第7話 道中

「とりあえず服を着ないか」

「と言われましても……」


 アウラをうかがってみたが、すっと目を逸らされた。

 俺も感覚が麻痺している。裸のまま女の子に救いを求めるなど変態にも程があった。


「ゲートで取り出せばいいだろう?」

「ゲート? テレポートのことですか?」

「……本当に君は何も知らないのか。どうなっている?」

「まあまあラウル。落ち着きましょう」


 ラウルの横顔が険しくなったが、アウラがなだめたことにより柔らかくなる。


「ごめんなさい。あんなことがあったから、ちょっと気が立っているんです。【ゲート】」


 アウラがそう唱えると、目の前の空間に黒い板のようなものが出てきた。間もなくそれは異なる景色を映し出す。衣装部屋のように見えた。

 上体を突っ込んでがさごそしているアウラだったが、何かを引っ張り出した。


「とりあえずこれを羽織っていただけると嬉しいです」


 人を裸族みたいに言うな。好き好んで裸でいるわけじゃねえよ。「ありがとうございます」表面上は丁寧に受け取る。

 紺色のコート――というよりローブだった。ってあれ、どうやって着るんだこれ。前が開いてないんですけども。


 手こずっていると、隣から再びため息。次いでくすくすとアウラ。

 目で助けを求めると、「面白い人ですね」なぜか面白がられた。


「それはマジックローブ。魔力を込めて開閉するんだ……て、まさか、魔力も無いとか言わないよね」

「無いというか、魔力って何ですかというか……」

「何なんだ本当に……」

「ぷっ、くくっ……待って、だめ、おかしい、ふふふ……」


 イケメンの隠す気のない嘆息と、美少女の隠し切れていない含み笑いのコラボレーション。中々絵になっている。


 とりあえず魔力を拝借してマジックローブを装着した。

 ようやく裸族卒業である。これで堂々と歩けるな。


「それにしてもテレポートって凄いですね。初めて見ました」

「テレポートとゲートは違う」

「そうなんですか。無知ですいません」

「テレポートは自分自身や触れた相手を瞬間移動させる。対してゲートは空間と空間を一瞬で行き来できる道をつくる」


 ラウルはなんだかんだ面倒見が良さそうだ。適当なことを言ってみたが、すぐに訂正してくれる。先生に向いてるぞアンタ。

 この際だから出来るだけ聞き出してしまおうと決心した俺だった。


 しかし、アウラがニコニコしながらこちらを見てくるのがやりづらいというか、むずがゆいというか。


「えっと、ゲートをつくっただけで服が出てくる? というのはどういう理屈なんでしょうか」

「ああ、あれは倉庫に繋いでいる。――【ゲート】」


 ラウルもゲートを発動させ、その口に手を突っ込む。何を取り出したかと思えば、硬貨だ。


「僕の金庫と繋いでいる。第一級冒険者にもなると金も腐るほどあるからね」


 ゲートの先を見ると、たしかに金貨やら宝石やらが山のようになっていた。百回は一生遊んで暮らせそうだ。


「盗まれたりしないんですか?」

「心配無いよ。それなりのところを借りている。さっきのヘビが襲来しても耐えられるだろう」


 倉庫を借りておいてゲートで繋ぐという発想だけでなく、金庫の貸し借りが成立するほどの体制も整っているとは。この世界の人達もやるなぁ。


「そういえばあのヘビ、どうなったんです?」

「倒したよ。彼女のおかげだ」

「褒めても何も出ませんよ」


 アウラはまんざらでもなさそうで、ふんと胸を張った。

 あ、意外と大きいのをお持ちでいらっしゃる。かさのあるローブ越しにもわかるとなれば、相当だろう。この金髪はどう思っているんだろうな。

 などと下衆げすなことを考えていると。


「【ウルトラ・ファイア・スピア】」


 アウラの掲げた杖から火炎放射器みたいな火炎が放出された。ボリュームがやばい。音量もやばくて、常人ならたぶん鼓膜破れてる。

 よく見ると炎はスピアの形をしていた。それが向かう先には、根元からぽっきり折れた大木。二人が戦っている時に折れたのだろう。


 その大木、というか巨大な倒木は間もなく炎に包まれ、ほぼ一瞬で炭の塊になった。炎も消えた。

 おかしいな、タワーマンションくらいのサイズはあったはずだが。


「……すごい」


 異世界ラノベを読んで想像では知っているつもりだったが、いざ魔法の現物を見ると、なんかこう感慨深いものがある。


 ここは異世界なのだと。前いた世界とは違うのだと、改めて自覚する。


「ふふっ。そうでしょう? どうですかラウル?」

「調子に乗るな。あの程度ならウルトラは要らない――【ハイパー・ウインド・マシンガン】」


 人差し指を構えたラウルがそう唱えると、指先から風の刃が何百何千と連射された。

 まだ道を塞いでいた炭の塊が細かく切り刻まれ、ものの数秒で微塵となる。


「……二人とも、ずいぶんとおモテになられるのでは?」


 思わず口をついて出た。


 常日頃自殺という逃避フェードアウトを考えていた俺にとって、この二人はあまりにも眩しすぎる。

 今さら嫉妬も羨望も無いと思っていたが、さすがは人間、感情は変わらない。


「今度は何だい? モテるけども」

「そうですね。第一級冒険者ですから、それなりにはモテます」


 どこか疑心暗鬼なラウルと、天真爛漫なアウラ。二人は対照的で、お似合いのようにも見える。

 俺を詮索されても困るし、憂さ晴らしというとしゃくだが、少しいじらせてもらおう。


「ご結婚とか考えないんですか? たとえばお二人とか、よく似合っていると思いますけど」


 馴れ馴れしすぎたかなと思ったが、


「それはない」

「普通に嫌です」


 見事にハモった。


「アウラのことは信頼しているけど、ちょっとノロマだし頭の回転も鈍くて、正直イライラする」


 先制を仕掛けたのはラウルだ。


「ラウルは頼れるけど、好青年の皮を被ったオレサマだから不快です」


 対してアウラも負けていない。へー、本性はそっちなんですねラウルさん。


「アウラ? 今何て言った?」

「ほらほら、タイヨウさん。ラウルってばすぐ怒るんですよ」


 きゃーこわいという棒読みが聞こえてきそうな態度でアウラが俺にひっついてくる。あ、良い匂いがする。


「……はぁ。本当に君はよくわからないな」


 アウラを引き剥がしながらそう返すラウル。

 彼の興味は、やはり俺のようだ。アウラのことなど眼中にない。美少女で隠れ巨乳なのに、ちら見する素振りさえなかった。大したものだ。


「真面目に訊きたいんだが、君は一体何者なんだ?」


 どころか、どうやら俺は墓穴を掘ってしまったようで。

 うーん、言い逃れできない空気。


「……と、言いますと?」

「あのヘビ――災害蛇ディザスネークは第一級モンスターだ。僕たち第一級冒険者でなければ仕留められない。放っておくと都市の一つや二つは平気で滅ぼす厄災だよ」


 そんなに厄介なヤツだったのか。石化した俺の目ばかり舐めてたけど。


「厄介なことに、あれはテレポートを使いこなす」


 あの巨体でテレポートか。そりゃ厄介なことで。


「魔力は乏しいようで、一日一回くらいしか唱えないのが不幸中の幸いだったけどね。ともあれ、いつも決着がつく前に逃げられていた。何度逃したことか。念願だったんだ」

「はぁ、そうですか」

「にもかかわらずだ。あの時、災害蛇ディザスネークはあの場から一向に離れようとしなかった。何かを守っているかのようだった」

「……」

「石化した君だよ」


 いや、君だよと言われても知らないんだが……。

 困ったときのアウラさん、ということでアイコンタクトを送ってみたが、ふるふるされた。


「そう言われても、俺も全くわからないんですよね」


 ここは正直に答えるしかない。起きたことだけを答えよう。嘘さえつかなければ不自然は生まれない。


「あの大木が生えてた場所――あの小丘で休んでたら、豪華な馬車が通りがかって、そこから執事のおっさんが出てきて石化されたんです」

「ゴルゴンズ・アイか」

「ええ。それで目を執拗に舐められ――たような気がするんですよね。まあ気付けばお二人がいたんですけど」


 危ない危ない。石化中に意識がある、という事実はイレギュラーなはずだ。

 早速嘘をついてしまったが、これは仕方ない。


「目か。なるほどな……」


 なぜか得心するラウル。首を傾げてみせると、アウラが補足してくれた。


災害蛇ディザスネークは生物の目玉が大好物なんです。石化したタイヨウさんの目を、何とかして食べようとしていたのかもしれませんね」

「そういうものか……まあ、モンスターの考えなどわかるはずもない」


 よくわからんが、追及は終わりそうだ。


「タイヨウさんの目って美味しいんですか?」

「いや、俺に言われても」

「ちょっと試してみても? 知り合いの回復魔法師ヒールウィザードにも協力させますので」

「普通に嫌ですけど」

「ふふっ、冗談ですよ」


 一瞬ヤバい子なのだと疑ったが、ラウルの嫌疑を逸らすための一芝居らしかった。その証拠に、ラウルから見えないようにウインクしてきた。可愛い。

 俺の遅すぎる青春が始まったかもしれない。


 ……などと浮かれるほど単細胞なら良かったのだが。

 あいにく俺はそうじゃない。


 俺の目的はあくまで死ぬことだ。

 意識が続いているという無意味な惰性を、少しでも早く終わらせることだ。

 それも永遠に。つまりは永眠したい。


 それだけなのに、状況は現時点で絶望的である。

 少なくとも魔王レベルでさえ歯が立たないことがわかっている……。


 もちろん諦めるつもりはない。

 この世界の知識を増やせば、自殺できる方法も見えてくるはずだ。

 もしかしたら方法など無いのかもしれないが、行動しなければ確率はゼロ。やるしかない。


「王都に帰ったら表彰ですね。面倒くさいなぁ……」

「気持ちはわかるけど、必要なことだ」

「この際だから、タイヨウさんを代理に立てちゃいます?」

「王の顔に泥を塗ることになるよ」

「実行犯をラウルにすれば問題ありません」

「ふざけるな」


 前を歩く第一級冒険者二人の背中は、非常に頼もしく見える。この二人に同伴してもらえることはこの上なく幸運なのだろう。

 だからといって、無闇に頼るのも考え物だよな。


 だって俺は。

 この世界ではありえない存在――無敵バグ持ちなのだから。

 いや、まだ無敵かどうかはわからないし、そうだとも思いたくないのだが。


 ともあれ、こんな性質を知られるわけにはいかない。


 不死身の末路など決まっている。

 封印されるか、実験台モルモットにされるか――


 いずれにせよ生き地獄が待っているのだ。無論、どちらもお断りである。

 特に前者。石化されたときのような退屈を延々と味わうってことだからな。それだけは勘弁願いたい。マジで。


 俺は詮索されないよう気を張りながら、王都への道中を過ごした。

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