お狐様、街に出る。
「はい、これがピザになります」
「ほ〜、これが……牛の乳を発酵させた、ちーずと言ったか? それが焼けた香ばしい香りがなんとも」
服を買いに駅前周辺の市街地に来た私とベリルさんはまず、持ち帰りもやっているピザ屋に寄り、そこで1人前の小さなピザを購入した。
そしてすぐ近くにある、両隣が車道になっていて噴水のある公園のベンチに腰を下ろし、そこでピザを広げた。
ベリルさんは瞳を輝かせピザに釘付けになっており、連れてきたかいがあったと私は彼女の隣に緑茶を置いた。
「妾……私は紅茶派じゃ、だ。いつも言おうと思っていたが、主――お前様、お前は私がこの国の文化と親和性があるかのような言動があるが、私はこの世界で言うようふう? な狐だぞ」
ようふうな狐とはどのようなものかと考えるが、どうしても屈強な男たちの特殊部隊を思い出してしまい、それ以上は考えないようにする。
それよりもだ、人目があるからだろうか、彼女が必死になって言葉遣いを変えようとしている姿に正直辛抱たまらん。
確かに歩み寄ってほしいとは思っていたが、私を殺す兵器になってほしいと頼んだ覚えはない。
「……何か勘違いしているから言っておくぞ。私は別にお前のためにこんな喋り方をしているのではない、ただ無用な面倒に付き合いたくないだけで、これっぽっちもお前のためだとか考えてすらいない。いいか?」
その割には顔を赤らめているが、これ以上口にしてはヤブヘビだろう。私は頷き、この話をこれ以上掘り起こさないようにしようと結論づけた。
「リンゴのように真っ赤なお顔も可愛らしいですよ」
「お主今心の中と正反対な言葉を口走りおったな」
私はニコりとして彼女に返し、熱いうちに食べてくださいと促す。
しかしふと疑問を抱く。
面倒を避けると言ったが、言葉遣いを変えただけでは足りないのではないだろうか? 彼女が目立つ理由は言葉遣いだけでなく、その麗しい見た目と金色の髪、黒のゴシックロリータから覗く雪のように繊細で壊れてしまいそうな美しい手に、長くしなやかな脚、そして九つの尻尾と耳。
「余計な印象が入っていそうだが、耳と尻尾は他の奴らには見えん。認識阻害とはちと異なるが、この尻尾と耳に集まるはずだった視線は別に逸している」
よくわからないが、そういうことらしい。彼女が持っているらしき力についてはきっと理解できないから聞かないようにしている。そういうものなのだと受け入れる。
思考を停止しているとも取れるが、そもそもそれを知ったところでやるべきことは変わらず、私は彼女のそばにいることを決めている。
「まあお前が思っている通り、理解出来ないだろうから説明は省くぞ。数子たち……ゴコ以外は理解していないからな。わかっていなくても問題はない」
「着々と以心伝心が強化されていますね、そろそろプロポーズの返事を聞きたいのですが?」
「たわけ、妾の察しが良いだけじゃ。こう一緒に過ごしていれば誰の心でも読むのは容易い」
「それじゃあ賭けましょう。ゴコちゃんが今日食べたがっている晩ごはんはなんだと思います? もちろん私は今日彼女に一度も会っていませんよ」
「む、ゴコか。彼奴が一番わかりにく――」
「降りますか?」
「そ、そんなわけないじゃろう! 妾を誰じゃと思っておる、因果を繋ぐ金色じゃぞ。人間如きの謀、正面から叩き潰してくれるわ! それで賭けというのなら主は何を賭けるんじゃ? 下手なものじゃと命を落とすと理解しておるじゃろうな?」
「そうですね、それならその命を賭けましょうか」
「お主はもう妾に命を委ねているようなものじゃろう、却下じゃ却下」
「いいえ、いいえ、肝心な部分は委ねていないので、ベリルさんも喜ぶと思いますよ」
私はわざとらしく肩を竦ませてみる。
きっと彼女は乗ってくるだろう。もっとも賭けではなく、私の口車にだが。
「確かに私はあなたのために死ぬ気で事に当たれます、しかしそれは私の意思です。ベリルさんに全てを委ねているというのならその意思すら私はあなたに窺わなければならない」
「……何が言いたい?」
むっと顔を浮かべるベリルさんがその瞳孔を細く鋭くし、ピザを食べていた手を止めた。
ああやはり乗ってきたかと私は内心歓喜に打ち震える。
「私の意思もあなたに委ねると言ったんですよ。それならばもう、煩わしく周りを飛び回る所謂、所詮に人間如きはいなくなるんじゃないですか?」
「主よ、お主まさか妾が伊達や酔狂で主をそばに置いていると?」
「違うのですか? 私の認識では引き剥がせない私に諦めているのかと」
ベリルさんが刺々しい雰囲気を放ち、辺り一面に重苦しい空気を生成した。
私が最初に彼女と接触した以上の圧が体にかかってくるが、きっとここまでしなければ彼女の心を覗くことはできないだろう。
「自惚れるでないぞ人間風情が! 脆弱な人間程度、どうにも出来んわけではない。しかしそれを貴様が望むというのであれば今喜んで終焉を――」
私はこの圧の中、きわめて優しく微笑んで彼女の肩を掴んだ。
「ほう、ではどうしてその脆弱な人間をそばにおいているのですか? ぜひぜひ態度ではなく言葉で理由を教えてほしいのですが」
「……ほぇ?」
「それに今、望むのなら喜んで。とおっしゃいましたね? なるほどなるほど、まあ当然ながら長く一緒にいれば他人の心が読めると豪語したベリル様がこの賭けに負けるはずはないのですが、万が一負けたとなったらそれは手心を加えたと、私的には非常に嬉しいですね、なんと言っても手心を加えてでも私をそばに置いておきたいと言われたような気がして、とても嬉しいですね」
「え? あ、な――」
顔を真っ赤にしてあたふたとするベリルさんに追い打ちをかけるように私は彼女の顔を引き寄せ、口角を上げて歯をむき出しにしてみた。
「それでベリルさん、再度聞きますが降りますか? それともこの脆弱な人間如きの謀、真っ向から受け止めてくれますか?」
「う、な、ぬ、主よ、謀おったな!」
口元を震わせ、涙目を浮かべるベリルさんにひどく興奮する。
頭がいいのだが、怒りに我を忘れるのは獣の本能なのだろうかと彼女の目の前で鼻を鳴らしてみせた。
「こ、ここまで小馬鹿にされて降りるわけがないじゃろうが! いいじゃろう、その賭けに乗ってやる。ただし妾が勝ったらお主のすべてを貰うぞ、例え忙しくても肩揉みをしてもらうからな! 主の意思関係なくな!」
笑い声を上げてしまいそうなのをなんとか耐え、忘れているだろうから彼女に1つ付け加える。
「それでベリルさん、あなたは一体何を賭けてくれるんですか?」
ベリルさんが呆けた顔で首を傾げたのだが、すぐに思い出したかのように「あっ」と声を上げ、視線を逸した。
「ああそうでしたね、ベリルさんは私に余裕で勝てますもんね。そんなこと考えてもいなかったのは当然です、ですから当然その自信に見合ったものを提示してくれるんですよね? 勝ち試合ですもんね、まさかそれだけの自信があって大したことないものを出すわけないですものね、ね?」
「……お主、妾と話す時だけものすごい悪どい顔をしていると知っているかの? 鏡を見たほうが良いぞ」
私は笑顔を浮かべて、どこが悪い顔ですかと目で伝えてみた。しかし彼女は顔を引き攣らせているだけで、どうにも伝わっていないらしい。
「ええぃもういい! なんでも望むものをくれてやる! これで満足か!」
「なんでも? なんでもとおっしゃいましたかベリルさん、それは些か無防備では」
「うちの子狐たちより獣じみた顔をするでない! ああもう任せる。当然妾が勝つからな」
どこか投げやりだが、このくらいで良いだろう。これ以上はきっと不貞腐れてしまう。そうなってはせっかくの楽しいデートが台無しである。
私はクスりと声を漏らすと彼女が食べ終えたピザのゴミを片付け、ベリルさんに手を差し出す。
「さ、夕食の時間に迫ってしまいますからもう少し一緒の時間を過ごしましょう」
「……本当に調子のいい男じゃのう。まあ今日は付き合うと言ったからな、主に任せる」
切羽詰まると感情が尻尾と耳に現れるのは秘密にしておこう。パタパタと揺らし、とても嬉しそうにしている。
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