第11話 森

 王都の東門もまたべらぼうに大きかった。凱旋門さえ可愛く見えるレベル。


 警備は皆無らしく、事実上ただの道として機能している。日は沈もうとしているが、賑わった駅前のように人通りが多かった。

 ソロでも特に目立つ様子は無さそうだ。


 俺にとって無敵は気休めにもならない。早く死にたいだけだからな。

 だが、がむしゃらに試しても歯が立つとは思えない。腰を据えて考えるためにも、まずは不自由なく生活できる基盤を整えるべきだ――そう俺は考えた。


 目の前に広がる大草原を眺めながら、直近の行き先を検討する。


「とりあえずレベルと金か」


 とにもかくにもレベルアップである。

 どうやらこの世界も、RPGのように経験値を溜めることで成長していくシステムらしい。そういえばクソ天使も言っていたな。


 レベルアップするにはモンスターを狩る必要がある。

 少なくとも俺のしょぼい攻撃力で殺せるのは必須マスト。できれば金になりそうなアイテムをドロップしてくれるヤツがいい。


 そうなのだ。アイテムは金になる。

 店に持ち運んで売ればいいだけだから、ぼっちの俺にもできるのだ。


「あと人目は無い方が助かるよな……」


 少なくとも草原は論外だろう。まあモンスターはほとんど出ないらしく、実質ただの広い道のようだが。今もポツポツと人影が見えている。


 人影以外に目立つのが、点在している大岩だった。何でも地下ダンジョンの入口になっていて、観光地のように整備されているらしい。初心者に最適だそうだ。

 人多そうだから却下だな。


 南側はアルフレッドの港町の一つらしく、大海原が見えている。

 距離はだいぶ遠い。数十キロメートルはあるだろう。モンスターは出ないから却下。


 正面――東側は地平線しか見えない。

 あの先に大峡谷キャニオンがあり、ハイレベルなモンスターがうようよいるらしい。まだ早すぎるし遠すぎるからこれもナシ。


 西は王都だし、西門の先――俺がラウル達と歩いてきたエリアは、あの様子だと本来俺のような平民初心者が入れない場所だろう。除外。


「とすると北か」


 北側には水平線も地平線も無かったが、アルプスのような高い山々と、富士樹海のような鬱蒼うっそうとした森が広がっている。山は中級者向けで、森は危険すぎて立入禁止だったな。


「……森だな」


 視界の悪さや人気ひとけの無さを考えたら森一択だろう。何気に近いし。数キロメートルもなさそう。


「俺でも倒せるモンスターだといいんだが」


 考えすぎても仕方ない。俺は森に向けて走り出した。


 ちなみに体力も底を尽きないようで、常に全力で走れるのは地味に嬉しい。前いた世界ではおおよそ百メートル十二秒だったから、単純計算で時速三十キロメートルで移動できる。悪くない。






 森の中は意外と明るかった。

 空が見えるか怪しいほど茂っていて、夕陽も届かないというのに、普通に本が読めそうだ。街灯、というか木灯とでも言えばいいのだろうか、光る葉をつけた木々が点在している。


 奇妙と言えば、生物の鳴き声がまるで聞こえてこないことか。下校時間を過ぎた教室のようにしんと静まり返っている。

 無音ではないが、誰か一人くらいは残っていそうな、あのむずがゆい感じ。


 とりあえず奥へ奥へと進む。

 なんかデジャブだな。また魔王みたいなのが出てくるのか、などと思っていると、


「ぐっ!?」


 首に強烈な衝撃が走り、俺は真横に吹き飛んだ。十メートルは飛んだか。

 頭に流れ込んでくる数字から察するに、常人なら首が吹き飛んでいる。


「何なんだ一体……」


 元いた場所を向いても何もない。誰もいない。

 なのに「うぐっ」またもや首筋。今度は宙に浮いた。わあ高い。ビルの三階くらいかしら。……眼下にはやはり何もない。


 俺が不器用に着地したところで、もう一度首への一撃が来る。今度は手で止めようとしたが、相手の方が何倍も速いようで、俺が腕を動かす前にはもう吹き飛ばされていた。


 ごろごろと地面を転がる。途中で石らしきものとぶつかって唇が切れ――てはないな。うん、わかってた。


 完全に止まったところで、俺は寝転んだまま頭の後ろで手を組んだ。くつろぎモードだが仕方ない。これだけスピードに差があると歯が立たん。


「どうしたもんか」


 一方的フルボッコを覚悟したが、見えない何かの攻撃は止んでくれた。

 見られている気はするが、どこにいるかはわからない。マジで何の気配もない。俺が弱すぎるのか、それとも森のモンスター――かどうかさえわからんが、それが強すぎるのか。


 相変わらずわからないことだらけだ。


「……ん? なんだこの臭い?」


 臭いというより匂い。甘ったるい蜜のようで、トーストと相性が良さそうだ。

 同時に頭にも数字が流れ込んできた。これまでの力や電気といった指標とは別物のもよう。それが1、2、4、8、16……と増えていく。


「きっかり一秒ペースだな」


 どうせ死なないだろうから無視。首を狙ってくる何かも来ないみたいだし、ちょうどいい。

 俺は寝転んだまま、直近の行動についてしばらく考えることにした――


 とは言ったものの、見えない何かに太刀打ちできるはずもなく。

 せめて姿が見えればと思うも、どうすればいいかも見当がつかず。


 結局、今のうちに森から出るしかないという安直な結論しか出なかった。


「初心者として地道に頑張った方が近道かもなぁ」


 全く疲れていない体を起こしたところで、俺は異変に気付く。

 脳内の数字がえらいことになっていた。



 1208925819614629174706176



「いや増えすぎでしょ」


 秒ごとの倍々は続いているようで、今なお増え続けている。

 これ、いくらだ? 億、兆、けいがい――忘れた。

 一番でかいのなら覚えてるぞ。無量大数だよな。たしか0が68個続くんだったか。そのうち行きかねないぞこれ。


「……もしかして俺、死ねる?」


 もしこの数字がダメージの一種だとするなら。

 バグで死ねない俺も、そのうち死ぬのではないだろうか。たとえば単にHPがべらぼうに高いだけだとしたら、いつかは枯渇する。たとえ無量大数であっても、一日とかからない。


 あまり期待せずに待つことにした。






 とりあえず無量大数は超えた。頭に流れ込む数字は、もはや認識する気も失せるほど長かった。

 それでも俺の身体に変化はなく、見えない首筋キラーが襲ってくることもなく。


 ただ、進展が無かったかというと、そんなことはなくて。


「……」


 俺は目の前の、というより周囲の光景を二度見、三度見、四度見して。

 さらに五度見で、ようやく現実を受け入れる。


「何がどうなってんだよこれ?」


 俺は囲まれていた。


 カタツムリに。

 クモに。

 サソリに。ヘビに。


 その数、軽く数百は超えている。というより埋め尽くしている。

 人の頭サイズのそれらは一匹だけでも卒倒モノなのに、まるで軍隊のように整列し、敬礼していた。

 カタツムリ達は触覚を器用に曲げているし、ヘビに至っては長い舌を手のように立ててやがる。


 そんな集団に混じっているのが、見るからに強そうな骸骨の戦士達。首ばっか狙ってたのはこいつらだろう。


「俺にどうしろっつんだよ」


 とりあえず歩いてみると、どぞどぞと言わんばかりに道を開けてくれる。マジで何なの。


「ちょっと聞いてもいいか?」


 目の前のサソリが尻尾で頷いた。通じているとみなしていいのか? とりあえずみなそうか。


「お前らは何がしたい?」


 そう尋ねると、サソリは改まって平伏してきた。


「……」


 いや何か喋ってくれよ。あるいは喋れないのか。

 そんなサソリの尻尾だが、先端がまがまがしく尖っている。見るからにヤバそうだが、とりあえず指先で触ってみた。次いで、皮膚を破るように押し込んでみる――うん、びくともしない。俺の皮膚も強すぎる件。


「ちょいと失礼」


 俺は人の頭部ほどあるサソリを抱き上げ、尻尾の先端を掴むと。


 自らの眼球に差し込んでみた。


 ガッ、と眼球にそぐわない音が虚しく響く。

 それだけだった。痛くもないし、痒くもない。


 何度か試してみるが結果は変わらず。


「まるで原理がわからん。どうなってんだこれ……」


 どう考えても眼球の硬さではない。しかし常に硬いかというとそうでもなく、ちょっと触れた時の感触は目玉相応の柔らかさだった。

 ただ、そこから力を加えていくと、加えた力に応じて硬くなっていく。加え方をどう工夫しても、決して傷が入ることはない。

 目から伝わる触感も同様で、せいぜい触っていることがわかる程度までしか伝わってこない。痛みと感じる量は決して降りてこなかった。


「……まだだ。毒、出るんだろ?」


 サソリの尻尾をもみもみしてみると、黄色い液体が出てきた。それを舐めてみたり、眼球や鼻腔に塗ってみたりする。

 ……うん、効果ナシ。


 俺はサソリをその場に置いて立ち上がり、「なあ」周囲を埋め尽くすモンスター達に問いかけた。


「この中に俺を殺せるヤツはいないか? 何をしてもいい。俺を殺してくれ」


 瞬間、モンスター達は首やら触手やらを横に振り始めた。「滅相もない」という台詞が聞こえてきそうだ。


「まるで状況が読めないんだが。俺はこいつらの王にでもなったのか?」


 幸いにも言葉は通じるようだし、イエスノーで答えられる質問をぶつければ情報収集は可能だろう。

 早速尋ねようとしたときだった。


 少し離れた茂みから何かが飛び出してきた。

 女の子だった。

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