第33話 刺客



 リートは任務のため、東方の町コリンへ向かう。

 だが、町へ辿り着いたリートを待っていたのは、思わぬ状況だった。


「え、モンスターは出てない?」


 町に着くなり役所に向かったリートだったが、町長から出て来たのはそんな思わぬ言葉だった。


 町長は突然、騎士が訪問してきたと思ったらしく、驚いた様子だった。


「ええ。メタルウルフなんてものは出ていませんよ。そりゃちょっとしたモンスターくらいは出るかもしれませんが、騎士様をお呼びするほどではありません」


「しかし、東方騎士団に依頼があったと聞いたんですが」


「何かの間違いですかね。平和そのものですよ、この町は」


 リートは、不安になってウルス隊長から受け取った地図を見直す。

 しかし、場所は間違っていない。


「いったい、どういうことなんだ……」



 リートは首をひねる。


 だが考えても答えは出ない。リートはウルスに指示を仰ぐため、町長にコンタクトミラーを借り、王都の事務所へと繋げてウルス隊長に連絡を取った。


「隊長、コリンへ着きましたが、メタルウルフはいないと言われました」


 リートの報告を聞くと、ウルスは怪訝な表情を浮かべた。


「いない? どういうことだ」


「そのままの意味です。町長に確認しましたが、モンスターに困っているわけではないし、依頼を出した覚えもないと」


「バカな……確かに東方騎士団から応援要請があったんだが……。指示を受けた紙も残っている」


「何かの手違いでしょうか」


「私の方で何があったのかは調べておく。とりあえず明日戻ってこい」


「わかりました」


「……なんだか嫌な予感がする。帰りは用心してくれよ」


 ウルス隊長の言葉にはかなりの重みがあった。

 “嫌な予感”が思い過ごしならばいいが、長年の経験に裏打ちされているとしたら……。


「それではまた明日」


 リートはそれで交信を切った。



 そのまま、町長にお礼を言って、役所を出たリート。

 そのまま町の端の方にある宿へと向かった。


 ――だが、その道中。



 向こうから、ローブに身を包んだ男が歩いてきたのを見つけて、リートは悪寒を覚えた。


 フードで顔は隠れている。

 暗がりで表情を伺うことはできない。


 だが剣士の勘が、ただならぬ雰囲気を感じていた。



「やぁ」


 男が立ち止まった。

 リートはいつでも剣をひきぬける様に身構えた。


 ――そして、男がフードを下ろす。


 その顔には、見覚えがあった。



 ボサボサになった金髪のロングヘアが揺れ、その隙間から鋭い目つきが現れる。


 ローガン・ベントリー。


 騎士採用試験で、リートに破れた上、不正が露呈した男だ。


 彼が試験の後どうなったかについてはウワサで聞いていた。


 リートは彼に立ち直る機会を与えるために、不正の件を騒ぎ立てないようにとイリスに頼んだ。

 だが結局、イリスではない別の人間から不正の話が漏れてしまったらしい。

 噂はあっという間に広がり、“お偉いさん”であるローガンの父親は、息子の不祥事のせいで騎士団に居場所を失った。

 そして、ローガンは勘当され、実家から追放された。


 ――そんな哀れな男が、その後どうしているのか、実はリートも気になっていたのだが。


 まさか、目の前に現れるとは。 


 しかも、あの時とは全く雰囲気が違う。


 身にまとうのは――狂気。


 そう、狂気だ。



「僕は今日、死ぬ……」



 とローガンはボソリと呟く。


 リートは剣の柄に手を置き、腰を落とした。




 ローガンのかなきり声が辺りに響く。



 そして彼はその“スキル”を口にした。



「――“狂化”!」




 

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