箱入り娘にもほどがある

はねうさぎ

第1話

「お兄様が亡くなったのだから、今からこの家を継ぐのは私よ。」


めったにこの家を訪れた事の無い叔母が急に現れ、そう宣言した。

いえ、我が家を訪れなかったと言うのは語弊がある。

ずるくて金に汚い叔母に、父が家に来るのを禁止していたのだ。


「えっ、そ、そうなんですか?」


父が事故でこの世を去ってから、さほど時間が経っていないある日、

叔母は急に我が家に押しかけてきてそう言ったのだ。

母は去年、病で亡くなったばかりなのに、

それから1年足らずで、私は父まで失ってしまった。

急な事で、まだ気持ちの整理もつかず、

悲しみに暮れていた私にそんな事を言われても、

一体何の事か把握が出来ない。


「私がこの家を継ぐ以上、ここには私の家族が暮らすのよ。

この家にいる資格の無いあなたは邪魔者なの。

さっさと出て行ってもらえる?」


「出て行くって…。

では私はどうすれば……。」


「そんな事私が知る筈が無いでしょう。

とにかくお兄様がいない以上、既にあなたはここにいる事は出来ないの。

すぐにでも出て行ってもらえないかしら。」


「わ、分かりました。

ジャクリーンに言ってすぐに荷物をまとめます。」


ジャクリーン、私が生まれた時この家に来てくれた私の乳母。

それから15年、彼女は私の第二の母ともいえる人になっていた。


「あら、何を勘違いしているの?

あなたに荷物なんて何も無いじゃないの。

あなたが自分で稼いで買った物なんて持っているの?

それは全てお兄様のお金で買った物でしょう。

ならばそれらも全て跡を継ぐ私の物になるのよ。」


それはそうだ。

私の物は全て、お父様が買って下さったものだから。

お父様がとても似合うと言って買って下さったこのドレスも、

誕生日にプレゼントされたキラキラしたネックレスも、

全て叔母さまに引き継がれるのだ。


「あ、あの…。

ジャクリーンにもらった物などは持って出てもいいでしょうか。」


それらはジャクリーンや執事のセバスや、色々な人に貰ったものだ。

置いていけば、かえって叔母さまに面倒を掛けてしまうかもしれない。


「仕方ないわね、大した値打ち物じゃないだろうし、

それぐらいならいいわ。」


渋い顔をしながらも、おば様はそれを許してくれた。

私は急いで自分の部屋に戻り、クローゼットを開けた。


「確かここにあった筈。」


クローゼットの中の引き出しの一番上。

ここには大切な物を入れていた。

両親から贈られた数々のプレゼント。

ジャクリーンや色々な人からもらった大切な物。

その中から私は一枚の袋を取り出す。

ジャクリーンの妹さんが作ってくれたショールが入っていた袋。

袋自体にも刺繍がしてあり、

とても可愛くて捨てるのが惜しくて取って置いたのだ。

その中に、お父様やお母様から頂いたもの以外の品物を入れる。

可愛い押し花のしおり、木彫りの小物入れ。

小さな花が刻まれたネックレス、手作りの髪飾り。

それらを次々と入れていく。


「全部は入りきれないわね……。」


仕方なくスーツケースを取り出し、残りの物を詰め込む。

全て他の人から贈られた、がさばる物だ。

ドレスが数枚と、私を描いてくれた絵。

きれいな表装の本。

まとめてみると、かなりの量が有った。

私はショールをはおり、荷物をズルズルと引き摺りながら、

叔母さまの待つ部屋に戻る。


「遅かったじゃない、このグズが。」


「ごめんなさい…。」


出来るだけ早くしたつもりだったけれど、

叔母様を待たせてしまったらしい。


「ずいぶんと持ち出すつもりみたいね。

全部あなた個人の物なの?」


叔母様は眉をしかめ、私を問い詰めた。


「ごめんなさい、荷物が入り切れなくて、

このスーツケースだけはお借りします。

住む場所が決まりましたら、すぐにお返しに参りますので。」


「ダメよ、それは許さないわ。

私はあなたに、もうここには表れてほしくないの。

だからスーツケースは置いて行ってちょうだい。

あなたは中身だけ持っていくか、

持っていけないなら、中身はここに捨てて行きなさい。」


運ぶ手段が無いのなら、ここに置いて行くほかはない。


「すいません、ではこれらの処分はお願いします。

では、後の事はよろしくお願いします。」


せっかくの頂き物を処分するなど胸が痛む。

でもそれしか手段が無いのだろう。

住み慣れた家には色々な思い出が詰まっている。

ここを後にするのはとても辛い。

でも、お父様が亡くなった以上、これは仕方がない事なんだ。


「ボブに馬車を出してもらわなければ……。」


私は持てるだけの荷物を抱え、部屋を出て行こうとする。


「馬車ですって?

あなたはもうそんな物を使う身分ではないのよ。

まだ分からないの?

それと、あなたが今着ているドレスはお兄様が与えた物では無いの?」


そう言えば、これも先日お父様がプレゼントしてくれたものだ。


「ご、ごめんなさい。

でも、私これを取り上げられたら着る物が…。」


そう言えばスーツケースに、デュークベルト様から贈られたドレスが有ったっけ。

そう思ってドレスを取り出そうと思った矢先、

叔母さまがしわくちゃの布を私に放ってよこした。


「ここから出る身分も無い娘が、

きらびやかなドレスなど必要無いでしょう。

邪魔になるだけよ。

これに着替えて行きなさい。」


それを手に取り広げてみれば、下働きのモーリーが先日着ていた服だった。


「その服はもういらないそうよ。

だからあなたの為に貰ってきてあげたの。」


いかにも優しい叔母でしょうと言うような口ぶりだ。


「今着ている下着は恵んであげるわ。

そうそう、身に付けているアクセサリーも全て外しなさい。」


そうね、これらも全てお父様から贈られた物だった。


「分かりました……。」


私はつい立ての向こうに身を隠し、渡された服に急いで着替えた。

日にあせた茶色のワンピース。

黒いボタン以外は装飾品と言えるものは無かった。

赤い宝石が付いた髪飾りを外し、

ネックレスを外そうと留め金に持って行った手をふと止めた。


「これはお父様から贈られたロケット…。」


中にはお母様の精密な絵姿と遺髪が入っている。


「これだけは……。

ごめんなさい叔母さま。」


私はロケットを外し、そっとワンピースのポケットにそれをしまった。

脱いだものを抱え、叔母さまの前に立つ。


「それをそこに置いて、さっさと出て行ってちょうだい。」


叔母さまはいかにも面倒くさそうな顔をして、扉を指さした。

私は重い荷物を抱えドアを目指す。


「ちょっと待ちなさい。

その指輪は何なの!」


叔母さまはつかつかと私の下に来ると、

いきなり私の手を掴んだ。


「これは何!?

私に黙って勝手に持ち出そうとしたのね。

あなた私をだまそうとしたの?

でも残念。

私はそう易々と引っ掛からないわよ。」


「いえ、これは違います。」


これはお父様から頂いたものでは無いわ。


「これはデュークベルト様からいただいたものです。」


デュークベルト様。

幼い頃に取り交わされた縁談の相手。

つまり私の許嫁だ。

そしてこれは、その時に婚約の印として送られた指輪。

サイズが合わなくなればその度に直され、

いつも私の指に輝いていた。

まだお会いしたことは無かったけれど、

それでもデュークベルト様は私の心の糧となっていた。


「そ、そんな物、身分の無い小娘が持っていても、

デュークベルト様が迷惑されるだけです。

私が返しておいてあげるからさっさと外しなさい。」


そうか、デュークベルト様は私がコンスタンティン家の娘だからこそ、

この縁談を了承したんだ。

この家を出る私にはもうその資格は無いのだ。

私は仕方なく指からそれを外し、叔母に渡した。


「リュークベルト様によろしくお伝えください。

それとごめんなさいと…。」


これで全て終わりだ。

私に残された物はこの一抱えの荷物と、

私自身だけ。


私は出口に向かって歩き出した。

不思議な事に、何故か使用人の誰一人とも出会わなかった。

いつもならメイドや執事のセバスが目を光らせているのに。

駐在して居なければならない門番すらいないのだ。

でも、こんな姿の私を見られずに済んで、

反ってよかったのかもしれない。


この先どこに行ったらいいのか全然分からない。

でも、屋敷が見えない所までとにかく行こうと、

ひたすら歩いた。

疲れて休みたくとも我慢をし、人目を避ける様に歩き続けた。


屋敷を出てから2時間ほど歩いただろうか。


「無理、もう歩けない。」


今までこんなに歩いた事など無い。

でも、これからはこれが私にとって当たり前の事となる。

行き着いた川縁のベンチに腰掛け、その流れをボーっと見ていた。

一体ここはどこなんだろう。

こんなに歩いたんだもの、かなり遠い町なのだろう。

これからどうすればいいのかしら。

私には今日寝る場所さえない。

そう言えば食事も朝食べた切りだ。

日は真上を通り過ぎ、傾きかかっている。


「困ったわ。

お金が無くても宿に泊まれるものかしら。

お腹も空いたし…。」


そう言えばと思い出した。

昨日ビルにお土産に貰った飴が有ったっけ。

私は荷物の入った袋をゴソゴソと漁る。

そして袋の底の方から飴の包みを取り出した。

それを一粒口の中に放り込み味わう。


「ん~~、やっぱりセボンのミルクキャンディーは最高!」


目を細め口の中で飴を転がす。

しかし、これを一気に食べてしまう訳にもいかないし、

飴だけでお腹が膨れる訳でもない。

まあいいわ、とにかく今は美味しい飴が口の中に有る。


「なぁお嬢ちゃん、さっきからずっとここにいるけど、どうしたんだ?

もしかして、行く所が無いのかい?」


いきなりそう声を掛けられた。


「えっ、なぜ分かったんですの?」


私はびっくりして振り返る。

見ればそれは無精ひげを生やした、いかつい男だった。


「何だ、ショールが上等だから騙された。

おまえ、貧乏人か。」


「えぇ、お金も行く所も無いから、貧乏ですね。」


「ちっ、その様子じゃぁ身代金も取れないか。

まあいい、なかなかの顔もしているから、

売り飛ばせばそれなりの値が付くだろう。」


「売り飛ばす……のですか?」


ごめんなさい、私は人間だから、売るなど出来ませんよ。


「あぁ、いいご主人様に当たるといいな。」


男はヒヒヒッと嫌な笑い声を立てる。


「ご主人様?

もしかしてどこかの家を紹介していただけるのですか?

助かります。

よろしくお願いします。」


「あぁ、いい所に連れて行ってやるとも。」


良かった、どうやら就職先を紹介してもらえるみたいだ。

これで今夜の宿の心配をしなくて済んだわ。

そう思い、荷物を持ちベンチから立ち上がった。


「ちょっとお待ちよモスキー。

一体そのお嬢さんをどこに連れて行く気だい!」


「あっ、姉さん!」


男は今までの顔から一転、酷く焦ったような顔をしている。


「い、いや、この嬢ちゃんが今夜行く所が無いって言うんで、

宿を世話してやろうと思って。」


「ほー、お前がそんな殊勝な事をする玉かねぇ。」


「お、俺にだって人を気の毒に思う時だって有りまさぁ。」


「お前に? そんなのある訳無いだろう。

確かこの前、キツイお灸を据えたはずだよ。

それなのにまた何かするつもりかい。

もしそうなら、今度は命の心配をするんだねぇ。」


眼光鋭いおばさんが、厳ついおじさんに脅しをかける。


「滅相も無い。

そんな事は金輪際いたしません。

すいませんでした!」


深々とお辞儀をしたおじさんが、その場を足早に去ろうとした時、

おばさんが呼び止めた。


「ちょっと待ちな。」


「へ、へい…何でしょう。」


おじさんはビクビクしながら振り返るとそう言った、

でも、早く開放してほしいと言う顔が見え見えです。


「お前、このお嬢さんが気の毒だと思って声を掛けたんだろう?」


「はい!」


「ならばこのまま別れるのも未練が残るんじゃないかい?

それじゃあ寝覚めも悪くなるだろう。

だからそんな思いをしない為に、有り金全部置いて行きな。」


「なぜそんな事になるんですか‼」


「おやお前、この子の為に何かしたいんだろう?

だったら手っ取り早い施しは、金だね。」


「そんなぁ~~。

……じゃあ。」


おじさんは財布を取り出し、中から100ゼラ硬貨を取り出した。

100ゼラか、パンを一つぐらい買えるかしら。


「ケチな事をしてるんじゃないよ。」


そう言っておばさんがおじさんの財布を奪い取って、

中から持ち金を全てを取り出した。


「ほら、財布は返してやるよ。」


つまりおじさんの手元のお金は100ゼラだけになってしまったんですね。


「そんな、殺生ですぜ姉さん~。」


「ほー、お前のした事を衛兵に話してもいいと。」


「未遂です!」


「だがやる気満々だっただろう?

それを私に対して否定するのかい。」


おばさんは笑顔でそう言ったけれど、

その笑い顔が怖いと思うのは何故でしょう。


「分かりました。

全てお渡ししますから許して下さい~!」


そう言い捨てておじさんは退場した。

なんて太っ腹な人でしょう。


「さてお嬢ちゃん、あのやさし~いおじさんがこれをあんたにって。

良かったねぇ。」


「えっ?」


全て貰ってもいいのでしょうか。

見れば渡されたお金は全部で120,530ゼラだ。


「こ、こんなに沢山?」


価値の相場は分からないけれど、

先ほどおじさんは、施しの相場は100ゼラと言っていたよね。

それならば…。


「120,530ゼラは大金です。

こんなに私が貰うと言う事は、

おじさんのお金がそれだけ減ってしまうと言う事。

それはダメです。

私返してきます。」


あとを追いかけようとした私の腕を、おばさんが引き止める。


「あぁ、いいんだよ。

あいつに金を持たせると、碌でも無い事になるから。

金がないぐらいがちょうどいいんだよ。」


「そうなんですか?」


「そうなんですよ。」


おばさんはゲラゲラ笑っている。

ならばこれはいい事なんですね。

では有難く、120,530ゼラはいただいておきましょう。


「ところでお嬢ちゃん、行く所が無いって聞こえたんだけど、

一体どうしたんだい?」


こんな所では何だからと連れて来られたのは、

おばさんが経営していると言う店だった。

そして私はおばさんと共に、奥のテーブルに腰を落ち着けた。


「まず、嬢ちゃんの名前を教えてくれないかい。」


「えっと、メ、メアリーベルです。」


「うん、それで?」


「メアリ…ベルです…。」


「あぁ、それでミドルネームは?」


「あ…の……。」


コンスタンティン家を出た私は、

きっとその姓を名乗ってはいけないのだ。

だから今の私にミドルネームは無い。


「そうかい……。

まあ人間色々な事が有るわな。

だから深くは聞かないよ。

だけどね。

その年でお金もない、行く所も無いじゃぁ、

問題だろうが。」


「そうなんですか?」


「そうさ。

あんたの年なら保護者がいて当然だ。

父さんや母さんはどうしたんだい?」


「亡くなりました。

母は1年前、父は先日事故で……。

だから私、行く所が無くなって。」


「そうかい…、すまなかったね。」


おばさんは困ったような顔をして、私を少し見つめている。


「どうかね。

もしよかったらうちで働かないかい?

相部屋になっちまうが、寝床も有るし、

そんなには出せないが給金もちゃんと出す。

それにお仕着せも有るから、着替えの事もそう心配はしなくてもいいし、

何より、3食おやつ付きだ。」


「よろしくお願いします!」


私は思い切り頭を下げた。

でも、タダでそれだけの事をしてもらえる訳じゃ無い。

それは分かっているわ。

仕事などしたことは無いけど、

とにかく私がいてもいい場所を与えてもらったのだ。

そのご恩に報いられるよう頑張らなくちゃ。





「それじゃああんたの名前はメアリーだ。

メアリ―・ベル。

メアリーベルでもいいけど、そんな畏まった名前、

うちには不似合いだからね。

ミドルネームをベルにすればちょうどいい。」


「はい!ありがとうございます。」


「それで、うちは1階で食堂をしていて、上は宿屋をしている。

あんたはまだ何をどうすればいいか分からないだろう。

だから最初は雑用からだ。

仕事の内容は追々教えて行くからよろしく頼むよ。」


「ハイ!頑張ります。」


同室になったのは、パメラさんと言うお姉さんだった。

御年29歳。

とても頼りになりそうなお姉さんだ。


「おかみさんから話は聞いたよ。

その年で可哀そうに。

困った事が有ったら何でも私に言うんだよ。」


そう言って頭を撫でてくれる。


「ありがとうございます。

私頑張りますので、よろしくお願いします。」


「うんうん、任せておきな。」




それから私は色々な事を教えて貰った。

客室のベッドのシーツの替え方。

洗濯屋さんの場所や対応の仕方。

掃除の仕方や食器の洗い方。

一番楽しかったのは料理だった。

一つ一つの素材が相まって、また別の美味しい物に姿を変える。

不思議だ。

プレーンオムレツから始まった私の料理は、

高度な料理にいく段階で挫折した。

どうしても、思った味にならないのだ。

それも私の作った物は、破滅的な味になる。


「どうして私が作ると、シチューがベタ甘状態になるのでしょう……。」


「ま、まあ…誰にも得手不得手が有るからな……。

でもほら、メアリーは食器を洗うのも丁寧だし、そのうち上手になるさ。」


コック長のバリスさんは、

落ち込んだ私を何とか元気づけようとしてくれますが、

皿洗いは料理では有りません………。

まあとにかく、私の仕事から料理と言う文字は削除された。

それからまた時間が経ち、雑用に慣れてくると、

新たな仕事を教えて貰う事となった。


「だからぁ。

そんなお上品な口をきいていたら、

かえってなめられて、からかいの的になるの!」


「そうなんですか?」


「そうなの!

だからもっと砕けた口をきく事。

それから絡んでくる酔っ払いに情けを掛けちゃだめだよ。

もし体を触ってくるような奴がいたら殴っていいから。

でもあなたが素手で殴ったってダメージなんて受けないから、

トレーでも食器でも何でもいいから武器を使うのよ。」


「お客様にそんな事をしてもいいのですか?」


「いいの。

そんなんじゃ、相手の思うつぼよ。

遠慮せずにやっちゃいなさい!」


はぁ…。

私は今、パメラさんから接客のコツを教えて貰っている…はずだ。

しかしお客様相手に、暴力を推奨されるとは思いませんでした。

それからの私は、ホール係として色々な事を学びました。

お客様との口の利き方。

料理の注文の取り方、運び方。

理不尽な客への対応の仕方。

武器の使い方。

それをクリアしたら、いよいよ新しい仕事をさせてもらえる日です。



「はいよ、黒豚の炭火焼き一人前お待ち!」


昨日は私の16歳の誕生日を、ささやかながら皆さんに祝っていただきました。

そして今日からは、私は食堂の接客係としての一歩を踏み出します。


「おっ、メアリ~ちゃぁん。

今日からこっちで仕事かい。

相変わらず可愛いねぇ。」


「ベンさん、いらっしゃい。

相変わらずムキムキだね。

今日も梅定食?」


「今日はメアリーちゃんの昇進祝いだ。

松定で頼むわ。」


「は~い。

ベンさん松定一丁!」


「了解―。」


馴染みのベンさんが新しい仕事に就いた私を祝ってくれた。

嬉しい。


「おっ、かわいい子がいるじゃねえか。

ねえちゃん4人なんだけどよろしくな。」


一見さんのご到着のようです。


「すいませーん。

今いっぱいで席無いんです。

少し待ってもらえますか。」


「何だって?

俺達を誰だと思ってるんだ。

おまけに俺は腹が減ってるんだ。

ほらそこに一人でテーブルを占領している奴がいるじゃねえか。

そいつを立たせて、俺達を案内した方が得策じゃねえのか。

何たって客一人と四人だぜ。

なに簡単な算数だ。

どっちが得かなんて、ねえちゃんだってすぐ分かるだろ。」


「誰だと思っているって、皆さんは同じお客だと思ってますよ。

一人だろうと四人だろうと、うちにとっちゃぁ誰もが同じお客様。

違いますかぁ。

とにかく順番は順番だ。

飯が食いたきゃ、大人しく待ちな。」


…で、良かったんですよね?

教えて貰った対応の仕方に、間違いは無い筈。

そう思い私はそっとパメラさんの方を伺った。

するとそっと私を見ていたパメラさんが、

最高の笑顔でサムズアップをしてくれた。

良かった、間違っていなかった。


「なんだとぉ。

どの口がそんな事を言いやがる、この小娘が。

俺達は城に荷物を運び込むために、この町にやって来たんだ。

俺達に向かって、どの口がそんな事を言いやがる!」


「こんな口ですよ。

ちゃんと見ましたか?

見たよね、ほらほら。

よく見て用が済んだなら、さっさとお帰り下さいませだ!

私さっきも言ったよね。

うちにとっちゃぁお客はお客。

職人も土方も、城への荷役だって同じ客なんだよ。

城の仕事をしているからって、偉そうな口をきくんじゃないよ。

人は人、客は客、みんな同じなんだよ!」


あっ、何かお喋りしていて気持ちいいなんて初めて。


「なんだとぉ! この野郎‼」


おじさん達4人が一斉にこちらに飛び掛かろうとしています。

えっと、こう言う時って、確か武器で対応するんでしたっけ?

武器武器、手近な物でナイフとフォークじゃダメかな。


「おやおやお客さん、マナーがなっていませんねぇ。」


その声はパメラさん。

心配して厨房から出て来てくれたんですか?

大きなフライパンを軽々と片手に持ち、おじさん達を威嚇しています。

鋭い肉切り包丁を握り締めたコック長まで来てくれたんだ。

そしてその後ろには、ビルさんを始めとした、

筋肉ムキムキおじさんズが控えている。


それを見た荷役のおじさん達、なぜか顔色が悪いです。


「お、お前達そんな事をしていいと思っているのか!

俺達にそんな態度を取って、この店がどうなるか分からないぞぉ。

いいか、もしこの店を続けたいなら大人しく言う事を聞け。

そうじゃ無いと、お前たち全員訴えてやるからな……。」


おや、今までさんざ理不尽な事を並べておいて、

分が悪くなれば訴える~?

変な事を言いますね。

荷役のおじさん達は心なしか、だんだん尻すぼみになる小さな声で、

まだ凄んでいるようです。

そんな顔や声で言っても、粋がっているようには聞こえないですよ。


「たとえ城の仕事に携わっていても、ただの下っ端の囀りなんて、

うちは全然痛くも痒くも無いんだよ。

やりたければやればいい。

それで痛手を受けるのは、きっとお前さん達の方だよ。」


真打、おかみさんの登場です。


「な、何だと。

言ったな、おとといきやがれ!」


そう言っておじさん達は逃げるように飛び出していきました。

おじさん間違ってますよ。

それはこちらで言うべきセリフです。

おじさん達が言うべきなのは”覚えてやがれ!”では無いでしょうか。

まぁどうでもいいですけど。


「サラ、塩まいときな。

メアリー、よくやった。

怖く無かったかい。」


おじさん達に対応していた時とは全然違った、優しい顔で、

おかみさんが心配をしてくれます。


「大丈夫ですよ。

私、上手にやれていましたか?」


「あぁ、偉かったね。」


おかみさんは私の頭を撫でてくれて、褒めて下さいました。

私はもう16歳です。

頭を撫でてもらうような年では無いけれど、

でもとても嬉しかったです。


「ビル達もありがとう。

助かったよ。」


「どうってことねえよ。」


そう言って、ムキムキさんズはそれぞれ自分の席に帰って行った。


それから私は料理をサーブする時、

お礼や謝罪を言って回った。

そして取って置きのキャンディーを

一粒づつおじさん達の前に置いて行く。


「ありがとうよ。」


甘いものが苦手なゴードンさんも、笑顔で受け取ってくれた。




それから数か月、穏やかに時は流れ、

季節は再び冬へと変わっていた。


「メアリーがここに来てから、もう1年近く経つんだね。

早いもんだ。」


おかみさんが降り積もる雪を見ながら、ぽつりとつぶやいた。

そうか、もう一年経つんだ。

私は仕事にも慣れ、手際よくこなす術を学んだ。

そして私は現実を少しは見れるようになっていた。

親が死んだ場合、残された物は、

親類ではなく子供が引き継ぐものだと教えて貰った時は、

憤りを感じた。

でももう済んだ事だ。

今更私が何を言っても無駄な事だろう。

私が、コンスタンティン家の正当な跡取りだと

今更騒いでも仕方がない事なんだ。

だから私は変わらず、ナマズ亭のメアリー・ベルだ。


「今日は暇ですねぇ。」


「暇だねえ。

まあこう雪が降り続いちゃぁ、客足も遠のくってもんだ。」


「寒いですものねぇ。」


一人の客もいない食堂のテーブルで、

私達はのんびりと雪見の茶会と洒落込んでいた。

と、そこに上等な外套をはおった一団が入ってきた。

一目見ただけで、貴族か城の上層部の人だと分かる。


「すまない、店は営業しているだろうか?」


「はーい、大丈夫ですよ。」


懐かしいなぁ。

でも今の私に取っちゃあ、遠い世界の人達だけど。


「助かったよ。

この雪でどこの店も閉まっていて、凍える所だったんだ。」


「それは気の毒だったわね。

何か温かい物でも注文する?

それともお酒にしますか?」


「いや、任務中だ。

酒は止めておこう。

お勧めは何かな。

お腹が空いているから早く出来る物がいいな。」


「それなら若鳥をじっくりと煮込んだミルクスープがお勧めですよ。

パンは白パンをパリッと焼いた物が合いますね。

それ以外もできますが、ご希望は有りますか?」


「後は…そうだな、料理を待つ間に温かいお茶を貰おうか。」


「はい、ちょっとお待ちくださいね。

若鳥のシチューとトースト6人前。

それと紅茶をお願いしまーす。」


私は厨房にも通るよう、大きな声で叫ぶ。

おかみさんは相変わらず優雅にお茶を飲んでいる。

どうやら客のふりを決め込むようだ。


「はーい紅茶お待ちどうさま。

このジャムはサービスです。

お好きでしたら紅茶に入れて飲んで下さーい。」


それって甘くておいしいのよね。

私も大好き。

でも、ジャムの賞味期限が近いから、

早く使っちゃわなきゃと思っていたから丁度いい。

お勧めの若鳥のミルクスープにしても、

せっかく沢山作ったのに、

客が来ないからじっくりと煮込みすぎちゃったんだ。

下手すりゃあ、野菜が全部溶けちゃうところだった。


「ん~旨い。

本当に良く煮込んで有るな。」


「そうですね、

鳥も肉がほろほろとほぐれるし、

野菜にも良く味が染みている。」


「温かくて生き返りますね。」


団体さんが口々に褒めてくれます。

お口に合って何よりです。

皆さんお代わりをするほど気に入ってくれたようです。

これでシチューは全部はけましたー。

ありがとうございます。


「お嬢さん、紅茶をもう一杯頂けるかな。」


「はい、紅茶ですね。

コーヒーも有りますがどうします?」


「おぉ、コーヒーも置いてあるのかね。」


と言う事で、食後は皆さんコーヒーです。


「お待たせしましたー。

こちらはサービスです。」


そう言いながら、2種類のクッキーとチョコレートを6粒盛った皿を置く。


「チョコレートか、有難い。」


そうですね~。

チョコレートは輸入品ですから、めったには手に入りませんものね。


「そう言えばお嬢さん、

我々は人を探しているんだが、

メアリーベルと言う名の少女を知らないかね。

この辺でその名の子がいると聞いて来たんだが。」


「あぁ、いますよ。」


「もしや君はその少女を知っているのかね。」


「知っているも何も、それ私だから。」


「はぁ?」


そんなに驚かなくてもいいじゃないですか。

メアリーベル何て名前、結構いるんですからね。

でも、そんな立派ななりをして、メアリーベルを探しているって、

やはり私を探しているんでしょうか。

でも今更何の用なんだ?

家の事なら、おば様が牛耳っているから、私は用無しだ。


「あなたがメアリーベル様か?」


「様、何てがらじゃないけど、

確かに私がメアリー・ベルだよ。」


「メアリーベル?」


そう言って私に指をさす。


「そう、メアリー・ベル。」


そう言って私は自分を指さした。


「失礼だが、メアリーベル・コンスタンティン様でしょうか。」


その姓は捨てたから。

今の私は…。


「ただのメアリーだよ。

姓がベル。」


「何という事だ、人違いだったか………。」


そんなにガッカリしないで。

そりゃぁ、こんなに寒い日に人探しなど難儀な事だったけど、

美味しいスープを食べれたからよかったじゃない。


「そうか…………。

今日はもう遅い。

どこかに宿を取って、明日報告に戻るとしよう……。」


「それでしたら、うちでもお泊りできますよー。

上が宿になってるんです。」


その言葉を聞き、私はすかさずアピールする。


「それは助かった。

今から宿を探すのかと思ってウンザリしていたところだ。

では、部屋をお願いできるかね。」


「はーい、6部屋ですね。

おかみさん、宿泊6人様。

よろしくお願いしまーす。」


シングルかツインにするかなんて聞かない。

6部屋一択!

すると窓際に座っていたおかみさんが、

珍しく浮かない顔で立ち上がった。


「はいよ、6人だね。

すぐに用意するから待っていてくれ。

メアリー、あんたはもういいから部屋にお帰り。」


「えっ、私も手伝いますよ。」


いきなり客を6人も入れた責任がある。

私は、まくらやシーツを入れてある納戸に行こうとした。


「いいから!

さっさとお帰り!」


「はい…分かりました。」


そんなにきつく言わなくてもいいじゃない。

ブツブツと文句を言いながら、私は部屋に引っ込んだ。





「お腹空いた………。」


あれから結構時間が経った気がする。

多分私はあの場にいたらまずかったのだろう。

だからおかみさんは、あの場から私を引き離したんじゃないかな。

そう思えた。

だからじっと部屋で待っていたんだけれど、

あれから誰も私を呼びに来ない。

パメラさんすら帰ってこないんだ。

で、今の状態の私…。


「みんなご飯どうしたかな。

もしかしてまだみんな食べていないのかな。

……コック長が賄いを失敗した………。

何て事は無いよねぇ。」


一人でゲラゲラと笑う。


「でも、お腹すきすぎ。

何か摘まむ物でもあるかな…。」


私は階段を下り、食堂に向かった。

するとそこには先客がいた。


「お客様、どうかしたんですかぁ。」


お客さんは一人で、酒瓶の並べてある棚を眺めていた。


「あ~、白の人だ。」


突然の私の声で驚いたのか、その人はこちらを見つめている。


「城の人?」


「ええそう。

だってみんなお揃いの青い外套を着ていたのに、

あなただけ白い外套を着てたじゃない。

だから覚えちゃったの。」



「そんな呼ばれ方をされた事など無かったな。

面白い子だね君は。

いや、すまない。

実はどうにも寝付けなくて、酒でも飲もうかと来てみたんだが、

もう誰もいないようだから困っていたんだ。」


「お酒ですか?

いいですよ。

えっと、ずっしりと重い辛口の物と、さらりとした甘口、

さっぱりとしたシュワシュワする物が有りますが、どれにします?」


酒など飲んだ事など無いけれど、種類や特徴は一通り教えて貰っていた。


「そうか、ではその辛口をロックでもらおうか。」


「ロック?」


聞きなれない言葉に私は首をかしげた。


「知らないのかい?

グラスに氷を入れて、酒を注ぐだけだよ。」


「へー、ただそれだけなのに、そんな洒落た名前を付けるんですね。」


そう言ってハタと気が付いた。

今の季節、氷など冷たいものを好む人はいない。

だから製氷機は止めてしまったんだ。

私は外を見つめ、ドアから出る。

そして軒下に下がっていたツララをぽきんと数本折って戻った。

棚からグラスを取り出し、汚れの無いきれいな氷を厳選し、

それをグラスに入れてお酒を注ぐ。


「お待たせしましたぁ。」


そう言いながら、白の人の前に置いた。

最初は面食らっていたようだけど、

その人はやがて、グラスを見つめくすくすと笑い出した。


「いや、やっぱり君は面白いな。

君を見ていると、憂いが晴れるようだ。」


「憂い…ですか?

何かお辛い事が有ったのですか。」


きっと誰かに私を探せと、無理やり命令されたのですね。

それもこんな過酷な季節に。

それなら憂鬱にもなりますね。

でも、メアリーベルは私ですと名乗り出て、

危害を加えられたり殺されたらたまったもんじゃない。


彼はカウンターの椅子に腰かけ、こくんと酒を口にした。


「この町にメアリーベルと言う名の女の子は、他にいないのかい。」


「メアリーベルですか。

確か西区のピンクパラダイスっていうお店に、

同じ名の子がいるって聞いた事が有ります。」


「パラダイス…娼館か……。」


そう言って白さんはガックリと首を垂れる。

何だか辛そうだな。

ここは飲ませて吞み潰して、嫌な事を忘れてもらおう。

そう思い、私は次々とロックを作り続けた。


「らからさー、きいれる? メアリーちゃん。

おにいさんにだってわかいころはあったんらよ。

きらきらしたせいしゅんがあったろ。」


「はいはい、聞いてますよ。」


「そしておにいさんにはねー、ほれたひとがいたのー。

とてもかわいくてねぇ、ちっちゃくてねー。

たべちゃいたいぐらいにかわいいこらったんらよー。」


「小さいって、背の低い女性だったんですね。」


「ちーがーうーろー。

あのこはまだわかかったんだってばー。

ちっちゃくって、ころころとうごきまわって、

てんしんらんまんにわらって。

とにかくすごくかわいかったんらよぉー。」


あー面倒だ。

酔い潰そうなんて思わなければよかった。

こう言うの何て言ったっけ。

あぁ、確か絡み酒って言ったっけ。


「あー! こんな所にいたんですか。

それも一人で勝手に飲んで、

ずるいじゃ有りませんか。」


どうやら青い人の一人が白い人を探しに来たみたいだ。


「もうだいぶ回っているみたいだから、

部屋に連れ帰って、休ませた方がいいですよ。」


「そのようだね。

チェッ、飲むなら誘ってくれたっていいのに。」


「残念でしたね。」


そう言って笑いかける。


「メアリーたん…。」


青の人、どうしたの?


「俺、また絶対に来るから。

ここに来るから。

だからその時は、俺と一緒にデートして下さい!」


「だめら――――‼

めありーべるはおれのだ――――――――‼」


白の人はそう絶叫してから意識を手放した。

あーぁ。

しょうがねえなー。

そう言いながら白の人の脇を肩に掛け、

退場する青の人。


「メアリーちゃん、俺本気だからね。

そうだ、俺の名前リーガルっていうんだ。

よろしくね。」


そう言って片手を上げて去って行った。

やっと行ったか。

それなら次は私の晩御飯…。

やめた……。

今食べると、絶対に身に付くよね。

そう思って私は部屋に引き返した。


あくる朝早く、朝食を食べ終わったお客さん達は、

早々とナマズ亭を後にした。

頭痛を訴える一人を除いて、皆陽気に手を振っていた。


「メアリーちゃん、約束、忘れないでねー!」


遠くでそう声がした。




それからまた平和な日が続いた。

陽気も良くなり、客足も増えた。

私は給仕の途中、おしりを触られれば、

相手の手の甲に青痣が残るぐらいにつねり倒し、

キスを迫られれば、パメラ姉さんの鉄槌が下る。

何とものどかな風景だ。


「平和だなぁ………。」


しみじみと私は呟いた。


「どこを見てそう言ってるのさ!」


「えー、この状況を見てですよ。」


店の中は満員すし詰め状態のナマズ亭。

怒号が飛び交い、サラさん達は隙間を縫って走り回っている。

コック長に関しては、もはややけくそ状態だ。

旨きゃ何でもいいんだろ! そう叫んでいる。

あれじゃあきっと、料理は注文通りに客の下には届かないだろうな。

まあ美味しいんだから、お客さんにとってはラッキーだよね。

ビルさんはパメラ姉さんに抱き着き口説いているようだ。

ただの戯れにも見えるけれど、

私、多分ビルさんは本気じゃないかなと思うんだ。


「さて、私も休憩を切り上げて、楽しまなくちゃ。」


そう言って私は一歩を踏み出した。

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箱入り娘にもほどがある はねうさぎ @hane-usagi

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