第105話「気付けば聖夜がやってくる?」
◇
「どうしよう明日はもうイブだよ……」
「てか狭霧はいいじゃん彼氏持ちだし部活辞めたし、超フリーじゃん」
「休部してるだけだし……来年は復帰するもん……たぶん」
早いもので狭霧の両親の朝帰りから数日、今日はもう終業式だ。そして先ほどそれも終わり残りはHRだけとなっていた。
「よし皆いるな……いつも通り解散と言いたいんだが、実は決まった事が有ってな少しだけ時間をくれないか」
口を開いたのは担任で割と影は薄いがここ最近まで僕や狭霧の件では色々と動いてくれた人で二学期からは地味に苦労していた人だ。
「なんすか先生~」
「俺この後デートなんすよ~」
「お前それ冗談は顔だけにしろよ」
「ちょっと男子うるさい」
すぐに帰れると思ったら話が有ると言うので若干不満が爆発した人間もいて騒いでるから僕は少し声をキリッとさせて大きい声を上げた。
「私は、取り合えず先生の話を聞きたいのですが……」
「うっわ、久しぶりの副会長モードだ」
「う~ん、クールモードのシンも素敵……さすが私の旦那さま」
「えっ、竹之内さんって、やっぱり結婚してたの!?」
誤解が広がっていく……いや将来的には結ばれる予定なので間違ってはいないが、それにも訂正を入れた上で私は、いや僕はクラスを静かにさせた。
「ありがとう春日井……まあ皆も帰りたいだろうから短めに話すと俺、三学期からこのクラスの担任じゃなくなるんだ」
「え?」
「「「「「えええええええええええっ!!」」」」」
なんでいきなりと言う僕の疑問にも先生は曖昧に笑いながら答えてくれたのだが、これは色んな意味で僕のせいだった。
「実はな、特進クラスの教師に一つ空きが出来てな……今までは臨時講師でやっていたんだが理事会側から俺に白羽の矢が立ったんだよ」
「あ~桶川か……クビになったんだっけ?」
「ツッチー、ダメだよ本当のこと言ったら!!」
狭霧は素直で嘘が付けないな……そして椎野は黙ってろ。
「ま、まあ諸般の事情は置いておいてな職員会議で誰が特進に行くか実はずいぶんと会議しててな決まったのが四日前なんだ」
担任の話によると最終的な二学期の最高平均点の生徒がいるクラスの担任が相応しいとなったらしい。理由としては僕が二学期の中間で学年三位まで落ちたから厳正になると教頭が提案したそうだ。
「なるほど、期末で四点落としただけで中間と期末の平均点は僕が取った……そんな決め方で……」
「まあ教頭も上から言われたらしくてな……そんな訳で今から君達の新担任の紹介だ。三学期から赴任されるから今日は顔見せだけだがな、工藤先生お願いします」
担任、いや元担任の言葉で入って来た人間に僕と狭霧は驚いた。それは小学校の担任でこの間も凄いお世話になった工藤彰人先生だったからだ。
◇
「と、まあ以上だ。俺は特進の生徒に挨拶せにゃならんから後は頼むぞ工藤せんせ」
「はい、高校生は初めてですが頑張らせて頂きます。確かに引き継ぎました」
そして元担任が出て行くと工藤先生……いや、この間までは工藤警部補だった人が教壇に立った。先生は目を閉じると軽く吐息をついて僕らを見た。
「改めまして、いきなりで困った者も多いと思うが私は工藤彰人、担当は日本史のAとB両方、一部のクラスは地理も受け持つ、皆も急いでるだろうから三学期の初日に改めて自己紹介したいと思うが、どうかな?」
しかし工藤先生の提案は却下されて質問攻めが始まりHRの時間は三十分は伸びてしまった。それから生徒が一人、また一人と流れ解散となり最後に教室に残ったのは僕と狭霧と先生になった。
「驚かせたかな二人には」
「ええ、凄い驚きました……でも、これは一体どうして?」
「その説明をしたかったんだ。俺の口から二人には直接な」
そして先生は、あの事件で僕たちが救急車で搬送された後の話だと言って話し始めた。
「あの後は梨香のこともあったから警察を辞めようと動いたんだ。実際この街は二人でいると目立つ事情が有ってね……梨香の裁判が終わったら二人で逃げようと思っていたんだ」
「ええっ!! 愛の逃避行ですか、梨香さん良かったぁ……」
「いやいや先生は普通にここに居るし梨香さんは僕らとバイトしてるから狭霧」
ところが計画が実行に移される前に二人の最大の懸念事項が消えた事によって逃げる必要が無くなったと話してくれた。
「なるほど……ま、解決したならそれで……」
「な、何が有ったんですか先生!!」
「狭霧、そこは詳しく話してないんだから聞いたらマズいよ……」
「ふっ、いや竹之内さんの言う通りだ、それに梨香から二人に世話なってると聞いたからな」
そこで聞いた話には驚かされた。工藤先生と冴木さんの二人の仲を引き裂いたのは先生の父親で県警本部長だった。しかし今度は本部長が警視庁から派遣された刑事によって逮捕され、二人は駆け落ちなどせずに付き合えるようになったそうだ。
「弟が上手くやってくれてね……十二月いっぱいは刑事なんだけど一月からは教師に復帰出来るんだ……例の二人のおかげでね」
そう言って工藤先生は当時の事を話し出した。
――――事件解決後、空見タワー入口エントランス
「警戒なさらずに、今日はあなた方にいい話を持ってきました」
そう言って先生を引き留めたのは千堂七海、この学院どころか空見澤市を拠点として全日本と最近は世界にまで影響を与えている千堂グループの才女であり、次期グループ総帥に最も近いと言われている人だ。
「いい話か……今回は助けてもらったが君の、正確には千堂グループの話は怖いな」
「春日井くんに関係のある工藤警部補、そして冴木さんも簡単に調べさせていただきました……まずは工藤警部補にご確認があります。本当に刑事をお辞めに?」
「ああ、二言は無いさ……さっきまでは梨香を連れて逃げようと思ってたくらいさ」
「なるほど……ちなみに次の職はお決めになりましたか? 僭越ながら冴木さんと将来的にはお子さんも増えては何かと入用では?」
この時に工藤先生は本当に勢いだけで刑事を辞める気だったらしく冴木さんと今度こそ一緒になりたいとしか頭になかったらしい。後で弟さんにも軽く
「仮にそうだとして良い話とは職でも紹介してくれるのかい? 悪いが千堂グループの噂は良い噂も悪い噂も聞いている……そんな安易には」
「教師に戻りたくはありませんか?」
「っ!?」
「実は私のお爺様が理事長をしていて、私がその代理を預かっている涼月総合学院の高等部に教員の枠が一つ空いてしまい困ってます」
もちろん空いた枠とは桶川のことで入院中に聞いた話では例の南米の鉱山に送られたらしく昼も夜も関係無く、これから一生鉱山で過ごすことになるそうだ。
「しかし俺は……」
「これは全ての方が幸福になれる選択肢なんです。あなたに担任になって頂くのは春日井くんと竹之内さんのクラスです。私としてもお詫びと春日井くんへの貸しが出来るという欲目も有りますので」
「俺の利用価値なんてあまり無いと思うが、それに彼らへの貸しとは?」
「いえいえ、教師をして警察もしていたなんて利用価値しか有りませんよ……大丈夫です。あなたには基本的に教師をしてもらいたいだけなのです。そして春日井くんはあなたを大変尊敬していると言えば分かりますか?」
確かに俺は尊敬してたのは工藤先生だし憧れもした。その先生を助けてくれたのなら七海先輩にも少しは貸しを作ってもいいと思えたほどだ。
「そして冴木さんに関しては、谷口社長への借金とお母様の手術に関する取引の全ての抹消です……これで工藤元本部長の事件であなたもお母様も巻き込まれる事もなくなります」
「本当なの……じゃあ母さんを日本に呼び戻せるの!?」
「はい、僭越ながら既に現地にスタッフを派遣していますので近い内に連絡が入るかと思います。いかがですか二人とも」
そして二人はその場で快諾し、この街で準備が整うまで待つことになった冴木さんは愛莉姉さんにスカウトされバイトを、工藤先生は今月末で警察を辞める段取りが整ったので今日、挨拶に来たそうだ。
◇
一通り話を聞いて色々と複雑な気分だが結果的にはいい方向に向かっているとは思う。だからあの人達にも感謝しないといけないな。
「ま、今回は感謝かな……」
「それは良かったです。これでも頑張ったんですよ関係各所への調整なんて」
「確かに七海には今回はいつも以上に世話をかけたな」
いつの間にか教室の後ろのドアから七海先輩とドクターこと仁人先輩の学園の問題児で権力者の二人が入って来た。
「あ、七海先輩と夢意途先輩……」
「どうも、お三方……少し早いですが私からのクリスマスプレゼントです」
「そして俺からはこれだ。この間の戦いで二人揃ってスマホを壊したんだろ。暇だから市販の物を改造したものだ。必要無いならサブとして使ってくれ」
そう言って仁人先輩から黒と白の色違いのスマホが渡された。一応はあの騒動の最中落とした僕のスマホは谷口社長の部屋でバラバラに、狭霧も落としていたスマホが警察に押収されて証拠品になったので新しい物になっていた。
「スマホ二台持ち……高校生には過ぎたものですが……」
「それには緊急機能もついているから万が一は使ってくれ。千堂グループへのホットラインだ。それに俺と七海のプライベート番号も入れてある」
「ありがとうございます大事にしますね~!! やったねシンお揃いだよ~」
「いや、でもこれは……ふぅ、そうだね先輩方ありがとうございます」
逆に言えばこれは首に鈴を付けられたとも考えられるんだけど……狭霧は喜んでいるし今回は好意的に受け止めよう。
「お気になさらずに、それと工藤先生に冴木さんのことで少しご相談が有るのですが良いですか?」
「分かった。じゃあ二人とも俺はこれから二人と打ち合わせみたいだから新学期にまたこの教室で会おう」
「「はいっ!!」」
そして僕たちはバイトに直行し夕方まで仕事をこなすと家に帰る。今日は珍しくそれぞれの家での食事で終わるとすぐにスマホに連絡が入った。
『新しい方のスマホの方が使いやすくて便利だね?』
『そうだね、最新機種にわざわざ使いやすいアプリだけを入れてくれたみたいだ』
『それで明日のイブなんだけど……』
僕たちは話してる内に気付けばイブを迎えていた。明日、いや今日は何をするかと夜通し話し続けて気付けば夜が明けていた。
「ど、どどどどうしよ~!! シン!! イブが来ちゃったよ~!!」
そして現在、窓を開けて隣の家の窓から叫んでいるのが僕の恋人です。寝てないのに少し寝ぐせみたいなのが立ってて可愛いとか思いながら窓から乗り出してるから慌てて僕も大声を出していた。
「さぁーちゃん、落ちるから!! 危ないから!!」
そしてこの後、起きて来た母さんに二人して怒られたのは言うまでもない。リアムさんと奈央さんと同じように正座させられた僕らは母さんに説教され更に寝不足のまま二人揃って僕の部屋に戻ってイブをほとんど寝過ごすという残念な過ごし方をしてしまった。
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