第89話雨に濡れた子犬の如き可愛さ





「リーシャ様はクロード殿下へ自身のお気持ちをお伝えする気があるのか、私はいささか疑問に思い始めて来ておりますわ」


最早夏も終わろうかという季節となり、そろそろ次の観光地へと移動をする日が近づいてきている。


夜に吹く風は昼間の熱気と共に秋を告げる涼しさを感じれるようになってきた。


そんな夜、私は心を鬼にし断腸の思いでリーシャ様を突き放すような厳しい言葉を投げかける。


と、いうのもリーシャ様は何度私や、クロード殿下がお自身のお気持ちを伝えやすいシチュエーションを作ってあげても一向に告白まで至らないのである。


そろそろ私も『さっさと愛の言葉の一つや二つくらい言いなさいな』とやきもきしてしまい業を煮やす思いである。


「だ、だって…………それでクロード殿下に引かれでもしたらと思うと………」


そして私の言葉に顔を赤らめてもじもじとするリーシャ様は普段の、まるで青竜の様な内なる強さが垣間見える凛々しさなど全くもって感じられず今やただの雨に濡れた子犬の如き可愛さとか弱さがあふれ出ており、普段のギャップも相まって思わず守ってあげたくなってしまう。


この『クロード殿下にお慕い申していると言えず困り果てているリーシャ様』のお姿を見せてくれる人が私だけという、クロード殿下ですら見られないという優越感と共にリーシャ様に強く信頼されているという証拠でもある為側仕えとしてこれ程嬉しい事は無いだろう。


あぁ、なんと可愛いのでしょう。


抱きしめて頭を撫でて差し上げたいですわ。


「はっ!?」


いじいじとしているリーシャ様を見て自分の意思とは関係なく無意識にリーシャ様の頭を撫でようとしている私の右手が見え、素早くひっこめる。


お、恐ろしい。


危うくいつもの様に甘やかしてしまうところでしたわ。危ない危ない。


「何をおしゃっておりますか、リーシャ様。むしろクロード殿下はリーシャ様がお自身の気持ちを言葉にする事をずっと待っておりましてよ。いつまでもクロード殿下を待たせていてはお可哀そうではありませんか」

「そ、そうは言いますけれども………他人の心内など予測はできましても明確に分かる事等不可能でございま────」

「そんな事はございません」

「────へ?」

「そんな事はございません。むしろあれ程までに分かりやすいようにリーシャ様の事を思って行動してくださっているにも関わらず何故リーシャ様はクロード殿下のお気持ちを鑑みる事ができないのか、私は不思議でなりません。むしろ聡いリーシャ様が気付けていない筈が無いのでおそらく『自分の気持ちを表に出す』という事に抵抗があるのではないでしょうか?」


そして私はあれこれと言い訳を始めるリーシャ様へ「違いまして?」と目線で問いかける。

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