ドン、ドン。

 ドアチャイムに続いて、扉を叩く音がした。また、会社の人かとメグはうんざりし、音を立てないようにゆっくりと玄関へ歩いていった。

 メグがムシケラと過ごすようになって一週間が経った。会社の人間も流石に不信に思っている様子で、家に尋ねてくるのはこれでもう三度目になるはずだ。一昨日訪ねて来た後には電話をし、もう来ないでくれと言ったのにとメグは苛立ちながら歩を進める。

 ドアの前までやってくると、メグはなおもほとんど音を立てず静かにのぞき穴をのぞきこんだ。メグの目がわずかに見開かれる。そこにはあの女が立っていた。

 無言でガチャリと鍵を開けると、メグはゆっくりドアを開けた。

 女はメグを見て驚いたように目をぱちくりさせた。

「……あの、すいません。こちらは」

 そう言いながら表札や隣の部屋に視線を巡らす女に、メグはぴしゃりと言葉を投げつける。

「帰ってください。タユタくんはもう二度とアナタとは会うことはありませんから」

 女はメグの言葉を受けてしばしかたまっていたが、閉められるドアの間に手を入れ、体を押し込んできた。

「どーゆーことですか? タユタは中にいるんですか? 貴方は誰ですか?」

 女は最低限の丁寧な口調を崩さずにそう言ったが、いつ騒ぎ出してもおかしくない様子であった。メグはここで騒がれては困ると思うと共に一つの名案が思い浮かんだため、扉を閉めるのをやめた。

「ここで騒いでも迷惑でしょう。まずは中へどうぞ」

 女は少し考えてから、大人しくメグに従い彼氏の部屋に上がった。

「……貴方は誰なんですか? さっきのはどーゆー意味ですか?」

 言いながら女は、勝手知ったる様子で奥の部屋に向かって歩いて行く。その時、突然奥の部屋からガタンと大きな物音がした。それは、女の声を聞いたムシケラが立てた音に違いなかった。メグはそっとドアの鍵を閉める。

「タユタ? いるの? ねえ、どういう……」

 そう言いながら部屋のドアを開けた女は目を丸くした。

「……うっ! ……いっ、たぁ……」

 女の顔が苦痛にゆがみ、崩れるように床に倒れる。

 その背後ではメグが笑っていた。真っ赤な包丁を握りしめ、ムシケラを見つめ笑っていた。

「……フフッ、フッ。……ねぇ、タユタくん。これで、邪魔者はもう、いないよね? ねえ? これでもう、二人きりだね?」

「……どういう、……こと? ……貴方」

 メグの足元で女が動く。メグは包丁を逆手に持ち替え、にっこりとほほ笑む。

「わからないの? だからアナタはダメなのよ。ねえ。さよなら」

 メグは包丁を振り上げながら腰を落とし女に近づく。その目に急に、ムシケラが映った。ムシケラは女をかばうようにその上にのしかかり、さらにはメグの体を押し倒そうとせんばかりに体を押しつける。

「……なん、で? なんで? タユタくん。なんで? ご飯も食べてくれないし、エッチもちゃんとしてくれないし。なんで? なんで? なんでなの? タユタくん。好きだよ? 私、タユタくんが誰よりも好きだよ? タユタくんのためなら何でもする。だから……。だから、どいてよ。どいてよ。殺すから。タユタくんのために、殺すから。どいて。どいてよ。どいて!」

 軽く乾ききったムシケラをメグは突き飛ばし、女の首に包丁を突き立てた。

「まだだったね。次は会社の人を殺そう。そうしたら引っ越そう。大丈夫。大きなカバンに入れば誰にも見つからないよ。そのために私、免許取るね。車の免許。そうしたら、たまには旅行にも行こう。山奥なら大丈夫だよ。二人きりで、星を見よう。それからねぇ……、タユタくん? なんでそんなに元気ないの? タユタくん? ねぇ、寝てるの? タユタくん。そっか。じゃあ、エッチしよう。その女に見せてあげよう。私たちの愛しあってるとこ。ねぇ、タユタくん? 大丈夫だよ? 愛しあうのに体は関係ないよ。どんな体でも、愛しあえる。フフ。ねぇ、タユタくん? タユタくん?」


     …


 数日後、一人の女性が殺人および死体遺棄などの疑いで逮捕されたと報道された。

 逮捕された女性は、先日遺体で発見された別の女性を刃物のようなもので殺害したとみられているという。また容疑者の女性は、現場となった部屋の住人であり現在行方不明になっている、被害者女性の交際相手とみられる男性の行方にも関与しているものとみられているそうだ。

 他にも、女性の供述には不可解な点が多く精神鑑定が行われるということや、女性が行方不明の男性に一方的な好意を抱いていたとみられていることなどが報道されたが、どの報道にも、巨大なムシケラに関する情報は一切なかった。

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