フラれた?秀才は最高の器用貧乏にしかなれない

他津哉

第一章『すれ違いと幼馴染の秘密』編

第1話「トラウマと再会」

 その感情はいつから持っていたの?と聞かれれば分からないと答えると思う。だけどこの想いは決して負けやしないと、あの時まではそう思っていた。



 ―― これは弱くて悔しくて絶望した「」の物語。



 ――これは怒りから己の強さを求めた「」の物語。



 ―― そしてこれは臆病で情けない自分を隠すための「」の物語。



 ―――― そしてその先に進むための二人とその仲間たちの物語。





 そこは暗い暗い一面の闇の世界。その世界にポツンと光る場所が一つ、そこだけが映画館のスクリーンのように光って何か映像を垂れ流している。その映像ではアッシュブロンドの少女がこちらから目を反らすように見ていた。


「ごめん。信矢とはそう言うんじゃないから。でも……」


 そのセリフを言った少女は目の前でその瞳を揺らし顔を曇らせていた。彼女にそんな辛そうな顔をさせてしまった事に激しく自己嫌悪に陥ると同時にが今見ている光景は夢なのだとはっきり自覚した。なぜか?それはがこの光景を夢として何度も何度も見ているからだ。トラウマともいうべき過去の追体験をあの日から何度も見ている。


 さて、簡単に説明するとこれは今から六年前の光景で、ある少女へが告白しフラれた時の光景。このまま続きを見せられるのかと思うと憂鬱になりそうだけど急に視界が白くなり始め、闇の世界を光が差し塗りつぶしていった。良かった今日はここで終わりなのかと安堵して次の瞬間に意識は覚醒した。


「はっ!? はぁ、はぁ。ふぅ……最近は見ないと思ってたのにこのザマか」


 片手で顔を覆いながら内心で気分が高揚している事を自覚して苦笑する。理由は極めて単純で夢の中であっても彼女を見れたのが嬉しかった。たとえそれが人生最大のトラウマであってもだ。高校生にもなって女々しいと言われても仕方ないがこれが私の生き方なのだから仕方ない。「よしっ!!」と自分に気合を入れてベッドから起き上がりメガネをかける。そして愛用の黒ジャージに着替え、窓から空を見上げると陽が登り始めていた。


「よし……これで完了っと。ん? 気のせい……か?」


 そのまま部屋を出て一階に降りると両親を起こさないように静かに玄関から出ると軽く柔軟をして朝の日課のジョギングを始めようとした。一瞬どこからか視線を感じた気がしたが新聞配達か朝の早いサラリーマンだろうと気持ちを切り替え走り出した。ジョギングは素晴らしい基礎体力を付ける上でも気分転換としても有効だ。

 もっとも私の場合はある人との約束で惰性でやっている感が否めない。その人は『取り合えず体鍛えたきゃ走れ』と言った。だからこれはその人に言われた時からの日課だ。


 ◇


 まずは住宅街を抜けて歩道を走る。ここ空見澤そらみさわ市は特に特徴も観光名所も無いベッドタウンだ。程々ほどほどの人口に程々の商店や商業ビル、数少ない利点は都心への移動が電車やバスなどで二〇分弱だと言う事だろうか。実際、私の父の勤務先もその都会だ。


 そんなことを考えていると気付けば目に入ってくるのは自然公園の空見澤市記念公園だ。普通の町にある近所の公園とは違い面積も二〇ヘクタールと大きく園内にはランニングコース、様々な大型遊具、噴水、ペットの散歩コースそれにバスケットゴールにテニスコート等も併設されていて、もはや公園と言うより一大アスレチック施設に近い場所だ。


「はぁ、はぁ……ふぅ」


 園内を軽く走りクールダウンしながらいつものベンチに座る。辺りにはまばらに人が居るようで、朝のジョギングや割と近くでボールの弾む音がするが、そんな事より今朝の夢だ。目をつぶると昨日のように思い出すあの夢は今から六年前の私の、春日井 信矢かすがいしんやの小学生の頃の話だ。最近は見なくなっていたが今朝の夢は私が幼馴染の少女に告白し、そして色々な行き違いで彼女にフラれた話だ。


 それだけなら小学生の頃の苦い思い出で済んだのだが、この告白がクラス中の見せ物にされ更に私に対してのイジメの原因になった出来事でもあった。当時から彼女は目立っていて、そんな彼女と常に一緒に居たのが私だったイジメの原因はそれだけでじゅうぶんだった。


 告白の後から始まったイジメは最初は軽いイジりだけだったが次第にエスカレートしそれに何も言えなかった私への対応はすぐにクラス全体からのイジメに変わった。直接の暴力などは無かったがクラスからは徐々に無視され、一部のクラスメートからは軽いイジりから暴言へ、そして肩を叩かれる程度から明らかな暴力を受けるように進行していった。


 そして最後はその無視する中に幼馴染の彼女も居た。彼女は情けない自分の姿を最後まで不安そうに見ていた。惨めで情けない自分に今でも憤りが収まらない。彼女にあんな顔をさせてしまったことが最大の罪だろう。


「ふぅ……今日は少し気を張り過ぎてる。あの夢が原因か」


 そこまで考えて一瞬背後に何か気配を感じて振り返って見るがバスケットボールが転がっているだけだった。そう言えばベンチの前はバスケのコートとその先にはテニスコートが有りどちらも今は無人のようだった。平日の朝の六時過ぎなら普通に誰も居ないので恐らくは忘れ物だろう。


 先ほどコートで少し音がしていた気もするが気のせいだろう。もしかしたらトラウマを自ら思い出したせいで、周囲の気配に敏感になっていただけなのかも知れない。そう考えながら軽く腕をグッと伸ばして再び過去の思案へと戻る。


「やはり疲れているのだろうか……ドクターに相談だな」

 

 その後、数ヵ月以上イジメを受けて心身ともにボロボロになった私だがここで転機が訪れた。しょせんは小学生のやる事で、さすがに異変に気づいたクラス担任らによってイジメの現場を押さえられ私へのイジメは止まった。


 発覚後は私の両親や担任らと一部のクラスメートの親などの猛烈な抗議によって問題は無理やり表面化させられ訴訟一歩手前の段階で、イジメの主犯格である五人が県外へと転校させられる事で決着となった。これで解決しハッピーエンドとならないのが世の常であり私の人生だった。


 結局、残りの小学校生活の私への対応は学校中からの腫物扱いだった。これではクラス中からの無視が学校中からの無視にランクアップしただけだ。しかも中途半端に畏怖の対象とされたのだから居心地は最悪だ。


「ですが……一番効いたのは、やはり彼女との関係性ですね……」


 それはもちろん幼馴染も例外では無く、いつも家の前で待ち合わせをして一緒に登校することが復活することも無く、たまにこちらから話しかけた時もどこかこちらをうかがうようなぎこちなさにどうしようか途方に暮れる日々。それに何よりこの一件が後に彼女の家庭にも亀裂を入れてしまう結果になるなんてこの時の私は思いもよらなかった。


 更に拍車をかけるように私の窮地を救ってくれた工藤先生が教師を辞めてしまった。後から聞いた話だとわざわざ私を助けるために相当な無茶をしたらしく地方の分校への異動か依願退職かを迫られていたらしい。


「全てが私の浅慮な言動……そして弱さが招いたんだ……全て」


 全ての事実を知ったその時の気分は最悪だった。自分はただ彼女を好きだっただけなのに結果として多くの人を巻き込んで最悪な状況を招いてしまった。そんな最悪の小学生時代を過ごした私も中学生へとなった。


 中学時代はそれはそれで荒れていたらしいが主観的には……色々と思うところは有る。そして現在、つまり高校生活は割と落ち着いていて、義務教育中は度々たびたびトラブルに巻き込まれていた私だったが良くも悪くも彼女との接点を無くしてからは平穏だ。


 だがその平穏に対して私の心は常に彼女を求めていた。こんな想いを繰り返している内にいつかこの心の傷も癒えて行くのだろうか?私は強くなれるのだろうか?自問自答してもこの答えは未だ出ない。こんな感じで悩むことが青春だ!!などと言われる事も有るが正直、理解に苦しむ。


「こればかりは自力で解決……んっ!?」


 目を瞑って瞑想しているような状態に頭がパンクしそうになったその時、空気を裂くような音を感じたので右手でそれを軽く弾いた。咄嗟とっさのことだがその判断は正解で目を開いて確認するとバウンドしているそれはバスケットボールだった。昔はこれを使ってよく遊んだり練習に付き合ったりと色々したものだと思い出しながら転がっているボールを拾おうとする。と、それに合わせるように声がかけられた。


「あの、すいません……ボール大丈夫だった?」


「ええ。問題有りません。だいじょ――っ!?」


 不意に声をかけられた瞬間にドクンと心臓が高鳴った。急に声をかけられたから驚いたのでは無く、その声がよく知っている声に似ていたからだ。その声を聞くとただ心が震え、体が極度の緊張状態になるのが分かった。


「ねえ? 本当に大丈夫なのっ!?」


 再度声をかけた相手の焦った声が聞こえる。内心の動揺を相手に悟られないようにボールを拾いながらゆっくりと声の主の方を見る。まず目に入るのは吸い込まれるようなヘーゼル色の美しい瞳、そして肩にかかる位までで切り揃えられた金髪つまりはブロンドの髪だ。より正確に言うとその髪色は『アッシュブロンド』と言うのだそうだ。


「――問題、有りません……そもそも当たっていませんから」


 なぜそんな事を知っているのかと言うと別に色彩検定を取得しているのでもヘアカラーを熟知しているというわけでも無い。ただ目の前に居る彼女に昔『金髪だ』と言ったら違うと言われ、その単語を教えてもらっただけに過ぎない。


「そっか……」


 安堵のため息をつきながら、やはりどこか不安そうな表情でこちらを伺っている目の前の幼馴染の少女、竹之内 狭霧たけのうちさぎりに昔そう教えてもらっただけだ。


「ええ……問題有りません」


「ん……」


 それだけ言うと互いに沈黙する。これは当然だろう私はトラウマにして初恋の人との突然の再会。彼女としてはアクシデント、恐らくバスケの練習をしていてボールが飛んで行った先に気まずい関係の幼馴染が偶然居て遭遇してしまった気まずい状況なのだから。


「「あの……っ!?」」


 完璧なタイミングでハモった。そしてまた沈黙。ここで安いラブコメなら互いに吹き出して笑い合ったりするのだろうが私たちの関係上それは有り得ない。お互いが探り合いの緊張状態であり、沈黙がこの場を支配した中で最初に声を発するのはどちらなのかと意味の無いチキンレースが始まりかねない。


 取り合えず私はここ最近で時間を稼ぐ方法として覚えたメガネの位置を直すメガネキャラの得意技の通称『メガネくいっ』をして彼女に改めて向き直った。

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