金色並べてそこいけコン
さて、そろそろヨンコちゃんが帰ってくるだろうか。
私は焼き上がった大判焼きを皿に盛ると手伝いをしてくれているイチコちゃんの頭を撫で、居間に運んでもらうようお願いする。
「カスタード、良いですよね。私初めて食べた時びっくりしちゃいました」
「イチコちゃんはどちらかというと洋菓子のほうが好きだよね、放っておくと生クリーム全部なくなっているし」
「あぅ、えっとそのですね…」
悪戯がバレた子どものようにイチコちゃんが視線をあちこちに動かし、服の真ん中辺りをきゅっと握っている。
子どもがこう叱られる体勢をとるとどうにもなにか言わなければと考えてしまうけれど、別に叱るつもりはもっぱらなく、どうしたものかと頭をひねる。
まあ夕食前は控えるべきかもしれない。それくらいなら聞き入れてくれるだろう。
「みんなのために作っているからそこまでして喜んでくれるなら私も嬉しいよ。ただあんまりそれでお腹を膨らませてしまうと、ご飯が食べられなくなるかもしれないからそこそこ控えめにね」
「わぅ、はいです!」
イチコちゃんはおっとりしているが、とても聞き分けがいい。頼みごとの途中に蝶々を追いかけたり、日向に巻き込まれるとそのまま呆けて舟を漕ぎ出したりするが、数子ちゃんたちの中ではしっかりしている部類だろう。
しかし数子ちゃんたちがみんなお菓子好きで本当によかった。私の唯一の趣味とも言える菓子作りがこんなところで役に立つとは思いもしなかった。
みんなそれぞれに私の作る菓子を楽しみにしてくれていると思うのだけれど、およそそれを誰よりも楽しみにしているのが、先ほどから話に出ているヨンコちゃんだろう。
ベリルさんの甘言とは上手い言いようだと思った。
私はそもそもそのヨンコちゃんを甘言で惑わしたわけではない。甘いことには違いないが。
カスタードの入った大判焼きが載った皿を持って居間へイチコちゃんと足を進ませていると、ふと風が吹き草木の香りが通り抜けていく。ああ、いるな。
居間へ足を踏み入れるとニコちゃんもサンコちゃんもそれぞれがパンフレットに目を向けており、2人が気が付いた様子もなく彼女は椅子に腰を下ろしていた。
ベリルさんは気が付いているのか、呆れたような表情でヨンコちゃんを横目で見ていた。
普段はとても真面目で丁寧な子狐さんではあり、ベリルさん曰く数子ちゃんたちのあさしんらしいのだが、お菓子を目の前にした時の彼女はそのアサシンも鳴りを潜ませ、背筋をピンとさせて座りながらも口元が緩んでしまうのかよだれが垂れている。
私は彼女に声をかける。
「おかえりヨンコちゃん」
「はい! 村長殿、ヨンコただいま戻りました」
そうやって挨拶をしながらも彼女の視線は私が持っている菓子の載った皿に向けられていた。
私がここに来たばかりの頃はベリルさんを最優先に考えて行動していたのに、今ではお菓子をチラつかせるだけでその優先順位が揺らいでしまう程度には真面目で可愛らしい数子ちゃんの内の1人。
ベリルさんが言ったように私がここに来るまでは本当に真面目で隙などなかったのだろう。しかしただの一度頑張っている彼女にお菓子を与えたところ、それはもう一気に骨抜きになった。あの時の幸せな顔を私は忘れることは出来ないだろう。
しかしそんな風にもなりながらも流石はアサシン、声を上げるまでニコちゃんもサンコちゃんも気が付いていなかった。
2人とそれに目の前にいたはずのイチコちゃんまでもが目を白黒とさせてヨンコちゃんを見つめ、口々に驚いた旨を話していた。
イチコちゃんはもう少し自分の目を信じたほうが良いかもしれない。
「今日はカスタードの大判焼きだよ。いつもよりバニラの香りを効かせてあるから、ヨンコちゃんが喜ぶと思ったんだけれど」
「はい! 触れてもいないのにすでに目の前はバニラまみれです! 頂いてもよろしいですか村長殿!」
私は笑い声を漏らし、どうぞと数子ちゃんたちに食べるのを促す。
しかし改めて数子ちゃんたちに目を向けると彼女たちには個性がある。
みんな一様に白のワンピースを着ているが、イチコちゃんは顔つきもおっとりとしており、目尻が下がっていて少しタレ目気味。
ニコちゃんはワンピースのあちこちにアップリケがされていて少しお洒落にも興味があるようで、さらには活発そうに目元は目尻が上がった元気な印象がある。
サンコちゃんはイチコちゃんのように普通のワンピースを着ているが、少しだけ哀しそうに目頭を上げているが、泣き虫とかそういうこともなく、数子ちゃんたちの中では一番に毒舌。
そしてヨンコちゃんはアサシンだからかワンピースの腰あたりをベルトで締め、スパッツを履いており、数子ちゃんたちの中で一番に目が鋭い。もっともお菓子を前にした時の彼女は目を蕩けさせ、鋭い瞳孔もどことなくハートマークに見える。
もちろん味の好みもそれぞれで、日替わりで彼女たちの好きなお菓子を作るのがここひと月での習慣となっている。
そして個性といえばもう一つ、大事なことがある。それが彼女たちの髪なのだが、名前に該当している数字を髪で作っている。
イチコちゃんは一つ結びのポニーテール、ニコちゃんは二つ結びのツインテール、サンコちゃんは3つを纏めた三つ編み、そしてヨンコちゃんはあまり髪型に興味がなかった私は聞いたこともなかった結び方で、後ろの髪を3つに分け、その内の真ん中の髪でポニーテールを作り、残った2つをそのポニーテールの結び目に重ねたクロスオーバーポニーテールなる髪型で、さらにヨンコちゃんは片方のもみあげが肩ほどまで伸びており、それで4だそうだ。
髪型に関してはベリルさんが一任しており、私が余計なことを言えるわけではないが、大変ではないかと少し思う。
そんな風に数子ちゃんたちを見ているとベリルさんが大判焼きをどこか物足りなさそうに見ていた。
「しかし妾はもう少し塩っ気の利いた物の方がいいんじゃがのぅ」
「おばあちゃん?」
「あんじゃとコラ」
大判焼きの上下をひっくり返しながらそう言ったベリルさんの言葉にイチコちゃんが反応した。
そんなことを言うとベリルさんが怒るよと天然気味に首を傾げているイチコちゃんの頭を撫で、私はベリルさんに用意しておいた塩昆布の盛られた皿を彼女に渡した。
「とりあえずおやつの時間だけはそれで我慢してください。その代わり夕食はベリルさんの好きなものをうんと作りますから」
「む、別に催促しているわけではない。ただこう毎日この時間に甘いものが続くと舌が甘ったるくなっての」
「ベリル様、ベリル様」
「なんじゃヨンコ」
ヨンコちゃんがベリルさんの袖を控えめに引っ張り、どこか羨望の眼差しを向けている。私はそれを横目で見ながら、口の周りを汚しているサンコちゃんの口元を拭う。
「舌が甘くなったということはつまり至福の時間が永遠と続くということですか! ベリル様ベリル様、その妙技、ぜひぜひこのヨンコにも伝授してくだい!」
「ああうん、お主はちと黙っておれ」
自身の大判焼きをヨンコちゃんの口に突っ込み、ベリルさんが呆れたように吐息を漏らした。
「しょっぱいものというなら、この大判焼きもそうですが、たい焼きの生地の中にチーズやピザソース、ウインナーなどを入れたものとかならすぐに作れますが」
「ピザとな!」
ベリルさんが尻尾を立てて反応を示した。ここひと月でわかったことなのだが、彼女は意外とジャンキーな食べ物に興味があるようだ。
しかしそういうのを作らなかったのには理由があり、先ほどまで大判焼きを口いっぱいに詰め込んで幸せそうだったヨンコちゃんが目を鋭くさせた。
「ピザですと? 駄目ですベリル様、あんな油まみれのものばかり食べていたら行き着く先はモチモチポンポンです。だからこのヨンコの目が黒い内はそんなものを食べさせるわけにはいきませぬ。村長殿もいいですか?」
「何故甘味はよくてピザは駄目なんじゃ…」
「甘いものは幸せで、ピザはそうでもないからです!」
お主基準。と、肩を落とすベリルさんが救いを求めるような視線を向けてきた。
どうにかしてあげたいが。そこでふと思いつく。
「ああそうだベリルさん、実は私、数子ちゃんたちに服を見繕ってあげたいんでした」
「む、服? そんなもん今あるやつで――」
私はベリルさんに視線を送る。私的にも彼女とのイベントが欲しく、口実としては申し分ないと思う。故にぜひこの視線に気が付いてほしいのだが、どうだろうか。
「…ああなるほど、まあいいじゃろう。ということじゃ、彼奴はお前たちに服を用意したいようじゃが、大きさがわかるのは妾だけじゃからの。この後ちと外すぞ」
「服ですか? ヨンコは別にそういうのは」
「服! ねぇねぇ服? 服ニコほしいよぅ! お洒落なのがいい! ねぇねぇ村長ぅ、ニコ、お洒落な服がほしいよぅ」
「むぅ、しかしですよニコ、我々にはもう、ベリル様からいただいたこの服があるじゃないですか。わざわざ買う必要性を感じないのですが」
ニコちゃんがぷっくりと膨れ、このワンピースはつまらないしお洒落じゃないと言う。しまいにはベリル様はセンスないとまで言い始めた。
ベリルさんに文句を言ったことでヨンコちゃんが額に青筋を浮かべた。このままでは喧嘩になってしまうと思い、私は二人の間に入るとヨンコちゃんに耳打ちする。
「ヨンコちゃん、センス云々はおいておいてその服ってどう見ても部屋着で、正直外に出るのに適していないと思うんだ。でももしよそ行き用の服があったのなら私はヨンコちゃんたちを連れて美味しいお菓子が売っている店にも行けるんだけれど…それでも服はいらない?」
「…」
ヨンコちゃんがフッと鼻を鳴らし、どこか凛々しい笑みを浮かべた。口からヨダレを垂らしているが見てみぬふりをしよう。
「そうですね、確かに服装は社会や景色に交じるために必要なものです。あさしんとしてこのヨンコ、ぜひ服を見繕っていただきたいと思います!」
ベリルさんが頭を抱えているが、この際それはいいだろう。
私はポケットから2台ある内の1台の携帯端末を取り出す。これは念の為用意しておいた物で、これで連絡を取り合えばニコちゃんが気に入る服も見つかるだろう。
「さ、ベリルさん、一緒に出かけましょうか」
「もうどうにでもなれじゃ。主は妾を満足させてくれるんじゃろうな」
当然ですと声を上げ、彼女に手を差し出す。
突然のデートに胸を躍らせながら、私は彼女の手をとって歩みを進める。
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