第43話

 有希也の不安をよそに佐藤は次々と仕事をくれた。


 2つ目の仕事は、CDケースへの歌詞カードの封入だった。通常のプラスチックケースとは異なる、紙製の特別仕様ゆえ手作業になったようで、印刷工場まで出向いて作業に就いた。

 一日中ひたすら歌詞カードをケースに入れるだけの単調な作業は、それはそれでしんどいが、座り仕事だから足に負担はかからないし、他のスタッフと関わることもなく、仕事と割り切れば悪くない。

「実はこの前、アルバム制作に参加したんだよね」と、業界人面する小ネタを思いついたものの披露する相手がいなかった。


 その次はまた福引きのスタッフ。前回と同系列のスーパーの別の店舗での業務で、やることは全く同じ。1度経験しているし、宮野のような嫌味な奴もいなくて、前回以上に上手くこなせた。おかげでそこの店長にも仕事ぶりを褒めてもらえ更なる自信を付けた。


 4つ目の仕事もこのスーパーで、また別の店舗で開かれた刺繍展のスタッフだった。売り場の一角に設けられた仮設スペースで開催された小規模の展示会で、設営はすんでいて、スタッフは案内係と見張りを兼ね、時々場内を巡回する以外は座っていられた。見張りと言っても盗みに来る客がいることもなく、座って会場を見回すだけで事足りるから暇に飽きた時に巡回すればよく、のんびりしたものだった。


 このスーパーはテラスコーポレーションの得意先で、その関係の維持のために、日常的にテラスのポストを用意しているようだ。仕事を振ってもらえるのは佐藤のお陰なのはいうまでもないが、中山店長の計らいもあるのかもしれない。


 仕事ぶりは評価され、その後も次々と仕事にありつけた。ハンデを抱えていることで注目度が上がるのにハードルは下がるのが高評価を得られる一因だった。しかしそれだけではなく有希也は大学時代にアルバイトに勤しんだせいでそのコツを知っていた。


 学生だといきがって手を抜いたりサボったりするヤツがいたが、百害あって一理なし。楽しているつもりで暇疲れするだけ。人間なんやかんやで身体を動かしている方が時間が経つのが早いもの。手が空いたら自分から仕事を探す。仕事は貰うのではなく見つけるもので、業務には直接関係ない窓拭きや床掃除でもいい。そういった仕事を見つけてはこなすことで時間を消費し、仕事熱心として評価もされる。


『労を惜しまず効率を忘れず』これが有希也の仕事哲学の一つだ。


 有希也はラグビーで培ったリーダーシップも持っていた。


 日本人は指示をするのが苦手で、例えば作業の分担。三つの作業を行う場合でも、みんな一緒に一つ目の作業をして、それが終わったらまたみんなで二つ目の作業に移って、それが終わったら、またみんなで三つ目の作業に入る。これでは効率が悪い。


 ラグビーで培った視野の広さも持ち合わせた有希也は必要があれば積極的に指示を出し、分担して作業に当たった。その方が短時間で片付き、新たな仕事を処理できる。裏で「何であいつ偉そうにしてるの?」と言われていたかもしれないが、そう言うのは仕事ができないヤツ。派遣だとそうそう同じ現場で一緒にならないし、気にする必要はない。


 こうした指導力も評価された。


 指導力で言えば「あいつは使えない」と簡単に言う人がいる。確かに仕事ができない人はどこの職場にも一人はいる。何度教えても覚えない、出来るようにならない部下を持つ人には同情する。


 しかし、あなたに問題はないんですか?と訊きたくなるケースも見て来た。使えない方より、使う方に問題がある場合もある。指導力は意識しないと身に付き辛いもので、ただ年長だからという理由で指導する側に回った人はこの能力が欠如していることが多い。学生時代日陰を歩いてきたタイプにも多いように思う。反対に、部活でキャプテンを任されていた人などは比較的身に付いている。


 指導力の欠如による代表的な問題点は、仕事を教えるのが下手なこと。やらせるべきことを自分でやってしまう。これは決していい事ではなく、教えることから逃げているだけ。その上、出来ていないとその場は流し、本人のいないところで「あいつは使えない」と愚痴る。陰で愚痴って改善されるなら好きなだけ吐き出せばいいが、そんな特殊能力の持ち主なら初めから愚痴られていない。


 教わっていないことは出来なくて当たり前。慣れないことは時間が掛かっても仕方がない。出来ていない人には教えなければ出来るようにはならない。仕事はやらないと覚えないものだから、やらせなければならないのだ。


 まず自分がやって見せ、それをやらせて、一度任せてみる。その後できているか確認する。有希也は今までもそういう風に指導してきた。


『指導力のない奴は一流と認めない』これも仕事哲学の一つだ。


 与えられた仕事をこなすのは勿論大切だけれど、それだけでは事足りない。起業が夢だった有希也はそういうことを意識して仕事をしてきた。


 指導した経験は仕事でも人生でも役に立つ。人を注意したり叱ったりすると、自分がされる側に回っても指導側の気持ちを理解しやすくなり、必要以上にへこまなくなる。いくら頭が良くてもちょっと怒られただけで落ち込んでしまうメンタルではそれが生かせない。


 ただし一つ気を付けなくてはならないことがある。


『自信は時に過信に変わり暴走する』

 同じ職場に長期間従事していると、慣れも手伝って、自分が絶対であるかのように振る舞い、部下や後輩に過剰に厳しくあたる人がいる。実際それなりに仕事ができて責任感も強いのだが、精神面に難があり、大概ミスすることと舐められることに過敏だ。


 仕事にミスは付き物で、多少の手落ちは機転を利かせてフォローしてやればいいのに、それができないからミスを恐れ、鞭を振るう。自分と同じ手順を踏むよう要求する人もいるが、ルーティンをこなすだけでは不十分で、イレギュラーへの対応力が備わってこその一人前だ。


 舐められたくない、と張る虚勢は、自信の無さの表れ。「指導」を越えた「粗探し」で他人を貶めたところで己の株が上がる訳ではない。


 焦ったりイラついたりしては下の人間にあたるなど言語道断無能の沙汰で、自分の脳ミソの処理能力の低さと精神の許容量の乏しさを喧伝しているようなもの。


「芸は人なり」と言うが、仕事も同じ。頭のよさ、メンタルの強さ、コミュニケーション能力、体力等々、仕事には人間力があらわれる。


 挨拶が大切だと言う。職場に限らず人間関係すべてに言われることだが、これについては、有希也は独自の捉え方をしている。大切なのはコミュニケーションをとること。人と人とのつながりを強くすることが大切で、その第一歩が挨拶なのだ。


 人間は、親しい人間とそうでない人間では、親しい人の方が怒りにくい。逆との意見もあろうが、この場合は親しみが含まれる分、本気度の低いものになるし、怒られてもダメージは小さい。親しくない人間の方が本気で叱りやすいもの。中には「ミスを引きずれ」といわんばかりの人もいる。上司とはしっかりコミュニケーションをとっていた方がミスを恐れず仕事ができるのだ。


 有希也は証券会社ではまだ駆け出しだったが、これらはたくさんのアルバイトを経験して学んだこと。


 読書が好きなのも役に立った。


 有希也は、新しい職場に派遣されると、その業界に関する本を読んだ。業界の関係各所の名称を知るだけでも大いに役立つ。知らない世界の内部事情を知れるのも面白いし、職場の人との話題にもしやすいからコミュニケーションをとるのにも有用。


 ただし知識をひけらかし過ぎても鬱陶しがられるから、ほどほどにしておく。先輩の話に耳を傾ける謙虚さも忘れてはいけない。


 ラグビー部で揉まれたから、上下関係や礼儀も身についている。


 今は、お偉方がきたら、さっと立ち上がって挨拶をする。足が不自由なのを知っている人なら、余計に礼儀正しいと認めてくれる。あざといと思う人には思わせておけばいい。知ったことではない。


 中身は上場企業に勤めていた男。このような勤務態度が評価され、少々身体を使う仕事も紹介されるようになった。有希也は是非やらせてください、とどんな仕事でも嫌な顔せずに引き受けて一生懸命働き、見る見るうちに信頼を勝ち取り、派遣スタッフの中でトップクラスの評価を受けるようになっていた。

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