第10話 冒険者ギルド

 詰んだ。


 結論から言うと、俺は図書館を使えない。

 図書館は上位階級以上にしか解放されておらず、中位階級――平民の俺には資格がないとわかったのである。


「それでギルド登録はどうされますか?」


 俺は受付にて職員のお姉さんと話し込んでいた。

 ギルド登録をするかどうか迷っている初心者、という設定で悩むふりをしつつ、この世界のこと――特に知識が得られそうな手段をひたすら引き出している。

 仕事熱心なのだろう、次から次へと丁寧に教えてくれるから助かる。


 図書館が使えないのは残念だったが、他にも色んな手段があるとわかった。


 曰く、情報屋から高い金を出して情報を買う。

 ここで聞き耳を立てたり会話に加わったりする。

 酒場で冒険者と仲良くなる。

 店主と仲良くなって世話話をする。

 店主が欲しがっているものを手に入れて売りつける――。


 人と喋る系ばかりじゃねえか。

 今してるような接客の応対や質疑応答――つまりは形式的なコミュニケーションなら問題はないんだが、雑談と言えば良いのか、仲良くなる系はてんで苦手な俺である。


「んー、そうですね……」


 俺はその気もないのに悩むふりをしながら、他に聞き出せることがないか頭を絞る。

 そんな俺を見て、受付のお姉さんはなぜか憐憫の目を向けてきた。


「差し支えなければ、おすすめの行動についてご提案いたしますが」

「え、あ、はい。では、お願いします」


 急に何を言い出す? なんか買わされたりするんじゃないだろうな。悪いが一文無しだぞ。


「まず冒険者の基本的な心得として、ソロプレイヤーは推奨しません。一人でできることには限りがありますし、外聞も悪いです」

「……外聞、と言うと?」

「仲間の一人さえもいないほど何らかの欠陥がある――そういう風にとられます」


 それはお厳しいことで。



 ――結婚していない奴が何がわかる。いや、君は人と付き合ったことさえ無かったんだったな?


 ――だから君はいつまでも平社員ヒラなんだ。



 嫌なことを思い出したが、そんなもんか。前いた世界の、それも大企業さえそうだったのだから、この世界がぼっちに厳しくてもおかしくはない。


「そこでおすすめしたいのが就労です」

「働くということですか?」

「はい。ギルドが仲介となって、お店と労働契約を交わしていただきます。そこで働けば収入が得られますし、従業員やお客様との関係も深まります」


 嘘つくんじゃねえよ。俺は騙されねえぞ。

 だったらなんで小中高大と共学に通ってアルバイト先にも何十人といて就職も男女比半々な大企業に入って趣味コミュニティやIT勉強会もたくさん通って街コン合コン婚活も色々やってみた俺がぼっちなんだ? え?


 場に飛び込めば誰でも人間構築を構築できる、なんてことはない。断じてない。

 そんなの陽キャの暴論なんだよ。パソコン持ってたら誰でもプログラミングできるようになるよ、とは言わないだろ? そのレベルの暴論なんだぜ? いやマジで。


 俺もさすがに文句を言うほどガキではない。ネットだったらたぶん書いてたけど。


「冒険ではないので身の危険もありません。おひとりさまの方にはおすすめです」


 お姉さんの説明自体は嘘じゃないようだ。おひとりさま、というキーワードで隣の冒険者カップルが反応した。

 ちらりとうかがうと、指差してひそひそしていらっしゃる。


「要するにぼっちはダメだと、そういうことですね」

「ぼっち?」


 そんな気はしていたが、ぼっちという言葉は通じないか。概念自体も無いだろう。

 ……はぁ、この異世界、生きづらそうだ。


 俺はガタッと立ち上がり、ぶっきらぼうな会釈と声音を繰り出す。


「ありがとうございました」

「え、あの!? お客様!?」


 ただでさえ非推奨なソロプレイヤーに、初心者だもんな。ギルド職員として心配したくなるのもわかる。

 でも杞憂なんだよ。


 俺は死なないし、もし死ねるとしたら喜んですぐに死ぬ。はい問題なし。


「夕方から講習会があるんです! 初心者向けの講習会です! おひとりでもご参加いただけます!」


 お姉さんの大声が館内に響いた。


 え? リテラシー死んでるの?

 人の欠点を第三者に聞かれるように喋るの、普通にハラスメントなんだが。






 俺がギルド登録しないのには理由がある。ステータスがギルドに知られてしまうからだ。

 HPか、防御力か。はたまたレアスキルの類か。ともあれ、何か異常な付与がされている可能性が無いとは言えない。


 何度も言うように、不死身の末路は決まっている。絶対に目立ってはいけないのだ。

 用心しすぎてもばちは当たらない。俺は可能性の目から摘み取っていく。


「ステータスか……」


 お姉さんが言うには、ステータスを知る手段は二つ。ハイレベルな専用魔法を使うか、ギルドに登録するかだ。

 前者はそう習得できるものでもなく、選択肢は実質後者だけだそうで。


 しかし、ギルド登録とは契約である。

 契約書を読ませてもらったが、冒険者のステータスがギルドに知られてしまうのはもちろん、ステータスに応じた任務ミッションが割り当てられることもある、とあった。


 断るとペナルティになる。

 ペナルティは二つ――ステータス閲覧の禁止とブラックリストボードへの掲載だ。

 特に厄介なのが後者で、ブラックリストボードとはペナルティを犯した冒険者を顔と名前つきで晒すものだ。全世界のギルドセンターに掲示されるらしい。

 これが相当不名誉なことらしく、掲載された冒険者は宿に泊まることさえままらなくなる、とお姉さんが意気揚々に語っていた。不安を煽る商売テクニック。仕事熱心なことだ。


「普通にエグいことしてるんだよなぁ」


 ギルドも慈善団体ではない、ということか。にしてもブラックリストはやりすぎだと思うが。


 不幸中の幸いと言えば、レベルアップによるステータス更新自体は自動で行われることだろう。ギルド登録しなくても強くはなれる。ただステータスが数字としてわからないだけで。


「あの人もこどもなのー?」

「シッ! 見ちゃいけません」


 ……現実逃避していたが、そろそろ戻ろうか。


 俺は今、ギルド主催の初心者向け冒険者講習会に参加していた。

 いわゆる青空教室で、椅子のような岩が格子グリッド状に並んだところの一画に腰を下ろし、前方でお姉さんの紙芝居を聞いている。


 くだんの問題は参加者にあった。親子連れが圧倒的に多い。

 というか大人でぼっちなのは俺だけだった。あぁ、地元のゲーセンで子どもに混じって洗濯機型の音ゲーをやっていた頃を思い出す。受けた白い目を売るだけで大儲けできるくらいやりこんだな。全国ランクに乗ったこともあったっけ。


 にしても、ギルドも賢いものだ。

 一見すると無料ゆえに慈善事業に思えるが、そうではない。この中から稼いでくれる冒険者が出てくれたらしめたものである。


 子供の潜在能力を舐めちゃいけない。子供は、欠陥さえなければ何にだってなれるポテンシャルを持っている。

 必要なのは環境と動機づけ。前者はギルドが持っているだろうから、こうして後者の機会を拡充しているのだろう。


 ギルドはよくわかっている。


「あのおじさん、きたない」


 幼女に指を差されて言われたんですけど。まだおじさんって年齢じゃねえよ。

 アラサーはおじさんじゃないです。異論は認める。俺もよく自虐するし。


 幼女としっかり目が合わせてみたら、びええんと泣き出してくれた。母親が「なんですかあなたは!?」みたいな目で睨んでくる。知らねえよ。

 そうでもなくとも子供達はさっきから俺のせいで気が散っているらしく、紙芝居のお姉さんが眉をぴくぴくさせながら俺を見ていた。笑顔だが目が笑ってない。俺は何もしてないです。


 それからも紙芝居は続いた。


 よく出来ている。

 前半は企業の採用ページにある「社員の一日」みたいなテイストで、冒険者の一日を噛み砕いて説明していた。

 それでありながら内容も端的で、大人の初心者にも適している。


 後半は地図を用いた解説で、俺にはこちらがありがたかった。

 特に王都内のどこに何があるかがわかったのが大きかった。武器屋、宿屋、酒場、商店街、住宅街など一通り理解した。

 一方でギルドはちゃっかりしていて、親御さん向けにお店の紹介までしていたが。


 冒険の舞台もわかった。東門の先だ。

 草原、森、川、ダンジョンなどモンスターの生息地が程よく散らばっており、この豊富な自然こそがギルドの、ひいては王都の貴重な財源になっているんだとか。

 当面は俺もお世話になるだろう。


 夕日が沈み始めたところで、講習会は終わった。

 さてと、早速次の行動を「汚いおじさんはせいばいだ!」ゴツッと側頭部に何が当たる。

 隣を見ると、ガキの手には小石。というか石。間違っても人に投げちゃいけない、指でつまむのではなく手で握るサイズの凶器だ。


「食らえ!」

「くたばれー」

「やっつけろっ!」


 え、待って、なんで。節分みたいに投げられてるんですけど。普通に頭にクリーンヒットしてますけど。ちょっと教育がなってないんじゃないですかねぇ。

 親も親で、我が子を叱るどころか、俺に哀れみの目を向けてくる始末。職員も同様だった。

 アレだ、リテラシー皆無のお姉さんが向けてきたのと同じ色。大人のぼっちってそんなにダメかいね? というかこの世界、倫理観がクソすぎないか? 王都はマシじゃなかったのかアウラさん。


 とりあえず誤魔化さねば。初心者が頭に石を食らっても平気なのは少し怪しいだろう。

 せっかくだから乗ってやるよ。


「ひぃぃっ! ごめんなさい、ごめんなさいぃ!」


 俺は尻餅をつき、頭を押さえて痛がりつつも身体を震えさせて、あたふたと焦り逃げ惑う演技をする。

 見よ、子供達よ。これが情けなくも賢い大人というものだ。


 これで万が一にも怪しまれることはあるまい。

 我ながら迫真の演技だったと思う。羞恥心なんてものは捨ててしまえばいい。


 おじさんをやっつけて満足そうにはしゃぐ子供達の声を背に、俺はその場を去った。

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