第10話それは悪手である

そして簀巻きにされた上に床に転がされ、まるで芋虫の様にうごうごと蠢きながら床を這い俺の方へと移動してくる様に思わず恐怖心と気持ち悪さから悲鳴が上がりそうになるのを寸前の所で何とか堪えるとクヴィスト夫妻へ本題を切り出す。


「それで、クヴィスト夫妻は一体何を育てているのですか?」

「な、何を………ですか?わ、わたくし共はペット等は飼ってはいないのですが………?」


しかし、クヴィスト夫妻は俺の問いかけの真意に気付かず、更に顔色を悪くしながら噴き出す脂汗をハンカチで拭う。


ここで気付ける程度であれば自分の娘達へこの様な育て方はしてこなかったであろう。


「フム、気付かぬ………と?実に愚かである。貴様達の育てた二人の娘を見てみるがよい。我が婚約者である姉は心が壊れかけ表情が乏しく使用人達からは蝋人形と影で言われ、そこに転がっている次女は我慢を覚えず欲望を抑える事の出来ないその様は使用人達からは山猿と影で言われている事を、クヴィスト夫妻はどうお思いか?まさか蝋人形と山猿を育てていますとは言うまいな?」

「そ、そそそそそそ、その様な事は滅相もございませんっ!!」

「そうか。ならば何故リーシャには何もしてあげて来なかった?そなたらは実の娘であるリーシャを愛していないのか?」

「リーシャにはっ!!幸せになってもらう為に育てて参りましたっ!!殿下の婚約者に相応しい令嬢になるべく礼儀作法に教養、学術に芸術と大金を使い各分野の名高い者達を雇い育て上げて参りましたっ!!何もしていない訳ではございませんわっ!!」


そして、おれの問いに今まで黙っていたシャーリー婦人が声を上げて反論してきたのだが、それは悪手であるという事に気付いてすらいないようである。


「なるほど、では愛情の分だけ教育を施してきたと、そう申すのだな?」

「そうでございますわっ!!」


シャーリー婦人が声高々に叫ぶ度に約一名の表情が今まで当たり前だと思っていた物が全て偽りであったと言われている様な表情へと変化していく。


「なるほど、なるほど。では、そこに転がっているリリアナという娘には何も教育させていない様にみえるのだが?その娘には愛情は無いと」

「そ、そんなわけ………」


そして俺の言葉の意味を、『リリアナには全く愛情を注いでいないという事であるか』という事をようやっと理解したのかシャーリー婦人は目を見開き、否定しようとするも先ほど『愛情の分だけ教育を施してきたと』という俺の言葉に対して声高々に肯定したのを思い出したのか先ほどまでの威勢は消え失せ、まるでやってはいけない事がバレた様な表情で床に転がされたリリアナへと、実の娘の反応が気になるのか視線を向け、娘と視線が合わさったシャーリー婦人は言葉が詰まる。


まだここでリーシャの時と同様に啖呵を切ればまだ、誤魔化せたのかもしれないが、それももう遅い。


「良いか?よく聞け、クヴィスト夫妻よ。子供にだって意思はある。感情はある。我々と同じ人であり、決して貴様らの理想を押し付ける為の玩具ではない。姉妹の育て方は相反するようでどちらも『親の決めた選択肢しか無い』という事に関しては同じであろう?自らの意思で選ぶ選択肢が一つもないという辛さは、そなたたちも貴族の家系であるならば少しは分かりそうなものなのだがな。今一度娘達と話し合う事をお勧めしよう。では、我は愛しの婚約者であるリーシャに用事がある為ここで席を外させてもらおう」


そして俺は、放心状態の親子を無視してリーシャの元へと向かう。


少しでもこの家族の歪な関係性が改善されますようにと願いながら。


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