『小さなお話し』 その119  

やましん(テンパー)

『未知の駅』

『これは、すべて、フィクションであります。』




 カーナビが効かなくなり、深い霧に、視界を遮られ、ラジオは鳴らなくなり、携帯電話は圏外だし、まったく、訳がわからないです。


 ぼくの自動車は、父譲りの、オールド・カーです。


 ややこしい電子回路はなく、手回しのエンジンという、ほぼ、珍品中の珍品です。


 走ってるほうが不思議ですし、維持費もばかになりません。


 しかし、遺言により、ぼくに譲られたのは、これだけです。


 公道を走るようにしておくには、大変な努力と忍耐が必要です。


 まあ、仕方がないです。


 ぼくは、正体を明かされない人間だからね。


 ナビもラジオも、古~い、市販のものを、持ち込んでおります。


 電池切れかもしれません。


 むかし、助教授や先輩方と、ドライブに参りました際、前の自動車が、突然消えたんだ、という、オカルト話になったことがございます。


 今は、もしかしたら、ぼくが消えたんじゃないかあ。


 だって、さっきまで、広い整備された道を走っていたのに。


 ここは、どこなんだろう?


 街灯もなく、がたぼこの道路だけは、なんとなくわかるけれど、周囲には何もない。


 道に迷ったかなあ。


 そんな、分岐はなかった気がするけどなあ。


 ちょっと、近くの山方面にドライブに、と思ったのが、まちがいだったかしら。


 降りて確かめる度胸もなく、ぼくは、とろとろと走っておりました。


 と、やがて、霧の中に、明かりが見えるではないですか。


 それは、駐車場の敷地も、けっこう、まあ、草だらけですが、とりあえずは、整備された、いわゆる『道の駅』でした。


 電灯が灯っているので、営業中と見えます。


 やれやれ、どうやら、あの世ではなかったようです。


 まあ、そりゃあ、そうですよね。


 オカルト映画の見過ぎかしら。


 近寄ってみれば、『道の駅 未知の里』、と書いてあります。


 『なんだそりゃあ。聞いたことないなあ。駐車場に他の車もいない。やはり、かなり、怪しいなあ。』


 とは言え、お腹が空いたし、喉も乾いたし、そもそも、休憩したいし。


 いくらか、気持ち悪いと思いつつ、車を止め、まずは、お手洗いに行きました。


 べつに、おかしなこともない、かなり古風だけれど、まあ、こんなものか、という、田舎風お手洗いです。


 ただし、電灯は、白熱電灯ときました。


 もう、この時期、虫さんは、あまりいません。


 まあ、懐かしさが浮かび上がる、よい風情です。


 水道も、ちゃんとお水が出ましたが、『この水は、飲用にはなりません。』


 と、書いてあります。


 井戸水かもしれないです。


 天井は、木組みがむき出しのままで、まあ、たしかに、昔の林間学校の建物みたいです。


 それで、用が済んだので、ぼくは、母屋の方に向かいました。


 なかなか、大きな建物ですが、やはり、かなり古い古民家という印象です。


 『道の駅』には、こうしたものが、かなり多いようには思います。


 地元特産の野菜とか、いっぱい売っていたりするのです。はい。


 しかし、今は、ぼくのうで時計では、午後7時です。


 『道の駅』は、閉店時間が早いことが多く、まあ、よく開いていたと、言うべきでしょうか。


 もう、うすら寒い時期になりました。


 秋の観光シーズンも、もう、終わりの時期です。


 

 がらん~~~~~


 

 みごとに、誰もいません。


 電灯だけは、かなり明るく灯されていますが、人の気配がしません。


 『無人店舗かしら。』


 と、思ったくらいですが、商品は、まあ、ぼつぼつと、並んでおります。


 ただし、想像通りと言えばそうなんですが、葉野菜、おいも類、豆類・・・・


 それから、なんと、炭、とか、練炭とか。


 お値段は、けた外れにお安いです。


 きゅうりひと盛、2ドリム。


 さつまいも、ひと盛、3ドリム。


 なんか、間違ってないかしら。


 ただし、見渡す限り、自動販売機とか、スナック菓子とか、そうしたものが、全く見当たりません。


 『いやああ・・・・想像以上の、本格的道の駅ですなあ。』


 これでは、食事とかは、無理そうな。


 と、もう、出ようかしらあ・・・と思っていると・・・


 『あらまあ、お客さんだもなあ。』


 と、現れたのは、おばあさまと言うには、若いし、おばさまと言うには、やや、ふけたような、まんまるな、女性でした。


 『ごめんな。ちょっと、寝てしまた。いらっしゃいもしな。』


 む、いったい、ここは、どこの地方かしら、と、思いつつ、


 『ども。』


 と、申しました。


 『まあ、こんだご時世なもで、お客さんとは、半年ぶりかもなん。』


 『え===?』


 『はははははは。なんにが、欲しいもなか?』


 『あの、とりあえず、のどかわいたですし、お腹が空いて・・・・。』


 『あんらも、簡単のなら、できますもなか。そのこ、てーぶりが、お食事場所な。目録は、書いてるもなか。』


 たしかに、中心部には、小さな二人掛けのテーブルが、5つほどあります。


 『営業時間は、いいのですか?』


 『はいなお。ここは、終日稼業なも。』


 『ああ・・・では。え~~と。』


 メニューをみれば、確かに、簡略な・・・


 『えと、そば、2ドリム。うどん、2ドリム、めし、2ドリム、すりいもの油揚げ、いっこ3ドリム。・・・・いやあ、安いけど、この、すりいもの油揚げってのは、なんですか?』


 『ええともな、都会では、コロケとか、言っていたものもな。』


 『ああ、コロッケですか。じゃあ、ぼくは、そばが好きなので、おそばと、御飯と、そのコロッケを。』


 『ああ、いくついるもなか?』


 『コロッケは、じゃあふたつ。』


 『あいもな。すこし、待つもな。ここらあたりでは、水は、危ないもな。ちゃんち、沸騰させて、消毒したお茶だすもな。ちょと、まあけな。』


 『まあけな・・・はい。待ちます。』


 『うんもな。で、あんた、おかね、もてるもな?』


 『ああ、ええと・・・ありますよ。ほら、ぽっけに、これ、千ドリム札。』


 『あわっち、もなあ。せん、ドリム・・・こりゃあ、本物だあも。あんた、もんのすごい、ぶげんしゃさまもなか。』


 『いやいっや、引退した、サラリーマンですよ。』


 『おとろしやあ~~~~。そらあ、何年かまえかに、あんたみたいなのが、ふたり、来たましもなか。そりゃあ、なんでも、政府の生き残りとかだったもな。いっしゃ、根性入れて、大もりにするもな。おおごともなか。久しぶりの、ごちそうもなかあ。』


 おばさまは、ものすごく元気になりました。


 なんだか、会話がちぐはぐなのは、気にはなりました。


 そういえば、ここには、あるべきものが、ほかにもないのです。


 まず、テレビがない。


 まあ、あえてそうしているような宿は、ありますからね。


 電灯は、すべて、白熱電灯。


 電気代が、たいへんだろうなあ。


 それに、ここには、エアコンらしいのが、ない。


 そのかわり、マキのストーブがあります。


 珍しい。


 ぼくの自動車クラスですな。


 『番台』ってのはあるが、パソコンも計算機もない。


 その変わりに、上から、ざるがぶら下がっています。


 ぼくは、こども時代には、八百屋さんとかのお店で見ました。


 小さな、お釣り用の、お金を入れとくのです。


 すべて、古風で統一されていますなあ。


 まあ、いいか。


 お、なんだか、パンフがあるぞ。


 かなり、古臭いけど。なんだろう。


 えーっと、なになに。


 『情勢の報告・・・・・詳細は、まだ、わかりませんが、都市部は、ほぼ全滅で、生存者はいないもよう。』


 え? なんだそりゃ。


 『人類滅亡の情勢について、レポートします。政府は、もはや、まったく、機能していないもようで、ようやく、わずかに、生き残った、地方の町は、独自に、生活を維持するだけの、極小政府みたいなものになっているものがあるらしいが、我が町も、そのひとつであるらしいと、考えることは、可能です。しかし、我が町は、伝染病の被害が著しく、もう一月も、もちそうにない。残ってる住民は、小生も含めて、あと、5人であります。これが最後の号になりそうです。温泉につかって、死にたいものですが、道路が寸断状態で、温泉まで動けない。通信も不可能。外に出たものは、ついに、帰ってこなかった。・・・』


 ななな。どこの町だ。


 『黒骨温泉町自治会報 ・・・ええ。年月日のとこが、ちょうど、破れているなあ。』


 あらら、ここに、挟まっていた、こっちの、ちらしはと・・・・・


 『かなり、確度の高い情報では、かつての『道の駅』に住み付いて、野菜や食事を提供すると見せかけ、眠らせたあげく、所持品を奪ったり、金品を強奪したのち、まるごと食べてしまうという、『未知の駅』の鬼おばばという、あやしい化け物がいるという。治安機関が壊滅していて、交通の便もないが、ときたま、どこからか、迷い込む人がいるらしい。生き残りをかけて、この方面に出かけるものは、要注意である。独立自治体戸津川レポート・・・・うえ。』


 さっきのおばさんが、向こうで、大きなどんぶりを用意している。


 ここは、あせってはならぬ。


 千ドリム札おいて・・・


 『あのお。お手洗い行ってきまあす!!』


 『あいよもな。』


 よしよし、消えろ。早く、消えろ。


 

 ぼくは、この店を出て、駐車場に向かいました。


 『うそ。車がない。あややややあ。』


 ぼくの愛車が、跡形もなく、消滅です。 


 さあ、こまった。


 『お客さああん。お手洗いは、こっちもな。迷ったら山から、落ちるもな。かえって、おいでもな。』


 いやいや、もう、お金は払いましたあ。


 逃げます。


 だいたい、ここは、いつ?


 人類の滅亡?

  

 なんだ、そりゃあ。


 

 ああ、その時です。


 はるかな彼方で、大きな火の玉が上がりました。


 核爆発のような。


 まさか、ですよね。


 

 おわあ。


 ものすごい、衝撃波が来ました。


 ぼくは、吹き飛びました。


 お店の方も、ガラスが飛び散って、明かりが消えました。



 すこし、くらくらしておりますが、なんとか、動けます。


 なんがどうなってるんだか、まったく、わかりません。


 向こうから声がします。


 『むわあああ。我が、食料が逃げたもなか。ふぉこに、いたあ。にがさんぞもなかあ。にがすものもおなあ・・・・・・』


 さっきの、おばさんの、恨めしそうな声です。


 近くにいるらしい。


 草陰に隠れていると、おばさんが、包丁もったまま、通り過ぎたのがわかりました。


 『こあああああ・・・・・・・』


 

 その、次の瞬間。


 空中から、バイクが降って来ました。


 なにやら、派手な、赤白の、着物らしきものを、ひらりと、まとった人が、飛び降りました。


 そうして、おばさんを、あっといううまに、グルグル巻きにしてしまいました。



 『こやつ、なにものもなかあ。』


 おばさんが、わめいております。


 『やっと、つかまえました。人が来ないと、出て来ないわけですね。ときに・・・・あなた、迷いましたか?』


 『迷いました、きっと。です。あの、ここ、どこですか?』


 『核戦争のおまけで、あちこちで、時空間が入り乱れました。あたくしは、時空修正官の、みずほあけみ、です。あなたの自動車は、すでに、確保しています。もとの時空に返しますから、できれば、この、核戦争を止めてください。まあ、無理でしょうけど。もう、やた、めた、のかと思ったら、また、残った分を、打ち始めた、た、ようですねぇ、これでは、ここの人類は、終わりでしょう。残念、残念。』


 彼女は(たぶん。)、身分証明書をおばさんに示しました。


 『くそもな。あたしは、字がわからない。』


 『はあ・・・・・・・』


 『まあ、次元交番で、しっかり、いわく、など、聞いてさして、あげましょう。さあ、あなたは、あなたの、居場所に、帰りなさい。』


 ときに、言葉が、あやしくなる、のは、住む次元が違うからかしら?

 


 と、ぼくは、いつのまにか、愛車と共に、広い道路の上に、立っていました。


 なんだか、おかしなドライブになりました。


 『ここで、ニュースです。ドンブリカ共和国の、ハナ・フーダ大統領は、北シナ海において、プレート王国の駆逐艦に対して、小型核弾頭を使用したと、ツイートしました。我が国の、杖出首相は、事実関係を確認中と述べています。北半球通信に寄りますと、本日、午後6時半ごろ、ドンブリカ共和国の原子力空母『どんぶり』と、プレート王国の新型駆逐艦『フードン』が、交戦状態になり、・・・・・』


 ラジオが、鳴りました。


 『こらあ、えらいこった。帰ろお。なにか、しなくっちゃ。避難か、突撃か、とりあえず、夕飯かな。』


 ぼくは、反転しました。


 助けてもらったんだか、火中に放り込まれたんだか、まだ、わかりません。


 『よその時空に、また、移動したのかも。きっと、そうだろ。』


 そう、考えるので、ありました。




   ***************  🌩


 



 ************   ************ 


                          おしまい




 


  





 






 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『小さなお話し』 その119   やましん(テンパー) @yamashin-2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る