第99話「信じる心は矢となりて」-Side信矢&狭霧-


◇ ――――Side狭霧


 逃げ出した私達はすぐにエレベーターで逃げようとしたけど梨香さんが待ったをかけた。追っ手の声も聞こえるし警察を呼ぶにも私や綾ちゃんの足じゃすぐに捕まると言われ冷静になる。


「仕方ない一番元気な私が囮になる」


「梨香さん、社長に捕まったらバラバラにされて臓器だけにされちゃいますよ」


 綾ちゃんサラッと凄い事を……もう驚かないようにと思ったけど、さすがは極道の娘ね。


「だけど私がバカだったから……怪しかったけど目をそらしてた私が悪いのよ……とにかく今は、そうか……私の部屋に来て」


 私達は迷う暇すら与えられず梨香さんに連れられ個人デスクの部屋に入った。そこは雑然とダンボールと書類が積まれていて隠れるにはもってこいだった。


「書類だらけ……ここに隠れるんですか?」


「違うわ。このロッカーの中よ。恐らくあいつらは書類やらそこら辺を探して入口のすぐ隣のここは調べない……と言うよりも皆、気付かないのよ」


 入って来た時にこんな壁に溶け込むような色のロッカーに気付かなかった。確かにここなら安心だけど百パーセント安全な訳じゃない。


「だから私が逃げるのよ大声上げてね。その隙に二人で急いで逃げなさい」


「それで囮って、でも梨香さん――――「ふっ、これでも私はあなた達の担当マネージャーよ、自分の担当守れないで何がマネよ」


 そう言って怒りながらも笑っていた。本気でキレた感じだけど普段とは違って吹っ切れた感じだった。


「分かりました。じゃあタイミングよく逃げますからお願いします。必ず助けを呼んで来ます!!」


「ええ、無事にあなたを帰さないとカレシ君にも恨まれそうだからね」


「シンは……あはは」


「でも、梨香さん……」


 私はシンを思い浮かべただけで自然と笑顔になれたけど綾ちゃんの方は不安顔のままだった。


「綾華、あなたは絶対にスターになれる。そのための狭霧って考えたの。二人を失うのはこの業界の損失、だから私が守る」


「梨香さん、私にそんな才能なんて――――「時間が無い。今は隠れてなさい私が今までミスしたことなんて無かったでしょ?」


 そう言って梨香さんはヒールからシューズに履き替えると部屋を出て行った。そして私と綾ちゃんは言われた通りロッカーに隠れると数秒後に男達が三人も入って来たけど梨香さんの大声が響いてすぐに全員がそちらへ行ってしまった。


「よし、行こう綾ちゃん」


「梨香さん大丈夫かな……」


 ロッカーから出ると二人で恐る恐る部屋を後にしてエレベーターに向かう。たまに事務所の方で争う声が聞こえるから事務所の人とも争っているのだろう。


「みんな……」


「大丈夫だよ私達が助けを呼べば全部解決だから、ね?」


 何とか綾ちゃんを納得させてエレベーター前に到着すると誰も居ない。正直ここが一番怖いと思っていたから安心してエレベーターのボタンを連打した。


(う~、何で一階なのよ。普段は二十階とかのモールに止まってるのに……)


「狭霧お姉ちゃん?」


 私の内心の焦りを悟ったのか綾ちゃんが私の手をグッと握って来たから私も握り返した。


「少し遅いねって……それより綾ちゃん、まずはシャイニング、いつものバーに行くからね。信矢にさえ会えれば全部何とかしてくれる」


「はい……でも、お姉ちゃんは本当に春日井さん信用してるんですね」


「うん。だってシンは何度も間違えた私を信じてくれたから。だから今度は私が」


 思い返しても小さい頃から迷惑をかけて勘違いして、それでも私を見捨てずに最近はここまでやって来れた。途中で何度もすれ違ったけど今度こそ逃げずに信じると思った矢先に廊下の方で声が聞こえた。


「いたぞ、あっちの女よりガキ二人だ」


「やっばい、急ごう」


 私が大声で言った瞬間に音がしたから振り返るとエレベーターが到着した。急いで乗ろうとしたけど男達が僅かに早い。だから私は一階のボタンを押すと自分だけエレベーターの外に出た。


「狭霧お姉ちゃ――――「先に行って綾ちゃん。それで信矢を呼んで来て、お姉ちゃんのお願い」


「じゃあ私が――――「綾ちゃんさ、正直、足遅いからさ、だから、足手まといだし、えっと、とにかく先に行って!! ここはお姉ちゃんに任せて!!」


「でも狭霧お姉ちゃ――――」


 最後まで言う前にエレベーターは閉まったけど、これで大丈夫だよね信矢。綾ちゃんだけは逃がしたから早く助けに来てね。


「一人逃げたぞ、お前らは急いで後を追え。俺はこいつを連れて行く」


「「へいっ!!」」


 そして私は腕を掴まれて今度こそ固まった。丸坊主で腕にも刺青が入ってる本物のヤクザに腕掴まれたら動けなくなる。綾ちゃんを逃がすために強気でいたけど限界だった。怖くて抵抗も出来ないで連れてかれそうな時に声が響いた。


「えいっ!!」


「なっ、ぐあっ!?」


 いきなり自販機の影から誰か出て来て丸坊主さんに襲い掛かった。不意打ちで簡単に倒されるとゴトンと音がして転がる消火器が目に入った。


「り、梨香さん!?」


「なんで……逃げて、無いのよ、ふぅ……」


 囮役で捕まったと思っていた梨香さんが肩で息をしていた。上手く逃げ回っていたらしい。


「綾ちゃん逃がそうとして……私だけ……」


「じゃあ、今度こそ逃げなさい」


 そして非常階段で40階まで降りれば安全だから、そこからエレベーターで行けと言われた。


「分かりました。じゃあ二人で」


「ええ、じゃあ行きましょう……ってわけには行かないのよ。事務所の仲間が捕まったままだしね」


「でも梨香さんが行ったって、今は逃げましょう」


「そうなんだけどね……」


 二人で話していると物音が聞こえて追手が近いのが分かってしまった。お互いに頷くと非常扉を開いて外に出た。そして私だけが外に出され扉が内側から施錠されてしまった。


「梨香さん!?」


「行って、怪我人を庇いながらじゃ追いつかれる。だから私が時間を稼ぐ!!」


「でもっ――――「あなたも綾華をそう言って逃がしたんでしょ行きなさい!!」


 私は「はいっ!!」と大声で返事をしてその場を離れた。そして梨香さんの言う通り40階は人が居たから私はその中に紛れて空見タワーを脱出した。


「そうだ綾ちゃんに連絡しなきゃ」


 私が綾ちゃんに連絡をして一息ついた時だった。後ろから追手が迫ってビックリしてスマホを落としてしまった。


「いたぞ金髪だ!!」


「あっ、スマホが……」


 私は痛みの走る足を奮い立たせながら走った。痛く無ければ足は速いから無理をすれば何とかなる。お医者さんと何よりシンに怒られると思うと少しだけ憂鬱だった。





 駅前はヤクザだらけで近付けず連絡手段も無い私は数週間前に開通したばかりの連絡通路を使って駅の反対側、つまり信矢と私の元の家の近い方に向かった。


「あとは家に……ってダメだよ。家に着いてもあの人たちが来たらシンやシンママにまで迷惑が……どうしよう」


 そんな事を考えてる間にも追手が来るかも知れないし、歩いていると周りの人も全員が怪しく見えて来た。そんな時に思い出した。


「神社なら隠れてればシンが見つけてくれるかも」


 小学生の頃にバスケの練習をしたのは公園と神社だった。二人でよく遊んだ場所ならシンが見つけてくれるかもしれない。私の足は自然と神社に向かっていた。

 何とか辿り着くと足の痛みが限界まで来て私は気絶するように眠って気が付くと夜だった。その後は信矢に発見されたけど捕まってしまい次に目覚めたら社長室でグルグル巻きになっていた。



◇ ――――Side信矢



「ではクライアント行きましょう。お前達に始末は任せた。ただし銃は使うな弾の回収が面倒だからな、次に日本で仕事が出来なくなる」


「ま、待て!!」


 しかし谷口社長と大柄のリーダー格の男は別な入口から狭霧たちを荷物用の台車に載せ出て行ってしまった。そして目の前には昨日の二人が立ちはだかった。


「ガキ、ヒーロー気取りで悪いが俺らを倒さなきゃお姫様は助けらんないぜ」


「ここまで来たのは褒めてやる。下の連中も使えない。しょせんヤクザか」


 そして二人は昨夜と同じ前衛に一人、後衛が電磁警棒とさらに大ぶりなナイフを構えていた。


「普通のガキより鍛えられているが、プロを舐めるなよ?」


 よく理解しているよ、だから僕は最初から全力で行く、そう昨日までは出せなかった全力で本当の僕の力で行く。だけど向こうは戦闘の戦争のプロ、一介の高校生が勝てるなんて思っていない……奇策以外ではね。


「舐めてません。相手はヤクザでも傭兵でも同じ厄介者というだけだ」


「ちっ、仕掛ける」


 まずは前衛の男が突っ込んで来る。背広を脱ぎ捨てると昨日と同じように接近戦主体、昨日は気付かなかったがマーシャルアーツやシステマに近い動きをしている。


「んっ!? このガキ!?」


「くっ!!」(見える……今日は分かる)


 敵の武術体系が分かったのも大きいけど明るさ、そして何より二度目だから動きが読める。そして体の使い方が分かる。動きが軽くて昔に戻ったような軽快さだ。


「はっ!! そこっ!!」


 組み付かれる前にローキックで距離を取りつつ離れた瞬間に今度は逆に男の間合いに飛び込み頭突きを叩き込む。そして怯んだのを確認してすぐにその場を離れる。


「ちっ!! どうなってやがる俺の動きが読まれてた」


「傭兵と言っても銃や武器が無ければこの程度ですか」


「舐めんなガキいいいいいい!!」


「バカお前、挑発に乗るな」


 接近戦主体の男が電磁警棒の間合いから離れた。だが油断は出来ない僕の勘では他の武器も仕込んでいるはずだから把握しないといけない。そして後ろの男の動きも要注意だ。


「お前みたいな日本で過ごしてる生ぬるいガキと戦場で生きてるプロを舐めるなよ」


「ぐっ、早っ……くないですねぇ!!」


「がっ、てめっ……俺に合わせっ!?」


 遅いとしか言いようがない動きで突っ込んで来た敵に対してポケットに用意しておいたドクターからのプレゼントを顔面に叩きつける。


「終わりっ……です!!」


 ガシャンと音が鳴って、かんしゃく玉がゼロ距離で炸裂する。相手の視界を奪うだけじゃなく物理的にも相手の顔の一部が火傷したように爛れているが僕はフラつく相手に渾身の正拳突きを叩き込む。


「ごはっ、うぐっ……まっ、待て」


「逃がさない!!」


 そして男が着ていた耐電ベストがシャツから見えたので掴んで一本背負いの体勢に入り持てる全力を持って相手を床に叩きつけた。


「はぁ、あと一人!!」


「ちっ、ガキが!? もう構わない銃を!!」


「使わせるわけ……無いでしょう!!」


 イチかバチかで突っ込んだが幸運は味方した。もう一人は接近戦主体の男より格闘戦は得意ではないようで銃を取り出そうとし視線を反らした。その瞬間に僕はもう一つの、かんしゃく玉を投げつける。


「それは見てるんだよ!! ガキぃ!!」


「でしょうね!! でも隙が出来れば……じゅうぶん」


 かんしゃく玉は何も物理ダメージが狙いじゃない大事なのは音と光だ。一瞬でも僕から目を反らしたから十分に助走が稼げた。そして僕は出せる最大のジャンプで敵に迫りジャンプ蹴りで銃より早く電磁警棒の男の顔面を蹴りつけ気絶させた。


「はぁ、はぁ、まだ起きてたか、トドメ!!」


「ぐっ、あり、えない……」


 先に倒した男が起き上がろうとしたから慌てて踏みつけて今度こそ気絶させる。僕は今、三人分の技や技術そして知識が集約されているけど逆に弱くなった部分も有る。例えば本来の僕は『気配探知』なんて技は使えない。


「あれが出来ていたのはドクターの暗示と無意識に力をセーブしていたから」


 つまり自分自身すら騙していたせいで三分の一の力で動いていた僕はその分リソースが空いていた。その空いていた余剰部分で周囲への気配の探知のマネが出来ていただけだった。


「僕は単純に師匠や愛莉姉さんみたいに遺伝も才能も無いから無意識にマネしていただけだったんだよ」


 何でも中途半端に出来た僕は人の模倣が得意で分析し徹底的に自分のものにしようとした結果、起きた現象は自分を欺いただけではなく欺くための能力すら模倣して自分の認識、脳をごまかす事だった。


「分かってみたら、さぁーちゃんのために無理してただけなんだ」


 そう言うと僕は二人が出て行った扉を見た。だけどその前に冷静に状況を判断すると室内の倒した人間から電磁警棒やナイフ、そして二人の装備で気になっていた物を回収すると今度こそ扉の先に向かった。





「なるほど、だからドクターは逃げると言っていたのか……」


 独り言を呟いてドアを開けると階段が有った。それを一気に駆け上がると待っていたのはヘリポートとヘリ、さらに谷口社長と傭兵のリーダーで、横には口にはガムテープで後ろ手に拘束され立たされている狭霧と冴木さんがいた。


「まさか、あいつらが負けたのか」


「ええ、戦利品も頂きましたよ。この通りね」


 俺が言うと奪った電磁警棒をぶんぶん振ると露骨に顔をしかめた。


「ちょっと、このままじゃ私もあなたも破滅なのよ」


「分かってる。だから、あんたに乗り換えたんだろう谷口社長……このガキ始末してから方針を決めるとしよう」


 大柄な男もナイフを構えたが僕の心は落ち着いていた。焦る必要なんてない相手は恐らくアニキ並みに強い人間で戦いのプロ、対して僕は少し心が安定しただけの高校生で絶望的なのかもしれない。


「だけど……そうっ、だけど……」


「ん? 何だガキ?」


 狭霧は未だ谷口社長に抑えつけられていて唸っているが目が逃げろと言っているのが分かる。でも、もう逃げないし君を取り返すと誓った。


「ううん。だからこの想いは……狭霧を救いたいという一直線で真っすぐ進むしかない僕の心は、お前ら程度が止められると思うなよ!!」


 もう止まらないし止められない小さい頃からこっちは拗らせて貯め込んだ思いが爆発してるんだ。だから全力で駆け抜けるしかない矢のように飛び出したら一直線だ。

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