闇夜を照らすさん然の光と駆、駆、四重奏
おやつの時間になり、サンコちゃんと作ったフルーツのタルトを切り分けて居間へと運ぶのだが、そこにはイチコちゃんとニコちゃん、タルトを一緒に運んでいるサンコちゃんの3人しかおらず、私は首を傾げる。
「ゴコはいつものだけれど、ヨンコは……サンコ何か聞いてる?」
私が辺りを見回しているとそれを察してくれたイチコちゃんがそれについてみんなに尋ねてくれた。
すると呆れたような顔で耳を折り曲げたサンコちゃんが椅子に腰を掛け、頬杖を突いてあれについては深く考えなくてもいいと言う。
「ヨンコは面倒、面倒!」
「まあヨンコ色々考えた挙げ句大したこと言わないからね、サンコの言うとおり、気にしなくてもいいと思いますよ」
「ヨンコはねぇ、素直じゃないっていうか、認めてはいるけれどそれはそれとして試練をぉ、みたいな漫画的思考を持っているからぁ雑に相手しても大丈夫だよぅ」
そんなので大丈夫なのかと苦笑いを浮かべるのだけれど、3人ともおやつの時間を開始してしまったことで彼女たちの言うとおりにしたほうがいいのだろうと私はタルトを切り分けたものを皿に乗せ、ヨンコちゃんに届けることをみんなに伝える。
「それが良いですよ、それで解決しますし」
「なんだかんだ若いからな、若いからな!」
「ヨンコとゴコはぁ、比較的最近の成り立ちだからなぁ。ニコたちとちょっと考え方が違うんだよぅ」
さすがお姉さん3人と言うべきなのか、私は彼女たちの頭を順番に撫で、おかわりもあることを伝え、そのまま足を進ませる。
途中調理場によって冷凍庫の中を見てみると冷凍のピザが数枚なくなっており、ベリルさんはおやつをとったのかと安心してヨンコちゃんが生活している母屋へと向かう。
ベリルさんの家屋から一番近くにあるヨンコちゃんの家屋にたどり着き、中に入ると畳ばりの部屋で彼女は正座して待っていた。
「待っていましたよ、村長殿。ニコ、サンコを認めさせた手腕、さすがと感心しますが、このヨンコ、2人のように簡単に落ちるなどと――」
「今日はフルーツのタルトだよ。ヨンコちゃん遅いから一応声をかけに来たんだけれど」
「――っ!」
尻尾と耳をピンと立て、瞳孔をハートマークになったと錯覚できるほどキラキラとさせて取り出したタルトをジッと見つめるヨンコちゃん。
私は彼女の口から垂れたよだれを拭ってあげると、皿を目の前に置くのだが、ふとあまりにもヨンコちゃんの反応が可愛らしく、つい意地悪したくなってしまう。
「でも忙しいみたいだね、おやつはまた後でにしようか」
「へ、え、あ……」
ヨンコちゃんはあからさまに尻尾と耳を折り曲げ、横にずらしたタルトの乗った皿を名残惜しそうにずっと見ていた。
「ヨンコちゃん、何かお話があるんだよね? それじゃあまずは聞こう――ありゃ?」
「……」
イチコちゃんとニコちゃんでもしないような、頬をはちきれんばかりに膨らませ、ヨンコちゃんは私を涙目で可愛らしく睨んでいる。
そして飛びかかってきて私の胸をポコポコと叩き、そのままくっついてきた。
「村長殿はひどいであります! そんなことをしたらヨンコがどうなるかなんてわかりきってやっているじゃないですか」
「ありゃりゃ、ごめんごめん。あんまりにもヨンコちゃんが可愛らしくてついね」
「……ベリル様が、気持ちの行き場がなくなるって言っていたのがわかる気がするです」
私は苦笑いを返すと彼女は呆れたように息を吐いた。
そして控えめに私の膝を指差す。
「うん?」
「あの、村長殿、ちょっとその、なんというかその、お願いというか、その」
ヨンコちゃんには珍しく歯切れの悪い言葉に私は一度息を吐くと、ずいっと彼女に顔を近づけ、首を傾げてみせた。
「……みゅぅ」
ヨンコちゃんは確かに真面目で、しっかりもしている。
しかし最近気がついたのだが、イチコちゃんやニコちゃんが膝に乗っている時、サンコちゃんを抱っこしている時、どうにも羨望の眼差しを向けられているような気がしていた。
その視線がヨンコちゃんのものであると気がついたのだが、彼女に手招きをしてみても顔を逸らされるだけで特に行動してこなかった。
けれど今、もしかしたらそのタイミングなのかもしれない。
私は彼女から少し離れると手を広げて笑みを向けてみる。
するとゆっくりと彼女が動き出し、控えめに私の膝の上に乗ってきた。彼女からこうして触れてくれるのは初めてなのではないかと少し感動してしまう。
と、そんなことを考えているとヨンコちゃんがそばにあったタルトの乗った皿を手に持ち、ため息を一つ。
「悔しいですが、最初にヨンコに気がつくのは村長殿です」
「そうなの? ベリルさんも早いと思ったけれど」
「ええ、でも村長殿の方が早いです。イチコやニコ、サンコはヨンコが当たり前になっているから気がつくのが遅いです。ゴコは他の狐とはまた違う視線ですから、一応早く気が付きますが、それでもベリル様や村長殿に比べると遅いです」
ヨンコちゃんの言葉について考えてみる。
別段影が薄いというわけではない。しかし彼女は気が付かれないと言う。
一体なんのことなのかと首を傾げているとヨンコちゃんが喉を鳴らして笑った。
「本当、村長殿はよくヨンコたちやベリル様と生活しようなんて思うですよね。ヨンコたちは人ではないです、けれどそれを知りたいなんて変わっているにも程がありますよ。しかもどんどん光を差してくれる。そんなことされたら、ヨンコはいつか消えてしまいそうです」
ヨンコちゃんの消えるというワードに私はすぐに反応した。
彼女を抱き寄せ、心配げな顔をヨンコちゃんに見せる。そんなこと言わないでほしいと。みんな一緒で私は楽しいのだと伝える。
「……消えるつもりなんてないですよ、ヨンコがそういう性質だってだけです。ねえ村長殿、影遊びってしたことあります?」
「えっと、影踏み鬼とか、影絵とかかい? うん、小さい時に何度か」
「影って不思議なんですよ、どんな形にもできるくせに結局影でしかない。だから――」
「うん、懐かしいね。今度一緒にやる? 私結構得意なんだよ。影絵で作った形をスケッチして、また思い出せるようにするんだ。影踏みだって得意だよ、光の向き、日の差し方、その人の影がどんな形か、その形ならどこに逃げ込むか。そういうのを考えるのが得意なんだよ」
「影を、書き留めておくのですか?」
ポカンとするヨンコちゃんに私は頷き、まだ実家に残っているはずだから見てみるかい。と尋ねる。
しかし彼女は途端に大声で笑いだし、目の端に涙を浮かべながら可笑しいと何度もお腹を抱える。
「そ、そんなに変かな?」
「ええ、変です。でも合点がいきました。村長殿がどうしてヨンコ見つけられるのか、それがわかったですよ」
するとヨンコちゃんが立ち上がり、大きく息を吸った。
「影のあらゆる形に名をつけて、そして戻ることのできなくなったいくつもの集り。故にヨンコは影、作られるがままに形を成し、動かされるがままに手足を使う。ですが村長殿はその影を、名付けられた全てを認識してくれる」
ぴょんぴょんとリズミカルなステップを踏んで飛びついてきたヨンコちゃんを受け止めると、彼女は膝の上でクルリと反転し、そのままフルーツのタルトを食べ始めた。
「村長殿」
「うん?」
「ヨンコがどこに行っても、見つけてくださいよ」
「……うん、任せて」
たくさん甘えてくるヨンコちゃんを受け入れ、私は暫く彼女と一緒に過ごすのだった。
お狐様に首ったけ。 筆々 @koropenn
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