第50話 暗殺



 ――王都、憲兵の取調室。


 そこで、ウェルズリー公爵は重要参考人として、事情聴取を受けていた。


 容疑は、もちろんリートへの妨害行為についてである。

 逮捕された東方騎士団長は、妨害行為についてウェルズリー公爵の指図だったと自白していた。


 しかし、公爵の関与を証明する証拠は何一つ上がっていない。


 憲兵も流石に、証拠もなしに公爵を有罪にはできない。

 思い込みで人を裁くこと、それは正義を重んじる国王が何より嫌うことだった。


 だが憲兵たちもわかっている。目の前の人物が黒であるということは。

 だから入念に調べてあげていた。しかし、それでも証拠は見つからない。


 ――それもそのはず。公爵は東方騎士団長への指示に当たっては、絶対に自分が関与したという証拠が残らないように立ち回ってきたからだ。


「それでは、あくまで関与を否定するということだな」


「当たり前だ。私がイチ騎士ごときの試験を妨害してもなんの得にもならん」


「しかし、リート・ウェルズリーはお前の息子で、家から追放されていた。不仲の息子に対して、妨害をしたんだろう」


「バカな。あいつごときに私が構うわけがない」



 ――そして数日間にわたって取り調べは続いたが、結局成果をあげることはできなかった。


 憲兵たちも公爵へのお咎めはなしと言う結論に至らざるをえなかった。


 ――結局、解放される公爵。


 なんとか最悪の事態は回避できた、と公爵は一安心する。


 だが、事態が深刻であることに変わりはない。

 公爵は東方騎士団長への影響力を失った。これは権力基盤を失ったことに等しい。


 ……クソ。ここで俺の人生が終わってしまうのか。

 公爵は怒りに打ち震え、憤る。 


 だが。

 ――解放された公爵の前に現れ、手招きをするものがいた。


「なんだ?」


 公爵に近づいてきたのは、第二王女カミラお付きの騎士の一人だった。 


「カミラ王女様がお呼びです」


 公爵は驚く。

 カミラ王女とは、小さい頃に会ったことがあったがそれきりだ。

 特に親交がある訳ではない。


 ――なんとなく、陰謀の匂いがした。


 公爵は導かれるまま、騎士についていく。


 そして一室に通される。


「よくぞきた、ウェルズリー公爵」


「殿下。大きくなられました……。一体いつぶりか」


「そんな社交辞令はいらんぞ、公爵。今のお前にはそんな余裕はなかろう?」


 そう言われて、やはり自分がなんとなしに呼ばれた訳でないのだと理解する公爵。


「して……今日はいかなる御用で?」


「なに、そなたと一つ取引をしたいのだ」


「取引、でございますか」


「そうだ。そなたにとっては一発逆転の取引だ」


「――――と申しますと」


 わずかばかりの空白。

 そしてカミラは囁くように答える。



「――――イリスを殺してほしい」



 その言葉に、公爵はハッと息を飲む。


 第二王女からでた言葉。

 それは姉である第一王女を殺して欲しいと言うものだった。


 イリスとカミラが腹違いなのはウェルズリー公爵も当然知っていた。


 そして唯一皇后の娘であるカミラが、王位を諦めていないことも公然の秘密だ。


 しかし、まさか、殺せなどと言う直接的な言葉が、10代後半に差し掛かったばかりの人間から出るとは。


「……王女様。ご冗談はよしてください……」


 公爵が言うと、カミラは笑う。


「冗談でこのようなことは言うまい。私は本気だよ」


 ――その瞳を見て、公爵はカミラが本気なのだと悟るる。


 ……なんて末恐ろしい。

 権力のためには全てを厭わない。

 その覚悟がすでにできているのだ。


「公爵、そなたにとって全く悪い話ではない。それどころか渡りに船だろう」


「……と申しますと」


「もし、イリスを殺してくれたら、私はそなたに全てを捧げよう。――例えば、お前の子息と結婚しようじゃないか」


「――――ッ!!」


 公爵は言葉を失う。

 それは破格の申し出だ。


 カイトとカミラ王女が結婚すれば、二人は共同君主となる。

 外戚である公爵は、一気に宮廷を掌握できるだろう。


 家臣としては最高の地位である公爵にまで上り詰めた彼が、次に望むものは、まさしく王家の権力に他ならない。

 そしてそれが目の前に転がり込んできたのだ。


 まさしく千載一遇のチャンスと言える。


「来月、イリスがクラン辺境伯領へと赴く。滅多にない外出の機会だ。まさしく好機と言える。今ならまだ、隠した兵力を動かせるであろう?」


 ――確かに、騎士団への影響力は失ったが、これまで積み上げてきたものを総動員すれば、現実的な範囲だ。


 そして――何より公爵自身も戦える。

 引退はしたが、かつて国の英雄として活躍した実力はそう簡単に衰えない。


 ――もちろん、リスクを伴うことはわかっていた。

 王族への叛逆は、バレれば間違いなく死刑だ。


 もちろん、直接的な証拠が残らないように最大限の努力はするが、確実とは言えない。

 王女を殺すとなると、今までしてきた些細な妨害とはレベルが全く違うのだ。


 ――だが。


 どうせこのままなら、つまらん余生が待っている。

 それならば、最後に一つ大きな賭けをしたところで、失うものはないではないか。


「――なるほど、お話はよくわかりました。その話お受けいたしましょう」


「ふふ。素晴らしいぞ、公爵。期待しているからな」


 カミラはニンマリと――邪悪に笑ったのだった。

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