第50話「契約変更、変わる二人の関係性」




「あ、おかわりして良いっすか? 師範」


「ああ、好きにしなさい」


「でも良かったんですか? 俺を匿って」


「いまさらだな……弟子や孫を導けなかった私が出来る事は少ない。それに君の問いにあの時応えられなかった、それも尾を引いてな」


 俺はあの後てっきり家に強制送還されると思って構えたら、師範は俺を匿ってくれた。昨日は道場で夜まで特訓をしていた事にしてもらい家への連絡も師範にしてもらっていた。完全にお世話になりっぱなしだ。いつかこの恩は返さないといけない。


「でも愛莉姐さんどうしたんすかね?」


「まだホテルだろうな……奴らとの話し合いを途中で抜け出したらしい」


「そうだったんすか……愛莉姐さんには悪い事したな……」


 あの後、説明もかなり大雑把にしておまけにアイツの事も任せちまったからな……そう言ってご飯を山盛りにすると師範もおかわりすると言うのでよそった。


「ごちそうさまでした……」


「うむ……してこれからどうする? 大人しく学校に行くか?」


「学校には行きます。ただ伝言を伝えなきゃいけないんで遅刻はすると思います」


 そしてそれだけ言うとリュックを背負って俺はレオさんの彼女のいるという紅茶の専門の喫茶店『Vermillon Ailes』に向かった。



 カランカランと来客を伝えるベルが店内で鳴る。今どき珍しい古風な喫茶店それがその店の印象だった。少し汚れた制服の中学生が入って来たら不信に思うだろうに落ち着いた男性の店主は俺をカウンター席に案内した。


「いらっしゃいませ。お客様。ご注文はいかがいたしましょうか?」


「えっと、注文の前に……すんません伝言を頼まれて、真莉愛さん、浅井真莉愛さんって人に伝言を頼まれて……」


 そう言うとカウンターの奥の扉が開いて慌てた感じで一人の女性が出て来た。少し赤みのかかった茶色の髪を肩口で切り揃えた垂れ目がちな人だった。


「あ、あの……もしかしてあなた、シン君ですか?」


「俺の事、ご存知っすか……俺、いや自分レオさん……甲斐零音さんのダチ……じゃなくて友人の……」


「大丈夫よ。零音から聞いてるから、初めまして浅井真莉愛って言います。よろしくね、それで伝言って何かな?」


 ただ伝言を言ってしまえば終わりだろうが、それは漢じゃねえと思ったから俺は昨日の顛末を簡単に話した。皆で仇討ち行って戦ったけど最後は警察に捕まった。そして俺を逃がすために皆が捕まった事などだ。


「そっか……それで『ごめん』なんだ、もう相変わらずね」


「真莉愛……いいのかい? 甲斐くんのことは」


「大丈夫です叔父さん。帰ってきたら思いっきり叱ります」


 店主の方は親戚の叔父さんだったようで真莉愛さんの事を心配していた。レオさんとも面識がキチンとあるようだ。


「それに中学生まで巻き込んで……こう君と同い年だから心配になるよ。キチンとそこも言わないと」


「あ、あの俺がミスって今回の事態を起こして、俺のせいで……」


「それってもしかして君の幼馴染さん絡み?」


 え?なんでピンポイントでアイツの事が分かったんだこの人、エスパーか何かか?垂れ目なのにめちゃくちゃ鋭い……。


「零音がね僕のようになっちゃいけない、心配だって……彼って幼馴染とか色んな女の子とトラブルがあったからアナタの事も気にして私に話してたんだよ」


「そ、それは本当に申し訳なく……」


「ううん。だから力になってあげてって……だって君には私のこと、話したって聞いたから……」


 そうだった目の前の人はレオさんの話なら自殺未遂までした人だったんだ配慮ってレベルじゃ収まらないくらい慎重な対応をしなきゃマズイ人だったんだ。ある意味、狭霧より上級者だったんだ。


「そ、それは、伺ってます……なんて言うか、その……」


「もう私は大丈夫よ。ただ、そんな心配される私にこ~んな心配させる零音は帰ってきたらお説教します」


「アハハ……そのお手柔らかにしてあげると……その」


 さすがに零音さんがかわいそうなのでフォローしておかなきゃいけないと思って口を開くと意外な答えが返ってきた。


「君もだよ? 幼馴染の子、大事にしてあげなきゃダメだよ? 女の子は意外と耐えてる事の方が多いんだよ? いい?」


「は、はい、恐縮っす……」


 その後に学校に行き授業を受け師範には情報が入って来るまで稽古をつけてもらっていた。そして二日後、道場に匿名の手紙が届く。それによると須藤と生き残り数名は今、工事現場の闘技場に居るらしい、罠の可能性しか無い、そもそも俺一人だけが生き残っている事すら向こうが知らないし、俺が仕掛ける理由は本来は無い。


「だから逆に乗るのも良いかもしれねぇ……」


 俺の出した結論はあえて罠に乗る。最低でもこの手紙の送り主の特定はできるはずだ。そう決めると俺はある所へ向かう。そこは緑モヒカンこと田中さんの実家の田中理容店。そこで俺はある事をしてもらった。


「真莉愛さんが言うにはこの色合いって話だけど……ま、良いか」


 前髪の一部にメッシュを入れてもらった、青と金のメッシュをワンポイントに入れた。お代はアニキから貰ったもので払い、他にもこの後の戦いで必要な品も、揃えて行った。

 その後に道場に立ち寄り師範に挨拶だけ済ませると俺は夜まで商店街をぶらついた。途中、母さんが商店街を探していた時は「AZUMA」に匿ってもらったり、他の馴染みの店に逃げ込んでいた。そして時間になり俺は駅のトイレで着替えた。


「アニキ、竜さん、レオさん、サブさん。皆さんの力を……借りさせてもらいます」


 着替えたと言っても両手にグローブ、そしてベスト、両手首から腕にかけてはサブさんの鉢巻をテーピングするように巻く、グローブの下に巻く感じだ。


「ま、少しでも体をガードしないとな」


 そして制服のブレザーを脱いでアニキの学ランを着る。立ち上がって確認すると、かなりデカくて足の脛くらいまで届きそうだった。そして、サブさんのダガーを確認するとそれを学ランの内ポケットに入れた。最後にトイレの鏡で見ると青と金の二色になった前髪の一部を見てニヤリと笑う。


「準備は万端だ……行くぜ……」





 工事現場に着くとそこは無人だった……去年までと違って規模も縮小していて工事が進んでいるのが分かった。そして一つのリングにだけに照明が当てられていて、そこに白いスーツを着た角刈りの男がいた。


「待ったぞ、『シャイニング』の生き残り」


「探したぞ、『血の蛇』の死に損ない」


 コイツが須藤なのか……大した事無さそうだな『シャイニング』のメンバーやアニキ程じゃない……。見るとリング付近には三人の男が控えていてた。


「四対一でやろうってか? いいぜ?」


「違う。勝ち抜きだ。お前は四人抜きをすれば勝ちだ」


「へ~? ずいぶんとお優しいルールだな。この間まで俺の女狭霧使って何でもやってた野郎とは思えないな?」


 いつ飛び掛かられても良いように俺は構えた。だがそれに待ったをかけるように黒服たちが三人、リングの傍に控えるように立った。


「お待ち下さい。こちらの指示通りに戦って頂きます。去る方からの指示です」


「テメェらのボスか……会長だっけか?」


「ええ、あなたもそして血の蛇の方にも双方にメリットの有る話です。あなたは復讐を、そして血の蛇はこの街での我らのバックアップの約束をしております。なので春日井さんあなたにアンフェアな勝負はさせませんよ?」


 そう言うと須藤があからさまに顔を歪めた。組織からの支援も期待出来ず、もしかしたら既に切り捨てられたのかもしれないから、ここの運営と手を結ぶしか無いと踏んだのか……コイツらは胡散臭いが、このリングは信用出来る。運営も金払いも良かったしな。そしてその黒服の男は佐伯と名乗った。


「さぁ……輝いて行くぜっ!!」


 バサッと、アニキの学ランをマントのようにはためかせ俺はリングに降り立った。


「ルールは普段のリングと同じ、相手を死亡させなければ何でも有り……両者始めて下さい!!」


 向こうは大柄な男が二名、俺より少し背が高い相手が一名、そして須藤だ。だから俺は最初から全力で行く……今日まで鍛えてもらったアニキや皆の……何より自分自身に恥じる戦いだけはしたくないからな……。


 一人目、開始五秒で爆竹を相手の顔で炸裂させ目潰しをして落ちていた角材でぶん殴って相手の意識が無くなるまで殴って勝利。


 二人目、相手も落ちていた鉄パイプを使って来たのでサブさんのダガーを使って防いで隙を見て足払い、態勢を崩して倒れた所に鳩尾を狙って両手を組んでスレッジハンマーで殴りつけエグる。倒れた相手の顔面に拳を何十発も入れて、最後に意識を失わせ勝利。


 三人目、相手がナイフを使って来た。防刃のグローブで握るけどグローブは数秒で破れる、ナイフを手に押し込まれて左手が血で真っ赤になったから、逆に手の平を開いて相手の顔に血を塗り付けるようにビンタをした。相手が呆けた瞬間に回し蹴りをして相手が軽く後退する。そして素早く右手に持ったダガーで相手の後頭部を殴りつけて意識を失わせる。


「はぁ……はぁ、あと一人だな……」


 ここまでの負傷らしい負傷は二人目の鉄パイプを一度だけ避けそこなってわき腹に一発、そして三人目に刺された左手、あとカッコつけてスレッジハンマーなんかやったせいで右手の小指が少し痛い。


「ちっ、役立たず共が……やはり最後は俺だけか……」


「最後までお前に付き合ってくれた仲間に対してあんまりだな?」


「力で従わせただけだ。それに俺はこれから夜の街で登りつめる……そのための尊い犠牲だよ」


 それだけで戦いは始まった、まずは俺が仕掛ける。隠す必要が無いのでダガーを握ったまま拳で殴りつける、向こうもナイフで応戦する。こっちは刃が入ってないけど向こうは入っている刺されたらマズイ……だから少し慎重になる。


「くっだらねえ……上りつめたきゃ勝手にやってろ!! 人を、街を、だが何より……アイツ狭霧を巻き込むなっ!!」


「きれいごとを……一人で戦った事の無い人間の戯言だっ!!」


 キィンと俺のダガーと奴のナイフが三度目のぶつかり合いで軽く火花が飛び散る。互いに飛びのいて態勢を整える。前言撤回だ、コイツは竜さん並みに強い。


「ああ、俺もきれいごとは大っ嫌いだ……だから俺は仲間の復讐と……俺の中の迷いを消すためだけに、ここに来たっ!!」


 迷いはある、昨日まで大人しかった俺の中のもう一人がうるさい。それが頭痛になって少しづつ浸食している気がする。だけど一応は空気読んで戦いの最中は静かにしているようだ。


「そうかいっ!! 中坊ごときがよおおおお!!」


「ガキでも必死に戦ってんだよ。こっちはさぁ!!」


 四度、五度目の刃のぶつかり合い、そして奴もまた後ろに……跳ばずに、こちらに突っ込んで来た左手に短刀、通称ドスを持って、それを俺の心臓に向ける。俺はギリギリで体を捻って回避するがアニキの学ランが一部裂かれそしてベストで止まった。


「なっ!?」


 恐らくドスが引っかかる変な感触で驚いたんだろう、いくらドスでもそこそこ高かった防刃仕様のベストなら止められたんだ。これが刺突だったり、もっと深く、あるいは力が強い状態で斬りつけられたなら終わっていた可能性もあった。


「あぶねえ……竜さんほんと感謝します!!」


 だけど、キチンと避けた上で掠ったくらいの威力なら、このベストでも止められるんだっ!!俺は避けた状態で右足の全力の蹴りで奴の右手のナイフを狙って弾き飛ばした。これで奴は左のドスだけ、互いに武器は一つだけ勝負は振り出しだ……と、思うだろ?


「ぐっ……お前何を!?」


「ただ使えねえ左手でてめえのドスを抑え込んだだけだろうがっ!!」


 そう俺は相手を逃がさず懐に入り込んで血まみれの左手でドスの刃を握っていた。ただ防刃グローブの残りとサブさんの鉢巻でギリギリ指は落ちてない状態だ。これ以上力を入れられたり相手が引くと指が飛ぶかもしれない。だから素早く手を放して左手で相手の顔面に張り手のように顔面を叩く。相手の顔が俺の血で真っ赤になる。


「くっ……てめえ、血を目に!? だがっ!!」


「いや終わりだっ!!」


 相手の顔に付いた血が乾く前に俺は右手で相手の顔面を掴む。あのクリスマス決戦の時にアニキが使っていたアレを使う。


「アニキ直伝!! アイアンクローだっ!!」


 相手の顔面を掴んで振り回す……なんてアニキみたいに握力も筋力も無いから出来ないので掴んで相手をリングの床に叩きつける。そして倒れた相手の後頭部に蹴りを一発入れる。相手は痙攣した後に動かなくなった。


「ごっ……が……ぐっぉ……」


「俺の……いや、俺たち『シャイニング』の勝ちだ……」


 するとすぐに佐伯さん以外の他の黒服が四人を運んで行った。今更ながら最後の一撃は、やり過ぎたと思ったら相手も意外と頑丈で普通に意識を失っただけらしいから驚きだ。そしてそれで力を抜いた瞬間。


「いってぇえええええ!! ……あの包帯と止血の何かねえか!?」


 俺は残った佐伯と言う黒服に救急ボックスを借りるとすぐに応急処置をしようとするけど片手じゃ上手くいかない、すると横に居た佐伯が適格に止血をして包帯も巻いてくれた。


「これで大丈夫でしょう」


「あざまっす……ふぅ……じゃ、俺はこれで」


「申し訳ありませんがアナタに会って頂きたい方達がおられます。お待ちいただけませんか?」


 そんな義理は無いからさっさと帰りたい、帰って師範と愛莉姐さんに報告はしたいと思うけど疲労から体がまだ少し動かないので、少しだけと言って待とうとしたらリングの外から声が入った。


「待つ必要は無いわ……初めまして、春日井信矢くん。わたくし、千堂 七海と申します!! 今日はあなたにいい話を持ってきました」


 リングの下を見ると近隣の中学ではまず見ない制服を着た黒髪をセミロングにしてキリッとした少しツリ目の少女がこちらを見ている。口元だけ笑っているのが狭霧を彷彿させるさせるが、こっちの方が迫力が有るなとか思ってしまった。


「いい話ねぇ……お嬢様が何の用だ?」


「ふふっ、知らない仲じゃありませんのに釣れないですね? お会いするのは初めてですけど、あなた方のファイトマネーは全部わたくしが出してたんですよ?」


 なるほど……つまり、コイツが会長か。まさか金持ちの道楽だったとはな……てっきりヤの付く危ない人達かと思ってたらそう言う事か……そう言えば人死にを避けていたし子供も多かったのは最後の一線だけは守っていたって事なのか。


「それで……え~と千堂お嬢様? 俺に何用ですかね? 俺は帰って――「大好きな幼馴染さんの顔でも見に行きますか? それとも道場に?」


「ってめぇ……調子に乗んなよ!! ぐっ……!!」


 見るといつの間にか黒服三人に囲まれて、次の瞬間には組み伏せられていた。疲れ切って気配探知すら使えなかった。自動で切られる気配遮断が発動していたようだ。


「あなたのレーダーのようなその能力、厄介なので疲弊させたのは正解でしたね……さすが仁人様のお考えです。そして邪魔者達の処分もついでに出来た。こう言うのを一石二鳥と言うんですね。実感したの初めてです」


「お前、まさか血の蛇の奴らを!?」


「ええ、同時に対戦させるよりも連戦にした方があなたの疲弊度は明らかに高まりますからねぇ……潰し合わせて後はアナタを捕獲する。最初からこれが狙いですよ?」


 クソが完全にハメられた。何が目的だ今さら金返せとかじゃねえだろうしな……交渉の余地は有るのか?そしてリングの外からさらに別な声がかかった。


「信矢、君は今こう考えているのかな? この窮地を抜けるために目の前の人間たちは交渉が可能であるか? それとも拘束を抜けて倒す事は可能か? 違うかい?」


「馴れ馴れしいな……誰だ! テメェ!!」


「初めまして実験体モルモットくん。夢意途 仁人むいとまさひとと言うただの研究者さ。年は君の一つ上だ」


「んだよ。じゃあ中三じゃねえか? 研究者とか言うから大人かと思ったぜ」


 そう言うと後にドクターと呼んでお世話になるこの人は初対面から興奮していた。リングに上がって来ると俺を見下ろしながら言う。


「凄いじゃないか!! まだ一週間も経っていないのにもう二つ目の人格が君を支配してるんだね!? 君こそまさに理想の実験体だ!! 去年からちゃんと目を付けていて良かったっ!!」


「そうですね。仁人様。これなら例の研究がかなり前進しますね」


「ああ、すぐに君には来年から出来る実験室に来てもらって色々と協力をしてもらうぞ? 春日井信矢くん?」


 なんだコイツら……俺に何をしようってんだ!? そんな一瞬の動揺と初めてコイツらに恐怖を感じたその時だった。頭痛がガンガン響いて俺は意識を失った。


「おや? おやおやおやおや~~!! これはまさか!!」


「うっ……ボク、は……ここって、さっきまで見えてた場所?」


「おおおおおっ!! 凄い!! 凄い!! 君は誰かな? 今の状況が分かるかな? そして今までの事が分かるかな?」


 な、なんかさっきまで鏡を通して見てた光景が……なんだこの人、圧が凄い……。


「ボクは……春日井信矢、です」


「だろうねぇ……君が本体だね!? さっきまでの彼!! 二番目の彼? 彼とは対立関係? それとも共存? 教えてくれないか!! 私は知らない事を、謎をエスを解明したいんだよ!!」


「そ、そんないっぺんに言われても……ううっ……」


 うっ……なんか頭が痛くなって来た……また目の前が暗く……。


「ったぁ!! てめえ!! いい加減にしやがれ!! 頭がさっきからイテェんだよ!! てかアイツと今入れ替わったのか!?」


「これは……仁人様、実験体に負荷をかけるのは得策ではないかと愚考します。まずは彼の治療も含めて仮ラボに連れて行きましょう」


「そうだな……そうしよう!! 逃がさないように頼むぞ!! 諸君!!」


 俺は黒服三人にガッチリ拘束されると猿ぐつわを噛まされて運ばれた。ちくしょう……体が動かねえ……もっと筋力やタッパさえ有れば……腕も負傷して他も万全じゃねえ……クソが……。





「と、まあ……こうしてボクはドクターさんと七海さんに捕まった後に研究所に連行されると色々と実験を受けて第二とボクが対立図式になって暴走しかかったから第三の彼に全部任せてボクは引っ込んだんだよ」


 これがボクの中学時代の過去の話。これまでの事を一気に話し終えると少し疲れたけど、周りの視線が痛い。ちなみに今のボクの状態は病室のベッドの上であぐらをかいている状態で、さぁーちゃん……狭霧がすっぽりと、そのあぐらの上に座って体育座りしている状態になっている。


「ねえ? シン? 肝心なとこが抜けてる気がするけど?」


 ボクの顔を超至近距離で見ながら狭霧が言う。そもそもこの状態になったのは訳がある。第二状態だった時に狭霧を調教いや、教育をした時の話に入った時にそれを改めて思い出した狭霧がプルプル震え出したから安心させようと頭を撫でたらもっと撫でてと甘え出した彼女がこの体勢になり動かなくなったのだ。


「これは……まだまだ先は長そうねぇ……シン坊?」


「まあ契約の内容自体がアレですからね……」


 愛莉姉さんと七海さんがため息をついて言うと狭霧が騒ぎ出す。


「契約? 何ですか? それ!!」


「ふむ、第二と一緒に記憶の封印までも解けたならば、もう隠さなくても良いし……何よりも契約自体変える必要があるんじゃないか?」


「ボクはこのままでも良いと思うんですけど……」


 そう、この後にボクはとある理由から第三に全てを任せて最終的にボクに成り代わってもらうと決めた。その際に当時はまだ意識が弱かった第三を強化し、それをサポートする代わりに実験データを取って人体実験込みで自分を好きに研究して良いという契約を結んだ。ただし、狭霧をこの件に一切巻き込まず、関わらせないと言う但し書きを付けた上での契約だった。


「この契約だと、但し書きを履行するのは不可能だ。本人が内情を知ってしまったからな……あとは状況も変わった。何より完全な第三が崩れたのが大きい。契約変更かもしくは……」


「あの~? なんで私が関わっちゃダメなんですか?」


「それは二つの面から信矢が嫌がったからだ。まず信矢はストレスを感じると人格の変更、我々が自我変更エゴチェンジと名付けた現象が起きる。そしてストレスの大本は竹之内狭霧、君だ。現に今も彼は頭痛が起きているだろうからな」


 え?と、こちらを不安そうに見る狭霧にボクは苦笑いするしか無かった。例の薬、ES276はあくまで第三が使う事で効果を発揮するからボクが飲んでも意味がないらしい。よって頭痛を抑制するのは難しい。何より第三の方がボクより優れているので耐性も強い。だから今も話してる最中は頭が痛い。


「私のせい……それって今までの私のせい……なんだよね?」


「残念ながらそうなります。狭霧さん、あなたの今までの行動が春日井くんの重荷になったのは事実です」


 七海さんそこまで言わなくても、と言ったがそれを制したのは他でもない狭霧だった。そして続けて欲しいと言った。だけど震えてボクの手を探していたので手を握ると安心したのか息を深くつくと先を促した。


「じゃあ続けよう。そしてもう一つは今の彼が、君に今言った事実を伝えると傷つけてしまうので勘弁して欲しいと言ったんだ。もう思い出しただろ?」


「え、ええ。あの時はボクも目の前の現実から逃げたかったんで何より傷ついてた狭霧をこれ以上――「シン? 私、アイツらに見澤に捕まった時も泣かないように頑張ったよ? バスケも凄い頑張って特待生になったよ? まだまだ人前に立つと怖いし、今も甘えてるけど、あの頃よりは少しは強くなったんだよ……だからもう何も知らないの嫌だよ……」


「ですが契約を変える事は彼を傷つける事にも繋がります。それがアナタに耐えられますか? 狭霧さん」


 七海さんはあくまで冷静だ。ES276があるとは言え今後も今回のような事が起きる。そうなった場合に狭霧は自分を責める事が増えるだろう。だがここで意外にも待ったをかけたのはドクターだった。


「いや、第三を強化するならむしろ避けるよりも彼女と常に居てストレスに慣れる方が大事だ。そもそも第一の君にしろ第三にしろ要はメンタルが豆腐並みだから頭痛が起きてる。単純にストレスに弱いだけだ」


「それなんだけど、お二人さん。そもそもシン坊は元に戻る気ないのかい?」


「えっと……それは、愛莉姉さん?」


 何を言ってるんだこの人は?今までの事を聞いて無かったのか?今は第三をボクと入れ替わらせる事を話しているのに、それじゃ意味がない。


「うん!! 私もそれ思ったよ愛莉さん!! シンが戻ってくれば全部解決だよ!! あの怖いのとクールモードはシンじゃないんだし!!」


「え……いや一応、第二はもう一人のボクだと……」


「だって私、アイツ嫌いだし!!」


 う~ん。第二は暴走するし傷つけるけど狭霧に関してはそこまで悪い奴じゃないからなぁ……そもそもあの忠告守ってるって狭霧、今自分で言ってたわけだし。


「どちらにしても春日井くんが決める事では? 今は前提として第二の彼を防ぐには第三の彼の力が必要であると言う事です。そうですね? 春日井くん」


「はい、どっちにしても彼と話し合う必要は有ります。なので戻ります、彼も起きたようですし」


「え? シン嫌だよ!! 次いつ会えるか分からないんだよ!! ダメだよ!!」


 いや、次はもう無くしたいんだよなぁ……そもそも第三に全て任せるって決めた時点でボクは地縛霊とかそう言う感覚でいたからなぁ……。そう思って比較的、頭痛が少なく自我変更エゴチェンジした。


「ふぅ……状況は把握しました。ドクター? 私の拘束具は?」


「ここに有るよ。それでどうするんだ?」


 そう言われると私はメガネを付ける。やはりこれが無いと落ち着かないな……さて、全てバレてしまったようだが、やはり狭霧と愛莉さんも私を見る目が怖いな。


「さて、とんだネタばらしになってしまいましたが……どうしますか? 狭霧、先に言うと彼は、もう外に出たくないと言っています」


「私は……私は諦めない」


「ほう? では、どうしますか?」


 私はニヤリと思わず笑みを浮かべてしまった。少しだけ強くなった彼女を見て思わず出てしまったのだ。そう言って彼女は私の腕の中から出ると高らかに宣言した。


「あなたから……信矢第三からシン第一を取り戻す!!」

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