第40話 お前みたいな雑魚

お前みたいな雑魚



 リートがシャーロットを弟子に取ることを決めた翌日。


 シャーロットを朝から闘技場に呼びだし、早速稽古をつけることにした。


 ちなみに、まだアイラは眠っている。幸い生まれたばかりのドラゴンは睡眠時間が長いのだ。

 リートもそろそろアイラを新しい人間に会わせると機嫌が悪くなると覚えたので、シャーロットと会わせるのは若干憂鬱だった。


「師匠、よろしくお願いします!」


 シャーロットは会うなり、勢いよく頭を下げる。


「ああ、よろしく」


 リートは、このシャーロットの元気さに少し押され気味になる。


 ――これまで、きっと恵まれない人生を送ってきただろうに、よくここまでまっすぐでいられたな。


 リートは思わず感心する。

 そして、きっとこの純粋さが、彼女の成長の原動力になるだろう。


「それじゃぁ、早速修行――をする前に、現状を確認しよう」


「現状確認ですか?」


「ああ。まずは最初にシャーロットのいいところを一つ言おう」


 リートが言うと、シャーロットは拳を胸の前で握りしめて、期待した目で見る。


「それは、相手の攻撃が“ちゃんと視えている”ことだ」


「視えている、ですか?」


「ああ、そうだ。お前には、俺の攻撃がちゃんと視えていた。自分で言うのもなんだが“神聖強化”のスキルで強化されている俺の動きをちゃんと追えるのは、実は十分に強みなんだ」


 リートが言うと、シャーロットは満面の笑みを浮かべる。


「だが、大きな弱点が一つある」


「はい! なんでも言ってください! 克服できるように頑張ります!」


「お前が直すべき弱点――それは力みだ」


「……力み? つまり……力が入っている?」


「ああ。そうだ。お前は全ての挙動に力が入りすぎた。それをなくせば、もっと技に威力が出るし、動きも格段に速くなる」


 リートが言うと、ぽかんとするシャーロット。


「だって力を入れないと、威力は出ないですよね?」


 やはりリートが思った通り、シャーロットはちゃんとした武術を教わったことがないのだ。


「それは違う。力みがあるというのは、“内側に縮こまっている”状態だ。拳を思いっきり握りしめてみろ。内側に力がこもるだろ?」


 リートがそう教えると、シャーロットはその小さく丸い子供のような手をぎゅっと握る。


「……確かに、そうですけど……」


「一方、攻撃ってのは、相手への打撃、つまり外側への動きだ。これは力みとは全く逆のものなんだよ」


「……なるほど、確かにそう言われるとそうですね」


「力まなければ、威力も出るし、おまけに速く動ける。だからとにかく色々な挙動から力みをなくせ」


「が、頑張ります!」


「よし。じゃぁ早速練習しよう。まずは力まずに、跳躍して相手に突撃する練習をしよう」


 そう言ったリートは、シャーロットの横に立ち、説明する。


「突撃するために地面を蹴るが、その時に力まない。その代わりに、力をふっと抜いて、重力で体が落ちて地面に反射するその反動を使う。これが全ての基本だ」


 そう言って、リートはそれを実演してみせる。


 すっと腰を落とし、重力に引きつけられた体重が地面に伝わり、反作用によって力となって返ってくる――

 その結果、リートはほとんど力を使わずに、いや力を使わないからこそ、素早く、大きく跳躍する。

 

「す、すごいです!! 確かに、地面を思いっきり蹴っているって感じでもないのに!」


「これがある程度できれば、強い相手でも十分戦えるぞ」


「わかりました! 頑張ります!」


 そう言って、シャーロットは見よう見まねで力まない動きを実践する。

 だが、そう簡単にはうまくいかない。逆にギクシャクしてしまい、余計に力が入ってしまう。


 やはり、簡単ではないか。

 特に彼女は長年独学で訓練してきたのだ。変な力の入れ方がこびりついている。


「うーん、そうだな」


 リートは、昔自分が教えてもらった時のことを思いだす。

 あの時、どうやって教わったっけな……


「そうだ、思い出した」


 リートは、ポンと手を打つ。


 シャーロットは首をかしげる。


「ちょっと、力勝負をしよう」


 リートはそう言って、両手の平を前に突き出す。ただし、肘を脇につけてシャーロットの胸の位置に合わせて。

 

「手のひらで押し合う。後ろに倒れた方が負けだ」


「なるほど!」


 シャーロットは素直に両手を突き出してくる。


「じゃぁ思いっきり押せよ」


「はい!」


 二人の手の平が重なり、シャーロットは力の限りリートを押す。

 リートは、適当に力を抜いて、押し合いを拮抗させる。


 そして――


 リートは突然力を抜いたと同時に、半身を切って、シャーロットの側面に回り込む。


「えっ――」


 突然力の行き場を失ったシャーロットの体は、そのまま前に倒れていく。



「いまだ、右足を前に!」


 リートが鋭く言う。

 反射神経に優れるシャーロットはそれを瞬時に聞いて、ほとんど反射的なスピードで右足を出した。


 彼女の小さな足が、しっかりと地面に踏み込まれる。

 前かがみの力が、地面と斜めに反発することで、前へ進む力へと変換される。 


 それは――予期せず大きな一歩となる。


 全く予想していない跳躍だったので、シャーロットはうまく着地できず、少しつんのめり気味に足をついて着地した。


 だが――


「な、なんか! 今の!」


 パァッとシャーロットの表情が明るくなる。


 どうやら、力みがなくなる感覚と、その時に生まれる力の強さを感じ取ったらしい。


 リートの目論見通りだ。

 力を入れて、突然支えが突然なくなったその瞬間。

 その瞬間に、人間は真の脱力状態――無駄な力みが完全に抜けた状態に陥る。


 重力に任せれば、落ちた水が地面を流れていくように体が動いていく。

 それこそが、武芸の達人なら誰でもやっている体さばきだ。


「今の感覚で、もう一度突撃の練習をしてみろ」


 リートが言うと、シャーロットはすぐさま実践する。


 ――今度は、もう簡単だった。


 感覚が残っているから、あのふっと力が抜ける瞬間が再現できる。

 無駄な力みがなく、ボールが跳ねるように、体がまっすぐ進んでいく。


 それまでとは比べ物にならない飛距離、そして速さの跳躍。


 そこに彼女のまっすぐな拳が乗れば――高い威力になるのは想像に難くない。


「すごい、羽が生えたみたい!」


 リートは、シャーロットの飲み込みが早いことに驚いた。

 今まで誰からも教わったことがなかっただけで、教わればそれを愚直に信じて実行できる。

 だから飲み込みが早い。


 ――これなら、目の前の小隊長試験でも大いに活躍してくれるだろう。

 そうなればシャーロット自身にもメリットがある。小隊長試験で活躍すれば、騎士登用への道が開けるからだ。

 もしかしたら思いの外早く、その日はやってくるかもしれない。



 ――シャーロットを見て頷いていたリートだったが。


「なんだ、新しい師匠見つけたのかよ」


 突然、ヘラヘラと嘲笑うような声が聞こえてきた。


 リートが振り返るとそこにいたのは、


 ――ランド。

 昨日までシャーロットの師匠だった騎士だ。

 中央騎士団の第七位階(セブンス)騎士。


「小汚いホームレス小人を弟子にする物好きさんがいるとはな……」


 ランドはそう言いながらリートの方に歩み寄ってくる。


「しかもそれが、あの噂の騎士、リートだったとはね。まさかロリコンだったとは驚きだ」


 「無職」で騎士になり、いきなり第七位階になったリートのことは、騎士たちの間で噂になっており、ランドは一方的にリートのことを知っているのだ。


「しかし本当に、よかったぜ。おかげでライバルが一人減った」


 ランドはヒヒと笑いながら続ける。


「この小人は、見た通り、大した技も使えねぇ雑魚だからな。騎士になるなんて失礼もいいところだぜ。小人らしく、売春婦にでもなっときゃいいんだ」


 ランドのあまりに下賎な笑い声を聞いて。

 

 ――リートは拳を強く握りしめる。


 シャーロットの方を見ると、彼女の顔は酷く歪んでいた。

 さっきまでのまっすぐさは、どこかへ影を潜めてしまった。

 それを見て、リートは、


「――おいおい、なんか勘違いしてないか」


 鋭い目つきで、ランドを睨みつける。


「あん? 何が勘違いなんだ?」


「俺はこいつの努力を信じてる。シャーロットとだったら、小隊長試験を勝ち抜けると思ってる。特に――――」


「なんだよ?」


「特に――――お前みたいな雑魚(・・)相手なら、一捻りだ」


 リートがそう言うと、ランドの顔が一気に真っ赤になる。

 今にも剣を抜き去ろうというような勢いだった。


 だが、流石に試験前に乱闘騒ぎを起こさないだけの理性はかろうじて残っていた。


「テメェ。俺と当たったら覚えてろよ。ぶっ殺してやる」


 そう吐き捨てて、ランドは踵を返した。


 その背中をリートは睨みつける。


 そしてランドが闘技場から出ていったのを確認して、ようやくシャーロットの方に向き直る。

 シャーロットが目を丸くしていたので、リートはまずいと思って、すぐ謝る。


「ああ、悪い。ちょっと熱くなった。一応、あいつはお前の師匠だったな……」


 リートは自分でもらしくないと思った。

 父親に捨てられた時だって、あんな風に暴言を吐いたりはしなかった。


 だけど、目の前で一生懸命頑張ってきた人間が蔑まれるのを黙って見逃せなかったのだ。


 だが、あまり気持ちのいいものではなかった、と反省する。「すまんな」とリートは頭を掻きながらシャーロットに詫びる。


 ――だが、次の瞬間。


 シャーロットの大きな瞳から、涙が溢れた。



 それにリートは動揺する。


「ごめん! 驚かせた!」


 リートがそう言うと、しかしシャーロットは勢いよく首を振った。


「信じてくれるって言ってくれた人、生まれて初めてだったから」


 その言葉を聞いて、リートは絶句した。


 18年間も生きてきて、信じてくれた人がいなかったなんて。


 そんなことってあっていいのかよ。

 一体、どれだけ過酷な環境で生きてきたのだろう。


 それなのに。

 彼女は、誰も信じてくれないのに、それでも必死に拳を鍛えてきたのだ。


 リートは膝をついてシャーロットを抱きしめる。


「――絶対、騎士になろう。お前を蔑んだ奴らをぶっ飛ばそう」


 リートが言うと、シャーロットは泣きながら「はい」と頷いたのだった。

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