最終章『婚約、バカップル』編

第101話「戻って来た日常とサプライズ」


 季節は完全に秋から冬になり朝から白い息が出るようになった。あの事件から既に一ヶ月以上が経過し、あと一週間もすればクリスマスだ。僕はいつもの道をジョギングしているとトラックが数台、狭い住宅地に入って来てルートを塞いでいた。


「危ないな。しかも朝も早くから三台も、今日は学校が無いからいいけど邪魔だなぁ……遠回りするか」


 それだけ言って僕は踵を返すと公園へと向かった。待っている人がいるから僕は走って入り口まで行きスポーツドリンクを買うと待ち合わせの場所に急いだ。


「お待たせ狭霧」


「おそ~い、わたし五分前には着いたんだよ」


「ごめんごめん何か大型トラックが来て道が塞がれててさ」


「ふ~ん……あっ!? じゃ、じゃあ仕方ないね」


 なぜか慌てた様子の狭霧を怪しく思いながらジャージのフードを取った恋人のアッシュブロンドは今日も陽光を浴びて輝いていた。


「狭霧、何度も言うけど今日も足の様子を見てその場でドリブルだけだよ。ジャンプは絶対にダメ、シュート練習も、それから――――」


「シンが一緒じゃないと絶対にダメ、でしょ? 今月に入ってから耳にタコが出来ちゃうくらい言われたから分かってるよ~」


 あの騒動から僕の人格は完全に固定された、と言うよりも僕自身が成長できたから僕を守るためにを無意識に演じる必要は無くなった。


「本当かな狭霧は無茶ばかりするからね」


「シンの方がするくせに~」


 そう言って昔のように小さい頃のように自然とじゃれ合ってる内に僕の腕に抱き着いてくる。もう狭霧に抱き着かれても頭痛は一切起きない、正確にはあの騒動の少し前から頭痛は治まっていた。


「これじゃ練習出来ないよ狭霧」


「それもそっか~」


 僕の腕からパッと離れるとボールをその場でバウンドさせていく狭霧、十二月の頭から再開した二人だけの練習は最初はドリブルだけ、そこからその場でのスローインやパス回しと少しづつ練習の幅を広げてここまで来た。


「来週にはロングスローくらいは……」


「それは次の診察次第だね。それに明日はバイトだから、どっちにしても今日は軽めって約束したよね?」


「は~い、心配性な彼氏さんの言う通りにしま~す」


 ちなみに先ほどから当たり前のように彼氏だの恋人だのと言っているが騒動が解決してすぐに僕は病室で狭霧に告白して今は正真正銘の恋人同士になっている。


「皆には今さら何言ってんだって呆れられたけど……きっちりとしないとダメだって母さんには言われてたからね」


「ん? シンママがどうかしたの?」


 僕の独り言に横でスポドリをグビグビ飲んで不思議そうな顔の狭霧が見てくるからテキトーに答えると少しだけムッとしていた。可愛すぎる、僕の彼女で幼馴染が可愛すぎて辛い。


「ふぅ、じゃあ帰りますか狭霧のアパートまでは時間もかかるしそろそろ……」


「あっ、それなんだけどシンの家に行きたいな~って、今日はお休みだから、その……そう、挨拶とか!!」


「昨日も普通に家に来たよね狭霧……分かりました。じゃあ足への負担も考えてジョギングして帰ろうか」


 途中で少し休憩を入れながらゆっくりと帰るが狭霧の方は急いでるように見える。何より目線が泳いで表情が強張っている。一般的に勘違いする人も多いが狭霧が緊張ないし何かを隠す時は大体こんな顔になる。


(何かを隠してるみたいだけど……乗りますか。可愛い彼女が何をしてくれるのか気になるしね)


「ふんふ~ん♪」


 鼻歌まで歌って楽しそうにしているが、純粋過ぎるのは不安になってしまう。杞憂だとか心配性だとか言われるが狭霧自身の行動力も相まって十一月の事件に巻き込まれたのは事実だ。


(やはり注意はすべき、でも僕は過保護なのかもしれない……どうすれば、アニキや先生に相談するか今の僕には話せる相手がいるんだから)


「あっ、やっぱり引っ越しのトラックだ~。予定より少し早いんだけどな~」


 そんな事を考えていると横の狭霧が何か言い出して早歩きになったので後を追って角を曲がるとそこは僕の家が……見えない。先ほどすれ違ったトラックが三台、堂々と止まっていた。


「何でトラックが三台も……こんなところに、まさか!?」


「ふふん、シンへのサプライズだよ~、いこっ!!」


 僕の驚いた顔を見ると大成功と言って手を引かれて家の前まで来ると父さんと母さんがいた。





「あっ、シンママ&パパ、ただいま~」


「来たわね狭霧ちゃん、信矢もおかえり今日は忙しくなるわよ」


 隣の父さんも深く頷いていた。相変わらず寡黙だが最近は二人で話す事も増え柔道も教えてもらっている。この間知ったが実は父さんは柔道全日本の73キロ級で4位の実績を持ち、その縁で秋山さんと知り合ってスカウトされたらしい。


「なんか、このパターンは既視感が有るんだけど」


「大丈夫よ信矢。あの時と違って今はあんたも大きいから男手が一人増えたわ。ね? あなた?」


「信矢、お隣さんの引っ越しの手伝いをするから手伝え」


「なんで僕にだけ言ってくれなかったんですか? 少し不満です」


 知らされないで少しだけ怒ってはいたが、それ以上に喜びの方が大きかった。隣の家のドアが開くと男女三人が出て来て狭霧は歩いてそちらに行って四人で並んで向き直ると照れくさそうに口を開いた。


「えっと改めて今日から隣に引っ越して来た竹之内狭霧だよ。よろしくねシン!!」


「ええ狭霧、これからも恋人としてよろしく」


「あ~結局こうなったか……ま、私もまたよろしくシン兄!!」


「霧ちゃんもおかえり。でも帰って来るのは来年の三月じゃなかったの?」


 先月、再会した幼馴染の妹は狭霧に似て来たけど違うのは背と髪の長さだ。狭霧は休部してから髪は伸ばして肩にかかるまでなのに対して霧ちゃんは狭霧より少し背は低く髪もショートだ。


「ふむ、それがな信矢。狭霧と奈央が早く引っ越したいと聞かなくてナ」


「私も日本に戻りたかったし先週でNYの事務所引き払っちゃったから向こうに住めなかったのよね……意外と計画性無いからパパも」


「ふっ、リアムは昔から思い付きで動く事が多いからな……」


「うるさいユーイチ……とにかく今日からまたよろしく頼む信矢、いやもうマイサンと呼ぶかな?」


 ウインクするリアムさんに一瞬面食らってしまったが僕の答えは決まっている。母さんと父さんは飽きれてるが対照的に狭霧は目がキラキラしている可愛い。


「それは数年お待ちを一人前になったら必ず皆の前でプロポーズするので」


「シン兄ぃ……プロポーズって予告したら意味無いんじゃ……」


「霧ちゃん、プロポーズはする事に意味が有るんだよ、予定としては二〇歳の狭霧の誕生日を考えてます」


「えっ!! 本当なのシン、私三年後のカレンダーに赤マル付けておくからね!!」


 いつも以上に目力が強い狭霧に抱き着かれながら少し考えて頭を撫でると家の両親と霧ちゃんは頭を抱えていた。


「だけど僕が我慢出来ないで予定が早まるかもしれないよ」


「あ、伸びる事は無いんだ……」


 霧ちゃんは昔から絶妙なタイミングで会話に入ってくれていた。別にボケてるつもりは無いのにツッコミも入れてくれる。そんな感じで和気藹々としていたら引っ越し業者から荷物の配置の確認のために呼ばれ全員で家に戻る事になった。





 その後も引っ越し作業は夕方まで続いて僕は狭霧と霧ちゃんの元の部屋の片づけを手伝っていた。


「二人の部屋の家具は割と残ってたから掃除だけで済みましたね」


「う~ん、でも私のベッド少し小さいかも」


「ま、姉さん大きくなったからねえ」


 もう少し背が欲しいという霧ちゃんに、まだ高校生になったら伸びるからと言いながら狭霧を見ると何か考えてるようで自分のベッドを見ていた。


「う~ん、やっぱりシンのベッドより小さいよこれ!! 二人で一緒に寝た時もあっちは余裕有ったもん!!」


「サラッと言うわね私の姉……ちなみにシン兄? もう手出した?」


「文字通りの意味だから、手は出してませんよ!!」


「さっきあんな事言ってチキンなのは相変わらずか……もうサクッとやっちゃって下さいよ」


 そして霧ちゃんはツッコミは鋭かったが向こうで何が有ったのか色々と大人の会話にも対応出来るようにバージョンアップしていた。


「霧ちゃんも随分とたくましくなったね……」


「そりゃあ裏道入ったら半スラムとドラッグ&セックスな街だったから」


「ロスじゃなくてNYだよね? 治安は悪くないって聞いたけど」


「シン兄、それアメリカ基準の治安が良いだから、向こうは基本撃ってくる国だからね。日本基準ならロスは紛争地帯になるよ、それこそ一ヵ月前の事件みたいなのが割と起きてるし……」


 そこで三人で黙ってしまうと下の階から親たちの呼ぶ声が聞こえ僕達は下の階に降りた。


「三人とも部屋はどう?」


「うん、シンが手伝ってくれたから大丈夫だよ~」


「私の部屋も掃除も終わったし……でも、そこまで汚れて無かった」


 霧ちゃんの言う通りそこは気になっていた。前日に大掃除でもしていたなら音で僕が気付くし母さんが手伝いに行っていたはずだ。昨日狭霧が来た時もその兆候は無かったと記憶している。


「そりゃあ私が三ヶ月に一回は掃除してたからね。少し埃があった程度でしょうね」


「いつの間に……」


「しかも前回は二人の誕生会の時だから二ヵ月も経ってないわね」


 僕と狭霧の誕生会の時というと十月か……確かに二ヵ月も経っていない。狭霧のリハビリとかでこっちに出入りしていたし、あの時にそんなことまでしていたのか。


「そう言えば休みの日にたまにいない時ってそれだったんだ。じゃあ言ってくれれば私も手伝ったのに」


「だって狭霧、あなた部活で忙しかったじゃない。あと、シン君と疎遠の時に連れて行くのも、ね?」


「「ああ、なるほど」」


 僕と狭霧の声が合わさって二人で笑い合っていると霧ちゃんが心底不思議そうな顔をして口を開いていた。


「ねえ母さん二人って本当に疎遠だったの? 三年くらいだっけ私が引っ越してから一年くらいだから」


「うん、色々有ったんだよ霧華……私たちも」


 本当に色々あった……辛かったけど今こうして一緒にいられるのは素直に嬉しい。


「まあ、その辺は後で話すとして今夜はお寿司よ!!」


「お寿司? どこのくるくる寿司行くの?」


「違うわ狭霧、今日は引っ越し祝いで先輩……じゃなくてシン君のお母さんが出前頼んでくれてたのよ~」


「さっすがシンママ!!」


 母さんにしては随分と財布の紐を緩めたなと思いながらリビングに行くとまだダンボールは少し有るが昔よくお世話になった光景がそこにあった。


「昔のままだ……帰って、来れたんだ私」


「ええ、改めておかえり……狭霧」


「うんっ!! ただいまシン!!」


 狭霧が抱き着いてくるから優しく抱き返すと強く抱き返された。何度目になるか分からない父さんと母さんのため息と、なぜかブラボーと声を上げるリアムさんと盛り上がる奈央さん。


「ま、これで全部丸く収まったってことでOKなの?」


 やれやれと肩をすくめるのはアメリカですっかり擦れてしまった霧ちゃんだが昔からその気は有った。だから俺は周りの皆を見て言った。


「ええ、じゃあ久しぶりに七人でご飯にしましょうか」


「うん!! 私サーモンと鉄火巻!!」


 こうして夜は更けて行った。こうして僕の最愛の幼馴染で今は恋人の竹之内狭霧が今日、お隣さんに戻って来た……クリスマスまでもう少し、冬の深まるこの時期に少しだけ早いプレゼントがやって来た。

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