第103話恋だの愛だの



賽は投げられた。


手紙は既に側仕えのメイドに渡しており、恐らく既にクロード殿下まで届けられているだろう。


そう思うとわたくしの心臓は、ただでさえドクンドクンと五月蠅い鼓動が更に五月蠅く暴れ始める。


ともすればこのまま死んでしまうのではないか?


そんな不安がほんの少しだけ襲ってくるものの、それよりも緊張が勝り直ぐに何も考えられなくなる。


思えば早い物でもう出会ってから五年近く経っていた。


この五年間は幸せ過ぎて、本当は夢でいつかは覚めてしまいクロード殿下と出会う前の日常に戻ってしまうのではないかと偶に恐怖を感じたものである。


クロード殿下と出会う前の、あの頃は恋だの愛だのというのは物語の中だけの話で政略結婚である私には夢物語であると思って疑わなかった。


クロード殿下と初めて顔合わせした時も、整った顔立ちであるとは思ったもののそれだけである。


むしろそういう色恋に感情を割けるだけの余裕があの頃のわたくしには無かったのであろう。


しかし、そんなわたくしもその日の夜産まれて初めての初恋をしたのだから、それがわたくしにとってどれ程救われた事であるのか、恐らく当の本人であるクロード殿下は理解していないであろう。


今まではそれでも良いと思っていた。


わたくしが好いていようがいまいが、何も変わらない。


わたくしはクロード殿下と結婚して、世継ぎを産み、愛妾や他の妻達と過ごして行く、そんな決まった未来を過ごして行くのだろうと思っていた。


であるならばこの、クロード殿下に抱いている感情はむしろ邪魔なのではなかろうか?


そう思った時期もあった。


本来であれば愛妾や他に婚約者を作ろうとしないクロード殿下にとってアイリーンさんの存在は喜ぶべき存在である筈なのに、わたくしの胸の中では嫉妬という黒い感情が渦巻きクロード殿下を独占したいという感情を抑える事で精いっぱいであった。


しかしそんなわたくしとは違いクロード殿下は五年も前にした約束を、所詮は子供同士でかわした口約束であると一蹴する事はせず、本来であれば不可能であったわたくしの願いを叶えてくれたのである。


クロード殿下はこの五年間、わたくしだけを見てくれていた。


その事が分かった瞬間でもあり、今まで愛妾や新しい婚約者だのとやきもきしていたわたくしが恥ずかしく思えて来た。


そして、この旅行でわたくしの気持ちを伝えようと決心してから早一年近くが経過し、後は王都に帰るだけとなった。

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