【赤】熱血多脚のフランシスカ
今からちょっとだけ昔のお話。
ある博士が、長く続いた戦争の最終兵器として、禁断の人体実験に手を染めました。
……ま、「戦争を終わらせるため」だなんて、結局ただの聞こえのいい言い訳で、博士は元々狂っててそういうことがしたかっただけなんですけども、いかんせん周りが彼よりずっとアホときていたので、
「今こそ我が麗しの祖国に勝利を!」
なんて甘い言葉にころっと騙されてしまったわけです。理系で夢を叶えるには、国語力も必要だ、という良い例ですね。
かくして軍部から大金をせしめたこの博士、昼も夜もなく実験にいそしみます。
作りたかったものはただひとつ。
——ああ、世にも恐ろしい!
人間馬陸。つまりそれがフランシスカ。
ある日、やせぎすのアニーが目覚めると、不思議な感覚。なんだか妙に体が熱い。
同じ日、サッカー好きのビリーが目覚めると、不思議な感覚。なんだか不安な安定感。
同じ日、勉強家のシエルが目覚めると、不思議な感覚。なんだかいつもより明晰だ。
「おはよう諸君! 万事良好かな?」
同じ日、ガキ大将のダニーが目覚めると、目の前には変な博士。ひとりでニタニタ笑ってる。
同じ日、病気持ちのエマが目覚めると、目の前には変な博士。何かを覆うビロードの布を取り去った。
そこにはとっても大きな鏡。
「どうかな。縦に繋げるのは妥協したのだ。だって、それだと、不平等だろ?」
同じ日、たくさんの子供達が同時に目覚め、さまざまに悲鳴を上げたけれど、お寝坊さんのフランシスカだけは目覚めませんでした。熟睡しきった彼女は、愛犬と遊ぶ夢を見ていたのです。それはそれは楽しい夢でした。起きるのがもったいなく思えるくらいに。
「あーー、まったく、うるさいよ。子供はこれだからいけない。いつも自分のことしか考えず、キーキー鳴いてワガママ放題で、クソ猿とおんなじだ。人に迷惑をかけても、『子供だから』で許されるつもりでいる。元気いっぱいなのは大変よろしいがね! さて、それでは、最後の仕上げにかかろうか」
博士は紙とペンを持ち、一番左の端に行って、その子にこう尋ねました。
「少年。君の一番の友達は誰だね?」
一番左の子は、止まらない涙と過呼吸でそれどころじゃなかったのですが、博士に何度か頬を叩かれたのち、嗚咽混じりにやっとのことで「ゲイリー」と答えました。
「ゲイリーとは、いつも一緒に遊んでるよ」
すると博士は「あっそう」と言うや否や、その子の頭にぶっすりと注射を打ってしまいました。その子はたちまち喋らなくなりました。
「次。君の一番の友達は誰かね?」
色々な名前が飛び出しました。次の子はハンナ、次の子はアイリス、次の子はジャック、次の子はケン。みーんな博士に注射を打たれ、静かになりました。
「私の、一番のお友達は、ザカリア!」
一番右端の女の子——そこまでいくと、博士は憂鬱な気分になっていました。淡々と注射を打って、「今回も失敗か」と思っていると、てっきり手術に耐えきれず死んだとばかり思っていた真ん中付近の子供が、静かに目を覚ましました。
「ああ、死にぞこないがいたようだ。さて、無駄とは思うが、一応聞いておこう。お前の一番の友達は誰だね?」
幸せな夢から覚めたフランシスカは、まだほんの少しぼんやりしていましたが、博士の方を見て、にっこりと微笑みました。
「一番の友達なんて、決められないわ。お友達は全員大切だもの。みんなが私の親友よ」
博士はそれを聞くと、喜びのあまり飛び上がって部屋を駆け回りました。
「見つけた! 見つけた! 成功だ!」
かくして幸運なフランシスカ。子供26人ぶんの体を一人の意思で自在に動かす、人間馬陸となったのでした。
「お前は素晴らしいよ! 最高傑作だ!」
次の日から、博士は嬉々として、フランシスカを鍛え始めました。上手な走り方から身のかわし方、攻撃の仕方まで、マンツーマンで丹念に教え込みます。
時には優しく励ましてあげ。
時には心を鬼にして厳しく。
いつしか二人の間には、奇妙な絆が生まれていました。
「今日の訓練はこれで終わりだ。よく頑張ったな、フランシスカ!」
「ありがとう博士。あなたの教え方が上手いおかげだわ!」
「何を言うか。お前に素質があるだけだ。努力家だし、何より教えたことをすぐ覚える! 今日の走りも良かったぞ! ベストタイムをコンマ7秒も縮めるとはなぁ」
「走るのは昔から好きなの。以前はよく、愛犬のコロンと色んな場所を走っていたわ」
26個の口からストローで器用に水を飲むフランシスカに、博士はふと尋ねました。
「その愛犬は、今どうしてる? もし望むなら、ここへ連れてきてやってもいいが」
「あはは! いくらあなたでも、それは無理だわ、博士。だってコロンは天国に行ってしまったんだもの」
「それはそれは。病気か何かか?」
「いいえ。ぶたれて死んだのよ。ダニーが言い出しっぺで、アニーとシエルが計画を立てて、ザカリアと他のみんなが一発ずつ殴ったんだって」
博士は驚いて、また尋ねました。
「でも……コロンが大好きだったんだろう? そいつらのこと、恨んでないのか?」
「ねえ、一年も同じクラスで過ごした、かけがえのない友達を恨むなんて、ありえないわ。そうでしょう?」
博士は何も言いませんでした。
——さて、その年の冬、軍事会議にてとうとう最終兵器を戦地に投入することが決まりまして、フランシスカは最前線の基地に送られることになりました。訓練の甲斐あって、フランシスカは並みいる敵をなぎ倒し、快進撃を続けていきました。ま、というか、大抵の兵士は彼女の姿を見ただけで戦意を喪失、腰を抜かし、やたらめったら撃ちまくるだけだったからですが。
それに、フランシスカは、自分のうちの誰かが撃たれると、それはもう地獄のように怒り狂うのです。
「よくも私の大切な友達に! 許さないわ! みんな、走るよ!」
烈火の如く襲いくる人間馬陸は、たちまち戦場の恐ろしい伝説の一つになりました。
とはいえ、それで黙ってやられるような相手国ではもちろんなく、空から大量爆撃を仕掛けて、あの目障りな害虫を吹き飛ばしてしまおうということになりました。
「イカれた国のクソ蟲を焼き払ってやる!」
フランシスカは自慢の機敏さで、爆弾をかわしていましたが、さすがに戦闘機相手では手も足も出ません。やがて体力が削られて、ついには体の半分ほどをやられてしまいました。
「ごめんね、みんな。私のせいだ。みんなの足を引っ張るのは、いつも私だ。痛いなぁ。すごく痛いよ。靴擦れも、筋肉痛も、火傷も、全部全部じくじくする。もうだめかもしれない。でも、それでも……最後まで絶対に諦めないから!」
彼女はひときわ熱く叫びを上げて、まだ動く足の全てを総動員して、白い雪原を走り始めました。敵国の補給基地を目指して。
目の前がチカチカするのを感じながら、フランシスカはなおも、走り続けました。
無情な火薬の雨が降り注ぎ、26人の体にたくさんの穴を開けていきます。
それはまるで、見知らぬ人からの声援のよう。
何も知らない赤の他人の、熱い賛辞の声のよう。
ふと気づくと、フランシスカは雪の上に倒れていました。52本の足は途方もないほど絡まって、もうぴくりとも動きません。
「醜い蟲にとどめを刺せ! 殺せ!」
ああ——もうだめか。できればまたコロンに会いたいな。
そんなことを思いながら、フランシスカは静かに息を引き取りました。
彼女とそのクラスメイト25人が犠牲になったこの戦争は、今に至っても終わっておらず、博士もフランシスカが死んだ後、忽然と姿を消してしまいました。ま、八割がた、作戦失敗の責任を取らされて秘密裏にモニョモニョされたんだと思いますが、それでももし、あなたがこの救いのない物語に希望を見出したいと思うのなら、きっと約束してください。ひとつは動物をいじめないこと。そしてもうひとつは、決してこの先誰にも、「学校は協調性を学ぶ場所」だなんて言わないこと。
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