第36話「ボクの変化、俺の兆し」
◇
なんか過去の暴露合戦みたいな感じになって色々と落ち着いてしまったボクらはそのままの流れで解散になった。当然ながら家に帰ったのは帰宅予定時間より遥かに遅い時間だったので母さんに怪しまれたけど強引にシャワーを浴びる事にしてその場をうまく逃げ出した。
「あの子……なんかお酒臭かった気が……まさか、ね」
風呂から上がりそれから少し寝て気付くと夜になって下のリビングに降りて行くと母から説教されたけど話半分に聞いていた。そして遂に夏休みが終わって新学期が始まる。その頃にはボクはあの工事現場で三度実戦を経験し、商店街でも複数回のケンカをしていて、完全に『シャイニング』の一員になっていた。
◇
「ありがとうございましたっ!!」
ボクは地下室で零音さんの守りを破って一撃を決めた。初めてだった。今日は凄い調子が良かった。
「ぐっ、効いたよ……シン君どうしたの? 調子いいけど何か良い事あった?」
「はいっ!! 実は今日、学校でさぁーちゃんと会えて、引っ越したけど転校してなかったんですっ!!」
俺の言葉にアニキが反応して竜人さんは興味が無さそうな顔をして耳だけはこちらの注目していた。
「あ? どう言うこった?」
「なんだ女の話題か、んじゃ俺はパスだ」
愛莉姉さんは道場、そしてサブローさんは珍しく地下室に居ないので、今日のメンバーはこの四人だった。アニキはちゃぶ台でスマホを弄っていて零音さんと竜人さんに稽古をつけてもらっていた。最近は少し我流ながら空手とボクシングのスタイルが身について来た気がする。
「だから!! 引っ越したけど学区内に引っ越したから学校で再会出来たんです!!もう永遠に会えないと思ってたから……嬉しくて、だから今度こそ守らなきゃいけないから稽古に気合入ったんですっ!!」
「そうか……。なんだ、良かったじゃねえか!! じゃあいっちょ揉んでやるか……やるぞっ!! シン!!」
「はいっ!! アニキ!!」
この日を境にボクはより熱心に修行に打ち込むようになった。相変わらず中学では最低限の話しかせずにボッチ生活をしていたけど毎日が充実し始めていた。それと誰も居ない場所で二人きりなら、狭霧には挨拶と雑談くらいは声をかけられるようになっていた。
◇
そしてまだ残暑の残る蒸し暑いある日、ボクは竜人さんと零音さんと一緒に買い出しをしつつ人生初のゲーセンに来ていた。お金の使い方とかが分からないと悩んでいたボクに『じゃあゲーセン行く?』と零音さんと意外とゲーム好きな竜人さんと遊びに行く事になった。
「なんか凄いうるさいとこですね……ううっ……」
「慣れろ!! てか南口の
「まぁ、初めてはこんなものですよ。ではまずは僕のおススメからですよシン君」
音ゲーやレースゲーなど零音さんのおススメをやってみたり、竜人さんが得意なロボットの対戦ゲームをやったりしたけど、そもそもゲームなんて買わずに、ここまで過ごしてきたボクにはどれも新鮮で目がチカチカした。
「こっちは何ですか?」
「あぁ……こっちはプリクラのコーナーだな。だけどダメだ。これは女専用だ」
「違いますよ竜人くん。男性は女の子と一緒じゃなきゃ撮ってはいけないだけですからね?」
「そうなんですか……ゲーセンて男しか居ないのかと思ってました」
だって煙草臭くてしかも音は大きいし、とても女の子が来るべき場所じゃないと思ったからだ、狭霧はこんなところ絶対に連れて来れないし、連れて来たくない場所だな。と、思ってるとプリクラを撮り終わった一団が出て来た。男女五人のグループだった。
それを見た瞬間に竜人さんが「ちっ」と舌打ちした後に踵を返すのでボクと零音さんも慌てて後を追う、もう一度振り返るとその中の女子の二人が竜人さんを見た後に一人はニヤけて、もう一人は辛そうな顔をしていたのが印象的だった。
「どうしたんすか!! 竜人さん!!」
「あぁ、面倒な連中が居てな、ワリーな。シラケさせてよ」
「竜人くん、残念なお知らせです。あちらは逃がしてくれないようですよ」
零音さんが後ろを向きながら言うとゲーセンを出て三人で歩いていたボクらのところに件の五人組が近づいて来ている。先導しているのは先ほど竜人さんを見て嗤っていた女子だ。
「不登校の川上くんじゃ~ん!! 学校サボって何してんの~」
「や、やめよう。伊藤。は、早く戻ろう? ね?」
「煽ってんのか? クソが、もう話しかけんなって言っただろうがよ」
伊藤と呼ばれた女子は東校の制服で隣の女子も同じ制服、つまり竜人さんの知り合い、それも嫌な方の知り合いっぽいと思って零音さんを見ると零音さんもコクリと頷く。そして「行くぞ」と言って去ろうとするボクらに後ろにいた男子二人と女子一人が追い付いて声を荒げた。
「あたし達の友達に失礼じゃないですか!! さすが県下一の東高でも不登校なだけは有りますね!!」
「口も悪いし、落ちこぼれみたいだから仕方ないんじゃないかい? でも川上と言ったかな? 君は伊藤さんに謝るべきじゃないか?」
見ると後ろの三人は制服が違う、地元でも有名な私立の高校で、後にボクが通う事になる涼月総合学院の二年生の特進科の生徒なんだけどこの時のボクは当然知らない。見ると義憤に駆られてこっちに絡んで来たようだ。もう一人の男子もムスッとしている。
「事情も知らねえなら下がってろ。テメーらには関係ねえ話だ……」
「それは出来ない!! 友達を侮辱されたんだ!!」
「まあまあ、二人とも少し冷静に話そうよ」
ヒートアップする竜人さんと男子Aの間に零音さんが割って入る。ボクは後ろで見ているだけだったけど、そこで伊藤と言う女子が更に割って入る。
「私すっごい傷ついたんだけど? だからあなたこれから私たちとお茶しない?」
「え? 僕ですか?」
「うん。すっごいイケメンだし川上くんみたいな不良なんかと一緒にいるべき人間じゃないよ!!」
あ~キレそう、と思っていたら零音さんの笑みが一層深くなった。これは最近知ったのだけど、この笑顔の時は零音さんは半ギレ状態だ。そして表情が一切無くなった能面状態がガチギレなのだ。つまりこれは、いつ爆発してもおかしくない。
「あの~二人とも行きませんか? みんなも待ってますし」
「はぁ、中学生は黙ってる方が利口だぞ? 今は年上の者同士で話しているんだ」
「あ、あのゴメンね。みんな少しイライラしてるだけだから。ね?」
思わずボクが口を出すと今まで黙っていた男子Bがこっちに露骨に凄んで来たので、竜人さんに「黙らせますか?」と見たけど視線でこれを拒否された。こんな弱そうな奴ならボクでも倒せるのになぁ……。
雰囲気が悪くなった所で最初に辛そうな顔をしていた女子がボクに謝って来た。
なんかこの人だけ妙にオドオドしてる。
「まず謝れよ!! 話はそれからだ!!」
「難癖つけて来てその言い方は無いんじゃないかな? 仮にも涼学の生徒なら非はどちらに有るか分からない? そこの下品な女の子が竜人くんを煽ったのは目に見えて明らかじゃないかな?」
「事実を指摘しただけじゃないっ!! ちょっと顔がいいからって私の友達を下品だなんて!! そもそも不登校生の方が下品よ!!」
もう一人の涼学女子まで入って来て、ますます場は混乱の
「なんのマネだ? 舐めてんのか?」
「やはり不登校児は暴力的になるんだな!! よくも良輔を!! 空手部副将の俺が相手をしてやる!!」
「やめとけ。部活やってる野郎を怪我させたら可哀想だ。行くぞ、レオ、信矢」
もはや相手にすらしたくないと言わんばかりにその場を去る竜人さん。だけど背後を見せ、少し離れた瞬間に男子Aが足を上げてハイキックの構えをした。何回か受けたし、ボク自身も使う事があるから分かる、だから咄嗟に動いてしまった。
「ぐっ!! らぁっ!! いってぇ……」
「何っ!! う、うわあ~」
咄嗟に竜人さんへのハイキックを手に持ったカバンと両腕で防いで押し返すと、相手がバランスを崩して倒れた。ボクの方も何とか防ぎ切ったけど一応は高校生のそれも空手部のハイキックなので衝撃は凄かった。そしてカバンの中身も心配だ。
「シン君っ!! 大丈夫かい!?」
「へっ、空手部の副将様が背後から不意打ちはご立派だな。信矢、骨は無事か?
他はやられてねえか?」
「はい。竜人さんやアニキの蹴りに比べたら全っ然大した事無いっすね。これで二番手なら大した事無いんじゃないですか? 涼学って?」
思いっきり煽ってやると涼学男子Aがプルプルし出して顔が真っ赤になっていた。これくらい煽らないとやってらんないんだよね。竜人さんは俺の格闘技の師匠でも有るんだから、ムカつく時も有るし厳しいけど、でも目の前のへなちょこ野郎よりは何倍も良い人だ。
「ぷっ、違いねぇな。だが落とし前は付けてやらねえとなぁ……後輩がやられたんだ……この雑魚どもっ!! 覚悟は出来てんだろうな!!」
そして立ち上がった男子二人は竜人さんに睨みつけられると構えた。ボクは内心バカじゃないかな?この人達って思った。実力差分からないんだろうな……そして数分後に顔面から鼻血を出した男子二人が倒れていた。
「な、何で川上がこんな強いのよ!! 去年と全然違うじゃない!!」
「男子三日会わずば刮目して見よ。一年前の俺と一緒にすんなバカ女が、適当に男漁りでもしてろ、そっちの女と一緒にな?」
「許さない!! 良輔くん達をよくも!!」
正義感溢れている涼学女子が竜人さんに食って掛かるけど、その割に距離を取って騒いでいる。ビビりで煩い女だなぁ……周りからは注目の的だ。
「ピーピーとウルサイ子ですね。勝手に仕掛けて負けたらこれですか? 本当に大した事が無いんですね? ま、うちの期待のルーキーに攻撃防がれてる程度じゃ仕方ないかな?」
「零音さん。さすがにこんな奴ら不意打ちじゃなきゃボク……お、俺だって余裕ですから!! バカにしないで下さいよ?」
「言うじゃねえか信矢!! 特別に後でなんか奢ってやる。じゃあ、行くぞ!」
なぜか頭をワシワシと揉みくちゃにされるけど不思議と嫌じゃなかった。零音さんも先ほどの怒りの笑顔では無く屈託のない笑顔だった。改めてそっちを見るとグッとサムズアップしていた。
「あ、あの……」
「あぁん? 汐里……いや相楽か、まだ何かあんのか?」
「ううん。その、伊藤さん……由希ちゃんと友達がゴメンね、竜くん……」
「ああ。それとその呼び方は二度とすんな……。じゃあな……もう会う事もねえだろうがな……さよならだ」
そう言うと今度こそ歩いて行く竜人さんに慌ててボク……いや俺と零音さんが追い付いて何か声をかけなきゃいけないと思わず言ってしまった。だってその背中は隙だらけでいつもの竜人さんとは全然違ったから……。
「お、俺……今度から竜人さんのこと
「あ? 何でそんな……ったく……ガキが気を利かせてんじゃねえよ……ま、呼ぶなら好きにしろ」
「あ、じゃあじゃあ僕はレオ君でお願いするよ信矢く~ん。なんか僕だけ他人行儀になっちゃうからね!」
「分かりましたレオさんならオーケーです!!」
そう言うとレオさんが「くん付けでいいになぁ」と言った後に珍しくキリッとした顔をするといきなり大きな声で、まるで誰かに聞かせるように叫んだ。
「ふぅ……僕たち!! 本当のダチが居るから昔の事なんてっ!! もう、全っ然気にしてないだろ~!! 竜人くん!?」
あぁ、なるほどと俺が思っていると竜さんが面食らっているから、何かを言う前に俺もすかさず合わせて言った。
「そうっすねぇ~!! 俺みたいな頼りになる後輩も出来ちゃったから、もう、ぜんっぜん!! 大丈夫っすね!! 竜さん!!」
「ったく……バカやろうが……ああっ!! 最高のダチと後輩が居るから毎日楽しくてしかたねぇ!! 昔の事なんて思い出さなくて……最っ高だっ!!」
男バカ三人の叫び声が商店街に響いて何事か色んな人たちが出て来るけど、その時には俺たち三人はもう走り出して逃げ出していた。恥ずかしいし、それに騒ぎを聞きつけた人の中には、あの鼻血を出してる学生二人を見つける人もいるはずだ。
そうなったら警察を呼ばれるかも知れないから逃げるに限る。最後にもう一度振り返ると竜さんに謝った女子が頭を下げた。そして何か言っていたけどさすがに離れ過ぎて聞こえてなかった。
「お友達出来たんだ……ふふっ。やっぱり……優しいんだね竜くん……本当にごめんなさい。勇気が無くて……」
こんな事を言っていたなんて俺たちは知らずに商店街を全力疾走していた。そしてこの光景を見て、この付近には他にも知り合いが居たなんて俺は思いもしなかった。
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