第52話 和解
イリス王女を護衛する中隊は王都を出発し、無事中間地点のケルランド城にたどり着く。
しかし、そこで一つ問題が起きる。
「――峡谷をケルベロスが封鎖しているそうです」
ケルベロスは手練れの騎士でも苦戦する上級魔物である。
狭い峡谷では、十分に脅威になる。
安全第一を考えるなら、迂回するのが良い。
だが、目的地のクラン辺境伯領へ向かうには、峡谷を通っていくルートが最短だ。
峡谷を通らないとなると、大幅な迂回を迫られる。これだと日程に遅れが生じる。
「どうしますか、ウルス中隊長」
「ケルベロスを一人で倒しにいくのは危険だ。最低二人は欲しいが、そうすると殿下の守りが手薄になるか」
ウルスは頭を悩ませる。
ハッキリ言って、薄くなると言っても、それでも近衛騎士最強の男に加えて、第一警備隊隊長と彼の率いる衛兵、さらには城の兵士までいるので、イリスに本当に危険が及ぶわけではない。
しかし、王宮外での護衛任務は、いつもより慎重を期す必要がある。
中隊長自ら「ちょっとくらいのことなら安全です」とはなかなか言い出しにくいのだ。
だが、だからと言って日程が大幅に遅れることは避けたい。それはイリスも同じ思いだった。
――そこで、空気を読んだ王女が助け舟を出す。
「隊長がいれば私は大丈夫だろう。だからリートとラーグを行かせてはどうだろうか。渓谷が塞がれているということは民の活動にも支障が出ているはず。早急に取り除いてやるのが良いだろう」
「そうですね……仰せのままにいたしましょう。リート、ラーグ。早急にケルベロスを倒してきてくれ」
「わかりました」
†
リートとラーグは昼一で城を出て馬を走らせる。
城から一時間ほど行ったところで、ケルベロスがいるという峡谷に辿りついた。
一本道の峡谷。
ケルベロスとの戦いに馬が巻き込まれると帰りは徒歩になってしまうので、入り口から少し入ったところに馬をくくりつけておく。
幸い昼間なので峡谷の中はそれなりに明るく、視界には困らなかった。
ケルベロスは大きな魔物で、敵がいなければ活発に動き回るタイプではない。なので奇襲は心配する必要がなく、二人は粛々と道を進んでいく。
「お前、王様が出世させてやるって言ったのを辞退したんだってな」
と、それまで――この旅が始まる前から――口を閉ざしていたラーグがそう言った。
「ええ、そうですね」
「なぜだ。第六位階ってのは、多くの騎士が定年までかけてもたどり着くことができない位階だ。しかも王様の申し出を断るなんて、どうかしてる」
リートはそう言われて、確かにそうだなと思った。
ただ、改めて考え直してみても、間違ってはいないと思った。
「――試験が一つの任務だとしたら、それに遅れたってのは、どう考えても昇進に相応しいことじゃないから、自分で納得ができなかったんですね」
「しかし、あの状況で試験を放棄して村を救うって決断は、誰にでもできることじゃないだろう。王様も、人々を守る騎士としての資質を持っているとお考えになったんだろう」
「いやでも……きっとそれを言い出したらダメなんですよ。――全員救えなきゃ」
「全員……だと」
「王女様を守る任務。それで王女様を守るのは当たり前。でも、隣で民が苦しんでいるなら、それも同時に救いたい。全員救うっていうのはそういうことです」
それはリートの理想だった。
敵も味方も、救える限りの人間を救いたい。
誰一人不幸にならない。
それが、リートの目指す世界だった。
自分でも、それが簡単なことではないとわかっていたが、しかしだとしたらなおのことそれを目指さないといけない。
「……大馬鹿野郎だな。そんなの絶対無理だ」
ラーグは鼻で笑う。
だがそれと同時に、ラーグの頭の中で自分の尊敬する人物にリートの姿が重なった。
「でも、不器用なのはウルス中隊長と同じだ」
ハッキリ言って、騎士ってのは、出世欲に塗(まみ)れた人間ばかりだ。
そんな中でウルスは違う。上司や高級役人相手でも、相手が間違っていればちゃんと意見する。
だから、実力に比して地位が低い。
他のどの中隊長よりも強いのに、中隊長になったのはようやく最近なのは、ウルスの媚びなさが理由なのだ。
そんな中隊長――一番尊敬する近衛騎士最強の男と――リートの姿がラーグの中で重なるのだ。
――ラーグは、リートが最初に王宮にやってきたとき、どんなズル野郎が来たんだろうかって思った。
成果をあげないとなれない近衛騎士にいきなりなったのには、きっと何か汚い裏がある。そう思ったのだ。
でも、違ったのだ。
リートはそんなことはしない。
「……ウルス中隊長から聞いた。来年、俺たちが第六位階に上がったら、どっちかが隊長代理になる」
現在第一近衛隊には、隊長の資格である第五位階を満たす者がいない。しかし第六位階の者であれば、代理という形で隊長の任務を代行できる。実質隊長となれるのだ。
そして二人の実力からいえば、来年第六位階に出世する可能性は十二分にあった。
であれば、どちらかが隊長の任務を行うことになる。
――それは、どちらかがどちらかの下につくことを意味する。
「もちろん、どっちがなっても文句はなしだ」
――それはラーグなりにリートのことを認めたという意思表示であった。
「ええ、もちろんです」
リートはそれまでわだかまりのあったラーグとようやく距離を縮めることができて、言いようのないほのかな暖かさを感じるのだった。
†
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