゃんとの取引の話をしに来たんだ」


「僕らの事件の揉み消しの件ですか?」


 狭霧を巻き込んでしまった痛恨のミス、中学時代の僕たちの前科を盾に目の前の不良警官に脅された結果、例の『S市騒乱』という大騒動に狭霧を巻き込んでしまった際の交換条件の件だ。


「ああ、それなんだが俺、昨日付けで警察クビになったんだ懲戒免職ってやつだ」


「ええええっ!?」


 既に聞いていたアニキや今日のシフトの竜さんと愛莉姉さんは笑っていたが懲戒免職って大変じゃないんだろうか。それに僕やアニキ達のことはどうなってしまうんだろうか。


「傑作だろゲンさん、最後に大ポカやらかしてクビだってよ~」


「やってくれますね、よっ、元不良警官で今は無職!!」


 アニキと竜さんは今までの事が有るから容赦が一切無いな。愛莉姉さんも腹抱えて笑ってるし、でも良いのだろうか。


「アニキ達、でも俺たちの件はどうなるんすか? 俺はいいですけど狭霧はあんなに頑張ったのに報われないのは……ケジメ付けてくれるんすよねゲンさん?」


「おいシン、最近はそのモード抑えてたんじゃねえのか? 殺気漏れてんぞ……」


 アニキが呆れたように言ってくるが構わない。だって今は狭霧が居ないから遠慮なく本性も出せる。あの優しい狭霧を心配させるわけにはいかない。


「おいおい、多重人格はお前さんの演技だったんだろ? どう見ても治ってねえじゃねえか俺を騙したのか?」


 ゲンさんがアニキや愛莉姉さんを見るが二人はニヤリと笑って違うとだけ言っている。竜さんも俺の本性が分かっているから言わないようだ。


「狭霧が泣くから普段は強い口調をしてないだけっす。そもそも俺は無意識に演じてただけなんで今でも口調を変えれば、ある程度は元に戻れるんです」


「じゃあ、それも演技かよ……」


「演技っていうか成長過程で手に入れた姿ですね。大人になったら相手によって一人称を変えたりしません? 仕事では『私』でプライベートは『俺』って感じで」


「まあな、じゃあお前のもそれだっていうのか?」


 実際その通りでTPOを弁えたり体面を気にしたりする状態が酷くなったのが始まりで、そこから悪化した中二病のような思い込み……つまりは黒歴史だ。


「でもシン坊、前から気になってたけど気配探知といい戦い方の全部が変わるもんなのかい? 戦い方は人の心だと言われる位にはハッキリしてるもんよ」


「らしいですね……ある意味で俺が小さい頃から言われてた器用貧乏が関係してるってドクター、仁人先輩は分析してました」


 入院中にドクターには何度か治療行為と称した逆行催眠や暗示など色々とされたが全て俺には効果が無かったらしい。そもそも俺が思い込んで作り出した都合の良い人格とは無意識に作り出したイマジナリーフレンドだから全部、俺の脳内ごっこ遊びが原因だと仮定されている。


「つまり痛い痛い中学生時代で『もう一人の俺が~』みたいな感じだったんだろ?」


「ですね、思い込みが悪化して気付けば真実だと勘違いしてただけって……今思えば恥ずかしいっすよ」


「ま、俺にも黒歴史は有るから気持ちは分かるぜ」


 アニキは分からないと言っているが、この人は別格だ。俺や竜さんと違って弱くて泣いて逃げ出した事は無いはずだ。喧嘩で負けたら相手より強くなればいいってタイプで俺の憧れた人はそういう人だ。


「じゃあ坊主は弱い自分と嬢ちゃんを守るために都合良く思い込んだと……それで自分で自分に噓をついてる内に混同して最後は錯覚したと?」


 推論はほぼ正解でゲンさんも刑事だったと思い知らされた。ただドクター曰く要約すると一言で終わるらしい。


「そう、つまり全部俺の妄想だったんです。強さも全部後から付いて来て、妄想を現実にするために俺は強くなって戦い抜いただけ……」


 結局は狭霧のために強くなって、また一緒にいるために努力した結果が多重人格状態だった。でも実際は狭霧が望んでくれたのは昔の僕だった。それが今はたまらなく嬉しくて同時に勘違いしていた自分が恥ずかし過ぎる。


「カーッ、終わってみたら好きな女のために戦ってた勘違い野郎ってだけか」


「人格の事は分かったけど戦闘スタイルを二つも制御して戦うなんて……普通出来るものなの? 話を蒸し返して悪いんだけどさ」


「スタイルが二パターンも有ったのは中途半端に小さい頃から学んでいた格闘技を器用に使い分けていたからで、しかもキッチリと学んでなかったから変な我流の戦い方が出来たと……」


 愛莉姉さんと竜さんが俺の戦い方を分析しているがそういう事だ。強くはなれないし才能も無いけど習得は早くて浅い範囲ならば使いこなす事が出来る。生き方も戦い方も秀才型で器用貧乏、これが原因の一端だった。


「なまじ中途半端に何でも出来たからこうなったと……なんつ~か」


「ま、シンの場合は努力と日々の研鑽でそれを最高の段階まで持って行った。器用貧乏を高水準で維持してたから狭霧を守れたし助けられた、違うか?」


「そうだと良いんですけど狭霧を助けられたのが中途半端な器用貧乏的なのは皮肉だなっと……結局、これ褒めてくれたのはアニキだけですから」


 あのクリスマスの夜にアニキとの兄弟盃は今も忘れないし、かけてもらった言葉は俺の中で生きている。少しはなれたんだろうか最高の器用貧乏という奴に……。


「坊主の話は分かった。それと言うのを忘れてたが、お前らの前科だが俺より上の権限持ってる奴が全部消して、証拠隠滅は完了した」


「えっ?」


 俺が驚きの声を出すとアニキ達も驚いていた。そんな俺たちに構うことなくゲンさんは三本目のビールを飲み切るとゲップしながら話し出す。


「透真の……いや、アキの弟が全部データベースから消してくれた。上は黙認で何も無かったことにしたようだ」


「じゃあ俺らは晴れて真っ白ってわけですかゲンさん?」


「おう、そういう事だ。さて……じゃあ俺も行くとこが有るから帰るとすっか」


 立ち上がると千鳥足で歩き出すゲンさんの背中に愛莉姉さんが気付いたように声をかけた。


「今日はいいですけど、これからはアキさんのツケは無いですから次はタダで飲ませないからねゲンさん?」


「そうか、ま、どの道しばらく俺は来れねえから、ツケは踏み倒すぜ……ま、達者でやれよガキ共!!」


「え? ゲンさんそれって……」


 それだけ言うとゲンさんは店を出て行ってしまった。一瞬、俺達はキョトンとしたけどアニキが午後の営業を始めると言って俺の方も少し時間が早いけど狭霧を迎えに行くことにした。





「時間通り到着だね副会長~」


「あっ、シン!!」


 狭霧がピョンピョン跳ねてこっちに向かって来るから僕は全力ダッシュで止めていた。まだリハビリ中なのに迂闊だよ。


「狭霧、まだ走ってはダメだとあれほど……」


「走ってないよ、ジャンプしただけだから大丈夫……うっ、ごめん」


 油断して足に痛みが走ったようで少し目を反らしながら謝って反省はしてくれたので今度から気を付けてと言うと抱き着かれた。


「まあまあ許してやってよ旦那様、タケったらさ、終了時間になったらソワソワし出して二次会も行かないって言い出して『シンが迎えに来るから』って」


「そうそ、カレシ居ないこっちにお構いなしにね」


「まあ、さぁーちゃんを慌てさせちゃったのは僕が悪いのも有るか……」


「そんな事無いよ私が調子に乗っちゃって」


 抱き着きながら上目遣いをしてくる狭霧は最高に可愛くて僕は毎回この戦法で籠絡されている気がする可愛い。


「あ~熱いわ~真冬でクリスマスなのに暑いわ~」


「親友が幸せなのはいいけど……こうイラっとするわね」


 一通り女バスのメンバーにからかわれると挨拶だけして二人で家に帰る。そして今日は仕事で父さんが居ないからと狭霧の家でのクリスマスパーティーになった。





「起きなさ~い二人とも、冬休みでも寝過ぎよ~」


「あっ、お母さん起こさないでよ~!! シンの寝顔は貴重なんだから」


 狭霧と奈央さんの声が頭上から聞こえてくる……目を開けると恋人の顔がドアップでそこにあった。


「ううっ、あれ? ここは……狭霧?」


「私の部屋だよ、昨日はパパがシンにワイン飲ませちゃって酔っ払ったから我が家にお泊りだったんだよ」


「いてて、何で狭霧の部屋に? 客間は僕の家より多いよね?」


 これが二日酔いというやつか、なんて思いながら昨晩を思い出す。そうだリアムさんから進められて強引に飲んだら意外といけてそのまま倒れてしまったんだ。


「うん、だから私が部屋に連れ込んだんだよ、パパはちゃんとシンママに説教されてたから大丈夫!!」


「先輩が料理取りに戻ったタイミングであの人も飲ませたから確信犯ね」


「弁護士が法を破ってどうすんですか……取り合えず一度家に帰りますね」


 こんな事が有ってクリスマス翌日は僕の部屋で狭霧に介抱してもらい過ごして更に翌日は霧ちゃんが来学期から通う中学へ下見に行った。


「でも涼学の中等部か……こっちの校舎まで来たことは無かった」


「そうだね私もシンも高校からの編入組だし」


 実は僕たちの通う涼月総合学院は大学までのエスカレーター式の教育機関だ。ちなみに大学は都内にキャンパスが有るらしい。例の二人組、仁人先輩と七海先輩のラボも作られているらしい。


「ま、つまり一月からは私も一緒に通うことになるからよろしく~」


「シンと二人っきりのラブラブ登校は数日だけの儚い夢だったのね」


「三人で仲良く通学なんて、昔に戻れて良いじゃないか狭霧」


 そして翌日は僕と狭霧の年内最後のバイトで店は大晦日と前日は閉めると聞かされた。アニキ達は二人揃って今年は師匠の道場にお世話になるらしいから顔を出すようにも言われた。お年玉をくれるそうだ。


「じゃあアニキ達とは今年はもう?」


「そうなるな……二人とも良いお年を、って少し早いか?」


「良いんじゃないですか一応は年末ですし」


 俺が言うと愛莉姉さんと狭霧も暮れの挨拶をしていて何かビニール袋を渡されていた。その翌日、つまり今日は狭霧のリハビリで半日過ごして最後に診察で来年からの日程について話をした。


「そして今に至ると……明日と大晦日の二日で今年も終わりか……」


「そうだ、シンママから聞いたけど明日はシンの家は大掃除らしいよ?」


「何でまた僕は知らないで狭霧に言ってるんだか……」


「もちろん明日は手伝うよ!!」


 こうして今年もまた一日減って残りは二日、明日は大掃除らしい。

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