第102話「変わった者と変わらぬ思い」



「いらっしゃいませ~!! お好きな席にどうぞ」


「シン!! 生姜焼き定食二つ、あがったよ~」


「分かった狭霧、今行く!!」


 僕たちは大絶賛ランチタイムのバイト中だった。場所はバー『SHINING』のランチタイムつまり食堂モードだ。


「シン、狭霧、悪いな……今日は愛莉が向こうだからよ~」


「大丈夫ですアニキ!! むしろアニキが出てて大丈夫なんですか!?」


「ああ、俺より狭霧の方が料理は上手いからな、なら任せた方がいいだろレジ周りはやるからお前は接客メインで頼むわ」


 あの事件の後から変わった事は色々有った。まず狭霧は事務所自体が潰れてしまったのでバイト先も無くなった。別な事務所のスカウトも有ったけど芸能関係はもう嫌だと悩んでいるとアニキが僕ら二人分のバイト代くらいなら出してやると言われ一緒にバイトすることになった。


「なんだよ~信矢かよ。お前の彼女は今日接客じゃねえのか?」


「残念ながら狭霧は今、料理中ですレンさん。むしろ狭霧の手料理が食べられるのですから、そこを喜ぶべきですよね」


「ま、女っ気ねえ俺からしたら女の手料理でもじゅうぶんか~」


「では生姜焼き定食が二つでご注文は全てお揃いですか」


 僕がモヒカンに戻ったレンさんと田中さんの二人が頷くのを見てすぐにカウンターに戻る。さっきからこの繰り返しで忙しい。


「はい、ご注文ですね、プリンアラモードとメロンソーダで、かしこまりました」


 二人組の女性客のオーダーを取ると後ろで何かを話しているがそれ所じゃない。厨房スペースでプリンアラモードとメロンソーダは僕が盛り付ける。人手が足りない場合は下のサブさんも起こす事になるけど今日は他に人も来るから大丈夫だ。


「おつかれシン、あと一〇分しのげば……」


「そうだね狭霧、お腹は空いてない? 一三時から休憩回せると思うけど」


「でも引き継ぎとか有るし、上がりの時間までやって賄いでいいよ」


 確かにそれが一番効率的だとは思う。だけど少し問題がある今日、家から出る時に母さんが言っていた事を思い出していた。


「一六時に食べたら夕食は入る? 今日はビーフシチューだよ?」


「えっ!? シンママのだよね……でも忙しいし……」


 そんな事を話していると来客を告げるベルがカランと鳴った。


「「いらっしゃいませ~」」


「おはよう、それとお疲れ様、二人とも」


 颯爽と入って来たのはよく知る人物で凛とした声とバーの雰囲気は合っていたが今の大衆食堂に近いこことは少し雰囲気が合わない美人だった。


「お疲れ様です冴木さん」


「梨香さんおはようございま~す」


「ああ冴木さん、お疲れ様っす、さっそくで悪いんですが頼んます」


「ええ店長、分かりました狭霧、信矢くんも休憩に入りなさい」


 そう言って指示出しをしながらシフトリーダーの冴木梨香さんは既に臨戦態勢だった。前に話した時に経験者だと聞いたが今日は少し人数が多くて不安になった。


「良いんですかランチタイムもまだ収まってないのに」


「まあ何とかなるもんよ、今の私の状況くらいにはね?」


 そう言って厨房の奥に入ると上着を脱いで動きやすい恰好になってゴムを取り出して髪を結んでポニーテールにしていた。


「じゃあ狭霧が先に、落ち着いたら僕も入ります」


「二人同時でもいいのにね、あとから愛莉さんと川上くんも来るんでしょ?」


「はい、でも……」


「分かったわ。じゃあサポートお願いね信矢くん」


 そして狭霧が先に休憩入りま~すと言ってカウンターの一番隅の席で自分の作った賄いを食べていた。今日はチキンライスとスープだったはずだ。


「お先に休憩入りま~す。う~ん、上出来かも」


「さて、じゃあ店長が厨房に戻ったから、まだ私レジ不安だから接客メインでいいかしら?」


「お願いします。今の所オーダーは全部出てるんで――――」


 俺が言った瞬間お客さんの呼ぶ声に反応して冴木さんは行ってしまった。実は色々あったけど一番大変だったのはこの人だった。あの事件後に関係者として二日間は拘留されたからだ。


「店長、狭霧が食べてるチキンライス残ってるかしら? 見てて食べたくなったお客様がいるのだけど」


「ああ、俺とシンの分が残ってるんで出しますよ。シンと俺のは何か別なの作りますんで!!」


 どうやら恋人の手作りの昼はお客様に出されるようだ。狭霧が美味しそうに食べていたから食べたくなったそうだ。それより冴木さんの話の続きに戻ろう。彼女は釈放されると他の逮捕されなかった社員と話し合い事務所は閉鎖された。


「お会計は別々ですか? 失礼しましたご一緒で、お会計――――」


 所属していた何人かは元の事務所、『F/R』の方で引き取られたらしいが残りは辞めるかフリーになったらしい。情報封鎖と口封じが千堂グループ主導で行われたので詳細が漏れなかったのが幸いだった。


「おいシン!! カツ丼定食あがったぞ!!」


「はい、アニキ!!」


 しかし、同時に曖昧な噂となって広がり枕営業や売春の疑いなどで警察に踏み込まれたと歪曲した情報が業界に流れたそうだ。その結果、所属タレントはフリーが多くなり所属も特定の事務所に限られてしまった。


「信矢くん、レジお願い!!」


「よし、休憩おしまい!! 私も出るよ~!!」


 そしてそれは冴木さんたちスタッフも同じだった。ただ冴木さんの部下達は逮捕されなかったのでNEWが付かない『F/R』つまり元の事務所に戻れたらしい。これも千堂グループとの取引が有ったそうだ。


「じゃあ狭霧は店長と交代して来て、信矢くんこれなら何とかなるから休憩に」


「そうですね休憩頂きます」


 僕はアニキから渡されたカツ丼と天丼の残りの天ぷらが乗った謎の賄い丼とスープを食べながら思い出していた。





 あの騒動から二週間が経ったくらいで僕も退院して学校に復帰し始めた時期だった。狭霧がどうしても冴木さんと会いたいと言って警察から出て来るのを同じく聞きつけてきた頼野さんと三人で待っていた。


「工藤先生と一緒だね」


「ああ、だけど釈放された人間のような雰囲気というより……」


 警察で大変な思いをしたに違いないと思った僕らは準備万端で待ち構えていた。しかし予想に反して出て来たのは元気そうでメイクまでバッチリ決めた冴木さんと明らかにオフの恰好をした工藤先生、そして雰囲気が先生によく似た若い警察関係者と思しき三人だった。


「梨香さんのあんなに優しい顔、私初めて見ました……でもあと一人は誰だろ」


 伊達眼鏡をかけて変装した僕とフードをすっぽり被った狭霧、そしてサングラスに帽子という芸能人の変装スタイルの頼野さんの三人はコンビニ内の雑誌コーナーでバレないように立ち読み待機をしていて出て行くタイミングを失っていた。


「工藤先生の同僚かな?」


「今日こそはシャバの空気を吸えるんだね梨香さん!!」


「いや、別に冴木さんは犯罪について知っている事を話しただけだし、最初の二日間以降は警察に拘留されずに家に帰れていたらしいよ」


「酷い取り調べとか受けてないのでしょうか? ライトを当てられたりとか机をドンとか叩いたりして」


 それは遥か昔の昭和の警察だね頼野さん、もしかしたらお父さんに聞いたのかな、それでもだいぶ古い時代の取り調べだと思うけどな。


「あ~、でも大丈夫だよ梨香さんなら逆に目力で警察くらい黙らせちゃうかも、怒ると怖かったし~」


「あ、それ分かるよ狭霧お姉ちゃん!! 梨香さんがPを軽く睨んだだけでトイレに逃げたりしてたもん」


 女は三人寄れば等と言うけど二人でもじゅうぶん姦しいと思っていたら背後から声をかけられた。


「そうね、あの時はあのセクハラ野郎がしつこかったからね、それで何してるのかしら三人とも」


「「「あっ……」」」


「これでも俺は一応は刑事だったんだから気付くよ」


 目を離して三人で話し込んでいる間に工藤先生と冴木さんが背後に回り込んでいて警察署の前で話していた刑事さんも居なくなっていた。迂闊だった今の僕はもう気配探知は使えないんだった。


「七海先輩から今日で全部終わると聞いて挨拶だけでもと思いまして」


「そしたら先生がいるから様子見ようって流れに……」


「右に同じです~」


 僕たちの話を聞いて呆れる梨香さんと苦笑する工藤先生と話しているとコンビニ店員のイラっとした目に気付いた僕らは移動する事になった。


「ま、今ならランチも過ぎてるし大丈夫ですよ」


「だからって五人でぞろぞろ来られるのも……どんどんバーから食堂になって行くんすよね俺の店……」


 移動先はアニキの店のバー『SHINING』で昼は食堂『しゃいにんぐ』だ。色々と四文字熟語にしようとしていたアニキに対して愛莉姉さんが平仮名の方が可愛いと言って昼は暖簾に『しゃいにんぐ』と書かれた食堂になってしまった。


「悪いね秋津くん、いや勇輝くん。今度また夜にも寄るからさ」


「アキさんだけっすよ俺んとこのバーでカクテル頼んでくれる常連さんは~、どいつもこいつもビールか日本酒とかでシェイカーが錆びちまうぜ」


 なんて珍しく弱気なアニキに思わず僕の漢気センサーが発動して気付けば立ち上がっていた。


「アニキ!! 俺もいずれ酒飲めるようになったら仕事帰りに来ます!!」


「えっ……シンは毎日真っ直ぐお家に帰って来てくれないの?」


「すいませんアニキ、やっぱり大人になっても無理そうです!!」


 申し訳有りませんアニキ漢気よりも狭霧です。俺が言うと分かったからお前は黙ってろと言われてしまった……アニキ酷いっす。


「いや今のは春日井さんが……」


「ふふっ、本当に騒がしいわねアキ君の教え子は」


 頼野さんと冴木さんにまで苦笑されてアニキと奥で俺たちのケーキの用意してくれていた愛莉姉さんまで出て来て笑われた。


「まあシン坊は放っておいて五人はどうして来たのよ?」


「今日で例の事件の取り調べは全部終わったのよ。そしたらこの子たちが警察前のコンビニで待っててね」


「なるほど、それで……」


「ま、せっかく待っててくれたし、綾華と狭霧にはキチンと話をしなきゃって思ってたからね」


 そして事件から二週間経ったこの日に様々な事情が分かった。まず冴木さんは事件への直接の関与は無かったが関係者として裁判への出廷が年明けに決まったらしい。


「裁判!! 逆転ですか梨香さん!!」


「いや狭霧、今回は逆転しちゃダメですから谷口社長とかの裁判ですよね?」


「ええ、洋子さんはあなたが殴った怪我以外は特に外傷は無いそうよ、ただ心は折れたみたいで素直に話してるって、そうよねアキ君」


「ああ、まあ関係者だし話しちゃうと、例の傭兵たちも含めて捜査には協力的らしい。扱いとしては彼らも共犯だし本命は蛇塚組の壊滅だったからね」


 工藤先生から聞いた話では蛇塚組の事務所への一斉家宅捜索はあの日の朝一で行われた。そして驚いたことに組長を捕まえたのは、あのゲンさんだった。


「僕たちも驚きましたよ救急車で運ばれた先の病院にゲンさんが居たんで」


「俺もお見舞いに行ったら病院の一角が関係者だらけで本当に焦ったよ」


 僕は竜さんやレオさんと同室で他にも怪我をした栄田さん、つまり頼野さんのお父さんやその部下の組員に他にも負傷した人も同じ病院に担ぎ込まれた。


「お父さんも禁固一ヶ月と罰金だけで済みそうだって狭霧お姉ちゃんのお父さんに感謝してたよ。こんなに刑期が軽いのは初めてだってお母さんも喜んでた!!」


「そ、そうなのね……綾華あんたも向こうの事務所行ったら常識を叩き直してもらって来なさい」


 苦笑しながらコーヒーを飲んで頑張りなさいと言った顔は優しい笑顔で最近まで張りつめていた人と同じ人間の顔には見えなかった。


「あの……梨香さんも誘われたんですよね……風美社長に」


「ええ、でも後ろ足で砂かけた人間が今さらね……それに部下も全員お願いしちゃって、そこに私が行ったら事務所で対立軸を生んでしまうわ」


「でも……今度付いてくれるマネの、風美エマさんだって戻って来て欲しいって」


「エマさんなら安心よ。あの人も昔は歌手でね人気で凄かったんだから。わたしファンでさ……あの人なら大丈夫」


 どうやら元の事務所でも大変そうだが頼野さんは頑張る気らしい。それでも辛くなったらここに戻って来てもいいかと言われ狭霧がいつでも会いに来てと言って抱きしめていた。彼女は明後日から寮で一人暮らしが始まるそうだ。


「やはり両親のことは隠すことになったんだ……」


「はい。新しいマネさんが周りを説得する最低条件だって、お父さんも構わないって苗字は違っても親子だって、言ってくれたんだ……」


 これは後で聞いた話だが実は頼野さんには内緒で冴木さんは前の事務所に挨拶に行ったそうだ。そして頼野さんの事をしっかりお願いしたらしい。


「スキャンダルってやつだね……綾ちゃんのお父さん良い人なのに」


「でも狭霧、世間はそれを知らないんだ、しょうがないさ」


 それに頷いて大人の世界って難しいねと悟ったように言う狭霧に苦笑していると頼野さんは真面目な顔で僕らを見た。


「梨香さん、狭霧お姉ちゃん……私、頑張って来るね……春日井さんや皆さんも……いつか立派なアイドルになってここに帰って、来ます!!」


「ええ、頑張って来なさい。実家に帰る際のカモフラージュは千堂グループが用意してくれるらしいし……日本一のアイドル目指すのよ綾華!!」


「はいっ、梨香さん!!」


 そしてその日は流れで貸し切りとなり頼野さんの壮行会となった。すぐに集まるメンツを集めての大騒ぎで帰りが遅くなって心配した親たちも集まり大騒ぎとなった。


「う~ん梨香さん良い動きしてますね良ければ、うちの店で働きませんか?」


「え、でも……」


「さっきから手際も良いし、さっき厨房で作ってくれたおつまみセットとか凄いよ、ね? ユーキ?」


 そんな中で僕らが頼野さんの歌で盛り上がっていたら隅の方で裏方に徹していた愛莉姉さんと冴木さんの話し合いが有り、とんとん拍子に冴木さんのバイト入りが決まっていた。

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