生きてるだけで殺される(殺伐感情戦線参加作品集)
久佐馬野景
第XXXX話 殺伐県百合市の地下一人焼き肉
私はとにかく腹が減っていた。焦るんじゃない。私は随分と長い期間食事を摂っていないだけなんだ。
私の目の前のテーブルには赤くなった炭の入った七輪が置かれていた。この狭い地下室にはこれ以外に、椅子と私ががんばって用意した食事がずらっと配膳された大きなテーブル。なんだかすごいことになっちゃたぞ。
銀色のトングを手に、私はまず目の前の脂が乗った肉を三枚、七輪の網の上に乗せる。子供っぽいと言われても、先陣を切るのはやはりカルビだ。どの肉がどの部位なのか、私はちゃんと覚えている。
じゅうじゅうと音を立ててカルビが白っぽい赤から、ただの焼けた肉の色へと変わっていく。もう焼けちゃったか。用意した時にいやというほど見たけれど、もう少しきちんと素材の色を目に焼き付けておくべきだった。うん。次からはそうしよう。
手元の皿には市販の焼き肉のタレが入っている。たっぷりと黄金の調味液にくぐらせ、まだ脂が泡を立てている肉を口に運ぶ。
うん、うまい。ここはいい肉だ。いかにも肉って肉だ。
あっという間に三枚を平らげ、さて次は、とトングをカチカチ鳴らしながら品定めをする。
ホルモンにいくか。下処理は本当に大変だった。泣きながら糞の臭いと戦ったっけ。
その苦労もやっと報われる。ぷるぷると震える
すごい脂だ。それにこの煙――。ああ、この地下室、換気扇なんて上等なものはないんだっけ。
立ちこめる煙はあっという間に地下室に充満する。まるでホワイトアウトだ。おまけに当然目にしみる。私は目からぼたぼたと涙を流しながら、黙々とホルモンを片付けた。
相当食った。が、まだ食える。ようやくエンジンがかかってきた。
ハツ、ハラミ、またカルビに戻って、レバー――うおォン。私はまるで人間火力発電所だ。
床に嘔吐する。とても一人で食い切れる量の肉ではないことは最初からわかっていた。吐瀉物が喉に絡み、煙に燻されたことで激しく咳が出る。ひゅーひゅーと喉が鳴り、限界を超えた満腹感に打ちのめされそうになりながら、私はトングで七輪の上になお肉を乗せていく。
大丈夫。安心しろ。全部食ってやるから。そのくらいしか、もう私にはできない。
このタイミングでタンに行き着く。分厚いタンが二枚だけ。塩こしょうをつけて、口の中に迎え入れる。
ああ、そういえばおふざけで絡ませることはあっても、噛むなんてことはついぞしたことがなかったな。ぶちぶちぶち……と筋繊維を歯で磨り潰す。成形の都合上、長さは変わっていない。だが口の中いっぱいを満たしているタンを噛んでいると、しまったと頭を抱える。付け根から先端まで全部が自分の口の中に入ってくることなどありえないのだから、これじゃあ台無しだ。成形する時に重視すべきなのは厚さだったかと、いまさらしても遅い後悔に襲われる。
食べる。吐く。食べる。吐く。何度も何度も繰り返す。テーブルの上の肉は減っていき、床に積もったゲロは隅々へと行き渡っていく。
意識が遠くなってもなお、私は食べ続けた。設定通り、順調に一酸化炭素中毒に向かっている。おかげでいま食っているはずのお前の幻覚まで見えてきた。
お前とはいい友達でいられると思ったのになあ。私の仕事を見られた時のあの顔――ショックだったなあ。お前に秘密を知られて、もうおしまいだ、なんていまさら怯える自分がいたことは、私にこんなことをさせるには充分すぎる理由になってしまった。
お前は私が初めてプライベートで処理した相手になったし、初めて自分で楽しむ相手になった。一片も残さずに――なんてことは加工上不可能だけど、それでも見てくれよ。吐きながらでも全部食おうとがんばってるんだぞ。
ごちそうさまでしたをするより先に、室内の一酸化炭素の濃度が閾値を超えた。私はお前が煙になって昇っていくなんてことを認めない。お前の煙は、こうして私を抱いていてくれればいいんだ。
ほら、こうしてみると、確かに一つになれた気がするだろう?
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