奴隷として生涯を終えるつもりが、奴隷専用の最強スキルを手に入れた ~誰か助けてくれヒロインが強すぎて倒せない~
三ツ三
プロローグ
ガシャンッ!!
一体どれだけ聞いたのかわからない音。鉄檻の中に放り投げられた後に必ずする音。
施錠の音だ。
街の外れの薄暗い土地の一角の建物内。そこで俺は檻に閉じ込められた。
「ちっ最後まで気色悪い面見せやがって」
立派な髭を生やした貴族の男が吐き捨てるように口にした。彼は俺のご主人、いや元ご主人という所だ。
俺は売られた・・・奴隷だ。
買われては売られ、日を跨ぎまた買われ、そして売られこの冷たい鉄檻の中へと放り込まれる。そして全員が予定調和のように俺を睨みつけ、目の前にいる男のように同じ言葉を吐かれる。
「お買い上げいただいた時に申した通り、どんな調教師であろうと"これ"の顔を変えることは出来ないのですよ」
小太りの商人が元ご主人に言った。両手を擦り合わせながらごまをすりながら薄気味悪い笑みを浮かべる。
商人の言うこれの顔を変える、その意味は俺の表情を変えること。
今も俺が向けている表情。口角が上がりきった笑顔などとは程遠い感情の表情。目は死に絶え眉一つ動かさない、だが口角だけは上がっている表情。
完全に壊れている。
そう言われたこともあった。
「ですが、不思議なんですよね~、これを買う人は意外にも多いのですよ。どうしてなんでしょうかね~?」
「ふんっ! 気の迷いとしか思えん!」
気の迷いか。確かにその通りなのだろう。
商人からの忠告は必ずある、不気味に笑い続けると。暴力を振るわれ様が、鞭で打たれようが、全身を犯しつくそうが、口角が下がり声を荒げることはない。
正確には、声を出すことすらない、と。
それが奴隷趣味の方々には良いキャッチフレーズだったのか自分の力を思い知らせると言いいつも買っていく。
そして最後はこの有様だ。
「では、新しい奴隷をご用意しておりますのでこちらに」
商人の言葉を待ち侘びていたように元ご主人は俺に背を向けその場を後にした。
それを見送り姿が消えた瞬間に俺は仰向けに倒れる。
黒い鉄の天井。いつもの光景。
何度この光景を目にしたか、奴隷として売られてから何年経ったか、何人のご主人と出会ったか、どんなことをされてきたか、どれだけ痛めつけられ辱めを受けたか、思い出すことが出来ない。
それこそ、さっきの男の名前すら、思い出せない。
記憶の欠落、消去。自己防衛なのか人間の本能的な物なのかわからない。
奴隷として生きていくにつれ頭の中に記録し保存するという行為を完全に停止していた、気が付いた時にはもうわからなくなっている。
それだけじゃない、自分の過去すらも喪失、記憶の再生すら出来ないでいた。
自分がいつ奴隷として売られたのか、何で売られたのか、何処で売られたのか、自分の出身地は何処なのか、家族はいるのか。
自分の名前は・・・何だったのか・・・。
商人は常に奴隷を物としか扱わない。
ヒューマン、これ、この男、それだけだ。
当然に買う人間は奴隷の名前なんかに興味は無い、誰一人名前を商人に訪ねた者はいなかったと思う。
だから俺が知識としてある物は繰り返し行わることのみ。
買われ、使われ、売られ、待つ、そして再び買われ。その繰り返しだ。
ふと鉄の枷で繋がれている両手で自分の顔を触れる。
今もまだ口角が上がっているのが良くわかる。商人も誰も居ないのに確認をしていた。もはや自分で制御できないまでになっていた。
微かに覚えていることの一つだ。この表情は俺の最後の抵抗だったはずだ。
たしか一番最初にこれをやった時に俺を不気味に思い次の日にはここと同じような市場へと戻されたのだった。それを続けていって今の形に形成されたはずだ。感覚、思考、聴覚、食感。あらゆる物を捨て去り俺は抗っていた気がする。
耳からは何も聞こえない、だけど回りには俺と同じように売られた人間の奴隷や動物、モンスターも多くいる事が良くわかる。
気配には不思議と敏感になったのか俺の檻の隣が人型の何かで今にも死にそうだということはわかる。
さらに隣には常に咳をしていて何かの病にかかっていて衰弱しきっているのもよくわかる。
さらにその隣は・・・・・・そんな事をしていると、目蓋が徐々に落ちてきた。
買われた時はいつ起こされるかわからない、そのおかげで満足した睡眠は取れない。今思えばこの瞬間だけが一番幸せの時間なのかもしれない。
次の主人が選ばれるまでの・・・この時間が・・・。
・ ・ ・
目を覚ましたのは、すぐに感じられた。どれだけの時間かはわからない。目を覚ました切っ掛けはすぐにわかった。
目の前にはいつもの商人、それと商人よりもデカく太っている男だった。
服装ですぐに貴族だとわかった、そして今まで繰り返された会話と同じものが目の前で起きている。
「面白そうだな、これにしよう」
聴覚を失ってもどうしてこういった言葉はわかるのだろうか。壊れていると言われても不思議ではない。
わかることは繰り返されることだけだからだ。
それ以外の会話の内容は全くわからない。
「それでは、こちらにサインを、それと『血』を頂きます。契約書にも書かれている通り大きな破損がある場合はお引き取り出来ないので、それだけはご注意くださいませ~~」
商人が注意事項を念押しした。大きな破損とは単純に奴隷の身体を壊した場合は前回の俺のようにこの市場に返す事が出来ないという物。
ただそれは外形的な物、骨折や病気、そういった一目見ただけではわからないような物を指している。
だから俺は外形的にはほぼ無傷の状態が続いていた。
「では・・・拝借致します」
承認が契約書のサインを確認し小皿の上に垂らした血を受け取った。すぐに小皿の上に特殊な黒い墨を垂らした。墨と血がしっかりと混ざり合うように何度も何度も丁寧にかき混ぜていた。
じっくりと交わったことを確認すると毛の付いた小筆を取り俺の檻へと近付く。
そして・・・。
「ほぉ、説明通りとは恐れ入った」
小筆に血が交わった墨を俺の顔、左顔に刻まれてる『奴隷紋(どれいもん)』に塗りたくる光景を見て男は関心していた。
「そうなんですよ~、言うまでもありませんが。本来なら気絶してもおかしくない痛みをこの奴隷紋から魔力を通じて脳へ、脳から全神経へ、神経から全身へと絶え間なく与え続けご主人様へ忠誠を誓うようにするのですが。ただこれにはもう通用しないようなんですよ、ここ近年ではご覧の通り眉一つ動かさずこの面構えを崩さないのですよ」
激痛。商人の言う通り、微かな記憶にはこの作業だけは表情を崩していたようにも思えるが、どんな感覚で崩していたのかは今となってはわからない。
こんなことなら寝ている時にして欲しかったなんて思うくらいの感想しか出なかった。
改めて新しいご主人の顔を見る。
一度見たことがあるような気がする。と言ってもこれは前のご主人の時も抱いたような気がするほど、どうして貴族は、俺を買う人間は同じような顔つきの人間ばかりなのだろうか。
髭を蓄え汚い笑みを浮かべて、ただこれから何をしてやろうかと考えているのがまるわかりの表情を常に浮かべる。
もう太っているか太ってないかくらいにしか判別出来ない程だ。
「はい、お手続き終了です。このままお持ち帰りでよろしかったですか?」
「あぁ、服もそのままで良いどうせすぐに捨てるかも知れんからなはっははは!」
汚れで灰色と化した太ももまである大きなシャツ一枚、最早ただの布と何も変わらない物を俺は着ている。ここへ戻ってきたままの格好だ。
すぐに捨てるかも、なんて言葉が聞こえたが気がしたが、それは果たして服のことかそれとも・・・俺自身の事なのか。
「それでは、お買い上げありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」
こうしてまた俺は売られた。
鉄の枷に鎖を繋げられ新しいご主人に意味もなく引っ張られる。当然俺は体勢を崩し倒れる。それを見たご主人は何か怒鳴っていたように感じたが、俺と目があった瞬間すぐに目を逸らし再び鎖を引っ張り始めた。
もはやこれも予定調和、俺の身体も自然と立ち上がりご主人の後を歩き続け、施設の外に止めてある荷馬車が目に入った。
「おら! さっさと入れ、こっちにだ!」
主人に引っ張られ俺は荷馬車の後部へと連れ出される。当然俺が乗るのは荷馬車の後部に繋げられている小さい檻の中だ。
特別な行動をする事もなく開けられた檻の扉の中へ身を、俺は投じたのだった。
ガシャンッ!!
一体どれだけ聞いたのかわからない音。鉄檻の中に放り投げられた後に必ずする音。
施錠の音だ。
これも全て・・・今までと同じ・・・まるで世界が示し合わせているかのように続く。終わることはない、終わりがあるとすれば俺が死ぬ時。
自分で死ぬ選択すら今の俺には与えられない。自分を殺すほどの力を持ち合わせていない。
体が勝手にレールの上をただ動いているだけ。
当然だ、俺は全てを投げ捨てたのだから自殺するという選択肢すら捨てたのだ。意味もなくただ生き長らえている。
自分を捨て絶望すら捨てた人間とは?
そう、死んでるも同じだ。
肉体があるだけの死、きっとそれが奴隷なのだろう。自分の意思で死を選ばなかった時点で最早存在しないも同義。
まだこうやって頭の中で考える事が出来ている。
これももう、不要なのだろう。
そうだ、この笑みも止めれば本当の意味で死を向けることが出来るのかも知れない。
頭の中の自分との会話、それを止めるのが目的だ。
それさえできれば・・・それが出来ればきっと、終われるんだ。
さぁ、意味の無い時を・・・終わらせる。
だけど、それは・・・叶わぬ事だった。
全てを捨ててしまった者へは何も与えてくれない、それを俺は知った。
まるで奴隷は苦しむ為に存在するのだと見せ付けるかのように起きた。
日が落ち暗闇の中、新しいご主人の屋敷に到着して早々俺は引っ張られ屋敷の地下牢の中へと放り出された。
通常なら固い床石に顔をぶつけそのままご主人の用事があるまでその場を動かないでいるはずだった。だがそれは床石とは真逆の物を味わったのだった。
「あの・・・大丈夫ですか?」
放り出された牢屋には、先客がいたのだった・・・。
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